第292話
時を過ごし遡らせて、信康達がケシン村に到着する三十分前。
信康達と共に、行軍している炎龍戦士団の第一部隊。
第一部隊部隊長であるアンヌエットは、愛馬に騎乗して並足の速度で進みながらケシン村へと向かっていた。
ケシン村は元々トプシチェ軍の襲来で、村人は全員死亡または誘拐されて無人となっている。
ケシン村は地理的にも活動拠点に最適切な場所に位置しているので、盗賊などに占領されていないか確認して利用すると言うのが事前の打ち合わせ通りの予定だ。
アンヌエットは予定通りで良い念の為、後方に居る信康に使者を送って確認に行かせると程なくして戻ってきた。
「御苦労様。ノブヤスの奴。何か言っていた?」
「はっ。予定通り炎龍戦士団は先にケシン村に入り、拠点化の方をお願いされました」
「そう。分かったわ。下がりなさい」
伝令に出た団員は一礼して、その場を離れる。
「ちょっと良いかしらっ?」
「はっ。何でしょうか?」
「このまま、村に向かうわ。ただし村が盗賊に占領されている事も懸念して、部下達には警戒態勢を取りながらこのまま前進と伝えなさい」
「畏まりました」
副官である団員は、直ぐに命令を伝達させる為にその場を離れた。
アンヌエットの傍には誰も居なくなった。
なので、愚痴を零すアンヌエット。
「はぁ・・・それにしても、あたしが今回の任務の総大将か」
王都アンシを出る際に信康、メリニス、アンヌエットの三人は任務の打ち合わせをしていると、今回の合同任務における総大将は誰になるか話し合った。
その結果、アンヌエットになったのである。
理由は単純として、アンヌエットの階級が一番高い大佐だったからだ。
アンヌエットとメリニスも、その人選については文句など無い。
それとは別で、アンヌエットは不満があった。
「あの馬鹿・・・どうしてこのあたし相手に、あんなに気安いのかしら?」
神官戦士団の中でも勇猛と謳われる、炎龍戦士団筆頭部隊として知られる第一部隊。
その部隊長である自分にあれだけ気安く話し掛ける者など、アンヌエットの人生の中で一人も居なかった。
ましてや、双子の姉にして聖女の一人に列されている、ルティシアの妹である自分にだ。
最初に出会った時は無礼な奴と思ったが、接して行くと悪い奴ではないと分かった。
更には自分を聖女の妹と言う、一種の色眼鏡で見ない事が新鮮であった。
なのでアンヌエットは決して認めないだろうが、信康と話をするのが密かに楽しみにしていた。だからこそ信康がエルドラズ島大監獄に収監された時には、率先して協力していたのである。
「全く・・・今度はあたしがガツンと言って分からせないと駄目ね」
ブツブツと独白を呟き続けるアンヌエット。其処へ副官である団員が、アンヌエットに接近して来た。
「隊長?・・・アンヌエット隊長っ!」
「あ、ああ、ごめんなさい。それで、何の用?」
「村に入る準備が出来ました。入らせてよろしいですか?」
「そうね。第一中隊に伝令。偵察部隊を結成して四人一組で、村の中を警戒させる様に伝えなさい」
「はっ」
アンヌエットにそう命じられた副官は、直ぐに命令通りに動いた。
程なくして炎龍戦士団の団員達が、アンヌエットに命令通り四人一組でケシン村へ入村して行く。
それから数十分後、団員の一人がアンヌエットの下までやって来た。
「隊長。報告します。村の広場で、縄で縛られた者達が居るそうです」
「縛られた? 誰が縛ったの?」
「其処まではまだ未確認です・・・それと数人の小鬼族達が、その場に拘束していた者達を監視して居たそうです」
「小鬼族が? 益々意味が分からないわね」
アンヌエットは意味が分からず、頭を掻いた。
