第270話
信康はディアサハと共に、転移魔法で信康の自室まで移動した。
「此処が師匠の部屋か」
信康は部屋に着いて、部屋の中を見て周りを見る。
部屋の大きさは信康が寝室代わりに使っているオリガの部屋を更に十倍広くしている上に、信康が居る部屋以外にも幾つかの部屋がありそうであった。更に豪華な調度品が並べられていた。
床に敷かれているのは、毛足が長い絨毯だ。一枚で、この部屋の隅から隅まで届くきそうな位に広い。
その絨毯の上にある背もたれと肘置きが付いた椅子が数人分あり、その椅子一つ一つに合わせた大きさの椅子敷が置かれている。
その椅子敷は全て、魔物の毛皮で作られているみたいだ。しかも椅子一つ一つ違う。
それらの椅子は何かの高級木材で作られた、長方形のテーブルに囲むように並べられている。
部屋の壁の隅にある棚は、透明な何かの開きが付いている。
その棚には、器とその器と同じ材質で作られた盃もあった。
棚の近くには、天蓋付きの寝台があった。
二十人は並んで眠れる程度には広く、光を遮る布も柱も枕も全て白で統一されていた。
その透明な材質の開きに触れて、信康は物質の名称を口にする。
「これは、硝子か?」
「そうだぞ。中々見事な物であろう?」
「ああ、俺もそう思う。しかし、凄い透明度だな」
信康は硝子を見るのは初めてではないが、此処まで透明度が高い物を見るのは初めてだった。
ディアサハは寝台に寝そべり、指先に魔力を込める。
その指を動かすと自然と棚が開き、棚の中にある器と盃が二つ出て来た。
まるで、意思を持っているか如く、動き出す器達。
器達は寝台の傍にあるサイドテーブルまで来ると、器が傾いて盃に器の中に入っている液体が注がれる。
八分目まで注がれると、器は注ぐの止めてサイドテーブルに乗った。
ディアサハはその盃を取る。
「飲むか?」
「頂こう・・・乾杯」
信康は盃を手に取ってディアサハの盃に軽くぶつけると、凛とした音が室内に響いた。それから目の所まで持ってきて軽く上げてから、盃を口付けた。
ディアサハは信康が飲んだの確認してから、盃を傾けて中身の液体を飲んだ。
「・・・・・こ、こいつは、また・・・・・・」
信康はそれなりの量を飲んだ後に、盃を唇から離した。
そしてその盃の中身の味に驚いていた。
「・・・・・・本当に美味い酒を飲むと、何も言えなくなる・・・なんて誰かが言っていたが、本当なんだな」
信康は盃の中身を飲んで、そうとしか言えなかった。
酒精は少し強いくらいだが、五味が同時に信康の舌に感じさせた。
甘味、辛味、塩味、苦味、酸味が見事に調和していた。
この味のどれかが少しでも勝っていたら、壊れるという一分の隙も無い調和の味。
更にこの酒の香りが、味わい深い香りで更に飲む気にさせる。
信康はもう一度、口を付けて酒を飲み干した。
「ふう~こいつは今まで飲んで来た酒の中で、一番美味いな。師匠、この酒の正体は?」
「何だと思う?」
ディアサハは優雅に盃を飲みながら尋ね返す。
「いや、分からないから聞いているんだけど・・・少なくとも、人間の出来る業じゃあないだろうな」
「この酒は、そうだな。お前が言う様に、人間が酒造したものではない。これは妖精が作った酒だ」
「妖精だと!?」
信康は驚いていた。
妖精が花の蜜や果物や木の実などを集めて酒を造る事は聞いた事はある。しかしあまりに高級品で、信康が欲しくても滅多に市場に流れない超が付く希少品だ。
「こいつがね。凄いな」
信康は酒器を手に取り器に酒を注ぎ、酒で喉を潤した。
それほど酒精が強くない所為か、信康は水を飲むようにカパカパ飲んでいく。
ディアサハは一杯だけ飲んで、その後は盃をサイドテーブルに置いて仰向けになる。
そして、横を向いて信康を見る。
信康は酒を飲んでいたが、ディアサハの視線を感じた。そして盃をテーブルに置いて、鬼鎧の魔剣と魂喰らいを近くの壁に立て掛けて寝台に乗る。
「師匠。聞いても良いか?」
「何だ?」
「あの門は、プヨの建国王からの契約で守っているって言ったよな?」
「うむ。言ったな」
「その建国王とは、どんな関係だったんだ?」
「ふふふ、知りたいか?」
ディアサハは再び悪戯を思い付いた、悪餓鬼みたいな顔をした。
