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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第277話

 ジャンヌを部屋に運び、信康は事情を訊ねた。


「ふーん。随分と金に執着していると思ったら、お前はそんな事情を抱え込んでいたのか。それと表向きはドルフィン商会と言う商会の会頭をして、裏では海賊って二つの顔を使い分けていたとは強かな奴だな」


 そして状況が漸く落ち着いてからジャンヌは、ベルティーレヴル男爵家の苦難の歴史について聞く事が出来た。


「あんたには、悪いと思ったよ。でも、こうでもしないと家の復興は出来ないからね」


「勘違いされちゃ困るが、俺はお前等を怨んでなんざいない・・・だがプヨには帰りたいから、取り敢えず何時でもこの島から出れる様に、出港準備だけ済ませてくれるか? 口約束だけで申し訳無いが、ジャンヌには一切危害は加えないと約束しよう」


「・・・・・・本当?」


「武士に二言・・・と言われても分からんよな? お前が信じるものに誓って、約束しよう」


 信康にそう言われたジャンヌは考えた。


「あんたを信じる・・・しかないよね」


「・・・・・・まぁ、そうなるな」


 そう言った信康は退室していった。


「トレニア、お前はシキブの分身と一緒にジャンヌを見張れ。大丈夫だとは思うが、念の為だ」


「わ、分かりました」


 トレニアは信康の言われた通り、ジャンヌの見張りについた。


「さて・・・あそこまで話を聞いた以上、放置するのも後味が悪いな・・・それにこんな良い女、みすみす手放すのも惜しい・・・・・・」


 信康はそう言って、顎に手を添えて考え続ける。


「っ!・・・ちっ」


 すると、ある妙案が信康の脳裏に一つ思い浮かんだのだが、その妙案を実行するのに必要な人員が足りない事に気付いて、思わず舌打ちをした。


「・・・師匠がこの場に居れば、相談出来るんだがな」


 信康は心底残念そうに、深い溜め息を吐いた。


「儂を呼んだか? 馬鹿弟子」


「なっ?!」


 突如、通常なら有り得ない聞き覚えが有り過ぎる美声が室内に響いた。信康は驚きからか、椅子から勢い良く立ち上がった。


 其処には、信康の師匠であるディアサハが立っていた。


「・・・・・・」


 信康としては眼前に何の前触れも無く、突如として現れたディアサハに津波の如き勢いで質問をしたかった。


 しかし無駄な問答はしても意味ないと思い、信康はディアサハに一つだけ訊ねた。


「師匠、一つだけ聞かせてくれ・・・何処から知っている?」


「お前が補給艦から、海賊共に連行される所からだな」


「・・・えっ」


 ディアサハの言葉に信康は驚きを隠す事が出来なかった


(一部始終全部じゃねえかっ!?・・・俺、師匠に監視されている?)


 信康は一瞬だけ背筋が凍る思いがしたが、表情には出さずに刹那の間、沈黙する。


 信康は、沈黙を破って口を開いた。


「師匠、先ずは礼を言わせて欲しい。助かったよ」


「ほう・・・殊勝な心掛けと言いたいが、儂は今回の件には何も手出しなどしておらぬ。その礼とは、一体何を指示しておる?」


 信康は姿勢を正してから、頭を下げてディアサハに礼を述べた。


 そんな信康に対して、ニヤ付くのを必死で堪えながら信康に訊ねる。信康はチラッと自身の影を見てから、直ぐに答えた。


「あんたが俺にシキブをくれなかったら、こうも無血で問題を解決出来なかった。だから礼を言わせてくれ。師匠、ありがとう。感謝している」


「・・・ふふっ。そうかそうか。しかしそれは、些か過小評価が過ぎるのではないか?」


「いいや、そんな事も無いさ。俺だと最悪、全滅させてたかもしれないからな」


 信康は傭兵として過去の経験から、そう結論付けていた。


「ふっ、そうか。まぁ儂の弟子なのだからな。自分を客観的に評価出来るのは、一流の戦士の証と言えよう。もしこれで自惚れた妄言をほざく様ならば、改めてエルドラズに連れ帰って鍛え直さねばならぬと思ったぞ。我が弟子よ」


 信康が話した内容を聞いて、ディアサハも納得して頷いた。


 一方で信康は、出たばかりでまた戻るのは嫌だったぞと内心で思っていた。


「師匠が此処に居るのは、僥倖としか言い様が無い。いきなりで悪いんだが、一つ頼みたい事があるんだ。聞いてくれないか?」


「何だ?」


 信康の頼み事の内容が気になって、ディアサハは耳を傾ける。


「マリーをこの無人島に連れて来る事って出来ないか?」


「『太陽の目を持つ女(マタハリ)』をか?・・・何を企んでいる?」


「実はな・・・・・・」


 信康は自身が思い付いた妙案について、ディアサハに協力して貰うべくその妙案の全容を説明した。ディアサハは信康の妙案を聞いて、顎に手を付いて一考する。


「ふむ・・・成程な」


 ディアサハは信康の妙案を訊いて、静かに思案する。信康はタイミングを見計らって、ディアサハに訊ねた。


「其処でだ、師匠。マリーをこの部屋に転移させられないか?」


「造作も無い。だが洗脳ならば、お前だけでも出来る筈だぞ? 何故自分でしようとはしない?」


「分かっている。でも失敗したら、面倒な事になるんだよ。これは例え話だけど・・・名剣が欲しかったら師匠は技術を持っているだけの奴と、名匠って呼ばれてる奴。どっちに頼みたい?」


 ディアサハは信康の質問を聞いて、その意図を理解した。要するに信康は習得したばかりの自分の洗脳魔法よりも、マリーアの魔法の腕の方が信用出来ると言っているのだ。


「良かろう・・・しかしその女は、お前を奴隷として売り飛ばそうとした女ぞ? お前が其処まで義理立てする必要が、何処にある?」


 ディアサハは氷の如く鋭い眼で睨み付けながらそう訊ねた。信康を奴隷として売り飛ばそうとした事実が許せなかったのだろう。


 今にも手に持っている全てを貫く赤き翔棘(ゲイボルグ)でジャンヌを一刺ししかねないディアサハを宥めながら、信康は苦笑して言った。


「そうだな。強いて言うなら・・・良い女だから、唾を付けておこうと思ってな」


「そんな理由だろうとは思った。全く、お前の女好きは筋金入りじゃな。少々待っていろ」


 ディアサハは信康の女好きに呆れながら、一瞬で姿を消した。


 それから直ぐにマリーアが、エルドラズ島大監獄から小島まで転移して来た。


「この様な場所で再会するなんて、思ってもいなかったわ。ああ、ディアサハから貴方の事情と計画内容は聞いているから、説明しなくても大丈夫よ。でも出獄して早々、大変だったわね」


 マリーアは揃って笑みを浮かべながら、信康に挨拶をした。信康も喜びを表面には出さない様にしつつ応えた。


「話が早くて助かる。先ず、来てくれて礼を言う。感謝するぜ」


 信康は礼を述べるとマリーアを見る。


「・・・早速で悪いが、お前は牢に居る海賊を全員、魅了して操れ」


「分かったわ」


「一応護衛の為に、シキブも付けてやる」


 信康が指を鳴らすと、信康の影からシキブが出て来て分身体を生み出した。


 マリーアは信康の了承を得ると、分身体を連れて部屋から退室した。

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