「如何なさいますか?」
「・・・・・・他に報告は?」
「はっ。今の所、罠や伏兵の危険はないそうです」
「そう。じゃあ、その場所に行くわよ。案内なさい」
「はっ」
団員の一人が先行して、アンヌエットを広場まで案内した。
案内された広場にアンヌエットが到着すると、団員の報告通り五十人以上もの男性が縄で縛られて地面に座っていた。
「あんた達ね。この村に居たのは?」
「・・・・・・ああ、そうだ」
縄で縛られている男性の一人が、アンヌエットに答えた。
その身なりからして、盗賊の類と思われた。
「あんた、盗賊よね? この村を本拠地にしていたのかしら?」
「そうしようと思って村に入ったら、其処の小鬼族共と鉢合わせになって揉めちまった結果がこのザマよ」
自嘲しながら言う盗賊。アンヌエットはその話を聞いて、眼を細めた。
「ふ~ん。そんなに強いの?」
アンヌエットは小鬼族達を見下ろしながら言う。
「こいつ等も強いけどよ。こいつ等の頭の豚鬼族が桁違いに強かったんだ。正直に言うとそいつが居なけりゃ、数の差で押し切れてたさ」
「豚鬼族?」
アンヌエットは周りを見た。
しかし肝心の豚鬼族の姿などなかった。
「ほら、あそこの家だよ。其処にその豚鬼族が連れてる女房と一緒に居る筈だぜ」
盗賊が顎で示した先には家屋があった。
「女房? となると夫婦って事かしら?」
アンヌエットは小鬼族達を見た。
「こいつが言っている事は本当なの?」
「・・・アア、ソウダ」
小鬼族の一人が口を開いた。
「そう。じゃあ、そいつ等にも話を聞かないとね」
アンヌエットは腰に差している剣を抜きながら、その家屋に近付く。
一応、向こうの攻撃を警戒しながら歩いている。
「危険です。その様な雑事など、我々に」
「大丈夫よ。それにあたしがそう簡単に殺られると思ってるの?」
アンヌエットは扉の所まで来ると、ドアノブに手を掛けず扉を足で蹴飛ばした。
そしてそのまま家屋の中に入った。
「おはよう、それともこんにちはかしら? さて、大人しく捕まるなら痛い思いはしない・・・」
そう言いつつ、扉を開けて室内を見た。
「「あっ」」
すると、室内にある寝台に半裸になっている男女が居た。
男性の方は豚鬼族であった。
そして、アンヌエットの視線は豚鬼族の股間に注がれた。
「こ、こここ、このへんたいいいいいいいいいいいっ!?」
アンヌエットは顔を真っ赤にさせて叫んだ。するとアンヌエットの叫声を聞いて、他の団員達が殺到して来た。
その結果、団員達はアンヌエットを羽交い絞めにして制止しつつ、半裸の豚鬼族を縄で縛って拘束した後、女性を遠ざけたのであった。
そして、現在に至るのである。
「ふむ。成程な」
信康は話を聞いて、どうしてこうなっているのか分かった。
そして信康は、話を聞いて思った。
「この馬鹿っ! 少しは落ち着けっつの!!」
信康はアンヌエットの頭に手刀を叩き込んだ。
「あいたっ?! いきなり何をすんのよっ!?」
「馬鹿だから叩いたんだよ。夫婦の営みを見ただけで、殺そうとする馬鹿が何処に居る?」
「で、でも」
「少しは、こいつ等の話を聞いたらどうだ? 状況を見ればプヨ軍に代わって、盗賊を退治してくれた功労者だろうが」
「むむむ」
信康の正論を聞いて、アンヌエットは反論出来ずむくれだした。
仕方が無いので、信康が代わりに話を聞く事にした。
「お前等、この村の住人じゃあないのだろう? どうしてこの村に居るのか、教えてくれるか?」
「へ、へえ、分かりやした」
豚鬼族が代表して答えた。その対応を見て、やはりこいつがリーダー格なのだと予想をつけた。
そして信康は豚鬼族から、話を聞く体勢を取った。




