第287話
ヘルムート邸に入った信康達は、そのまま大広間に案内された。
長方形のテーブルの上には出来たての料理が盛られた大皿が並べられており、酒瓶も数え切れない程に用意されていた。
椅子は十二脚しかなかったが、リクレアが隣の部屋から椅子を持って来てくれた。
「さぁ、皆さん。座って下さい。お料理も次から次へと作りますからね」
リクレアがそう言うので、信康達は思い思いの席に座った。
ティファは信康の右隣に座るのが、当然だと言わんばかりに座る。
全員が座るとヘルムートが少し引き攣った顔をしながらも、大広間に入って空いている席に座る。
「さて、お前等。酒なら火酒、麦酒、葡萄酒とか色々有るからな。好きに飲め」
ヘルムートがそう言うので、信康達は好き好きに頼んだ。
リクレアはそれを聞いて、コップと頼んだ酒が入った瓶の口を開けておいた。
酒が置かれた順から、コップに酒を注いでいく。
「皆、酒が行き渡ったな? じゃあ、俺が音頭を取る事にしよう」
ヘルムートは酒を注いだコップを持つ。
「それではノブヤスが帰って来た事と、お前等が昇進した事を祝って、乾杯っ!」
『乾杯!』
全員がコップを高く上げてから、酒を一気に喉ヘと流し込んだ。
『ぷはあっ、最高っっっ!』
全員が息を吐いて、歓喜に満ちた表情を浮かべた。
そして各々で酒を飲んだり、料理に手を付けたりしていた。
信康は酒を飲んでいると、ティファが料理を皿に取り、焼いた肉をフォークに刺す。
「はい。あ~ん」
フォークに刺した料理を、笑顔で信康の口元まで持って来る。
「・・・・・・あ~ん」
信康は口を開けて、料理を食べる。
「美味しい?」
「ああ、美味しい」
まるで夫婦みたいな会話をする、信康とティファ。
少なくともリカルド達はそう思った思ったみたいで、口には出さないが顔がそう言っている。
「あら。貴方達、夫婦なの?」
そんな中でリクレアが、信康とティファを見て言う。
「「いえ、違います」」
二人は異口同音にそう言って否定した。
「ただまぁ恋仲関係にある事は認めます。尤もこう言う関係になったのは、このプヨに来てからですけどね」
「そうよね。前に一度だけ会ってあたしが一目惚れして、少ない情報を頼りにプヨまで来た甲斐があったわ~」
「面識が有ったのはティファだけで、俺は無かったんだけどな。状況が状況とは言え、あの時に俺がお前を殺さなくて良かったと今でも思っているよ」
信康は回想しながらそう言って葡萄酒を呷ると、ヘルムート達は信康の思わぬ発言を聞いてギョッとしていた。
「ず、随分と物騒だね・・・ノブヤスとティファが最初に会ったって言う場所は、何処か聞いても良いかな?」
リカルドが全員を代表して、信康にティファとの出会い方について尋ねてみた。
「別に傭兵なら珍しく無い話だぞ? 前にブリテン王国とマギアランド王国の間に、七週間戦争って大戦が起きたんだ」
「それでノブヤスがブリテン側に雇われてて、あたしはマギアランド側に雇われていたのよ。あの時は死ぬかと思ったわね」
「まぁ、激しい戦争だったからなぁ」
信康とティファは、懐かしそうに当時の事を思い出していた。
傭兵にとって昨日の敵は今日の友となる事も、逆に昨日の友は今日の敵にもなり得るのだ。それは傭兵業界では、当たり前の事であった。
なので信康とティファの話を聞いても、ヘルムート達は珍しいとは思わない。ただサンドラとリクレアを除く全員が信康の実力を知っているので、生き延びれたティファは強運だったなとは思っているが。
「ブリテンか。じゃあノブヤスは、真紅騎士団と実は縁が有ったりするのか?」
ヘルムートは興味が湧いたのか、信康に訊ねて来た。