「そうだな。・・・・・・親しい間柄ではあったな」
ディアサハはそう言って、信康の顔を見る。
その顔はムスっとしていた。
(くく。こやつめ、儂がヘブルあやつと肉体関係を持っていると勘違いしておるな)
信康の心情を察して、内心でほくそ笑むディアサハ。
実際にプヨ王国の初代国王であった、建国王の異名を持つヘブル王とディアサハはそんな男女関係にまで発展してなどいない。
実際は名も無き皇国が滅亡した戦国時代初期に、プヨ王国建国の為にヘブル王に手を貸した重臣の一人だったと言うだけの話である。
確かに親しかったのは事実だが、逆に言えばその関係はそれ以上でもそれ以下でも無かったのだ。
その後、信康とディアサハは酒を酌み交わすのであった。
一夜明けて。
信康は遂に念願である、エルドラズ島大監獄の出獄日を迎えた。
そしてそんな信康の為に現在、オリガ達はエルドラズ内を歩き回って信康を探していた。
流石に補給艦が何時到着してもおかしくない時刻にまで迫って来たので、信康も何時でも出れる様にして欲しいと思ったからだ。
信康が居そうな所を、虱潰しに探したが見つからなかった。
三人は一度所長室に集結し、顔を突き合わせていた。
「どう?」
「駄目です。こちらにも居ません」
「こっちも同じでね」
オリガの問い掛けに、ミレイとシギュンは首を横に振る。
「もう、何処に行ったのかしらっ?」
「監獄内をくまなく探したのに、居ないのです。もう、港に居るのでは?」
「いえ、それは無いわ。通信機で確認してみたけど、港にはノブヤスは居ないそうよ」
「じゃあ、何処に行ったのかしら?」
三人は頭を悩ませていると突然、所長室内に見覚えの無い魔法陣が輝きながら出現した。
それを見て、三人は驚く。
驚いている間に、魔法陣の中から信康が現れた。
信康が魔法陣から出現した後に、魔法陣は跡形も無く消滅した。
「・・・・・・おはよう。ふむ、戻って来たのは所長室か」
信康は魔法陣から出ると、辺りを見回した。
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
三人は魔法陣から信康が出て来たので、言葉を失っていた。
「よう、まだ補給艦は来ていないよな?」
信康がそう訊ねたが、三人は答えなかった。
どうしたのだろうと首を傾げている信康に、一早く気を取り戻したオリガが逆に訊ねた。
「ど、何処に行っていたの?」
「ああ、師匠に招待されてな。師匠の部屋で一泊過ごしてた」
「ディアサハの部屋に!? 本当に気に入られたのね」
目を見開いて驚くオリガ。
「そんなに驚く事か?」
「だってディアサハの部屋って、異空間の所にある城の中にあるのよ? そんな所に、貴方を招くなんて・・・」
「異空間? それに城だと?」
広い部屋だとは思ったが、まさか城の中とは思わなかった信康。
「と言うか、師匠って城持ちかよっ。いや、経歴を考えたらおかしくないけどもっ!」
異空間の中に有るとは言え信康的には、ディアサハが城持ちの方が驚く事であった。
「そっち!? もう、貴方らしいと言えばらしいけど・・・もっと他に反応とか無いの? 例えば、異空間に何で城がある事とか? 魔宝武具を大量にある空間を所有している事とか?」
「お前も良く知ってんなぁ・・・うーん。其処まで興味は無いな」
信康はバッサリと切り捨てた。
「師匠の城が異空間に有ろうが、魔宝武具が大量に納められている武器庫に通じる門を持っていようが、その理由にまで興味は無い。師匠から話してくれるなら大人しく聞くけど、俺からあれこれ過去を穿り返す様な真似はしたくないんだよ」
信康が口にした正論を聞いて、三人は何も言えなくなった。
「まぁ師匠の事はもう良いだろ? それより迎えはまだ来てないんだよな?」
「ええ。でも、後一時間もすれば着くわよ」
「そうか。じゃあ、暇つぶし話し相手になってくれ」
一時間後。
所長室を退室して、Aフロア内の通路を歩く信康。
すると歩いている途中で、腕を組み壁に凭れているクラウディアが見えた。
「おはよう、クラウ」
「ええ、おはよう。ノブヤス」
クラウディアは壁から離れると、信康に駆け寄った。
