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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第284話

 ヘルムート達と一緒に、会議室に向かう信康。


 室内に入ると、室内に居た諸将から歓声が上がった。


「お帰りなさい。今回は大変だったわね」


「おおっ、元気そうだな。大監獄にぶち込まれてやっと出て来たと思ったら、海賊に襲われるって言う災難な目に遭った割には」


「・・・ああ、確かにな」


「何はともあれ、元気そうで良かったわ」


 ライナ、ロイド、カイン、ヒルダレイアの順番で、信康が戻って来た事に喜びながら次々と声を掛けて来た。


 しかし諸将の中に本来居る筈の人物が、会議室に居ない事に気付く信康。


「ティファは?」


 同僚の一人にして愛人の一人と言っても過言ではない、美女の姿が無い事に不審に思う信康。


「ああ、ティファあいつなら・・・」


 ヘルムートが言葉を続けようとしたら、会議室の扉が大きな音を立てて開いた。


 全員が扉の方に顔を向けると、其処にはティファが居た。


「よう、ティ、ふぁあああああああっ!?!??!」


 信康は挨拶をしようとしたら、ティファが猛烈な即でで信康に体当たりをして来た。


 腹に直撃した事で、信康は声を裏返りながら壁に激突した。


 信康は身体を震わせながら、背中の痛みに耐える。


「・・・・・・おい、ティファ」


「・・・あっはは、久しぶりだね。元気そうで何よりだよっ!」


 ティファは信康に会えて嬉しいのか、目尻には涙を浮かべてはにかんだ。


 そして動物が自分の物だと言わんばかりに、マーキングするかの如く顔を擦り付ける。


 そんなティファの様子を見ては、信康も怒るに怒れず頭を愛おしそうに頭を撫でる。


「・・・クンクン、女の匂いがする」


 ティファは顔をあげて、信康の目を見る。


 信康は特に隠す事無く、その理由を告げる。


「帰って来る途中で、有望な新人を連れて帰って来たからな。此処まで一緒に行動していたから、匂いが移ったんだと思う」


「ふ~ん。あたし達があんたの事で気を揉んでいる間に、悠長に女を口説いていたと?」


 ティファはジト目で、信康を睨み付ける。そんなティファの視線を受けて、信康は肩を竦めた。


「そう言うなよ。海の貴族に攫われていた被害者でな。行く当ても無いし、丁度欲しかった技能を持つ有望な人材だったんだ。これも人助けさ」


「はいはい。どうせ、美人で有能なんでしょうよっ」 


 ティファは身体を起こして、ライナの隣の席に座る。


 むすっとした顔をしているが、拗ねているだけと言うのは傍から見ても丸分かりだ。


「おい。痴話喧嘩は終わったか? そろそろ会議を始めたいんだがな?」


「これは失礼っ」


 信康がヘルムートに謝罪すると、会議室に見慣れない人物が居る事に気付いた。


 その見慣れない人物は、女性だった。


 動き易い服装に、太腿までしかないスカート。


 金髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。女性にしては、身長は高い方だ。


 円らな目に緑玉石の如き瞳。整った顔立ち。恵まれたプロポーションをしていた。


 そして驚くべき事に背中に、白鳥の如き綺麗な白翼を生やしていた。


 今は折り畳まれており、座るのも問題なさそうだ。


「・・・総隊長。こちらの方は?」


「ああ、紹介しよう。お前が居ない間に新設した、第十中隊中隊長のサンドラだ。見ての通り亜人類の一つである、天人族の聖天使族(ケラヴィム)だ・・・口説くなよ?」


「総隊長、俺を何だと思っているんで?・・・まぁ良いか。これはどうも、始めまして。信康と言う者だ。よろしく頼む」


 信康は握手をしようと、サンドラに手を伸ばした。サンドラはその手を見て、自分も手を伸ばして握手した。


「初めまして。第十中隊中隊長、サンドラ・ケラヴィムと申します。貴方の噂は、よく聞いております」


 信康は握手を交わしながら、サンドラを観察した。


 天人族は天使の末裔と言われる亜人類であり、天使の末裔と呼ばれるだけ所以の一つとして背中に翼を持っている。


 この天人族は、二つの氏族で分かれている。


 一つは白翼を持った聖天使族(ケラヴィム)であり、もう一つは堕天使族(ルシフェン)だ。サンドラの姓名から察する事が出来る様に、天人族は氏族名を家名代わりに名乗るのが習わしである。


 この二つの氏族は言わば、森人族(エルフ)黒森人族(ダークエルフ)とよく類似した関係性を持つ。


 翼の他に特徴と言えるのが緩やかに老化する長寿種であり、男女ともに美形で魔法戦士として優秀で空からの偵察を得意としている。


 また今でもその大きな翼と美形が多い事から、見世物又は愛玩用として奴隷商などにも狙われ易い。


「さて・・・此処に全部隊の諸将が集まったので、会議を行いたいが・・・」


 ヘルムートは信康をチラッと見る。


「その前にノブヤスに色々と話したいし、ノブヤスからも聞きたい事があるだろうと思う」


 ヘルムートの意見に異論など無いのか、リカルド達は頷いた。


「よし。じゃあ、ノブヤス。お前は現在の立場や、この九ヶ月間で何があったか聞いてるか?」


「いいえ、何も分かりませんね・・・強いて言うなら、辞令書には俺は少佐に昇進した事が書かれてありました」


「そうか。じゃあ説明しよう。先ず階級の方だが、俺は中佐から大佐になった。お前は少佐になって二番目に偉い階級になったから、第一副隊長で第二中隊中隊長になった。リカルドとヒルダは二階級特進で准佐になり、バーン達は大尉にまで昇進した」


