第294話
プヨ歴V二十七年六月十二日。朝。
信康達はケシン村を拠点にしてから、早六日が経過した。信康は任務通り盗賊を発見しては捕縛、または殲滅して行った。
時にはトプシチェ軍の奴隷狩りを目的とした部隊にも遭遇すると、盗賊と同等の扱いで対処していた。更にブルスティ達の同胞の捜索も並行して行われ、見つけ次第次々と保護されて行った。
「報告します。イセリア小隊が村から西方及び北西方面で複数もの盗賊の集団を発見し、凡そ百二十名程を捕縛。転移門を使って、連れて来ましたっ!」
「急報っ! トッド小隊が豚鬼族オークの集団と森人族エルフの集団を保護っ! メルティーナ小隊と合流した後に転移門で連れて来るそうですっ!」
伝令役の報告を聞きながら、信康は次々にどの小隊を此処に派遣するかを判断していた。因みにこれだけ素早く報告が可能なのは、シエラザードから貰った交信の魔符の御蔭だった。
距離に制限こそあれど、離れた位置から報告が可能と言うのは非常に便利だった。
しかし信康が本命と思って待っている情報が、まだ報告されていなかった。その本命の情報とは、ブルスティから齎されたものであった。
『国境都市アグレブの近くも通ったのですが、そのアグレブから南に行った所に要塞が建設されていましたぜ』
その言葉を聞いて信康はトモエと縫を呼び戻して、騎馬小隊総出で上空から偵察に向かわせた。
ブルスティの情報が正しければその砦は間違い無く、アグレブ奪還の弊害になるのは明白と言えた。
まだかまだかと思いながら待っていると、一人の伝令兵役の隊員が駆け込んで来た。
「中隊長っ、トモエ小隊長達が帰って来ましたっ!」
「よし。此処に通せ」
「了解」
伝えに来た隊員に信康はそう命じると、遅れてトモエと縫がやって来た。
「ノブヤス中隊長。トモエ以下騎馬小隊総員、負傷も無く帰還致しました」
「御苦労」
信康がトモエを労うと、次に縫を見た。
「縫も御苦労だったな・・・トモエ。聞くまでも無いだろうが、縫が居て助かるか?」
「はい。とても助かっています。実力はありますし、弓の腕もこの第二部隊で五本の指に入るでしょうね」
「そうか」
信康はトモエから縫の称賛を聞いて、思わず微笑んだ。
トモエに褒められた縫も、嬉しそうに両頬を赤く染めて照れていた。
「それで、どうだった? ブルスの情報通りだったのか?」
「はっ。情報通りアグレブから南方に行った所にある場所で、要塞が建設中でした」
「規模とか分かるか?」
「要塞の規模は、決して小さくありません。あの様子だと城郭都市に匹敵する程大きくはならないと思いますが、完成したら万を超える兵は入れそうです。完成してしまったら軍での攻略が必須と思われます・・・それと要塞の南側と西側は崖、東側は川と言う地形でした」
「ふむ。つまり、北側しか攻めるしかないか」
信康はその話を聞きながら、要塞の構造を大まかに思い浮かべた。
「難攻そうな要塞だな。其処に兵糧を沢山用意して籠られたら、力技で攻め落とすのはかなり難しいな」
「はい。そう思います」
「そうか」
信康は息を吐いた。
何時の間に、要塞を作り始めたのか?
プヨ王国は、この事態を把握しているのか?
