第26話
プヨ歴V二十六年五月二十四日。
信康の身体の傷口が開いた次の日。一日大人しく動かずに療養した信康は身体を動かしても、痛みがしなくなった。引き続き、ヴィーダギイアのの診察を受けた。
「ふむ・・・・・・・・」
信康のあちこちを触りながら、何処か異常がないか調べている。
「どうなんだ? 先生」
「傷はもう大体塞がっている。これだったら明日の朝にでも、退院の許可を出しても良い位だ。しかし此処は大事を取って、明後日の朝には退院してくれ。三日掛かると思っていたが、二日でほぼ君の傷がほぼ完治してしまいそうになるとは、やはり研究したい程の回復力だな」
「お褒めのお言葉、どうも。そいつはありがたい話だ」
「だからと言って、前みたいに身体を動かそうとすれば、君の傷がまた開くかもしれないので、迂闊な行動は慎む様に」
「そんな事は分かっている」
あんな思いをもう一度するくらいなら、静かに休んだ方がマシだと思う信康。それにこれ以上、病室で過ごしたいとは思わなかった。
「では、退院するまでちゃんと療養する様に。もう少しの辛抱だから、我慢しなさい」
ヴィーダギイアが病室を出て行く。
信康は気になった事があったので訊ねる。
「先生、俺の担当のセーラはどうした? 昨日の夜から、一度も見ていないぜ」
「ああ、セーラか。明後日まで休みだ。君が退院するまでの新しい担当は、もう少ししたら来るだろう」
「そうか、ありがとな」
「どういたしまして」
ヴィーダギイアは病室を出て行った。
(そっか、セーラは居ないのか、まぁ、退院するまで顔を会わせないのは助かるな)
外を見ながら、セーラの事を思う。
あの時は、やり過ぎたと思っている。
幾ら触れられたくない事に触れたからといっても、正直に言って、やり過ぎだと思っていた。
だが、どれだけ悔やんでも時間は巻き戻らない。
向こうもハッキリとは言ってきてないが、暗に「謝らないで下さい」と解釈出来る事を言っている。
だからと言って、自分がした事を謝らないのは人間性として問題があった。
どうしたら良いか考えていたら、扉がノックされた。
多分、自分の担当が来たのだろうと思い「どうぞ」と声を掛ける。
扉を開けて入って来たのは、看護師だった。
青髪を後ろで束ね、端正な顔立ちの女性だった。
胸はそれなりにある方だ。腰は程よく締まっている。臀部は小ぶりであった。
「君が退院するまで担当になった、キャロル・フォレスターよ。短い間だけど、よろしくね」
「ん、よろしく」
「じゃあ、早速検温をするから、これを腋に入れてね」
言われるがまま信康は、体温計を腋に入れる。
体温を計っている間、キャロルは話しかけ続けた。
「ねぇ、君って東洋から来たんだよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあさ、東洋では今でも丁髷をしているの?」
「それは前時代の話だな。もう、そんな風習は無い。あるとしたら歴史ものの舞台劇で、役者が被る鬘程度のものだ」
大和皇国は四方が海で、陸続きの大陸が無い。
今でこそ内乱で荒れているが、百年前は貿易国家として有名だった。
外国の文化を吸収した事で、丁髷をする者が段々と居なくなった。
信康が大和皇国を出る際には、丁髷をしている人はあまりいなかった。
「へぇ、そうなんだ」
「・・・・・・あんた、よく俺に話し掛けてくるな」
「うん? あたしはただ、患者とコミュニケーションを取っているだけよ」
「普通、俺みたいな傭兵には、腫れ物みたいな扱いをするけどな」
事実、これまで信康が入院した事がある病院では、腫れ物を扱うみたいな接し方をされた。
これが普通と思っていた信康は、セーラやキャロルみたいな対応をされると、変に思えてしまう。
「あたしはどんな患者でもこう接しているだけだし、それに」
「それに?」
「セーラがね。あたしに君の事をよろしく頼みますと言われてね。だから、こうして私なりに接しているだけだよ」
「・・・・・・そいつはありがたいな」
信康は此処には居ない看護師を思う。
お節介だと思うが、同時に嬉しいと思える。
(美人に構われて、喜ばない男は居ないし)
信康はその後もキャロルが話しかけてくるので、話につきあった。
キャロルが検温を終えて病室を出て行くと、入れ替わるようにルノワは入って来た。
「おお、来てくれたか」
「今日は随分と機嫌が良いみたいですね」
「喜べ、明日には退院出来るそうだ」
「それはおめでとうございます」
「ありがとよ」
信康も漸く長い入院生活からオサラバできると思うと、年甲斐もなくウキウキしてきた。
「と言う訳で悪いが、明後日になったら荷物を持ってくれ。兵舎に帰りたいから、大きい袋を持って来て欲しい」
「分かりました。明日、持ってきますね」
「頼む」
ルノワは離れ難そうにしながらも、信康から離れて行く。
「はい。では」
「ああ、また明日な」
信康はルノワに手を振って見送った。




