第272話
縄で縛られた信康を囲む、海の貴族の海賊達。
「~~♪~~♪♪」
『・・・・・・』
信康が呑気に鼻歌を歌いながら進むのに対して、そんな信康を不気味なものを見る様な視線を向ける海賊達。
「味方が一人も居ない中で鼻歌を歌えるとか、大した胆力だね」
先に冥界の悪魔に乗り込んだ、お頭と呼ばれた海賊が声を掛けて来た。
(どう見ても、姿がはっきりしない。何か絡繰があるんだろうな)
信康が声がした方に顔を向けると、相変わらず靄が掛かってるのか性別すら分からなかった。
「ははは、こんな状況じゃあ鼻歌を歌うしか出来ないからな」
海の貴族の海賊達に囲まれている中でも、平然としている信康。
そんな様子の信康を見て、口笛を吹くお頭と呼ばれた海賊。
「良い度胸してるねぇ。面白いよ、あんた・・・先ずは自己紹介と行きたいんだけど、その前に確認しても良いかい? あんたの名前は、ノブヤスで合っているんだよね?」
「ああ、そうだ」
信康が正直にそう答えると、お頭と呼ばれた海賊は指を鳴らした。
「そうかい。これで依頼は半分達成だね」
「おめでとう、と言ってやろうか? 海の貴族の首領殿?」
信康はフッと小馬鹿にした様子で、お頭と呼ばれた海賊に言い放った。
「その通りさ。まぁお頭ってこいつ等が呼んでたんだから、察しは突いていたんだろうけどね。あんたから見ての通り、この顔を知っている奴以外は認識出来ない特別な魔法道具を身に付けているんだ。どうだい? 性別も声も身体も分からないだろう?」
「魔法使いの可能性も一応考えていたが、やっぱり魔法道具だったか」
信康は眼前に居る海の貴族の首領が、明確に視認出来ない理由を知って納得していた。
「それよりもあんた、やってくれたね」
「何の事だ?」
信康は何を言っているのかとばかりに惚けた反応をしたが、海の貴族の首領は気にせず話を続ける。
「さっきあんたが言った、逃げた水兵の事だよ」
「そんな事か。それがどうかしたのか?」
信康はそう言って、再びフッと鼻で嗤って見せた。そんな信康の態度を見て、苛立ちを募らせる海賊達。
「海の貴族うちの奴で泳ぎが得意な奴に周辺を調べさせたら、あんたが言う水兵は見つけられないって報告があったんだよ」
「そうか。だとしたら、そいつの索敵能力が三流なんだろう。もっと丁寧に調べさせたらどうだ?」
信康は引き続き臆する事無く、海の貴族の海賊達を愚弄し続ける。
「ふっ。その調べた奴は、魚人なんだよ。そいつより泳ぎが速い訳あるかい」
海の貴族の首領が勝ち誇った様子でそう言うと、信康は顔色を変えた。
魚人とは、魚の特性を持った亜人類の総称だ。鮫肌魚人や人魚も、この魚人に分類される。その種族性から、総じて泳ぎを得意として水中では無敵と言われている。
「成程、魚人だったか・・・・・・もう時間稼ぎは良いかな。ああ、全部はったりだよ。引っ掛かってくれて、ありがとな」
はったりが嘘だと発覚したにも関わらず、信康は余裕の笑みを浮かべて皮肉を言い放った。
「てめえっ! よくも臨時収入を不意にしやがってっ!!」
ただのはったりだと知り、騙された事に激昂した海賊の一人が信康に掴みかかろうとした。海賊が信康を掴もうとした瞬間、それは起こった。
ドカッ!!
「があっ!?」
信康に手を掛けようとした海賊が突然跳び上がると、宙に浮かんでからそのまま仰向けの姿勢で落ちて来て意識を失っていた。突然の出来事に、海の貴族の海賊達は騒然となる。
「むさい野郎が馴れ馴れしく近付いて来るなよ。臭い息が掛かるだろうが」
信康はそう言って、上げていた足を下ろした。信康の動きを見て、海賊達は漸く状況を把握した。信康は縄で縛られているにも関わらず、一発の蹴撃で同胞を排除したのだと。
『てめっ!?』
海の貴族の海賊達は激怒して、得物を抜いた。しかしその海賊達の行動を見て、激昂する者が居た。
「好い加減にしなっ!? 商品を傷付けようとするなって、何度も言ってるだろうがっ!!」
海の貴族の首領が雷鳴の如く怒号を浴びせると、海の貴族の海賊達は漸く大人しくなった。
「その馬鹿を運び出しな・・・全く、良い度胸してるよ。あんたは・・・だけど次同じ事やったら、全身簀巻きにしてやるから肝に命じな」
海の貴族の首領は、信康にそう警告してから踵返した。
「船倉に入れておきな」
「へい」
海の貴族の首領の命令に従い、海の貴族の海賊達が縄で縛られた信康を連れて船倉へ向かった。
船倉の前まで来ると海の貴族の海賊達は、信康を縛っている縄を解いた。
「ほら、入れ」
海の貴族の海賊に促され、信康は大人しく入った。
信康が入ると、部屋の扉が閉められ鍵を掛けられた。
「此処で大人しくしてろよ」
「後で、水は持って来てやる」
そう言って海の貴族の海賊達は、その場を去って行った。
信康が現在居る場所を海の貴族の海賊達は部屋と言ったが、実際は全部が太い木材で作られた牢屋であった。
しかし信康はこの様な状況でも、余裕を崩す事は無かった。
(海賊や盗賊、山賊を潰すのは、本拠地を暴いてから・・・ってのが鉄則だからな。このまま海の貴族こいつ等の本拠地まで、運んで貰うとしようか)
信康はそう思いながら、牢屋の中で就寝に就くのだった。




