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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第282話

 プヨ歴V二十七年六月二日。朝。




 水竜兵団によって、信康を護送する為の馬車が手配された。


 水竜兵団が手配した馬車は、軽く十人は乗れる広さがある大型箱馬車であった。


「ノブヤス少佐。君には大いに世話になった・・・所で、あの話はやはり受けてくれないか?」


 そう言って頭を下げたのは、シュライトだった。その後、少し残念そうに信康にある確認をした。


「ええ、俺はやっぱり傭兵の方が水が合ってますよ。それから大佐。格下の俺に格上の貴方が、頭を下げる必要なんて無いんですよ?」


 信康が苦笑しながら、シュライトに頭を上げる様に言った。


「そうはいかん。君にはまだ礼をしたりないとすら、私は思っているんだ。またドルファンに来る機会があれば、次こそは是非とも我が屋敷に来てくれたまえ。今回ばかりは多忙過ぎて持て成せなかったが、ノブヤス少佐の為ならば何時でも門を開けてあると思って貰いたい・・・それともし我々水龍兵団に転属を希望する場合は、真っ先に私に連絡する様に。ただ今度会った時には、階級が逆転しているかもしれないがな」


「まぁ機会があれば、お邪魔させて頂きます。それと偶々幸運が続いているだけで、階級なんて早々上がったりはしませんよ」


 シュライトの言葉を社交辞令だと取りながらも、信康はそう言って答えた。実は信康は水竜兵団への転属を、シュライトに幾度と無く誘われていたのである。未だに諦めきれない様子のシュライトに信康は苦笑しながら隣に視線を向けた。