リカルド達も気になっているのか、信康に視線を集中させる。尤も、飲食する手は止めていないが。
「七週間戦争で俺は、真紅騎士団と行動を共にしてました。その時にヴィラン団長を筆頭に十三騎将とは、何回か交流を重ねましたよ。一緒に食事をした仲ではあります」
「ぶっ!? 真紅騎士団の幹部連中と知り合ってたのかっ!?」
信康の話を聞いたヘルムートは、驚いて麦酒を吹き出していた。
「うん? じゃあ前に討ち取った『双剣』は、実は知り合いだったのかい?」
リカルドは気になったのか、信康に訊ねて来た。
それを聞いて、信康は首を横に振った。
「いや、違うな。七週間戦争が終わった後に俺は真紅騎士団の連中と別れたから、その後に入った新参の幹部だったと思うぞ」
「へぇ、そうなんだ。もう一つ聞きたんだけど、ノブヤスは十三騎将の事をどれだけ知ってたりするの?」
リカルドの次の質問に対して、信康は顎に手を当ててから思案を始めた。
「そうだな・・・全員の顔と名前が一致して、使っている魔宝武具の名前と性能と得意な戦術を知っている程度だな」
「ぶほぉっ!? 何だそりゃっ?! 十分過ぎるだろそれはよぉっ!」
バーンが信康の話を聞いて、酒を吹き出しながらそうツッコミを入れた。リカルド達も吹き出しこそしなかったが、バーンの意見に同意なのかうんうんと首肯している。
「ん? 総隊長。随分と真剣そうな顔をしてますけど、何かお聞きしたい事でもあります? 俺が知っている範囲で良かったら、普通に答えますけど?」
「・・・そうか。だったら遠慮無く聞こう・・・その十三騎将の中に、森人族は居なかったか?」
「森人族? 一団員や部隊長級ならともかく、幹部には半森人族しか居ましたでしたが?」
「半森人族・・・ひょっとしてそいつの名前は、セイラルだったりしないか?」
ヘルムートは複雑そうな表情を浮かべながらそう言うと、信康は驚きながら首肯した。
「良く知っていますね? 『疾風』のセイラル・ハルケルトと言う男なんですけど、異名通り真紅騎士団クリムゾン・ナイツで一番足の速い部隊を率いてます。それから本人も槍の名手で、真紅騎士団ではセイラルの右に出る奴は一人もいませんでしたよ」
信康はセイラルの解説を行うと、ヘルムートは何とも言えない顔をした。
そんなヘルムートの様子に、バーンは疑問を抱いた。
「そう言えば何で、ヘルムート総隊長はそいつの名前を知っているんだ?」
「あ、ああ、俺も元は傭兵だったからな。真紅騎士団の事も一応、それなりに知っているんだ」
「成程」
ヘルムートの言葉を聞いて、全員が納得の表情を浮かべた。
しかし信康だけはヘルムートの顔を見て、何かあるなと思った。
何故ならヘルムートがセイラルの名前をあげた時、丁度料理を持って来たリクレアが目を見開かせてたのだ。
直ぐに気を取り戻したのか、平然とした顔で給仕するリクレア。
これは何か有るなと思いながらも、決して口には出さなかった。
その事を言わないと言う事はこれは踏み込んではいけないという事なのだと思ったからこそ、信康は口に出さなかったのだ。その後も、宴会は続いた。
飲み会が終わる頃には、殆どの者達は酔い潰れていた。
残っていたのは信康、ライナ、ティファ、リカルド、最後にリクレアの五人しか残っていなかった。
酔い潰れたヘルムート達は、リクレアが見てくれると言うので信康達は任せる事にした。
信康達は寮の玄関に戻ると、其処で別れた。
自分の部屋に戻れる事に嬉しく思いながら、信康は自分の部屋に向かう。
扉を開けて、部屋に入る信康。
そして部屋の中には先客が一人居た。
「お帰りなさいませ。ノブヤス様」
その先客とは、ルノワの事だった。




