第260話
エルドラズ島大監獄を完全掌握した翌日。
エルドラズ島大監獄乗っ取り計画の参加者達は、職員専用の娯楽施設にて英気を養っていた。
「・・・・・・ああ、これ気持ち良いな」
「同感」
「・・・・・・そうだな」
クリスナーア、アテナイ、シイの三つ星トゥリー・ズヴェズダの三人は、娯楽施設でマッサージを受けていた。
マッサージと言っても人の手で行うマッサージでは無く、魔性粘液が行うマッサージだ。
エルドラズ島に生まれる魔性粘液を共食いさせて進化を促し、更に品種改良を重ねてマッサージが出来る魔性粘液を生み出した。
その魔性粘液に首から下を包む事で、全身を柔らかく包みながら強く揉む。
それにより、全身のコリを解すと言う画期的なマッサージが行われた。
刑務官が女性だけと言うこのエルドラズ島大監獄の特性があってこそ、生まれた産物だと言える。
他の部屋でも、寛ぐ者達が居た。
セミラーミデクリス、ラキアハ、マリーア、スルドの四人が、カードゲームをして楽しんでいた。
セミラーミデクリス達がしているのは、ポーカーみたいだった。
マリーアがディーラー役も兼任しており、セミラーミデクリス達三人が純粋にプレイヤーだった。しかし全員真剣なのか、一言も話さないでいる。
「コール」
ラキアハがそう言うと、セミラーミデクリス達も同じくコールと口にした。
テーブルの上に、チップが置かれて行く。
そのチップを見て、セミラーミデクリスは自分の手札を見比べる。
「レイズ」
先程の倍の枚数のチップを置く。
それを見てスルドは顔を顰め、ラキアハは思案していた。
「フォールド」
ラキアハがそう言うと、スルドは行動に出た。
「レイズ」
スルドも倍数のチップを置いた。
そしてマリーアは、セミラーミデクリスを見る。
セミラーミデクリスは何も言わない。
「では、オープン」
マリーアが手札をオープンする様に言う。
「へっ、フルハウスだ」
スルドの手札はスペード、クローバー、ハートの六。ダイア、ハートの十。
勝ったという顔をするスルド。
「惜しかったな。ストレートフラッシュだ」
セミラーミデクリスの手札を見せた。
ダイアの、五、六、七、八、九.
ニヤニヤと笑うセミラーミデクリス。
「今回は、我の勝ちだな」
「ちっくしょう! 絶対に勝ったと思ったのにっ」
「ふふ、残念だったな」
「あんなにあからさまな手に乗るからですよ」
因みにラキアハの手札は、クローバーの二、三のワンペアであった。スルドと違って慎重に動いた事が、ラキアハに功を奏した。
「くそっ。次だ次」
「はいはい。じゃあ、カードを配るわよ」
マリーアがカードを切った。
その動きを見ながらスルドは傍らに置いた、グラスに注いである火酒を喉に流し込む。この火酒は、オリガが収蔵していた収集品の一つだ。
「そう言えば、ノブヤスの奴はどうした?」
朝に挨拶してから姿が見えない為か、気になったスルドがセミラーミデクリス達に尋ねた。
「知らぬな」
セミラーミデクリスは信康の行方など、知らないと答えた。ラキアハも知らないとばかりに、首を横に振るう。
「ノブヤスだったらクラウディアとビヨンナを連れて、ラグンさんの所に行ったわよ」
すると信康の行方を知っていたマリーアが、スルドの質問にそう答えた。因みに信康を呼び捨てにしているのは、信康がそう頼んだからである。
「ラグンの所? そう言えばあいつ、ノブヤスの奴に頼まれて何か作ってた気がするな」
「そうなのだろうよ。そもそもラグンあやつは符術士なのだ。大方ノブヤスに頼まれて、何かの魔法の巻物を作っているに違いない」
「魔法の巻物ですか。どんな魔法の巻物なんでしょうね」