そういう情報が欲しいと思ったが、偵察で其処まで分かるとは思えなかった。
「・・・・・・取り敢えず、情報は入ったという事で良しとするか」
信康は休息を取る様に言って、トモエ達を下がらせた。
そして一息を付こうと、持参した葡萄酒を喉に流し込もうとした。
「中隊長っ」
「んくっ!?」
部下に声を掛けられて、信康は葡萄酒を喉に詰まらせた。
咳払いをして、呼吸を整える。
「な、何だ?・・・・・・」
「あの・・・アンヌエット部隊長が帰還しました」
「そうか。下がって良いぞ」
信康がそう言って、隊員を下がらせた。
「・・・急報ならともかく、別に他の部隊の奴等が帰って来た事まで逐一報告しなくても良いんだがなぁ」
「・・・・・・何よ。帰って来たら、問題でもあるの?」
アンヌエットの声が聞こえてきたので、信康は声がした方に目を向けた。
其処には開けっ放しの扉の前で、仁王立ちしているアンヌエットが居た。
「お帰り。別に問題なんて無いぞ? ただ帰って来た事を報告されても、そうかとしか俺は言えないから」
「そうかもしれないけど・・・だからって、そんな言い方する事ないでしょう」
アンヌエットは腰に手を当てて、信康をねめつける。
頬を膨らませているので、どちらかと言うと拗ねている様にも見える。
「悪かった。俺の言い方が間違っていたよ。お帰り、無事で良かった」
「素直で宜しいわ」
アンヌエットは一転して、機嫌が良くなった。
「お前が自ら此処に来たんだから、何かしらの報告があって来たんだろう?」
「当然じゃないっ。じゃなかったら、来れないでしょう」
「そうだな」
何か理由付けないと会えないじゃないみたいに聞こえた気がしたが、気の所為だろうと思う事にした信康。
「アンヌが報告したい事って何だ?」
「あたしの所に報告が来たんだけど、何でもあたし達の後続がやって来るそうなの。あんたは何か聞いてない?」
「何? 後続だと? 何処が来るんだそりゃ?」
信康にとって初耳である報告を聞いて、首を傾げる他に無かった。
「交代要員か? それとも増援?」
「知らないわよ。だから来た時に考えるしかないんじゃない?」
「・・・そうだな」
信康は今一つ納得出来ない様子を見せながら、アンヌエットの言葉に同意する。
「期限は言われてなかったからな。交代要員だったら、ありがたく引き継いで貰うとするか」
「それもそうね」
信康の言葉に、アンヌエットは納得した。
「先刻さっきの話はもう良いから・・・メリニスが盗賊達にしてるあれ、あんたはどう思う?」
「ああ、あれか」
信康はアンヌエットに話を振られて、疲れた様子で溜息を吐いた。
メリニス率いる緑龍僧兵団第四部隊には、四方八方に散っている部隊の隊員達が負傷した場合に傷を癒やす治療部隊として、このケシン村に残留させていた。
しかし現状で信康達を悩まさている最大の問題が、その緑龍僧兵団にあった。
何故ならば緑龍僧兵団は負傷または疲弊した隊員及び保護した民間人だけでなく、何と捕縛した盗賊やトプシチェ軍の捕虜も完治するまで治療を始めたからだ。
その報告を受けた信康は、自らメリニスの下まで向かって抗議に行った。
『余計な事までしないで貰えんですかね? 緑龍僧兵団あなたがたが盗賊や捕虜共を治療する事でいざと言う時に我々が治療を受けられなかったり、元気になった奴等が反乱を起こそうとしたり脱走を試みたらどう責任を取る御心算です?』
『申し訳有りません。ですがこれは、我々の教義に係わる事です。ですのでどうか、御了承を』
宗教の教義を持ち出されては、信康としてもこれ以上は何も言えなかった。何故なら教義を守らない宗教家など、宗教家でも何でもないからだ。
だからこそ宗派は違えど同じ神官戦士団に所属している、アンヌエットも何も言わないのだと思われた。信康は仕方が無いので、盗賊と捕虜の管理を緑龍僧兵団に全て押し付ける事を条件に好きにさせる事にした。
「指揮系統が違うだけでも面倒なのにその上で教義を持ちだされたら、こっちは何も言えなくなる。これだから、宗教家は嫌だ」
舌打ちしながら信康は不満を零す。
「まぁ、仕方がないんじゃない? それが宗教家の宗教家たる所以よ」
「ふん。一応言ってやったが・・・傷を治したあいつ等に逃げられでもしたら、また捕まえなければならなくなる。全く、面倒な事をしてくれる」
「其処はもう諦めなさいよ。彼女の宗派はそういう所なんだから」
アンヌエットの言葉を聞いて、信康は諦めて溜息を吐くしか出来なかった。すると信康は、ある事が気になり始めた。その事とは、緑龍僧兵団の信仰対象はどの神だったかと言う事だった。
「知らないの? 大地と緑の女神マーフィアよ。それからあたしの方は、火と戦の神アレウォールスよ」
「そうなのか。ありがとよ。それで、そのマーフィアの教義ってどんなの何だ?」
「確か・・・生きとし生ける者、自然であれ・・・だった筈よ」
「自然・・、ね」
それでどうして盗賊や捕虜の傷を癒やす事になっているのか信康には分からないが、面倒臭いので信康は好きにさせる事にした。
「まぁ、好きにさせておくしかないか。此処は面倒な連中の管理を押し付けられた事を、喜んでおくとしよう」
「あんた、本当に抜け目ないわね」
それから信康とアンヌエットは暫く雑談をしつつ一緒に葡萄酒を堪能した後、アンヌエットは部屋から退室して行った。
信康はアンヌエットが退室して行ったのを確認してから、トモエ達の話を思い出した。
(要塞か。軍上層部は自分達の領地を奪還の為に、恐らくだが今年中にアグレブに兵を出すだろう。その時にその要塞の攻略が、最初の戦いになるだろうな)
信康は何れ来るであろうこの来るべき戦いには自分達、傭兵部隊も参加する事になるだろうなと予想する信康であった。




