第283話
プヨ歴V二十七年六月四日。
プヨ王国王都アンシ南門の前。
その南門の前に、信康は降り立った。
「王都アンシよ。俺は帰って来たっ!・・・って感じだな」
信康はそう言い終えると、息を深く吸って呼吸をする。
「此処がプヨの王都アンシですか。結構、大きいですね」
「まぁプヨの最大都市だからな。ガリスパニア地方を通しても、五本の指に入る大都市だろう」
トレニアの感想に対して、信康はそう言って私見を述べた。
トレニアは信康に私見に同意しつつ、ある事を尋ねる。
「ノブヤスさんの所属している傭兵部隊の兵舎って、何処にあるのですか?」
「ああ、ヒョント地区って場所にある。此処から移動するぞ」
信康はトレニアにそう説明すると、馬車の御者役の団員を見る。
「と言う訳で、ヒョント地区の兵舎まで連れてってくれるか?」
御者役の団員は、首肯して頷いた。
「勿論です。ただ恥ずかしながら私も王都アンシは初めてなので、案内して貰えませんか?」
御者役の団員は、気恥ずかしそうに頬を掻いた。確かに物珍しそうに、南門を見ていたので嘘では無さそうだった。
「無論だ。引き続き頼む。終わったら、ゆっくりと観光でもして行けば良いさ」
信康がそう言うと、御者役の団員は笑顔を浮かべた。
「そうですね。実は一週間程休みを頂いてますので・・・色々見て回って、土産の一つでも買って帰りたいと思います。では、出発しますね」
「ああ、そうしてやると良い・・・このまま真っ直ぐ向かってくれ。曲がる時は、事前に知らせるから」
「了解しました」
御者役の団員は馬に指示して、馬車を出発させた。
信康達の馬車が傭兵部隊の兵舎がある、ヒョント地区を目指して進み始めた。
馬車が兵舎の前に着き、信康トレニアは降車した。
信康達を送り届けた御者役の団員は、信康とトレニアに一礼してからその場を去って行った。
「・・・・・・何か、前よりも棟が増えてるな?」
「そうなのですか?」
トレニアは首を傾げる。初めて訪れるのだから、知っている筈も無い。
信康は戸惑いながら、傭兵部隊の兵舎の建物を見渡す。
エルドラズ島大監獄に収監される前は、兵舎の寮は全部で三棟しかなかった。しかし現在見渡してみれば、何故か二倍の六棟に増えていた。
「俺が居ない間に、増設したのか?・・・・・・まぁ良い。規模が大きくなる事は、良い事だ。取り敢えず、兵舎に入るか」
信康は傭兵部隊に兵舎に向かって歩き出すと、トレニアもその後に続いた。
「此処は傭兵部隊の兵舎だが、何か用か?」
門番代わりなのか、傭兵部隊の隊員が信康達に声を掛ける。
信康は、その隊員の顔を見る。
「初めて見る顔だな? 去年の戦争が終わった後に入隊した口か?」
「ああ、まぁそうだな。って、何で分かった?!」
「そりゃ分かるさ。去年まで俺は傭兵部隊に居たんだから・・・自己紹介が遅れたな。俺は傭兵部隊第四小隊小隊長、信康って言う者だ。ヘルムート総隊長は居るか?」
「第四小隊?」
「何処の中隊の第四小隊を言っているんだ?・・・おい。これって一応、取り次いだ方が良くないか?」
「そうだな。俺達で判断するのは不味い。悪いが、ちょっと待っててくれ」
門番役の隊員の一人が、その場を離れた。
信康達は其処で大人しく、ヘルムート達が来るのを待った。
そうして待っていると、複数人の足音が聞こえて来た。
「何だ? 何で、こんな所に東洋人が居るんだ?」
信康達に見掛けて、声を掛けて来る集団が現れた。
そう声を掛けて来たのは、二十代後半位の男性であった。
鋭い目付きに、端正な顔立ちをした美青年だ。
腰に鉈の様な形をした、短剣を数本差していた。
「お前等も初めて見る顔だな? 誰だ?」
信康がそう尋ねると、その男性は笑い出した。
「俺を知らないのか? この『プヨの鷹』の異名を持つこのジョニー・ブライアンをっ!」
自分の事をジョニーと名乗った男性は、自分を指差して言う。
「知らん。と言うか軍服もまだ着てないお前は、明らかに入隊希望者だよな? それに・・・」
信康はジョニーの顔を近付けて鼻を動かす。信康の唐突な行動に、ジョニーはビクッと身体を震わせた。
「土臭いな。お前の実家って、農家だろう?」
「な、何で知ってんだ?」
信康は指摘されて動揺するジョニーに、素性を見抜いた理由を隠す事無く明かす。
「幼い頃から土を弄っていると、身体に匂いって残るんだぞ。それにこの手は、鍬とかそう言うのを握り続けて出来た豆だろ?・・・他に指摘するとしたら、お前の短剣だな。鉈と狩猟用に使う奴だろう? 剣帯の中に入っていても、形状で分かるぞ」
