第295話
プヨ歴V二十七年六月十六日。朝。
信康達は更に四日間続けて着実に盗賊退治及びトプシチェ軍の撃破、そして民間人の保護を務めていた。
何処の騎士団または軍団かは知らされていないが、後続が来る事を取り敢えずアンヌエットから知らされている。
誤算なのは捕虜にした者達をメリニス率いる緑龍僧兵団が熱心に治療を施している事だったが、その一点だけ目を瞑れば問題無く任務を遂行出来ていると言えた。
信康が任務を言い渡されてから十日の今日も、任務を遂行すべく信康は各小隊を派遣する場所の選定の為に地図を睨み付けていた。其処へ隊員の一人が、信康の下へやって来た。
「失礼します、ノブヤス中隊長。第三騎士団から、使者が到着しました」
「使者?」
哨戒に出ていた隊員がそう言って来たので、信康は首を傾げた。
信康の中では去年のパリストーレ平原の会戦で、第三騎士団は壊滅的な大損害を出した所で知識が止まっているからだ。
(後続とはもしかして、第三騎士団の事か?)
信康は確信を持てない様子で、傍に居るアンヌエットを見た。信康の視線に気付いたアンヌエットは、信康の為に解説を始めた。
「エルドラズに投獄されてたあんたが知っている筈無いわよね。今月になって漸く、第三騎士団の再編成が完了したそうよ」
「ふむ。そう言う事か。まぁ一年もあれば、形だけでもなるもんかな?」
信康はアンヌエットの説明を聞いて、信康は納得した表情を浮かべた。
「アンヌ。直ぐに撤収作業に入るぞ・・・お前はその使者とやらに、待ってて貰う様に言え。それと総大将命令で、全部隊に撤収準備を始める様に伝えろ。最後にメリニスも忘れず呼んでおけよっ」
「はぁ? ちょっと、どう言う事よ?」
信康の言動の意図が理解出来ず、アンヌエットは信康に訊ねる。信康は指示を出し終えると、アンヌエットの為に解説を始めた。
「アンヌも言ったろ? 第三騎士団は今月、編成を終えたばかりだって。だから簡単に言えば新生第三騎士団にとって、これも戦績作りの一環なのさ・・・そして何れ来るアグレブ奪還の為に、少しでも多く経験を積んで箔を付けようとしてんだよ」
「それは分かるけど・・・それでどうしてあたし達が、その撤収作業をしないといけないのよ? 第三騎士団も加わって、一緒に続ければ良いだけじゃない」
「普通ならそうなんだが、これが第三騎士団の性質の悪い所だ・・・まだ俺の予想に過ぎんが第三騎士団あいつ等は、何等かの適当な口実を出して俺達の拠点を丸ごと取り上げて、更に捕まえた盗賊も引き渡せって要求しようとするだろうよ」
「はぁっ!? 自分達は何もせずにあたし達から手柄だけ掠め取ろうとか、そんな舐め腐った魂胆って事なの?」
信康はアンヌエットの質問に。力強く首肯して肯定した。アンヌエットの心情こそ半信半疑ではあったが、それでも額に青筋を浮かべ掌から炎を生み出しそうな程に憤怒し始めた。
「そうやったら第三騎士団は苦労せずに、実績が手に入る訳だからな・・・だから俺達はこれ以上お坊ちゃん達に扱き使われない様に、後はお任せしますつって帰ろうぜ?」
信康の提案を聞いて、アンヌエットは顎に手を添えて思案する。そして顎に手を添えたまま、ニヤッと笑って見せた。
「それもそうね。面倒な捕虜なんて全部押し付けて、保護した民間人だけ連れてあたし達だけで帰りましょう・・・ただし実際に捕まえたのはあたし達だと、上層部に報告しておくわ。神官戦士団相手に手柄を掠め取られるものなら、やってみなさいっての」
「ふっ、実に頼もしい事だ・・・だからヘルムート総隊長は、お前等を寄越したんだろうなぁ」
「え? あんた、何か言った?」
信康が口にした独白を聞き損ねたアンヌエットが、何を呟いたのか気になって尋ねた。すると信康はフッと笑ってからアンヌエットの頭を撫で始めた。
「ちょっ!? こらっ! 何で頭を撫でんのよっ?!」
「ははっ。まぁ何だって良いだろ? それより服装を整えておけ。何時使者って奴が来ても良い様にな」
信康はアンヌエットの頭を撫でるのを止めると、そのまま服装を直し始めた。
そんな信康の様子を見たアンヌエットは、信康に撫でられた頭を両手で触れながらジト目で睨み付けていた。
「・・・たくっ」
アンヌエットは何故か照れた様子で両頬を紅潮させた後、頭を軽く振って髪を整えた後に服装も直したのだった。
信康に呼ばれてメリニスが入室してから三十分後、隊員が第三騎士団からの使者を連れて来た。
「ノブヤス中隊長、お連れしました」
「通せ」
隊員が扉を開けて、使者と共に部屋に入室した。
「御苦労だったな。下がって良いぞ」
「はっ」
隊員は敬礼してから退室したのを見届けると、信康は使者に視線を移した。
第三騎士団からの使者は、女性だった。
綺麗な顔立ち。プラチナブロンドのセミロング。気の強そうな目。青玉石の如き瞳。