 ヘルムートはそう説明を終えると、信康にある物を手渡した。それは鷲獅子グリフォンの意匠が刻まれた、銀色の記章であった。


「ありがとうございます、総隊長・・・トプシチェから嫌がらせを仕掛けられてると聞きましたが、大丈夫ですか?」


「ああ、それか?・・・恥ずかしい話なんだが、お前の中隊以外は再編成と練兵に集中する羽目になってな。トプシチェとの小競り合いは、第二中隊しか出陣させていなかった」


 ヘルムートからの話を聞いて、信康は安堵の表情を浮かべた。自分の部隊ならば、戦死者は居ないだろうと言う確信と自信があるからだ。


「そうでしたか。それは良かった・・・それはそうと、先刻(さっき)から中隊って言ってますけど、それだけ一部隊の規模が大きくなったと解釈しても?」


「そう言う事だ。去年の戦争とトプシチェの奴隷狩りの所為で、避難民が王都アンシに集中しててな・・・それで食い扶持欲しさに、傭兵部隊に次々と入隊して来た。御蔭で現在の傭兵部隊の総数は、一部隊三百十八だから三千百八十だな。各中隊は一個中隊の規模を超える人数だが、大隊は一千以上居ないと呼べないから中隊って事になっているぞ」


 ヘルムートは国内情勢と、現在の傭兵部隊の総数を信康に伝えた。因みにヘルムートの説明を補足すると、大隊以上の指揮官が部隊長と呼称されているので信康達は中隊長となる。


「随分と増えましたね。隊員が増えた事自体は喜ぶべき事なんでしょうけど、経緯を知ったら何だか複雑ですね」


「ああ、俺もそう思う。だから兵舎の寮が、六棟になったんだがな・・・ノブヤス。悪いが、お前に任務がある」


 ヘルムートはそう言ってから、申し訳なさそうに信康を見た。


「傭兵部隊第一副隊長兼、第二中隊中隊長ノブヤス。戻って来て早速で悪いが、明後日には第二中隊を率いて北部に向かえ」


「はい? 北部にですか?」


「ああ、そうだ。聞いての通りトプシチェが奴隷狩りをやった事で村落を失った住民だが、対応は二つに分かれた。一つは王都アンシや他の都市への避難・・・もう一つは盗賊に身を落として、トプシチェ軍の真似事をしている。ノブヤスの任務は、その盗賊の殲滅及び捕縛が任務になる。復帰戦としては、丁度良いと思うぞ」


「了解しました。御心遣い、ありがとうございます。ヘルムート総隊長」


 信康は敬礼して、その命令を受諾し更に感謝した。


「良しっ! 遅くなったが中止になったパリストーレ平原の戦いの祝宴を、屋敷(うち)で設けてやろうっ! ノブヤスの昇進と帰還も祝う事も兼ねてなっ!」


「おっ! 流石は総隊長だな」


「よっ、プヨ一の理想の上司っ!!」


 ロイドとバーンは囃し立てる。


「女性陣はどうだ? 来るか? 来るなら歓迎するぞ」


「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて」


「あたしも行きます」


「ノブヤスが主役なんでしょう? じゃあ、あたしも行かない訳ないわ」


 ライナ、ヒルダレイア、ティファの三人は承諾した。


「じゃあ細々な仕事を終わらせて、兵舎の玄関に集合だ。良いな!」


『了解!』


 リカルド達は異口同音にそう答えると、早く仕事を終わらせようと一早く会議室から退室した。


 信康も会議室から退室しようとしたら、ヘルムートに呼び止められた。


「ああ、そうだ。忘れてた・・・ノブヤス。実はお前の知人が来ているぞ」


「知人? 誰ですそいつ?」


「ああ、お前が投獄された直後に来たんだが・・・聞いて驚け。何とお前と同郷の東洋人だぞ」


「同郷ですってっ?」


 それを聞いて、信康は警戒心を持った。


 信康の故郷は、大和皇国である。


 祖国を出奔した信康の後を、追い掛ける知り合いは居ない筈だった。


「・・・分からん。何者だ?」


「お前が分からないのに、俺が分かる訳ないだろうが。お前に仕えたいからって言うから、俺の権限でお前の中隊に配属させておいた。中々の実力者で、今じゃ第二中隊の上位者の一人だぞ」


「そいつは傭兵として来たんですか?」


「ああ。傭兵と言う形で、このプヨまで来たそうだぞ。そいつ等は」


「そいつ等・・・・?」


 ヘルムートが言っている事が正しければ、複数人居ると言う事になる。


「全員、女だったぞ。お前の愛人か何かじゃないのか?」


「・・・・・・何とも言えません」


 大和皇国からこのプヨ王国にまで来るとは思えない信康は、困惑するしか無かった。


「ともかく、会ってやれ。極東の島国から態々このプヨにまで、お前に会う為だけに海を渡って来た事になるんだからな」


「そうですね。了解しました」


 信康はヘルムートに敬礼してから、今度こそ会議室から退室して行った。


 途中でトレニアが居る部屋まで行き、トレニアと合流してから第二訓練場に向かった。

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