「そんなの決まっている。ろくでもない事に使う物に決まっているだろうがよ」
スルドは絶対にそうだとばかりに言う。
「成程。そう言われたら、そうでしょうね」
「全くあの女狂いめが。あやつはその内、女に刺されるやもしれぬな」
「言っとくがよ、セミラーミデクリス。こいつはシイから聞いたんだが、それで死ぬなら本望だって言ってたそうだぜ」
スルドからその話を聞いたセミラーミデクリスは、一瞬キョトンとした評定をした後に大爆笑していた。
セミラーミデクリスの笑いが収まった頃に、カードが切れたので配られて行く。
「さて、次で負けた分を払い戻してやるっ」
「出来ればな」
「頑張って下さいね」
二人はスルドを生暖かい目で見た。
その後もゲームは続いたが、スルドは殆ど負けた。
セミラーミデクリス達がポーカーを楽しんでいた頃。
Aフロアにある部屋に居る、ラグンに会いに信康達は歩いていた。
その部屋の前に着いた信康は、扉をノックした。
「ノブヤス殿か?」
「そうだ。連れが居るが、入っても良いか?」
「どうぞ」
信康は扉を開けて、部屋の中に入室する。信康に続いて、クラウディアとビヨンナも遅れて入室した。
ラグンは部屋に備え付けの椅子に座り、茶を飲んでいた。
「頼んだ物は出来たか?」
「ええ。其処の机の上に用意してありますよ」
ラグンが指差した所には、ニ枚の魔法の巻物があった。
信康はその二枚の魔法の巻物を手に取った。
「この短時間で、良く仕事をしてくれたな。もっと時間が掛かると思っていたぞ」
「流石に一から制作していたら、もっと時間が必要でしたね。しかし事前に影分身の魔符がありましたから、それ等を改良するだけで済みましたよ」
ラグンはそう言うと、信康が持つ影分身の魔法の巻物を見た。
これはラグンが言う様にシエラザードが作った魔符を、ラグンが魔法の巻物に改良した代物なのである。信康はラグンの仕事の速さに、舌を巻いて感心していた。
「魔符とかは制作者次第で、文字の順番や材料が違うのに良く弄れたものだな」
「良く御存知ですね。今回は文字の配列を網羅しつつ、シキブの体液で改良する事が出来ました」
ラグンがそう言うと、静かに話を聞いていたビヨンナが感嘆した様子で開口する。
「符術士が主に使う材料は確か魔物の骨か魔石、体液が主な材料の筈よね?・・・不定形の魔性粘液の体液なんて、贅沢も良い所だわ」
「私もそう思いますよ。ノブヤス殿。これは相談なのですが・・・良ければ私にまた、シキブの体液を譲って頂けませんか? 見返りとして御要望を頂ければ、また魔法の巻物を用意しますから」
ラグンの要望を聞いて、信康は少し思案してから答えた。
「そう言う事であれば、幾等でも譲ろう。ただし、他所に売ったり譲ったりするなよ?」
「御安心を。そんな事をしたら、出処を尋ねられたり探られてしまう。飽くまで私の為です」
ラグンがそう言って転売や悪用を否定したので、信康はシキブの体液を譲る事を承諾した。するとラグンは何かを思い出した様子で、信康にある事を伝え始めた。
「御要望通りに、分身とは痛覚を除いて五感が共有出来る様に設計してあります。しかし一つだけ、注意事項があります」
「注意事項か。何か副作用でもあるのか?」
信康が注意事項の内容を予想してそう口にすると、ラグンは首を横に振って否定した。
「使用して副作用が使用者に起きては、魔法の巻物とは言えないのですよ。しかしこれは影分身の特性上、どうしても避けられませんでした」
「そうか。何が起きるんだ?」
信康が興味深そうにラグンに尋ねると、ラグンは注意事項について話し始めた。
「先ず生み出せる分身体の数ですが、これは使用者の任意で決められます。理論上は使用者の魔力がある限り幾らでも生み出せますが・・・記憶の容量に問題があります」
