第264話
オリガを説得した信康は、少し休もうとAフロアに向かう。
向かっている最中で、信康は欠伸をかいていた。
(疲れたし、休むか)
そう思いながら、信康はある部屋に向かう。
其処の部屋はオリガが使っていた自室であったが、現在は信康が使っている。
信康が使うと言っても、就寝時に寝室だけしか利用していない。他に豪華な家具や装飾品が置かれていたが、女性しか使わない様な代物ばかりだった。そもそも信康がエルドラズ島大監獄を出獄したら、オリガに返却する予定なのでほぼ使っていないと言えた。
信康がオリガの自室に入室し、居間を通り越して寝室に向かう。
そして寝室の扉を開けて、信康は寝室に入室した。
「漸く帰って来たか。馬鹿弟子」
扉を開けると、寝室の室内から声が聞こえて来た。しかもそれは、女性の声だった。
信康は直ぐに、その声の主を特定した。
「・・・・・・何で、此処に居るんだ? 師匠?」
信康は寝室にある寝台に、寝そべっている女性に話し掛ける。
寝室には天蓋付きで十人は並んで眠る事が出来る位に無駄に広い寝台が設置されており、その寝台に寝そべっていたのはディアサハであった。
「なぁに。有言実行を果たした我が弟子を、労ってやろうと思ってな?」
ディアサハはニヤッと笑みを浮かべながら、信康を揶揄う様に言う。
そんなディアサハの様子を見て、信康は溜息を吐いた。
「あーはいはい。そりゃ嬉しいな」
「・・・おい、馬鹿弟子。何じゃその態度は」
ディアサハは信康の素っ気無い態度を見て、イラッとした様子で睨み付けた。そして寝台から起き上がり、ディアサハは寝台に座った姿勢になる。
「まぁ良い。じゃが儂が労ってやる前に、儂に何か言う事は無いのか? まさかお前一人で、此度の一件を成し遂げられたものだと思って無かろうな?」
「・・・・・・はぁ~それこそまさかだよ。これもぜんぶ、ししょうのおかげです。こんなおれをごしどうくださり、かんしゃのねんにたえません」
信康は棒読みで言い、頭を下げた。尤も信康がディアサハに、感謝しているのは確かであった。
「ふん。まぁ、言うだけ、良しとしてやる。儂は寛大だからな」
それでも信康に感謝された事が嬉しいのか、ディアサハ。
「それで、師匠。他に何かあるのか?」
「ああ。お前は見事にこのエルドラズを乗っ取った褒美を一つ、儂から贈ってやろうと思ってな」
「褒美?」
ディアサハにそう言われてた信康は、何をくれる心算なのだろうと期待半分不安半分な様子で見詰めていた。
信康の視線を受けながらディアサハは、人差し指を伸ばして宙に何かを描き出した。
(ルーン魔法か。しかし今まで見たのとは違う、初めて見る模様だ。何の魔法なんだ?)
初めて見る模様のルーン魔法だと思いながら見ていると、ディアサハの指の動きが止まる。すると、信康の足元に魔法陣が浮かんだ。
その魔法陣が輝き出すと、信康の疲労が跡形も無く消滅して元気になった。
「し、師匠。これは・・・」
「ああ。これは治癒の魔法陣だが、儂に掛かれば疲労解消も付与される特別な治癒の魔法陣となる。どうだ? 凄いであろう?」
ディアサハが自慢気に信康に言った。
「・・・・・・確かに凄いな。滅茶苦茶便利だぞ、これ」
信康は素直に、ディアサハが産み出した治癒の魔法陣の性能に感心していた。
とは言え、肉体の疲労は回復出来ても、精神的な疲労は回復できなかった。
「ふは~、何か疲れているから寝るわ」
信康はそう言って寝台で横になり、そのまますぐに眠りについた。
眠っている信康の頭を、ディァサハは愛しそうに撫でていた。
「ふふふ、存外、可愛い寝顔をしているわ」
信康の寝顔を見て、微笑むディアサハ。
そうしていると、視界の端に居る存在が目に入って妙案が浮かんだ。
ディアサハの視界に入ったのは、シキブであった。
そんなシキブに向かってディアサハは手を広げ、掌に高密度の魔力塊を生み出した。
その高密度の魔力塊を、シキブに飛ばした。
飛ばされた高密度の魔力塊は、程無くしてシキブに直撃した。
するとシキブの身体が、変化を起こし始めた。
(くっくく。儂の目論見通りじゃな・・・・・・これでこやつが目覚めた時の、驚く顔が目に浮かぶわ)
目論見が達成したディアサハは満足気な様子で笑顔を浮かべると、今度は自分から信康に抱き着いた。
そして無防備に寝ている信康の唇に口付けを落としてから、そのまま信康の温もりを感じつつ再び就寝に就いたのだった。