別れの挨拶でもするのか? と思い信康は手を広げた。
クラウディアはそれを見るなり、思わぬ行動に出た。
「ふんっ!」
信康の腹に、一撃を見舞ったのだ。
「ぬおおおおおっ!?」
一撃を喰らった事に驚くと同時に、思ったよりも重い一撃に悶絶した。
信康は腹を手で抑えながら、崩れ落ちた。
「お、おま・・・いきなり、なにを、する・・・・・・」
痛みで声を出すのも、きつい状態の信康。
そんな信康を、フッと嗤いながら見下ろすクラウディア。
「ふん。あたしの処女を奪った報いだと思いなさい」
「ぐ、ぐぐぐ・・・・・・」
信康は痛みとクラウディアの言う通りなので、ぐうの音も出なかった。
「こんな女たらしだと、色々と心配事しか無いわね。近い内にプヨに帰国したら、あんたを監視しないと駄目よね」
「監視だぁ?」
「そうよ。余計な女が、あんたの毒牙に掛からない様にしないと駄目じゃない。無節操に手当たり次第で女に手を出してるとあんた、プヨは将来ノブヤスの子供だらけになりそうよ」
クラウディアは真面目なのか不真面目なのか、どちらか解釈に困る口実を口にした。すると信康は、腹部を押さえながら思わぬ言葉を口にした。
「俺の子供だらけ、か・・・それはそれで、良い未来だな。俺は子供は好きだしな・・・うん、そうなれば良い」
信康はプヨ王国にて数多の実子が群がる様子を脳裏に想像して、楽しそう且つ嬉しそうな笑みを浮かべた。そんな信康の反応を見て、クラウディアは逆に狼狽していた。
「あ、あんたっ。まさか本気っ!?」
「本気と言えば本気だが・・・俺の女達の同意有り気の話だな。その子供達の中には、お前と俺の子供達も居るんだよな?」
信康は半分真面目に、半分揶揄い程度の感覚でクラウディアにそう尋ねた。するとクラウディアは、トマトの如く顔を赤面させた。
「あ、当たり前でしょうがっ。あんたがどれだけの女を抱いて子供を孕まる心算か知らないけど、あたしは二十人以上孕ませないと承知しないからっ! それとあたしもプヨに戻ったら、あんたの下に行くから、ちゃんと覚えていなさいよっ!!」
クラウディアはそれだけ言うと、信康に背中を向けてその場を去った。
「・・・・・・前に聞いた時より、子供の数が二倍に増えてたぞ・・・はぁ。全く、可愛い奴だな。本当に・・・」
漸く痛みが無くなった信康は、そうぼやきながら立ち上がった。
クラウディアが悪態を吐いている心算だが、その中には甘い願望があから様に漏れていたからだ。
『ふん。あの女も、お前の事が好きでたまらぬのだろうな』
其処でディアサハの声が、信康の脳裏に聞こえて来た。
「何だ。師匠か。出迎えには来ないのか?」
『ああ。魂喰らいの事について、教えておく事を忘れていてな』
「教えてる事?」
『うむ。その魂喰らいの鞘は、異空間を発動させる事が出来るのだ。常備しても良いが、何なら隠し札扱いにしてその異空間に魂喰らいを入れて置くが良いだろう。お前の異次元倉庫に仕舞うと、どうしても二度手間になるでな』
「どうやって、その異空間に仕舞うんだ?」
『戻れと言うだけで、魂喰らいは自分から異空間に収納されて行く。百聞には言うであろう? 試しにやってみよ』
信康は言われた通りに戻れと言うと、魂喰らいが赤く光ったと思ったら自分から宙に浮いた。
そして魂喰らいはそのまま、信康の前から異空間へと姿を消した。
『それで良い。更に召喚したい場合だが、魂喰らいと呼べば召喚出来るぞ』
信康は言われた通りに魂喰らいの名前を呼ぶと、ディアサハが言った通りに魂喰らいが出て来た。
「へぇ、これはまた便利だな」
『未熟なお前にはまだ無理であろうが・・・魂喰らいを使う内に何時かは宙に浮かせたまま、自由自在に操れる様になるであろう。頑張って精進するが良いぞ』
「ふぅん、そりゃ良い。了解した」
『ではな』
ディアサハはそれだけ言って、信康に話し掛けるのを止めた。
それから信康は鬼鎧の魔剣を虚空の指環にしまうと、そのまま飲み込んだ。それから魂喰らいも異空間にしまうと、一人で港に向かう事にしたのだった。
信康が港に到着すると、イルヴとアルマが大勢の刑務官達を連れて集結していた。更に信康のエルドラズ島大監獄乗っ取り計画に協力した、スルド、ラキアハ、フィリア、カガミ達も港に居た。