次々と入る信康の指摘に、ジョニー達は驚愕するしか無かった。
「う、嘘だろ。全部合ってる・・・」
「お前の背景から推測するとして大方・・・そうだな。実家から穀潰し扱いされた農民が一旗揚げようと、傭兵になったみたいな感じかね? 何処にでもある、ありふれた傭兵転職事情だな」
信康の言葉に、ジョニーと言う男性は顔から汗を滝の如く流していた。それはジョニーと行動している、男性達も同様であった。
ついでとばかりに信康は、ジョニーの周りに居る男性陣を見る。
「それでこのジョニーって奴の後ろに居るお前等は、こいつと同郷で一緒に戦場に出て一旗揚げようと誘われた口だろう?」
そう言われて男性達は、口から心臓が出そうな位に驚愕していた。
「わぁ、凄いですね。一目見ただけで其処まで分かるなんて」
トレニアは信康の洞察力の高さに感心して、賞賛と共に拍手を始めた。ついでに門番の隊員も信康の洞察力に感嘆してか、トレニアに釣られて拍手した。
「いや。こいつ等を見た感じ、垢抜けないと言うか・・・言い方はちょっと悪いが、オノボリさんと言うのが一目で分かったぞ。まぁ王都アンシの外で暮らしていたんなら、そうなるのも無理ねぇけどな」
「私は分かりませんでした」
トレニアは本当に分からなかったみたいで、信康の洞察力に深く感心していた。
逆にジョニーは恥ずかしかったのか、身体を震わせていた。
「す、すかしてんじゃあねえぞ! 手前っ!!」
ジョニーは一撃見舞おうと、拳を握り振り被る。
「おっと」
信康は自分の顔狙いの一撃を難なく受け止めて、ジョニーの脚を払う。
「おあっ!?」
重心が無くなったジョニーは、地面と顔面が激突しそうになる。しかし信康はその直前で持ち上げたので、ジョニーは地面と口付けをせずに済んだ。
しかし信康は追撃の手を緩めく事無く、ジョニーを倒してから腕を捻リあげながら背中を踏んだ。
「いででででででっっっ!?」
「人を殴るなら、脇を締めろ。そして狙うなら顔じゃなくて、胴体を狙え。狙いが広くなる分、当たり易くなるからな」
ジョニーの腕を捻りながら、信康は指導していた。
「いでででで、ま、まいった。たのむから、うでをはなしてくれ、うでがちぎれちまうっ」
「こんな事で、腕が引き千切れる訳ないだろう? 大袈裟だな」
信康は溜息を吐いた後に、更に腕を捻り上げる。
「いでえええええっ、わ、わるかった、おれがわるかったから、うでをはなしてくれええええ」
ジョニーは痛みのあまり、もう片方の手で地面を叩く。ジョニーの背後に居る男性陣は、オロオロと動揺するばかりだ。
そんなジョニーの反応を見て、どうしたものかなと信康が思案する。
「おおっ、本当にノブヤスじゃないか。・・・・・・って、何をしてるんだ?」
「ノブヤス、無事だったんだな!?」
「元気そうじゃねえかっ、お前」
ヘルムートがリカルドとバーンの二人を連れて兵舎から出て来て、信康が生きている事を喜んでいた。
「うす、信康。ただいま、帰隊致しました」
信康はジョニーの腕を捻りあげながら、敬礼する信康。
「・・・・・取り敢えず、そいつの腕を離してやれ。可哀想だろ?」
ヘルムートにそう言われて信康は漸くジョニーの腕を離したが、まだ背中は踏んだままだった。
「なんか新顔が増えてますけど、傭兵部隊の再編は済んだと言う事ですか?」
信康は首を傾げながら、ヘルムートに尋ねる。尤も信康の心情としては、九ヶ月間もの歳月があったのだから再編など終わっててくれないと困ると思っていた。
「それについては、会議室で詳しく話そう。着いて来い」
ヘルムートがそう言うので、信康は付いて行こうとしたが。
「ああ、いきなりで申し訳ないですけど・・・彼女、どうしたら良いですか?」
「あん?・・・おい。出て早々、女を引っ掛けて来たのか?」
「う~ん。詳しい事は、また後で話します。入隊希望者なんですよ。入れても良いですよね?」
「ああ、そうだな。そう言う事だったら、話は早い。別室に案内するから、其処で待たせろ」
「了解」
ヘルムートがそう言ったので、信康はトレニアを見る。
「と言う訳で、別室で待っててくれ」
「分かりました」
信康はそれだけ言うと、ヘルムート達の後に付いて行った。信康は知る由も無いがこの時の経験が切っ掛けでジョニー達は、信康の強さに惚れて信康麾下中隊への配属を熱烈に希望する事になるのだった。