女性の平均身長を超える長身で、凸凹したプロポーションを持っていた。
白鎧の上に白い外套を羽織る白尽くめの服装をしており、腰には白鞘に納めた細剣レイピアを差している。
「ようこそ。俺は傭兵部隊第一副隊長兼、第二中隊中隊長の信康だ」
「あたしは炎龍戦士団第一部隊隊長、アンヌエット・グダルヌジャン。この混成部隊の総大将よ」
「私は緑龍僧兵団の第四部隊隊長、メリニス・アディブロアです」
信康達が先に自己紹介をすると、使者である美女は直ぐに一礼してから自己紹介を始めた。
「御初に御目に掛かります。私は第三騎士団第二部隊所属、第二中隊中隊長のユリ―ア・フォン・カールマン大尉です」
「御勤め御苦労。待たせて悪かったな・・・それでカールマン卿は、何用で来たのかな?」
「はっ。実は我が部隊が捕まえた盗賊共を収容出来る収容所が欲しいのですが・・・このケシン村以外に適切な場所が見つけられなかったのです。其処で大変申し訳ありませんが、この村を譲って頂けないでしょうか?」
ユリ―アが第三騎士団の要求を言い終えると、申し訳無さそうな表情を浮かべてから勢い良く頭を下げた。
ユリーアの様子を見れば本人の意思など無い事は分かるのだが、幾等信康が事前に予想していたとは言え、実際に言われてはアンヌエットもメリニスも顔を顰めざるを得なかった。
信康はそんな二人を視線で宥めた後に、ユリーアに向かって話し掛ける。
「一応聞くが第三騎士団の第二部隊とやらは、総数で何名居るんだ?」
「全部で一千です」
「千、か。そうか・・・」
信康は口角を上げると、直ぐに表情を戻してユリーアに告げた。
「結論から言えば、この村を譲るのは構わない。ただし俺達は撤収するから、それまでの時間を貰おう」
「ありがとうございます。私の第二中隊二百五十名も村の外に待機してますが、本隊の第二部隊はもう二時間もすればこの村に着く予定です」
「そうか。なら俺達にとっても好都合だ。もう一つ、頼みを聞いて貰おう」
「何でしょうか? 私に出来る範囲であれば、お受けさせて頂きますが・・・」
「安心しろ、そんな難しい事でも無い。俺達も捕まえた盗賊や、トプシチェ軍の捕虜が居る。そいつ等も預かって貰いたいんだよ」
「捕縛した者達を、ですか? 良いのでしょうか?」
信康は惜しむ素振りも見せず、即座に首肯する。
「・・・分かりました。では、お預かりします」
「頼む。因みに捕虜にした奴等は昨日の時点で三千を超えたから、管理の方はしっかり頼むぞ。では俺達はこれで、失礼させて貰おうか」
「さんぜっ・・・っ!?」
ユリーアは信康達が捕虜にした人数に絶句して固まっていたが、信康は構わずにアンヌエットと手を繋ぎメリニスも連れて退室して行った。
「・・・ぷふっ! あははははははっ!」
部屋から退室して暫く歩くと、身体を震わせていたアンヌエットが爆笑し始めた。そんなアンヌエットの様子を見て、足を止める信康とメリニス。
「あはははっ。ユリーアの顔、見た? 傑作だったわね。ぷっ、くくくくっ」
アンヌエットは絶句していたユリーアの表情が面白かったみたいで、未だに思い出し笑いをして身体を震わせていた。
対照的にメリニスは面白いなどとは思わず、信康を責める様な視線を向けて話し掛けた。
「ノブヤス少佐。貴方は少々やり過ぎでは? 大尉の中隊は二百五十人しかいないのに、三千人以上の捕虜の管理させるのは流石に・・・」
「別に良いでしょう? ちゃんと縛って拘束しているんだ。それで何か起きても、向こうの責任で俺の知った事ではない。まぁ何処ぞのの教義の御蔭で、捕虜にした連中が人並みに元気だから管理に苦労するでしょうけどね」
信康は露骨に緑龍僧兵団の治療行為を責める発言をすると、何も言い返せないメリニスは口を噤むしかない。
因みに何故信康達は三千を超える捕虜を得られたのかと言うと、一番の要因は信康麾下の第二中隊にあった。練度も勿論あるのだが何より他者を圧倒する装備をしているので、生け捕りにするのが容易かったからだ。
更に魔法使い達の探索サーチで広範囲に索敵が可能だった事も、盗賊やトプシチェ軍の発見に大きく貢献した事は間違い無かった。それは同時に、民間人の保護にも役立っていた。
「ふぅ、笑ったわ。もう過ぎた事なんだから、さっさと帰りましょうよ・・・・・・っ!?」
一頻り笑っていたアンヌエットだったが、今更ながら信康に手を掴まれている事を自覚した。
そして信康の手の温もりを感じていると、比例して顔を赤面させて行くアンヌエット。
「何だ? どうかしたのか?」
「な、何でもないわよっ!?」
それだけ言うとアンヌエットは信康の手を振り払い、先に行ってしまった。メリニスも信康に一礼してから、アンヌエットを追ってその場を去って行った