囚人服ではなくイルヴ達と同じ官服なのは、受刑者だと思われない為の偽装と思われた。
「何だ? 見送りに来てくれたのか?」
「補給物資の確認・・・もあるけど、見送りもしたかったのは事実ですわ。此処に居るみーんなも、御主人様の見送り希望者達です」
イルヴがそう言うと、刑務官達は同意とばかりにうんうんと頷いていた。アルマはそうはしなかったが、照れ臭そうにしていたので見送りたいと言う気持ちは無い訳でも無さそうだった。
「あたし等も、ノブヤスを見送りに来たぜ」
「暫くはお会い出来ませんからね。その間は、オリガさん達の御手伝いでもして過ごしておきます」
「ですが何れは、プヨ本国に戻れる様にオリガに働かせます。我が君マイロード」
「その時はなったら必ずお役に立ちますので、待っていて下さいね。御主人様」
順番にスルド、ラキアハ、フィリア、ビヨンナが言うとカガミも頷いて信康に抱き着いて来た。抱き着いて来たカガミを受け止め頭を撫でながら、信康は話を続ける。
「そうか。それはそうと三つ星とラグンとオルデとマリーはどうした?」
セミラーミデクリスは見送りには来ないだろうなと、事前に予想していたので信康も何とも思わない。
しかしそれなりに親しくしているオルディアとマリーアとラグンとクリスナーア達が見送りに来ないのは、ちょっと意外だと思う信康。
「ラグンは部屋に引き籠もりっぱなしだろうぜ。マリーアとあの三人組なら、何時もみたく娯楽施設で楽しんでいるな。オルディアは来る前に、看守を何人か引っ掛けているを見たぜ」
「・・・オルデめ。本当に遠慮って奴が無いな」
信康はそう言って、オルディアの行動に笑うしかなかった。
「マリーアとオルディアとラグンから、伝言を預かっているぜ。マリーアとラグンは『見られると困るから、見送りの方は出来ないので申し訳無い』。オルディアは『また会おうだし。その時は女として、また抱いてくれると嬉しいッス』だってよ」
「・・・・・・あぁ、それだったら仕方ないな。オルデには了解したとだけ伝えてくれ」
信康は肩を竦めていると、アルマが何故か妬ましそうに歯軋りをしていた。
「・・・・・・羨ましい。オルデお姉様に可愛がられるなんて」
オルディアの相手をしている、刑務官達に嫉妬心を抱いているみたいだった
信康が肩を竦めていると、エルドラズ島大監獄の港に一隻の船舶が入港しようとしていた。信康を運んで来た護衛艦よりも巨大なその船舶は、補給物資を積載した水竜兵団所属の補給艦と思われた。
補給艦は港に到着すると、艦首から乗組員が波に流されない様に綱を下ろした。その綱を受け取った刑務官は、グルグルと巻いて補給艦を港に固定する。
アルマが合図を送ると、補給艦から橋が降りて来て乗組員達は荷物を抱えながら橋から次々と桟橋へ降りて来た。そうして乗組員達が桟橋に荷物を下ろしていく中、艦長と思われる人物が降りて来た。
「プヨ王国軍水竜兵団所属補給艦、ドルファン号の艦長だ。何時もご苦労」
「御初に御目に掛かります。大佐殿の事は、所長から常々伺っております。申し遅れました。自分はエルドラズ島大監獄所長付き補佐官、イルヴ・フォン・コノトワード特務中佐です」
「同じく所長付き補佐官のアルマ・ギレーゼ特務少佐です」
三人は敬礼する。
「はて? 今回はオリガ所長殿はおられぬのか? 何かあったのかね?」
「・・・・・所長は監獄内の職務により手が離せないので、代理として私達が参りました。副所長達も同様の理由でおりません」
「成程。このエルドラズは凶悪犯ばかりだから、所長達も激務で大変なのだろう」
イルヴとアルマの話を聞いて、苦笑するドルファン号艦長。
それを聞いてアルマもイルヴは乾いた笑みを浮かべて、横目で信康を見る。
信康は目を背けて、口笛を吹いていた。
そうしている間にも、荷物は積まれて行く。
「それから、今日は何時もより看守が多い様な?・・・まぁよいか。本日持ってきた補給物資の一覧表リストになる。確認してくれたまえ」
ドルファン号艦長はそう言って、補給物資の一覧表をアルマに見せる。