「色々と世話になったな。お前等」


「そうだね。本当に色々と世話になったよ」


 そう言ってフンと鼻を鳴らしたのは、ドルフィン商会の会頭たるジャンヌであった。ジャンヌの後ろには、名残惜しそうな表情を浮かべるジャンヌの部下達が居た。


 ジャンヌの部下である女性陣だが、再度呼び寄せたマリーアに頼んで魔眼を解除して貰っているので、既に正常な状態を取り戻している。


「何かあったら、傭兵部隊の兵舎に手紙を寄越してくれ。返事はなるべく早く書くから」


「そうだね。その時はよろしく頼むわ・・・・・・ありがとう」


 小声で感謝の言葉を述べるジャンヌに、信康は笑みだけ浮かべて聞こえない振りをした。


 恥ずかしそうに赤面するジャンヌをからかっても良かったのだが、からかったら収拾がつかなそうなのでやめておいた。


 信康は次に自分の傍に居る、人物に目を向ける。


「で、お前は本当に良いのか?」


「・・・はい」


 そう答えたのは、トレニアであった。


 トレニアは一昨日にプヨ王国への入国と移住手続きを済ませると、ついでとばかりに傭兵志願書にも自署していた。


「別に傭兵にならなくても、薬草を作ってそれを俺の部隊に卸してくれるだけも良いんだぞ?」


 信康がそう言うと、トレニアが首を横に振る。


「薬草作りをするにしても、場所が必要ですから」


「場所か? だったら、何処かの宿かアパートにでも部屋を借りて作れば良いんじゃねえのか?」


 王都アンシに行けば、カルレアがアパートメントを所有している。


 其処を紹介しても良いなと思う信康。


「いえ、薬草作り専用の部屋です。例えば、製作中の薬が空気に触れると毒になったりしますと、周囲への被害が馬鹿になりませんから」


 トレニアはただの部屋では駄目だと言う。


「成程な。じゃあ、そういう専用の部屋が欲しいと?」


「はい。傭兵が暮らす所でしたら、出来ますよね?」


「う~ん。ちょっと上と相談するかもしれんが出来ると思うぞ」


 出来なかったらあのサンジェルマン姉妹に頼んで、如何にかさせるかと思う信康。


「少佐殿。トレニアさん。そろそろ出発したいのですが」


 水竜兵団が手配した御者役の団員が、申し訳なさそうに話に入って来る。


 話には割り込みたくないという顔をしていたが、任務の時間が決められているので話に割り込むしかない様であった。


「おおっと、そうだな。すまない。じゃあ、乗るか」


「はい」


 信康達は馬車に乗り込んだ。


 御者役の団員も続けて、御者台に乗る。


「じゃあな。もう一度言うが、何かあれば手紙をくれよ。俺も何かあったら連絡するから」


「ああ、了解だよ」


 ジャンヌが手を振るので、部下達も釣られて手を振り出した。シュライトは敬礼をして、信康を見送る。


 信康は身体を出して手を振った。


「ではお二方、出発させますよ」


 そう言って、御者役の団員は馬に鞭打った。


 馬はゆっくりとだが歩き出し、馬車もその動きに合わせて動いた。ジャンヌ達は馬車が見えなくなるまで、信康達を見送った。


 信康もジャンヌ達が見えなくなるまで、手を振った。




 プヨ歴V二十七年六月四日。




 プヨ王国王都アンシのヒョント地区。


 その地区にある、傭兵部隊の兵舎にある会議室。


 傭兵部隊の総隊長であるヘルムートと、中隊長である主な諸将がその会議室の中に居る。


 会議かと思われたが、その割りに空気が殺伐としていた。


「ヘルムート総隊長。その報告は本当マジなのかよ」


 部隊長の一人であるバーンが、叩き割らん勢いで机の叩いて大声をあげる。


「ああ、昨夜入って来た情報だぞ。まず間違いない」


 ヘルムートは持っている書類に目を向ける。


「五月二十九日の朝に補給艦ドルファン号が海賊の襲撃を受けて、乗組員の三分の二が死亡。エルドラズから出獄して来た傭兵・・・つまりノブヤスは連れ去られて行方不明だそうだ」


「有り得ねえだろうっ!? 海賊が軍艦を襲うとか、それも荷を持っていない空の船だぞっ! 陸で言やぁ、盗賊が行軍中の騎士団に襲い掛かる様なもんだっ!」


 バーンが怒鳴りながら言う。


「確かに、可笑しいね。それに空荷の船の何か襲っても収穫なんか無いだろうに」


「それを言ったらその船を襲って、海賊に何の利点メリットがあるの?」


 バーンの言葉に続く様に、リカルド、ヒルダも思っている事を口に出す。


「そう言われたら、そうかも知れないが・・・相手は海賊だぞ。船を見つけたら襲うのが、海賊って奴だからな。単純に運悪くまたは間抜けな海賊が襲ったのが、偶々空荷の船と言う可能性も捨て切れないぞ?」


 カインはどちらかと言えば、それは考え過ぎではと言う意見を出した。


「そうね。私もそう思うわ」


 ライナも同意見とばかりに言う。


「でもよ。流石にこれは有り得なさ過ぎるだろうがよっ」


 バーンは癇癪を起した子供の用に、机をバンバンと叩く。


「まぁ、落ち着けバーン。お前等の意見も分かるが、カイン達の意見もあながち外れているとは言えないだろう?」


 ロイドは怒るバーンを宥める。


 それでもバーンは怒りが収まる気配はないが、落ち着きはした。


「確かにな。まぁ状況が状況だから、色々な事が考えさせられるぜ」


 バーンは頭を掻きながら、冷静になろうとした。


「そうだな。此処じゃあ、憶測で話すしかないからね。しかも既に事件が起きてから、一週間以上経ってる。ノブヤスも無事だと良いんだけど・・・」


 リカルドも気を静めようと、深く息を吸った。


 二人の様子を見て、ヘルムートも安堵した。


「落ち着いたか。二人共?」


 そう言うと、二人は頷いた。


「お前等までルノワやティファ達みたいに、報復とか考え出して飛び出しはしないか、ヒヤヒヤしたぞ」


「は、ははは」


「流石に、あそこまではなぁ」


 リカルドは乾いた笑みを浮かべ、バーンは同意を得たとばかりに、全員の顔を見る。


 揃って同意見なのか、全員が頷いた。ティファも中隊長なのだが、会議の内容を聞いて暴走しては迷惑極まりないので参加させていない。信康麾下のルノワ達も、ティファと同様に会議には参加させていない。


「それにしても、奴さん。何時の間にあのティファを口説いたんだ?」


「さぁな。日頃からそれなりに親しくしているとは思ったけど、まさかあそこまで想われるとはな」


「今更思い出したが・・・ティファを抑える様に言われている、新設した第十中隊はちゃんと抑え込んでいるのか?」


「大丈夫だろう。今の所、暴走したって報告は受けてないから」


「ノブヤスが率いている中隊は、何か沈黙しているな」


「そうだな。ノブヤスが捕まった時は、一部はザボニーの証拠集めに奔走していたけど」


「あの中隊は唯一、壊滅せずに残ってた部隊だったからな。ノブヤスが居なくても、指揮系統はしっかりしている。無駄に騒いだりしたら、余計にノブヤスの身が危なくなるというのが分かっているんだろう」


