第273話
海の貴族の海賊達に拘束された信康は、そのまま海の貴族の本拠地まで連れて行かれた。
冥界の悪魔号が向かった先は、プヨ王国から海路で一日程度の時間が掛かる小島であった。
冥界の悪魔号はそのまま進んで行くと、大きな洞穴があった。
その大洞穴の入口には侵入を阻害する為の鎖が掛かっており、更に天井近くの見張り台には見張り役が数人居た。
冥界の悪魔号の海賊がその見張り台にいる海賊に合図を送ると、大洞穴の入口にある鎖が岩や地面に擦れて音を立てながら巻き上げられて行く。
鎖が完全に巻き上げられると、冥界の悪魔号が進み出した。
冥界の悪魔号が大洞穴を進んで行くと、奥へと到達した。
其処は入り江になっているみたいで、冥界の悪魔号はそのまま進んで入り江に乗り上げた。
冥界の悪魔号が入り江に乗り上げると、直ぐに数人の者達が橋桁を持って来た。
海に沈まない様に足も付いているみたいで、冥界の悪魔号に横付けるみたいに橋桁を置く。
その橋桁の上に、海賊達が梯子を下ろした。
そして最初に冥界の悪魔号から下船したのは、未だに正体不明の海の貴族の首領だった。
「お頭。お疲れ様です」
「今日の収穫はどうですか?」
留守番をしていた海賊達は、海の貴族の首領に挨拶も兼ねて話し掛ける。
「ああ、今日はドンピシャだったよ。依頼を受けて最初に襲った軍艦に、そいつが乗っていたんだからね」
海の貴族の首領が手を挙げて喜ぶと、留守番役の海賊達も歓声を上げる。
中には指笛を吹いている海賊も居る。
「今回売りに出す奴隷は、何人居るんだい?」
「今の所、一人しか居ませんぜ」
「っち。それじゃあ商品価値が高くても、元手が取れないね。仕方が無いから売りに行くのは後、四~五人集めてからにするよ」
海の貴族の首領の方針を聞いて、誰も反対する者は居なかった。
「聞くまでも無いだろうけど・・・まさか商品に手は出していないだろうね?」
「ええ、其処は問題ありません」
「なら、良いさ。今日は金貨千枚の奴隷を手に入れたからね。今夜は宴だよっ!」
それを聞いて海の貴族の海賊達は、声を張り上げながら喜んだ。
そんな中で船底に居た信康が、冥界の悪魔号から出て来た。
「ふっ。餌を与えられた猿みたいに騒いでるな」
信康は海の貴族の海賊達の盛り上がり振りを見て、そう言って冷笑した。
そんな発言を聞けば普通ならば怒る所だが、海の貴族の海賊達は信康の負け惜しみと判断して、怒って手を上げる様な真似はしなかった。
「一つ聞きたいんだが、俺を捕まえるとそんなに金になったのか?」
「前払いで金貨千枚ってところだな」
「随分と安く見積もられたものだな。前金とは言え、この俺がたかだか金貨一千枚とは、ケチなブタガエルめ」
「ふっ、言ってろ」
騒いでいる海の貴族の海賊達を尻目に、信康はある場所まで連行されて行く。
その連れて行かれた先は、信康の予想通り牢屋であった。
「此処に入っていて貰うぞ。先客も居るが気にするな」
信康を連れて来た海の貴族の海賊は、牢屋の鍵を開けて信康を牢屋に入れる。
牢屋に入ると、信康は牢の中の匂いを嗅いだ。
「・・・ふむ、臭くないな」
こういう奴隷や捕虜を置いておく場所など、臭い記憶しかない信康。
なので思わぬ清潔さに、思わず呟いたのだ。
その呟きを聞いたのか、海の貴族の海賊が答えた。
「ああ、先代の方針でな。売る物は綺麗にした方が売り上げが良いとかで、奴隷もその奴隷を入れる所も清潔にしてるんだよ」
「売り物ねぇ」
信康はそう言って牢屋を見ていると、第三者が居るのが見えた。
牢屋が薄暗い所為でその第三者が一体誰なのか、何も分からないので信康は目を凝らした。