「記憶の容量だと? 済まないが、言っている意味が今一つ掴めん。詳しく説明してくれるか?」
信康はラグンに詳細な説明を要求すると、同じく理解が及ばないのかクラウディアとビヨンナも首肯して同意していた。
「これは例えばの話ですが、分身を五人生み出すとそれぞれ五人分の経験が余剰で出来る訳ですよね?・・・つまり生み出した分身が覚えた記憶が、感覚共有すると使用者本人に流れ込んで来る訳です。それは分身の数だけ、記憶量は多くなります」
「あー成程。そう言う訳か」
「つまり、あんたは流れ込んで来る記録の容量次第で、ノブヤスの身に危険が及ぶって言いたいの?」
クラウディアがラグンに注意事項の真意をそう推測して尋ねると、ラグンは少し悩んだ様子を見せながら答える。
「危険が及ぶかと言うと、少々語弊がありますね。大量の記憶が脳味噌に流れ込むのですから、酷くてもその衝撃で頭痛が起きる程度ですよ。なので生み出す複数の分身の感覚を共有をさせる時は、御身体と良く相談してからお願い致します」
「なーんだ。頭痛程度なら、心配して損したわね」
ラグンの注意事項が頭痛の誘発の可能性と知ると、クラウディアは肩透かしを食らった様子を見せた。信康は同様の思いをしたが、その程度で済むなら安いものだと思った。
「ああ、すみません。私から一つ・・・いえ二つだけ、ノブヤス殿にお聞きしたい事がありました」
「何だ? 言ってみろ」
「はい。事前に一度聞いてますし、同じ事を二度以上聞くのは私も好きでは無いのですが・・・大切な事ですから、改めてお聞きします。オリガ達は殺さないのでしょうね?」
ラグンは信康の目を見ながら、真剣な表情で訊ねる。その様子はラグンの美貌も相まって、その辺の女性ならば一撃で恋に落ちそうな一撃を秘めている。
尤もこの部屋に居る女性はクラウディアとビヨンナの二人だけであり、両者共に信康に心底惚れ込んでいるので先ず有り得ないが。
「其処は安心してくれ。殺すなんて事は絶対に有り得ない」
「・・・・・・良いでしょう。では次の質問ですが、魔力量が多いと言われた事はありませんか?」
「ああ、言われた事はあるな。でも魔法を使う才能が無いからって事で、宝の持ち腐れだと言われた事もあるよ」
信康がそう返事をすると、ラグンが驚く事を口にした。影分身は発動させるのに、他の魔法と比較してより多くの魔力が要求されると言う。
それで何十人も同時に召喚して平気で居られるのは、実はかなり凄い事なのだと知ったのだ。驚愕の事実を知った信康達は、それから部屋を退室した。
「これから、その魔法の巻物を試すのですか?」
「ああ、その心算だ」
「別に良いけどあんた、こんな事を続けてると何時の日か女で身を滅ぼすわよ?」
「はっはは、それで死ぬなら寧ろ本望だな」
信康は笑いながら、寧ろ大歓迎だとばかりにそう言った。そんな信康の様子を見ては、クラウディアも溜息しか吐けない。
「はぁ・・・死ぬ時はせめてあたしとの間に、子供を最低でも十人ぐらい作ってからにしてよね」
「おぅ、任せろ。と言うか俺の子を、クラウは十人も産んでくれるのか?」
「何よ。文句あるの?」
クラウディアは目を細める。
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「っ・・・ほ、ほら。早くDフロアに行くわよ」
笑顔で信康に感謝されたクラウディアは誤魔化すかの如く、両頬を紅潮させながら信康の背中を押し始めた。
ビヨンナは信康とクラウディアのやり取りを羨ましく思いながらも、微笑ましい見守りつつその後に続いた。




