第274話
海の貴族が本拠地にしている、小島の中にある部屋。
其処は食堂になっているみたいで、大皿に調理された肉、魚、野菜などがテーブルを覆い尽さんばかりに置かれていた。
大きな樽は蓋が外されており、その中身が見える。どうやら酒みたいだった。その酒樽の中に海の貴族の海賊が、木製ジョッキを突っ込んで酒を掬う。
掬った酒が入ったジョッキを、持った海賊は高く持つ。傍にいる海賊の手にも、酒が入っているジョッキを手に持っていた。
「「かんぱ~~いっ」」
海賊達はそう言ってジョッキをぶつけると、ジョッキの中の酒を喉へと流し込んだ。
二人は一気に飲むと、ジョッキを置いて「ぷはああああっ」と息をついた。
そして、ゲラゲラと笑い出した。
他の海賊達も似たり寄ったりなもので、皿に盛られた料理を手で掴んでかぶりつきながら、近くに居る海賊と話している。唾と口の中に、残ったカスを飛ばしながら気にする事無くだ。
今日の襲撃で挙げた戦果について、話している海賊も居る。
乗組員を二人倒したと誰かが言えば、俺は四人倒したという者が出て来た。
そうして話していると口喧嘩になってしまい、終いには取っ組み合いの喧嘩となった。
他の海賊達はその喧嘩を見て賭けをしたり、見世物として笑いながら酒を飲んだりしていた。
そんな部下である海賊達の様子を見て、海の貴族の首領は酒を飲みながら微笑んでいた。
海の貴族の首領は宴会と言う事で、認識を阻害する魔法道具を外して姿を見せていた。
その姿は女性であった。
長身で軽く女性の平均身長を、上回る上背がある。
肩幅も広かったが、それでいて女性らしく腰は引き締まり尻は張っていた。一番目が行くのは、その豊満な胸であった。
その胸は大きく膨らんでいるを通り越して、超乳と言える大きさであった。
果実で西瓜と表現しようと、今一つ表現し切れていない大きさを誇っている。
敢えて例えるのであれば、小山であった。
しかもただ単純に、その胸は大きいだけでは無かった。重力に負けて垂れる事無く、ボンと存在感を出していた。
金髪をクラウンブレイドにし、真珠みたいに白い美肌を持っていた。
胸の所が今にも弾けそうな黒いコルセットと、黒いタイトなズボンを着用している。
その上に金糸や銀糸をふんだんに使い、ちょっと重そうな装飾をつけられた上着を羽織っていた。後はオシャレなのかウエストの所に、赤いスカーフが巻かれていた。
目鼻が大きな顔立ちで、海を連想させる深い青さを持つ蒼玉石の如き瞳を持っていた。
この女性の名前はジャンヌ・ベルティーレヴルと言い、海の貴族の現首領だ。
先祖はベルティーレヴル男爵家としてプヨ王国に仕えていた、ドルファン近辺に領地を持つ領主貴族であった。しかし領地運営に失敗してその責任を問われて、貴族位を没収されて平民に落とされた。
元々は船舶を使った交易で財を成していたので、その時の伝手を使い海賊に鞍替えしてプヨ王国近海では悪名を轟かせる海賊となった。
海賊と言う立場を利用して、プヨ王国の貴族達と表に出せない裏取引をしたりしている。
「今日は誰も死なないで、良かったですね。お頭」
そう声を掛けるのは年配の海賊であり、ジャンヌの父親の代から仕えている副船長だった。
「ああ、そうだね」
ジャンヌも同意とばかりに、副船長の言葉に頷いた。
「今回の依頼で、海の貴族おれたち懐はかなり潤いましたぜ。これぐらいあれば、冥界の悪魔号の整備費や装備の補充などしても釣りが来ます」
「そうかい。でも」
「ええ。御家を再興させるとしたら、まだまだ足りません」
副船長がそう言うのを聞いて、ジャンヌはコッソリと溜め息を吐いた。
これまで海の貴族は結成当初から奴隷売買に港町へ略奪、商船の襲撃に時にはプヨ王国海軍とも戦闘等々をして来た。
その長年の活動の成果なのか、現在ではその辺の貴族や商会よりも財力があった。
その財を使ってジャンヌが望む事はただ一つ。それがベルティーレヴル男爵家の再興だ。
ジャンヌの曾祖父も、祖父も、父もそれを夢見てしたくもない海賊稼業に勤しんでいた。
しかしどれだけ財を溜めても、貴族に復帰する方法が見つからなかった。
(金だけ積んでも、後ろ盾が無いと貴族には成れない。だから取引の為に、貴族達の言う事を聞いていたけど・・・)
貴族の言う事を聞いてその内に、自分を貴族に推薦する様に頼む心算だったジャンヌ。
その繋がりがある貴族達も最近、不正や横領などで次々と逮捕されていると言う話を聞いている。
それにより自分達との取引は明るみに出る可能性が高いが、普段から身に着けている魔法道具の御蔭で正体が露見する心配は無い。しかしこれでは、自分達が裏で頑張った意味がないではないかと思えた。
(ああ~何処かに手っ取り早く貴族になる方法がないものかしら・・・・・・うん?)
