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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第276話

 プヨ歴V二十七年五月三十日。朝。




 信康とトレニアが監禁されていた牢屋に、海の貴族の海賊達が監禁されていた。


「くそっ!? このっ! このぉっ!!」


 海賊の一人が、格子に体当たりする。


 しかしどれだけ体当たりを繰り返そうと、牢屋の格子はビクともしない。


「駄目だっ! 全然壊れる気配がしねぇっ!」


「畜生っ・・・この牢って、こんなに固かったのか?」


「馬鹿野郎っ、忘れたか? この牢そのものが、魔法道具(マジックアイテム)になっているんだぞ」


 副船長はそう言って、牢屋について語り始めた。


「最初はこんな頑丈な牢屋じゃなかったそうだが、獣人を捕まえた際にぶち破られたそうでな。それで二度と脱走されない様に、大枚を叩いて用意したらしいぞ」


「何だってっ!? そんな話、初めて聞いたぜ。副船長っ!」


 海賊の一人にそう尋ねられた副船長は、引き続きこの魔法道具の牢屋について話を行う。


「専用の鍵以外で開けようと思ったら、城壁もぶち壊せる大魔法でも使わんとこの牢は破れねぇと俺は先代から聞いてるんだが・・・」


「それだったら捕まってたあいつ等は、どうやって此処から抜け出しやがったんだ?」


「知るか。身体を小さくしたか、それとも擦り抜けたか・・・って、んなこたぁどうでも良いっ! それよりも今は、お頭の事だっ!」


「ああ、そうだな。この牢にも居ない。おーい、隣の牢は如何だ?」


「副船長っ! こっちにお頭は居ないわっ!!」


 反対側の牢屋に副船長が呼び掛けると、女性海賊の一人がジャンヌは居ない事を報告した。


 現在の牢屋がある部屋では、二つの牢屋に男女で分かれて監禁されていた。


 男性海賊の方が人数が多いので、必然的に男性海賊側の方が密度が高くなっていた。


 それから海賊達は、自分達の首領であるジャンヌの事を考え始めた。


 人員確認は済ませており海の貴族の海賊で、牢屋に居ないのはジャンヌしか居ない事は把握している。


 そして奴隷として売り飛ばす予定だった、信康とトレニアも牢屋には居ない。


 状況証拠から自分達は牢屋を脱走した、信康とトレニアの手によって捕らえられたと推測するのは簡単だった。


「あいつ等、お頭をどうするんだろうな?」


「お頭を捕まえたんだったら、やる事なんざ二つしかねぇだろ。尋問に、それから・・・」


 副船長はそれ以上、言うのは止めた。


 向かい側の牢屋には女性海賊達が居るので、それ以上口にするのも憚られたからだ。


「・・・まぁあのお頭の事だから、そう簡単に負けやしないだろう」


「だな。寧ろお頭の事だ。縛られてもあの東洋人の首を食い千切って、血塗れになって俺達の所に来てくれるかもしれないぜ?」


 海賊の一人がそう言うと、周りの海賊達は笑い出した。


「おやおやぁ? 牢にぶちこまれている癖に、随分と賑やかな笑声が聞こえるな?」


 そんな笑い声が聞こえる中で、聞き慣れない声が聞こえて来た。


 海賊達は一斉にその声がした方に顔を向ける。


 其処に居たのは、信康だった。


「手前っ!? よくも俺達をこんな所にぶち込みやがったな!」


「俺を出せ! 手前なんざ、俺一人でぶちのめしてやる!」


 怒りのあまり信康に怒号を浴びせながら、牢屋の格子に手を掛けて揺する海賊達。しかしどれだけ海賊達が暴れようとも、牢屋の格子は壊れる様子は見えない。そんな海賊達の様子を見て、嘲笑を浮かべる信康。


「まぁ、落ち着けよ。俺は別にお前等に恨みはないんだ。良い話を持って来たんだが、どうだ?」


「ふん。此処がどう言う所か分かったか? じゃあどうするんだ?」


 副船長は信康の口調からこの場所が小島だという事が分かったと察して、信康の言葉の続きを訊く。


「今から俺は、お前等に二つの選択肢を与える」


 信康は指を、二本立てて海賊達に見せた。


「二つだと?」


「一つは、此処で餓死するまで放置されるか。まぁ三日もあれば餓死死体の完成だ。もう一つは俺に従わず、プヨの海軍が来るまで牢屋の中に入れられているかだ」


「・・・・・・選択肢はもう一つあるだろう」


「そんなもん用意してやった覚えなど無いが、それは?」


「俺達がこの牢から出て、手前をぶっ殺す事だっ!」


 副船長は信康をねめつける。


「はっはっはっはっ。それは面白いな」


 副船長の啖呵を聞いて、信康は口元に笑みを浮かべた。


 尤も、その笑みは嘲笑の類ではあったが。


「それよりも、俺達のお頭はどうした!? お頭を出せっ?!」


「ああ、それってジャンヌの事か? おーい」


 信康が声を掛けるとシキブが手に鎖を持って、その下までやって来た。


「何だ。あいつは?」


「何処に居たんだ?・・・・・・っ!?」


「おい。どうし・・・・・おっ、お頭ぁっ!?」


 海賊達はシキブの背後から、登場した人物を見て目を疑った。


 何故ならシキブの背後から、鎖付きの手錠を手に嵌められた状態のジャンヌを居たからだ。


 顔には青痣になっている殴られた痕跡があり、その上に服は所々破けていた。


 その姿を見て、海賊達はいきり立つ。


「手前っ、よくもお頭を!」


「出しやがれっ!? 手前をぶっ殺してやらぁっ!!」


「はっはは。海賊共がこうまで怒るとは、よほど人望があるんだな。ジャンヌ」


「・・・・・・・」


 信康にそう呼ばれても、ジャンヌは答えなかった。


 虚ろな目で、ただ前だけ見ていた。


「ふむ。少しやり過ぎたか。あの時の威勢は、全く何処に行ってしまったのやら。はははっ」


「手前っ!?」


 海賊達は増々怒り狂うが、信康はうるさいとばかりに手で遮った。


「さて、其処で相談だ。こんな状態なこいつでも、お前等は大事な頭なんだろう?」


 信康がそう尋ねると、牢屋から当然だと叫声が次々と海賊から上がって来た。


「そう言えばもう一つあるな。俺がこいつを人質にして、プヨに帰るという方法があるな。どうする?」


「て、てめええ」


「ふざけた事を言うんじゃねえっ」


「お頭に手を出したら、ぶっ殺すぞ⁉」


「ははは、吠えるな吠えるな。少し考える時間をやろう。それまで、じっくり考えるがいい」


 信康はそう言い、ジャンヌ達を連れてその場を離れて行った。


 その背に向けて、海賊達はあらん限りの罵倒を叫んだが、信康は足を止める事は無かった。

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