第261話
ラグンの部屋に出た信康達は、そのままDフロアに向かう。
歩いている途中でビヨンナが信康の右腕に抱き着いて腕を組み始めたので、クラウディアも負けじと信康の左腕に抱き着いて腕を組んでいる。
現在のDフロアにはオリガ、ミレイ、イルヴ、アルマの四人を監禁していた。
四人には魔法を使う事が出来ない様に、受刑者用の魔法道具が嵌められている。その状態にしつつ、各独居房に一人ずつ監禁していた。
そのDフロアの出入口には、フィリアが愛剣の鎧盾の魔剣を床に突き刺して背中から凭れ掛かりながら座っていた。
「よう、見張りご苦労さん」
信康はフィリアに、労いの言葉を掛けた。
フィリアはその言葉を聞いて、首だけ信康達に向ける。
「来たか」
「悪いな。シキブに任せれば良いのに、オリガの監視なんてして貰って」
「別に構わない。やる事も無いのでな。それに此処まで手を貸したのだから、最後まで付き合うのが筋と言うものだ」
「助かるよ。感謝している」
信康がこのDフロアにフィリアを置いたのはオリガ達が何らかの手段で、自分達が閉じ込められている独居房から抜け出すのを防ぐ為だ。
基本的に魔法を使って中距離または遠距離戦を得意とするオリガ達は、アルマを除けば得物を使った近距離戦の練度が一段下がったものとなる。もっともそれでも常人よりかは、大いに優れたものではあるのだが。
フィリアならば魔法を切り払う事も可能なので、対魔法使い戦で信康と同じく優位に戦える。更に不死者であるフィリアは、通常の生物と違い睡眠を必要としない。その特性から一日中、休まずに監視が可能なので信康は重宝していた。
「上で騒いでいる者達は、好きにさせて良いのか?」
「長い牢獄生活だったんだ。自由に過ごさせてやらないと、可哀想だろう。まぁ幾ら娯楽施設があっても出来る事なんざ、たかが知れてるけどな。そもそも俺の計画に手を貸してくれたんだから、それぐらいはしてやらないと罰が当たると言うものだ」
「そうか。そう言えば、シギュンはどうした?」
「シギュンか? シギュンならオルデが厨房で、料理を教えていたぞ。カガミとシキブと一緒に」
「ふむ。そうか」
フィリアは少し意外そうな顔をする。フィリアの中では、シギュンは料理をする女性には見えなかったからだ。
「一つ気になるのだが・・・シギュンと違ってお前達二人は、料理を教えて貰わなくても良いのか?」
フィリアは気になって、クラウディア達に訊ねる。
「あたしは良いの。これでも料理は出来るから」
「ワタシも家庭料理だったら、一通りは出来るのよ。オルディアからお墨付きは貰ってるし」
意外にもクラウディアとビヨンナは、料理が上手なのであった。その腕前の高さは、オルディアも太鼓判を押す程であった。
それに危機感を感じたシギュンは現在、オルディアからスパルタで料理を教えて貰っていた。信康は気にしないと言ったのだが、シギュンは頑なにオルディアから料理の指導を求めた結果である。
カガミとシキブが居るのは、オルディアの手伝いと自分達も同じく料理を教えて貰う為だ。尤もシキブの方は教えて貰う必要性があるのかと、信康は思わず疑問を抱いたものだが。
「そうか」
「フィリア。オリガ達の様子はどうだ?」
「静かなものだ。脱走を企んでいる様子も気配も無い」
「そうか。まぁ、油断だけはしないでくれ」
「誰にものを言っているのだ。当然の事だろう」
「確かにな。すまんかった」
信康は苦笑しながらフィリアに謝罪した後、オリガが居る独居房に向かう。
オリガが居る独居房の前に来ると、信康はビヨンナを見て頷く。
ビヨンナは何も言わず、手で壁に触れる。
ビヨンナは壁に魔力を流し込むと、壁が上に上がって行った。
外はビヨンナが待機するので、信康はクラウディアと一緒に独居房に入室する。
部屋の中には寝台、椅子、テーブル以外は何も無い部屋の中で、オリガは官服のままで手錠を掛けられている状態で椅子に座っていた。
「よう、機嫌はどうだい?」
「・・・・・・ふん。良い様に見えたら、医者の所に行って頭か目を診て貰うべきだな。或いは両方か」
オリガの憎まれ口を聞いて、信康は肩を竦める。
「元気なのは良い事だ」
「私をこの部屋に監禁して、貴様は何をしたいんだ?」
「男が女にするとしたら、一つしかあるまいよ」
「成程な。くっくくく」
オリガは笑い出す。
「何が可笑しい?」
「いや、何。お前に一つ良い事を教えてやろうと思ってな」
「良い事?」
「そうだ。私を言う事を聞かせたいのだろうが、それ相応の覚悟を持つ事だな」
「まぁ当然だな」
「それと看守達と受刑者共の方にも、気を回さないといけないぞ」
オリガは手錠を見せる。
「看守を拘束した以上、お前が変わって受刑者共を管理しなければな。この騒動を知れば受刑者やつらも自由を求めて暴動を起こすだろう。この監獄に入る奴等は、一癖も二癖もある曲者揃いだ。貴様如きに御せるとは、到底思えないがな。それに看守達にも気を回さないとな。何時魔法を使って、私達を助けに来るか分からないのだからな」
「ふふふっ。それに関しちゃ問題無いさ。受刑者連中は、ラキアハが既に何とかしてくれているんだよ。それに看守達は、お前等を助けに来る余裕など無いぞ」
信康はそう言うと、オリガの頭を優しくポンポンと軽く叩いた。
「無制限って訳じゃあないが、時間ならたっぷりある。何せ補給艦が来たのは、つい昨日の話だろ? 新しい受刑者を運ぶプヨ海軍の護衛艦も、今月は一隻も来ない事は事前に把握済みだからな」
「・・・ちっ。何処でそんな情報を入手したかは知らんが、精々頑張ってみる事だな」
オリガは悔しそうにしつつ、そう信康に啖呵を切った。
しかし信康からしたら、苦し紛れの負け惜しみにしか聞こえなかった。
「・・・・・・この状況で、良くそれだけ気迫を保てるものだ」
信康はそれだけ言って、独居房から退室して行く。
信康と腕を組んでいるクラウディアも、その後を続こうと背中をオリガに向けた。
「聖女殿。今回の件は流石に教団とプヨにも報告させて頂く。文句は無いでしょうな?」
「・・・あんた、自分の状況が分かってるの? 好きにしたら良いけどあたしはあんたが報告なんて、出来るとは微塵も思わないわね」
クラウディアは振り返る事無くそれだけオリガに言うと、信康と共に独居房を退室した。
信康とクラウディアがオリガの独居房を退室すると、室外で待機していたビヨンナが扉が閉まる。
扉が完全に締まるのを確認した信康に、ビヨンナが再び空いている左腕に抱き着いて腕を組んだ。そして信康達はフィリアに挨拶をしてから、Dフロアを後にした。それから間も無く信康達は、無人のCフロアに到着する。
(さぁて、時間的に夕食まで時間はあるんだよなぁ。どうしたものか・・・っ!)
信康は思案しながら歩いていると、Cフロアの独居房で扉が開いたままの独居房があった。その独居房を見て、信康は笑みを浮かべながらその独居房に向かった。