沈んだ気分になっているジャンヌの視界の端に、何か見えた。
一瞬だったので、良く分からなかったが黒い何かみたいだと思った。
「ねぇ。あそこに今、何か黒いものが見えなかった?」
「いえ、そんなのは見てないですぜ」
副船長がそう言うので、ジャンヌは見間違いだと思いその事を頭の中から追いやった。
後でその時見たものを、よく探しておけばと後悔する事も知らずに。
海の貴族の海賊達が宴会を開いて、ドンチャン騒ぎをしている頃。
信康は牢屋の中で、熟睡していた。トレニアも背中を壁に預けて、座りながら就寝に就いていた。
そんな二人に、何者かが接近して行く。
「・・・・・・っ!?」
その何者かは殆ど音は立てていないのだが、トレニアの耳にはハッキリと聞こえるみたいだ。
この島に居る海の貴族の海賊であれば、音を立てないのはおかしい。であれば、侵入者と言う事になる。
その侵入者がどんな目的で此処に来たのか分からない以上、身構えるトレニア。
夜なので明かりなどはないが、トレニアの目には何の問題も無かった。
森人族エルフの目は、人の目には見えない微かな光すら見る事が出来る。
トレニアが暗闇の中をジッと見ていると、その暗闇の中から突然人が出て来た。
驚くトレニアだったが何が来たのか気になり、警戒しながらジッと見ていた。
「お待たせしました。御主人様」
その者が突然、御主人様マスターなどと言い始めた。
牢の方を向いて行っているので、その何者かの御主人様は牢内に居る事になる。
牢内には、トレニアと信康しか居ない。しかしトレニアにはその様な呼び方をする、知り合いなど一人も居ない。
そう考えると、その御主人様マスターと該当する人物は一人しか居なくなる。
「御苦労様、シキブ。先ずは明かりをくれ」
「はい。少々お待ちを」
シキブは牢に掛かっている松明を取り、自分の手を近付けた。
その手は赤くなっており、松明に触れるとぼうっと火が着火した。
明かりが確保出来た事で、シキブの顔が見える様になった。
「海賊共はどうした?」
「はい。全員、料理に盛った睡眠薬の効果で眠っております」
「よし。ではそろそろ、行動開始と行こうか」
信康はそう言って立ち上がる。
その動きに合わせてシキブが手の形を変えて、牢屋の鍵穴に差し込んで鍵を開けた。
信康は牢屋を出ると、身体を伸ばした。
「お前が居たら、どんなに強固な施錠も無意味だな。シキブ・・・海賊共が居る所に案内してくれ」
「畏まりました」
シキブの案内で信康は歩き出そうとしたが、足を止めて振り返った。
「お前はどうするんだ? トレニア」
「あ、あの、では・・・私も付いて行っても良いですか?」
「良いぞ」
トレニアは牢を出て、信康の隣に来る。
そしてシキブを先頭にして、信康達は歩き出した。
「あの、聞いてもいいですか」
「何だ?」
「あのシキブ? と言う方は人間ですか?」
「いや、違うぞ。先刻さっきのを見てなかったのか? シキブは不定形の魔性粘液だぞ」
「ぶっ?!」
トレニアは驚きのあまり噴き出したが、直ぐに両手で口を抑えた。
「し、不定形の魔性粘液って、魔物の中でもSS級に分類される最強の魔物じゃないですかっ!?」
「そうらしいな」
「・・・・・・ど、何処で見つけたんですか?」
「見つけたと言うか、貰ったんだよ。俺の師匠がな、気前良く俺にくれたんだ」
信康はディアサハの事を除けば、話しても問題無いと判断して正直にそう言った。
一方でトレニアの方は、驚きと共に信康の師匠の存在が気になった。
「そうですか。それはまた、凄い方に師事しているんですね・・・あの、人を襲ったりは?」
「俺やあいつに敵対しない限り、大丈夫だろう」
信康はそう言って、気にした様子を見せなかった。
逆にトレニアは、絶対に敵に回すまいと心中に固く誓った。
「こちらになります」
シキブが手で、該当する部屋を示した。
扉の隙間から、明かりが漏れている。なので宴会が行われていた証拠だ。
信康はその扉をそっと開けて、部屋の中を見た。
海の貴族の海賊達は全員、眠らされている姿が目に入った。
テーブルに突っ伏したり床に倒れ込むように寝ていたりと、人それぞれだが眠らされているのは確かだ。
信康は近くに居る、海の貴族の海賊の頬を軽く叩いてみた。
しかしどれだけ叩いても、起きる気配はない。
「これなら、大丈夫か。シキブ」
「はい。御主人様」
「其処のテーブルで突っ伏している奴以外は、全員牢屋に入れろ。逃がすなよ」
「畏まりました」
シキブはそう言って人型から粘液の状態に戻り、海賊達を吸収して牢へと連れて行った。
その様子を見送ると、信康は次にトレニアを見る。
「お前は何が出来るんだ?」
「は、はい。私は薬学を修めている薬師なので、薬作りは出来ます」
「そうか。じゃあ早速だが、気付け薬を作ってくれ。その後は好きにして良いぞ」
「は、はい。分かりました」
直ぐに薬作りに取り掛かろうと、薬がある所を探すトレニア。
トレニアを見送ると、信康はジャンヌを見た。
初めて見た美女であったが、中々にそそる肢体を持っていると思う信康。
「こいつには色々と聞きたい事があるからな。ちょっと、話を聞かせて貰うか」
信康は内心で舌なめずりして、ジャンヌを横抱きにし食堂を出てから別の部屋へと向かった。




