第286話
「新兵がかなり入ったと聞いていたが、俺がエルドラズにぶちこまれる前とさほど練度は変わらないな・・・それは逆に言えば新兵達の練度を、お前等と同じ位まで底上げしたって事か。皆、良くやってくれたな」
第二中隊の調練を通して練度を図った信康は、ケンプファ達の指導力をそう言って称賛した。
「はい。ノブヤスしょ・・・ノブヤス中隊長がお帰り頂いた時に、みっともない姿を見せない様に調練を施しました」
ケンプファが自慢気に、信康にそう報告する。
「えへん。遅くなりましたけど、少佐への昇進おめでとうございますっ!・・・へへ。まぁ当然だよな。俺達・・も三階級特進したんだから、ノブヤス中隊長もしてねぇ訳ねぇよな!」
トッドは嬉しそうな笑みを浮かべながら、信康の昇進に祝言を送った。しかしその後は腹正しそうな様子で、何かを思い出して愚痴を零していた。
「ありがとう、トッド・・・ん? そりゃどう言う意味だ?」
信康はトッドの言動に違和感を感じて、真意を知ろうとトッドに尋ねた。するとトッドの代わりに、ルノワが口を開いた。
「実はあのパリストーレ平原の戦いの後に、私達にも昇進の連絡が来たのです。その結果が私を含む全員が三階級昇進でした。征西軍団を相手に私達が、ほぼ手柄を独占した結果と言えます」
「そ、そうだったのかっ?!・・・そうか、そりゃ目出たいな。おめでとう」
信康はルノワの報告を聞いて驚愕したが、直ぐに昇進した事を素直に祝福した。信康に祝福されたルノワ達は、嬉しそうに笑みを浮かべた。
更に詳細の話をルノワから聞くと全隊員が三階級特進を果たし、トプシチェ軍との小競り合いで更に昇進したと言う。因みに更なる昇進を果たしたのはルノワ、マジョルコム、ケンプファ、トッド、トモエ、サンジェルマン姉妹、レムリーア、ジーン、鈴猫、コニゼリアの十一名なのだそうだ。
その中でパリストーレ平原の戦い後に入隊し、スピード出世した異色の隊員が縫だったらしい。信康はルノワの話を聞いてから隊員達を見渡すと、確かに胸に蛙の意匠が施された銅色の記章を見に付けている隊員達が大勢居た。
「御蔭で傭兵部隊を再編制する折に、尉官級の隊員を均等に分けた方が良いんじゃないかって意見が出て第四小隊を解体する話も出ました」
「何だとっ!?・・・でもこの様子だと、そうはならずに済んだみたいだな?」
現在の第二中隊の前身であった第四小隊解体の意見があった事実に驚いた信康だったが、現在もこうして残っている第二中隊を見て直ぐに冷静さを取り戻した。
(そうした方が編成が早いってのは、理屈として理解出来るが・・・そうならなくて本当に良かったぜ。そうじゃなきゃ泣いてる)
尉官級の隊員が居れば当時壊滅状態だった他の八中隊の再編成も早く済んだかもしれないが、信康は変わらずに残ってくれた第二中隊の様子を見て改めて安堵した。
「ルノワ。それから他の皆も、大変だったな。御苦労だった」
信康はルノワ達の苦労を察して、今一度労いの言葉を掛ける。それからルノワに、ある事を尋ねた。
「話が変わるが、中隊の編成を聞かせてくれるか?」
信康がそう言うと、ルノワが前に出た。
「中隊編成はこうなります」
ルノワは収納ストレージで出現した黒穴から、折り畳まれた紙を出してそれを信康に渡す。
信康はその紙を受け取り、中身を見る。
「ふむ。隊員数の総数は三百十八名。その内訳は歩兵百十一、騎兵七十、弓兵六十三、魔法使いと魔術師が合計で四十二、偵察兵三十一、衛生兵一か。俺が居た去年と比べて、約三倍の増員か」
信康は第二中隊の増強具合を知って、思わず笑みを浮かべる。
「はい。ノブヤス様が仰る様に、第二中隊だけで三百十八名になります」
「ヘルムート総隊長も言っていたが、他の中隊も似た様な感じか?」
「現状は同数ですが、これからの増員に伴い人数差が多少は出て来るかと。尤も、公平性を保てる様に人数調整が行われると思いますが・・・」
「それもそうか」
信康はその紙を懐に入れた。
「いきなりだが、今日の調練は此処までとする。その理由だが・・・明後日に北部に向かい、盗賊退治に向かうからだ。各員で中隊の出陣準備を済ませて、何時でも出陣出来る様にしてくれ」
『了解!』
信康の発表を聞いて、ルノワ達は敬礼した。
「じゃあ、後は任せたぞ。俺は用事があるから、後は任せても良いか?」
「用事ですか?」
ルノワが首を傾げる。
「ああ、ヘルムート総隊長が俺の帰って来た事でお祝いしてくれるそうだ」
