第297話
信康は急遽、次の休日をアンヌエットと過ごす事が決定してしまった。
「・・・・・・アンヌの奴。実質的に俺と逢瀬するって事になるんだが、分かってんのかな?」
信康はそう思いつつも、直ぐに思考を切り替えた。
信康はその足で、ある場所に向かう。
その場所とは、ヘルムートが居ると思われる総隊長室だ。
任務完了の報告をするべく歩いていると、目的地である総隊長室の前へと到着した。
「行くか」
信康はそう言うと、扉をノックした。
「総隊長、信康です」
「おお、帰ったか。入れ」
ヘルムートから部屋に入る様に言われたので、信康は扉を開けて総隊長室に入室した。
総隊長室に入室すると、ヘルムートが机に座り書類仕事をしていた。
「ご苦労だったな。お前が無事に帰還してくれて嬉しいぞ」
「はっ。第二中隊。全員欠員する事無く、帰還しました。それは炎龍戦士団と緑龍僧兵団も同様です」
信康は居住まいを正して、ヘルムートに敬礼しながら報告した。
「そうか・・・それで? 任務の方はどうだった・・・・・?」
「総隊長、無駄な押し問答は止めましょう。あの組み合わせは、総隊長の御配慮ではないんですか?」
信康がそう質問すると、ヘルムートはフッと笑って見せた。
「相変わらず、お前は察しの良い奴だな・・・そうだ。本当は傭兵部隊単独の任務だったんだが・・・」
「其処を総隊長が神官戦士団に要請して、炎龍戦士団と緑龍僧兵団との合同任務になった・・・と言う感じですか?」
信康がヘルムートの発言に被せるみたいに指摘すると、ヘルムートは力強く首肯した。
「そう言う事だ。第三騎士団が実戦訓練と称して近日中に出陣するって話が出ている中で、被せる様に傭兵部隊の盗賊退治の任務が出たんだ。そりゃ警戒もするさ」
「第三騎士団はパリストーレ平原の会戦で、ノコノコ敵の釣り野伏に遭って壊滅したって汚名がありますからね。汚名返上と経験値稼ぎを同時にしようとして、やる事が手柄の横取りですか?」
「ああ、傍から見たら恥の上塗りなんだが・・・第三騎士団にとっては、一石二鳥の妙案に見えるらしい。実に腹立たしい限りだ」
「嘗められてますね、傭兵部隊」
信康が傭兵部隊の現状を指摘すると、ヘルムートは面白く無さそうに鼻を鳴らした。
「今回はアレウォールス教団とマーフィア教団からも事前に、一緒に上層部に抗議する事になっている。だから、手柄そのものを横取りされる心配なら、お前等はしなくても大丈夫だ」
「ありがとうございます。今回は助太刀の御蔭で如何にかなりそうですけど、今後は傭兵部隊が単独でも嘗められない様に力を付けて行かないといけませんね」
「ああ、全くだ。傭兵部隊おれたちからなら手柄を横取り出来るとか思われたら、傭兵部隊の沽券と士気に係わるからな」
ヘルムートはそう言いつつ、机の上に置いてある書類を一枚取ると信康に差し出した。
「帰って来て早々のお前に悪いとは思うんだが、これの応援を頼めるか?」
信康は何も言わずに、その書類を手に取る。
「機密文書保管庫の警備?」
「ああ、最近、国家機密が記された書類が紛失している。調べたらどうやら何者かに盗まれた形跡があってな、その書類を保管している所の警備の手が足りないそうだ」
「王都アンシ市内なら、近衛師団とか第一騎士団とか警備部隊を動かせば良いでしょう? と言うかこの任務の類は防諜になるから、何なら特警の管轄では?」
信康がそう指摘すると、ヘルムートは黙って首を横に振った。
何でも第一騎士団と近衛師団は王都アンシとプヨ王宮に住まうプヨ王族の防衛及び護衛任務を疎かに出来ず、特殊警務部隊はカロキヤ公国とトプシチェ王国との諜報戦で手一杯で余裕が無いらしいのだ。
なので警備部隊が引き継ぐ予定らしいのだがある事件の対応に忙しく、数日間は傭兵部隊に警備をさせようと言うのがプヨ王国軍上層部の判断なのだそうだ。
「何じゃそりゃ・・・・・・まぁ良い。他の中隊長やつらはこの任務には?」
「無論、参加しているぞ。リカルドとバーンとカインの三人は警邏。ティファとヒルダとロイドは聞き込み。残りのライナとサンドラは、その重要書類が保管されている所の警備だ。信康も警備で良いだろう?」
「では今夜から、着任した方が良いですか?」
「お前が来たら、百人力だろうが・・・十日もの任務で、流石に疲れたろう? 今日は休んで、明日から参加してくれたら良いぞ」
「了解しました。ああ、それと他に報告した事がありまして・・・」
信康のはっきりしない発言に、ヘルムートは怪訝そうな表情を浮かべた。
「別に大した事じゃあ、ないんですよ。北部での盗賊退治の任務で、何人か民間人を保護しましてね・・・その内の何割かが、傭兵部隊への入隊を希望しているんです。と言う訳で、入隊の許可を頂けませんかね?」
「何だ。そんな事だったら、直ぐに手続きをさせてやるよ。今から必要な書類を纏めて渡すから、その入隊希望者の連中に渡してやれ」
「良いのですか?」
「ああ、入隊希望者は大歓迎だからな。来る者拒まずって奴だ。それにお前も、まさか諜報員や犯罪者を入隊させようって訳じゃないんだろう?」
「当たり前じゃないですか。そんな奴等を、入れる訳ないでしょう?」
信康ははっきりと、ヘルムートに明言した。
尤も大半はカロキヤ公国からの避難民なのだが、外国人部隊である傭兵部隊には今更な話である。
「なら結構だ。どうせなら早く手続きがしたいが、明日までに持って来い」
「了解しました。では、自分はこれで」
信康はヘルムートから入隊に必要な書類を受け取ると、敬礼してから総隊長室を退室した。
総隊長室を退室して少し離れると、信康は嬉しそうに書類を持っていない手で拳を握った。