その補給物資の一覧表を受け取ったアルマは流し読みして、その一覧表を脇に挟む。
「結構です。後は聞いていると思いますが、この者をそちらの補給艦に乗せて連れ帰って下さい」
「命令は把握している。当艦の船倉は空なので、一人乗せる位どうと言う事は無い」
「では、お願いします」
「承った」
そう言ってイルヴとアルマに敬礼すると、ドルファン号艦長は信康を見る。
「では、少佐。我が艦にようこそ」
「はっ。短いお付き合いだと思いますが、よろしくお願い致します」
信康が敬礼を返すと、ドルファン号艦長は笑顔を浮かべた。
「見に覚えのない罪を着せられて、大変だったな。あのエルドラズで長い間過ごしていた割には元気そうで何よりだ」
「ええっ、まぁ・・・うん? そう言えば俺はエルドラズに入ってから、日数を数えて無かったな」
信康はドルファン号艦長の言葉を聞いて、投獄日数を数えていなかった事を思い出した。
信康の独白を聞いたドルファン艦長は、驚きながらも信康に今日の年月日を伝えた。
「何と。投獄されている間、日数を数えていなかったとは・・・いや、それが逆に功を奏したのかもしれないな。ノブヤス少佐。今日はプヨ歴V二十七年の五月二十九日だ」
「・・・・・・ええええぇぇっ!?」
信康は驚きのあまり、雷に打たれたような顔をしていた。
それから信康は震える指先を使って、指折りで数え始めた。
「た、確か俺が最後に日付を確認したのは、九月の頭だったよな? となると一ひい、二ふう、三みい・・・・・・約九ヶ月近くもこの監獄で過ごしてたのかっ!?」
「まぁ、そうなるな。私としては日付に関心を持たずに過ごせてた、君の精神力に驚く他無いのだが・・・」
ドルファン号艦長は呆れた様子で、信康とイルヴ達を交互に見詰めていた。そんなドルファン号艦長の視線を受けて、イルヴ達は日付を教えなかった事実をバツが悪そうに顔を背けた。
「俺、知らない間に一つ歳を取ってたわ・・・大佐。良ければこの九ヶ月の間に、何か軍事行動はあったのか教えて貰えませんかね?」
「私の管轄は海なので、陸の動きは其処まで詳しいとは言えないのだが・・・君達がカロキヤ軍を壊滅させた後に、トプシチェ軍がカロキヤ領内にまで入り込んで北と西から頻繁に我が国への侵入して国境で小競り合いを繰り返したそうだ」
「そ、そうでしたか」
(大方一軍だけとは言え、カロキヤ軍が壊滅したから牽制と嫌がらせの為の出兵だな。トプシチェの特性を考えたら、奴隷狩りが一番の目的の可能性もあるか・・・傭兵部隊は当時壊滅状態だったし、立て直しが精一杯だった筈だから駆り出されてはいない、よな?・・・まぁそんなつまらねぇ戦いで死ぬ様な連中でも無いか)
信康はドルファン号艦長の話を聞いて最初こそ心配だったが、大丈夫だろうと深く考えない事にした。
「此処で心配していても、埒が開かない。だから帰って直接、この目で無事を確かめる事にしよう」
「その通りだね。では、乗艦願えるかな?」
「了解です。改めて、よろしくお願いします」
信康はドルファン号艦長に敬礼してから、橋に足を掛ける。
そのまま進むと思われたが、足を止めた。
「またな。お前等」
信康はそう言って、歩き出した。
信康がドルファン号に乗艦すると少ししてから、補給物資を全て下ろ終えたとの報告を入った。ドルファン号艦長は乗組員達に直ぐに出航の準備に掛かる様に指示した。
乗組員達はドルファン号艦長の指示に従い、ドルファン号の出港準備を整える。
乗組員の一人が準備が完了した事を、ドルファン号艦長に告げる。報告を受けたドルファン号艦長は、『出航!!』と号令を掛けた。
『アイサー!!!』
乗組員達は敬礼して、出航に取り掛かった。
乗組員一人一人まるで風の如く素早く、それでいて細工をする職人みたいに正確な動きでドルファン号の出港準備を整えて行った。
瞬く間に準備を終えると、ボラードに掛かっている綱を取る様に指示をする。
刑務官がその綱を取ると、ドルファン号は動き出した。
港を離れると、ドルファン号は青海へと進んで行く。
信康は艦首からエルドラズ島大監獄を見えなくなるまで、その場に居続けた。そしてイルヴ達もまた、ドルファン号が見えなくなるまで信康を見送るのだった。