「そうですか。分かりました。後の事はお任せを」
ルノワがそう言うのを聞いて、信康は第二訓練場を後にした。
第二訓練場を後にした信康は、その足で兵舎に向かう。
信康が兵舎の玄関に着くと、既に待っている者達が居た。
「おっ、早かったな」
「お前は四番目だぜ」
「ノブヤスも我慢出来なかった口かい?」
バーン、ロイド、ティファの三人は笑いながら言う。
「遅れたらと思って来ただけだ。待ち切れなかったのは、お前等の方だろう?」
「ちげえねえ」
バーンは開き直りとも解釈出来る態度を見せた。
そして時間潰しとばかりに、信康達は他愛の無い話をする。
何処何処の店の酒は美味かったとか、あの店の給仕は愛想が悪いという、本当に他愛の無い話をした。
しかしそんな話を聞いていると信康は、本当に帰って来れたんだなと思った。
そうして話していると、順番に傭兵部隊の諸将が集まって来た。
そして次に総隊長のヘルムートも兵舎から出て来た。
「どうやら、俺が最後か?」
「いや、リカルドの奴がまだだぜ。総隊長」
「リカルドか。まぁ、あいつは真面目だから仕方がない。リカルドが来たら、行くぞ」
『うい~す』
そう返事をした後は、ヘルムートを交えて他愛の無い話をしだした。
そして集合時間が過ぎてから、凡そ十分後。
「すまない。遅れたっ」
リカルドは息を切らしてやってきた。
どうやら、走って来たみたいだ。
「遅いぞ。リカルド。もう皆、集まってるのによっ」
「す、すまない。・・・ち、ちょっと、知り合いに会って話をしていたら、こんな時間になって、慌てて走ったんだ・・・・・・」
息を整えながら、リカルドは遅れた理由を話す。
「そうか。まぁ、それほど遅れた訳ではないから、問題ないだろう。よし、お前等」
ヘルムートは信康達、傭兵部隊の諸将を見渡す。
「これより俺達は、目的地へと進軍する。その場所とは、俺の屋敷うちだぁっ! 酒はたんまり用意したからな、好きなだけ飲めよっ!」
『おおおおおおおおおっっっ!!』
信康達は手を空へと突き出して歓声を上げた。
傭兵部隊の兵舎から歩いて、数十分。
信康達はヘルムート邸の前に到着した。決して貴族の屋敷に匹敵する程の大きさは無かったが、それでも平民階級から比較したら十分過ぎる程の立派な屋敷だった。
兵舎からそれほど離れていないので、また機会があったら全員で飲むかと話している。
そして、ヘルムートが扉を開ける。
「おぅい。今、帰ったぞっ」
「は~~い」
玄関から大きな声をあげると、女性の声が奥から聞こえてきた。
そしてパタパタと足音を立てながら、玄関に近付いて来る。
玄関から部屋に続く扉を開けて出て来たのは一人の美女だった。
綺麗な顔立ち。青い瞳。翠色の髪をポニーテール。
長身だが豊かな胸に腰は細く、尻がボンと主張していた。
穏やかな雰囲気を出している上に、エプロンを着けているので人妻という感じが出ていた。
「あなた、お帰りなさい」
「おう。それと今日は部下を呼んで来ると言っていたんだが、一人追加しても大丈夫か?」
「ええ、構いませんよ」
「そうか。なら良い」
ヘルムートはホッとした顔で息を吐いた。信康達はこの女性がどの様な人物か推測出来ているのだが、はっきり教えてくれると嬉しいと言う顔をする。
「おっと、紹介が遅れたな。まぁ言わなくても分かるだろうが、一応自己紹介だ」
そう言って、ヘルムートは女性を自分の隣に来させる。
「妻のリクレア・ヘルムートだ」
「初めまして、リクレアです」
リクレアが一礼すると、信康達も一斉に返礼を返した。
「言っておくが、こう見えて俺の古巣だった第二騎士団で、部隊長をやっていた女傑だからな? 酔っぱらって胸や腰や尻に触れようもんなら、肋骨の二~三本は折れる事を覚悟しておけよ」
「やだもう、あなたったら♥」
リクレアは笑顔でそう言って、ヘルムートの脇腹に肘鉄を喰らわす。ヘルムートは痛みで目を見開かせた後、脇腹を抑える。
「では、皆さん。どうぞ入って下さい。もう料理と酒は準備していますので」
『・・・・・はい。失礼します』
リカルド達はリクレアの行動を見て、大人しくしながら屋敷に入っていった。
(そりゃそんな馬鹿な事言ったら、殴られるに決まってるわな。総隊長も馬鹿だなぁ・・・はぁ)
信康は痛みで悶絶しているヘルムートに呆れた様子で見ながらも、肩を貸しつつ遅れて屋敷に入って行った。




