第266話
信康達がエルドラズ島大監獄を制圧してから、凡そ十日後。
シキブはリビングルームにある厨房で朝食の準備をしていた。
「これでBLTベーコンレタストマトサンドの完成ね」
パンに水を切ったレタスと塩漬けにしたベーコンを挟み、彩りとしてトマトを挟んだ。
そのパンを二等分にして次のパンも同じ具材を使い、同様に作って行く。
「これだけあれば、十分だわ」
シキブは調理の手を止め、BLTサンドの作るのを止めた。
そして寝室の前まで移動するとに、寝室の扉をノックした。
「シキブか? どうかしたのか?」
「はい。朝食が出来ましたので、お運びしてもよろしいですか?」
「ああ、頼む」
信康は空腹だったのか、嬉しそうな様子でシキブに入室許可を与えた。
シキブはBLTサンドが入ったバスケットを体内に納めると、そのまま床に沈んだ。
それから扉を開けずに、床からシキブは出現する。
寝室に入室したシキブは、BLTサンドが入ったバスケットを置いて立ち去った。
エルドラズ島大監獄の最上階である、Aフロアにある監視塔。
この監視塔はエルドラズ島大監獄内に、居る受刑者を監視する為の施設ではない。では何を監視する為の監視塔なのかと言うと、それはエルドラズ島大監獄外に対する警戒の為にあった。この監視塔は収監された受刑者を救出する為に乗り込んで来る犯罪者の襲撃や魔物が襲来、そして護衛艦や補給艦が来航して来た時に備えてあるのだ。
そんな厳粛で緊張感に満ちている筈の場所で、イルヴは仕事をしていた。
ちらっと外海の方に視線を向けると、両眼をひん剥いて慌て始めた。
「あれは、海の向こうから何か飛んで来るわね! 調教された魔物のようね!?」
エルドラズ島大監獄に向かって飛来して来る何かに気付き、イルヴは慌てて、準備を整えた。
エルドラズ島大監獄の監視塔に飛来して来たのは、一羽の大鷲であった。大鷲は足に掴んでいた大袋を落とすと、そのまま着陸した。
これこそ監視塔の第三の役目で、プヨ王国本国からの配送物の受取場にもなっているのだ。
「ご、御苦労様・・・・・・こ、これはっ!?」
イルヴは大鷲が落とした大袋の中身を確認すると、ある物を見つけて両眼を見開いて驚愕していた。そして直ぐに別の刑務官を監視塔まで来る様に呼び付けた。
監視塔の下へ刑務官達が数人やって来ると、先ずイルヴは刑務官達が急いで来てくれた事に感謝した。そして大鷲の世話を頼んでから、イルヴはある物を持って急ぎ駆け出したのだった。
ドンドンドンッ!!!
「ゴクッ・・・な、何だぁ?」
オリガの部屋の扉から、いきなり殴り付ける様な音がしたので信康は驚いていた。
「ええ、何事かしら?」
「誰だか知らぬが、騒々しい奴よ」
信康だけでなく、オリガとディアサハもその音に驚いていた。
信康達は結局、朝食用のBLTサンドを朝昼兼用食として食べる事となった。
それを知ったシキブは信康達が満腹になれる様に更に何品か用意したので、大広間で三人仲良く食事を楽しんでいた。
其処へ何者かが粗暴と言っても過言ではない、ノックを扉に叩き付けて来たのである。
食事中の信康達に代わって、対応したのはシキブだった。
「静かになさい。御主人様達は御食事中です。何用でしょうか?」
「イルヴよっ! 御主人様と所長にお会いしたいんだけど良い?! それも今直ぐっ!!」
扉を叩いている人物がイルヴと知ったシキブは、振り向いて信康達の方を見て確認した。
信康とオリガは何も言わずに黙って首肯したので、入室許可と解釈したシキブは扉を開けた。
「失礼しますっ!」
シキブが扉を開けたと同時に、ロケットスタートと言っても過言ではない速さで室内にイルヴが入室して来た。
「イルヴ。お前がそんなに慌てて・・・何か起こったのか?」
「起こったと言うか、来たと言うか・・・と、取り敢えずこれを見て下さいっ!」
イルヴはそう言うと、手に持って居た物をテーブルの上に置いた。
イルヴがテーブルに置いた物を確認した信康達は、驚愕する事となった。
「これって・・・プヨ軍総司令部からの辞令書じゃないっ!?」
オリガはそう言って、テーブルにある物の正体を口にした。