「成程な。総隊長。これから、俺達はどうします?」


「其処だけどな・・これから如何するべきか、お前等の意見も」


 ヘルムートが言葉を続けようとしたら、扉が勢い良く乱暴にノックされた。


「総隊長っ! 大変ですっ! 総隊長っ!!」


「何だっ!? 会議中だぞっ!!」


 唐突なノックを聞いて、ヘルムートは扉越しからノックをして来る隊員を怒鳴り付けた。


しかしノックをした隊員は構わず、会議室に入室した。


「騒がせてすみませんっ! ですが王都アンシで今、号外が配られているんですっ!! こちらを御覧下さいっ!!」


「何っ!? 見せろっ!!」


 ヘルムートが隊員の持っていた新聞を奪う様に取ると、机の上に広げた。リカルド達も自然とヘルムートの背後に回って、広げた新聞に目を通した。


 其処には題名が『大海賊『海の貴族』遂に捕縛される』と書かれていた。




『プヨ歴V二十七年六月二日。朝。


 プヨ王国が誇る大名門であるプヨ五大貴族の一角であるイースターニュ公爵家が昨日、衝撃の発表を行った。それは長年に渡りプヨ王国近海で猛威を振るう四大海災の一角とされる、大海賊である海の貴族の捕縛及び壊滅の発表だったからだ。


イースターニュ公爵家現当主であるグランド・フォル・イースターニュ公爵からの発表は以下の通りである。


 プヨ歴V二十七年五月二十九日。朝。


 水竜兵団所属の補給艦ドルファン号が海の貴族の襲撃を受け、激しい戦闘の末に乗組員二百名の内の百五十名が死亡した。


 その際に多数の不正行為が発覚した事で現在指名手配中のザボニー・フォル・ヒルハイムの謀略によって、冤罪を被せられエルドラズ島大監獄に投獄され出獄したばかりの傭兵部隊所属のノブヤス少佐(十代後半?)が海の貴族によって誘拐された。


 後に発覚した事だが、冤罪が晴れた事で出獄したノブヤス少佐をプヨ本国に帰さない様にするべく、ザボニーによって海の貴族が依頼された事だと発覚した。


 因みに何故ドルファン号の乗組員達が海の貴族の海賊達の手に掛かって皆殺しにされなかったのかと言うと、ノブヤス少佐が海の貴族に投降し、更にその隙に機転を利かせてドルファン号の生存者を逃がしたからだと、後にドルファン号艦長のシュライト・フォン・アーヅヴェント大佐が明言している。海の貴族に拘束されたノブヤス少佐は海賊船内の牢屋に入れられたが、本拠地に向かう途中でドルフィン商会の商船と遭遇。海の貴族の海賊達は行き掛けの駄賃とばかりに欲の皮を張って、ドルフィン商会の商船を襲撃した。


 その騒動に乗じてノブヤス少佐が拘束を解き、牢屋を破り見張りも倒して脱走。背後から海の貴族を急襲し獅子奮迅の活躍を以て、ドルフィン商会と共に海の貴族の海賊達を一網打尽にしたと言う。


 その際にドルフィン商会のジャンヌ・ベルティーレヴル会頭が、長年正体不明とされていた海の貴族の首領の捕縛に成功した。


 この功績によりジャンヌ会頭も、ノブヤス少佐と共に表彰され多額の報奨金が授与された。更にベルティーレヴル家は曽祖父の代まで男爵位を持つ貴族であったと言う事実を鑑みられ、貴族位を叙爵される可能性も出て来た。


 イースターニュ公爵はこの件について『海の貴族の捕縛は実に目出度い朗報だ。しかし四大海災の勢力バランスが崩れた事による影響もまた、これから懸念されるべき事案である。我々プヨ王国海軍はその誇りに掛けて、残りの四大海災を筆頭とした海賊討伐を約束する』と宣言した』




『・・・・・・・・ええっ!!?』


 ヘルムート達は記事に書かれている内容を見て、目を疑った。


「・・・・・・ノブヤス(あいつ)。何処に行っても注目を浴びるな~」


 溜息を吐くヘルムート。


「まぁ話題の中心に居るのが、ノブヤスらしいと言えばらしいがな」


「言えてるな」


 バーンとロイドが新聞を読んで、感心半分笑い半分で話していた。


 ヘルムートは二人の言葉を聞いて苦笑いした。


「まぁ何だ。ノブヤスの安否が分かったのは僥倖と言える。となれば遅かれ早かれ、この王都アンシに向かっている筈だ。それなら・・・」


 ヘルムートが話している最中に、トントントンと部屋の扉がノックされた。


「総隊長、今よろしいでしょうか?」


 扉越しから、ヘルムートは声が掛けられた。


 ヘルムートは今度は怒る事無く、冷静に返答する。


「何だ? 何かあったのか?」


「はい。ヘルムート総隊長に取り次いで欲しいと希望している東洋人が居るのですが・・・」


「何だと?・・・何か前にも有ったな・・・・・・・・・・そいつは何て言っているんだ?」


「はい。傭兵部隊に所属している、第四小隊小隊長のノブヤスと名乗っております」


『・・・・・・・・ええっ!!?』


 ヘルムート達は再び、異口同音に驚きの声を上げた。

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