目を凝らした事で信康は、その人物のシルエットが見えて来た。
濃藍色の髪を後頭部のところでツインテールにし、可憐と言う言葉が似あう繊細な顔立ち。
大きな眼に紫水晶を連想させる瞳。細身だが凸凹がある肢体。そして細長い耳。
美少女と美女の中間と言える、年頃の美しさがあった。
耳が長い事から、森人族だと推測する信康。
「なぁ、女と男を一緒にしても良いのか?」
「そんな体力あるなら、する前に逃げ出さないか? それにその女には貞操帯が付けられているから、襲われても問題ない」
海の貴族の海賊がそう言うので信康はその森人族の美女を見たが、その森人族の美女は自分の身体を抱き締めて信康をキッと睨む。
可憐な顔立ちなので、凄まれても怖いとは思わなかった。
況してや戦争で生活している信康には、何の意味も無かった。
「じゃあ、仲良くしろよ」
そう言って海の貴族の海賊は牢屋の鍵を閉めて、宴に参加しに行った。
「「・・・・・・・・・・・」」
信康とその森人族の美女は互いを見合った。
森人族の美女の方は警戒しているみたいだが、信康の方は違った。
(ふむ。細身だが中々、胸が大きいな。それに花みたいに可憐だ。こういう場所じゃなかったら、口説いているのだがな。まぁ出会えただけでも良しとしようか)
信康は眼前の森人族の美女を、そう観察してから視線を逸らした。不要に視線を向けて、不信感を買うなど馬鹿らしいからだ。
すると森人族の美女の方から、信康に話し掛けて来た。
「あ、あなたは、どうして此処に居るのですか?」
「俺か? 俺は金を持った犯罪者に逆恨みされて監獄にぶち込まれていたが、冤罪だと分かって貰え盾やっと監獄を出たのに、その犯罪者に雇われた海賊に捕まって此処に居るんだ」
「は、はぁ、何と言いますか。大変でしたね」
信康の経緯を聞いて、森人族の美女は思わぬ壮絶さに顔を引き攣らせた。
「お前が捕まった経緯は・・・森人族だからか?」
「まぁ・・・はい」
森人族の美女の返答を聞いて、信康はまだ何かあると思った。
確かに森人族は森林で暮らし、森林でその長い一生を終える種族だ。
その寿命も人よりも長く、それでいて男女共に見惚れる美貌を持っている。
故に奴隷商人などが森人族の森に忍び込んで、森人族を捕まえて奴隷にする話などよくある。
しかしその場合は、数人捕まえる。でないと、採算が取れないからだ。
なので一人だけ捕まっているのを見て信康は、森から出たはぐれ森人族かもしれないと予想する。
森林で一生を終える森人族でも、中には外の世界に興味を持ち森を飛び出す変わり者など幾等でも居る。
信康の身近に例えるなら、ルノワが良い例だ。
どちらにしろこの森人族の美女の事は何も知らないので、結局何も分からないなと思えた。
「俺は信康と言うんだ。あんたは?」
「私はトレニアと言います」
信康は名前を聞くと背中に、壁に凭れさせて目を瞑った。
「あ、あの?」
「船旅で疲れているんだ。悪いが少し眠らせてくれ」
信康はそう言って直ぐに、寝息を立て出した。
牢について直ぐに眠る信康を見て、トレニアは目をパチクリさせた。
「・・・・・・変わった人ね」
トレニアは思わず呟いた。
そして信康の顔を、よく見ようと近くに行く。
「肌の色は違うから、外国人みたいね。それにしても海賊に捕まって、牢に入れられて眠るなんて・・・意外に大物なのかしら?」
トレニアはそのまま、興味深そうに信康を見ていた。
これが後に便女の一人にして『死神』の異名を持つ、トレニアと信康との初めての邂逅であった。
後にトレニアは『あそこでノブヤス様と出会えていなかったら、自分はどんな人生を歩んでいたか想像も出来ない』と語っていたと言う。