「ほう? 漸く何か知らせが来たみたいだのう?・・・我が弟子よ。ぼさっとしていないで、さっさと開けて読んでみよ」
「お、おう。そうだな」
信康はディアサハに促されて、辞令書を開封した。そして辞令書を広げると、ディアサハ達は信康の背後に回り込んで内容を確認しようとした。
信康に届けられた辞令書には、この様に書かれてあった。
プヨ王国軍近衛師団傘下傭兵部隊所属 ノブヤス
貴官はカロキヤ山国との内通容疑で死刑判決を受けエルドラズ島大監獄に投獄されたが、厳正なる再調査の末に全くの事実無根である事が判明した。よって貴官の有罪判決は取り消され、軍籍復帰が正式に決定された。
更にパリストーレ平原の戦いにおける貴官の武功を鑑みて、階級を中尉から少佐に昇進させる。エルドラズ島大監獄を出獄し傭兵部隊に復帰した暁には、再びの忠勤を期待する。
プヨ王国軍総司令部』
信康は辞令書の内容を見て両目を見開いて驚愕し、何度も辞令書の内容を確認していた。
「御主人様マスター、おめでとうございます」
「冤罪が晴れて、良かったわね。ノブヤス」
「凄いじゃないですか、御主人様。三階級の特進なんて、そうそう有り得ないわよ」
すると信康の背後から辞令書の内容を覗き込んだシキブ達が、次々と祝言を信康の為に述べていた。
「ふん。遂にエルドラズ此処を去る時が来おったか」
唯一信康に祝言を述べなかったディアサハは、鼻を鳴らして面白くなさそうにそう悪態を吐いていた。
(俺が居なくなるのが、そんなに嫌か?・・・って言おうと思ったけど、別れを惜しんで寂しがってくれてるのにその言い草は無いよな)
「・・・・ああ、そうだな。長かった様な、短かった様な・・・って感じだな。でもこの内容だと俺は何時、プヨ本国に帰ったら良いのか分からんな」
信康は辞令書をペラペラと動かしながら、そう言って悩んでいる様子を見せた。
「そう言えば、オリガ所長。御主人様だけじゃなくて、所長にも手紙が届いてました」
「何ですってっ。それを早く言いなさいっ」
イルヴの報告を受けたオリガは、引っ手繰るみたいに手紙を取り上げると即座に開封した。
「・・・次の補給艦が来た時に、ノブヤスを補給船に乗艦させろって書いてあるわ。次の補給艦となると、大体半月後ね・・・それからノブヤスに濡れ衣を着せた、ザボニーの事も書いてあるわよ」
「・・・何だと?」
オリガから思わぬ人物の名前を耳にして、両目を点にする信康。そんな信康を他所に、オリガは話を続けた。
「逮捕状が出たんだけど、逃走して賞金首バウンティとして指名手配中らしいわよ。ただ生死を問わずデッドオアアライブじゃなくて、生存のみ適用アライブオンリーみたいだけどね」
「そうか・・・そりゃ良い事を聞いたな」
ザボニーの没落振りをオリガから聞いて、愉快そう笑みを浮かべる信康。
「イルヴ。教えに来てくれてありがとうな」
「いえ、あたしは別にそんな・・・」
信康に礼を述べられたイルヴは、両頬を紅潮させて照れていた。
「昼飯めしもまだだったろう? 俺達と一緒に食おうぜ」
「そ、それじゃあ御言葉に甘えてっ」
イルヴは信康に誘われるままに、席に着席した。
その際にシキブは一瞬で、イルヴの分の食事もテーブルの上に並べると言う手際の良さを見せた。
それから信康達は、楽しく談話をしながら食事会を堪能するのであった。
「・・・・・・ははっ。あの野郎がまさか、犯罪者に零落れるとはな」
食事会での事を思い出して、信康は思い出し笑いをしていた。
「まぁ俺としては寧ろ、こうやって濡れ衣を着せられて嵌められた事を感謝しているんだがな。御蔭で俺はこうして、師匠達と出会えたのだから」
信康当初こそ怒りや憎しみと呼べる感情をザボニーに抱いていたが、現在となっては感謝の念すら抱いていた。
しかしそれは飽くまで結果論に過ぎず、信康のザボニーへの報復は既に決定事項であった。
「まぁそれはそれって話だな。落とし前の方は、帰ってからたっぷりと付けさせてやる。それが良いと思わないか? 師匠」
信康はそう訊ねたが、誰からも返答はなかった。




