第259話
信康達が部屋を退室すると、其処にはクリスナーア達がくつろいでいた。更には指令室に居た筈のクラウディア達も、娯楽施設に集結していた。
「おっ。お前達が来たと言う事は、あのオリガを無事に捕らえる事が出来た訳だな?」
クリスナーアは笑みを浮かべながら、信康に訊ねて来た。
すると信康はクリスナーアに対して、同じく笑みを浮かべながら首肯した。
「良し。これでこのエルドラズは無事に、私達の手で乗っ取る事に成功したな」
「後は折りを見てエルドラズから、私達を出獄させる様に取り計らって貰うからね?」
「ノブヤスの部隊に潜り込んで、あの四銃士の奴等に目に物見せてやるわよっ」
三つ星の三人は、そう言って意気込んでいた。
「そいつ等への復讐が終わったら、お前等は部隊を抜けるのか? 何だったらそのまま軍籍を置いてくれた方が、俺としてはありがたいのだがな。どうせ行く宛なんて無いだろう?」
「・・・そうだな」
クリスナーアはアテナイ達を見る。
「どうする?」
「其処まで考えてないわよ。そんな未来の事なんて、復讐してから決めても遅くないんじゃない?」
クリスナーア達に改めて尋ねても、四銃士への復讐する事だけしか考えていなかった。復讐を終えた後の事は、やはりまだ考えていなかったみたいだ。
「そうか。まぁまた改めて聞こう。それまでに考えておいてくれ」
信康は其処まで言うとクリスナーア達から視線を外して、今度はクラウディア達を見た。
「お前等の方も、御苦労だったな。怪我とか無かったか?」
「無い無い。精鋭魔法使いと言っても、あたし達からしたら雑魚よ。それに一番手練れだったアルマは、スルドが戦ったもの」
「そうか。それを聞いて安心したよ、クラウ」
信康はそう言うと、クラウディアを抱き締めて頭を撫で始めた。
「ちょっ、あんた。な、何をするのよ」
「嫌か?」
「べ、別に。そうとは言ってないでしょっ!」
信康の不意打ちに動揺するクラウディアだったが、嫌がっておらず寧ろ信康の背中に両腕を回して同じく抱き締めていた。
「主、不公平」
「・・・ノブヤス殿。依怙贔屓はどうかとワタシは思うのですが」
「クラウディア様ばかり狡いです。ノブヤスさん」
信康とクラウディアの仲睦まじいやり取りを見て、カガミとビヨンナとシギュンが不平を訴えた。
「何よ。あんた達はあたし程戦った訳じゃ・・・んぅっ!?」
邪魔されたクラウディアは思わずシギュン達を睨み付けると、信康はクラウディアの頭を動かして口付けをした。それから数秒の間、その状態を保つ信康とクラウディア。
「さて・・・悪いけど、クラウ。ちょっと離れててくれるか?」
「・・・分かったわよ」
信康にそう頼まれたクラウディアは、渋々抱擁を解いて信康から離れた。
「待たせたな、お前等。希望するなら全員クラウと同じ事をしてやるから、一々争わないでくれよ?」
信康がそうシギュン達に呼び掛けるとカガミ、シギュン、ビヨンナと言う順番で決まり、信康はクラウディアと同様にシギュン達にも抱擁と口付けをして労った。
「おーおー、モテるねぇ。色男さんよ」
「言ってろ・・・それより俺はマリーと一緒に、これから屋内闘技場の方を確認しに行く予定だ。お前等はどうする? 俺達と来る奴は居るか?」
信康はスルドから茶化されるもそれを適当に流すと、セミラーミデクリス達に尋ねてみた。
「ああ、そう言えば・・・あのラキアハめが、一人で十分だと言って屋内闘技場を制圧しに行っている筈だったな?」
「そうなのか? まぁラキアハが遅れを取るとは思えねぇし、様子なんざ見に行かなくても良い気がするけどな」
セミラーミデクリスとスルドはそう言って、少なくとも自分は行く気が無い様子でそう話していた。
「確かに直接行かずに、シキブに報告させても良いんだが・・・やはりこの目で確認しに行きたいと思ってな」
信康はそう言うと、クラウディア達は思案を始めた。その結果、信康に同行するのはマリーアの他にクラウディア、シギュン、ビヨンナ、アテナイ、カガミの五人も同行する事となった。
「そうか。じゃあお前等は娯楽施設でゆっくり休んでてくれ。何か食いたかったら、オルデに頼めば良いからな。御苦労だった」
「分かった」
「じゃあ、先に休んでるわ」
クリスナーアとシイはそう言って、信康に答えた。
「じゃあ、俺達は屋内闘技場の様子を見に行くか。シギュン、案内の方を頼む」
信康が言うとシギュンは頷いて、先頭に立って歩き始めた。それから信康はビヨンナとクラウディアと腕を組みながら、シギュンの後を追って歩き始めた。
娯楽施設でセミラーミデクリス達と別れた信康達は、シギュンの案内で少しばかり歩き続けると屋内闘技場の前まで到着した。
信康達からはまだ遠目から見える屋内闘技場の出入口には、監視役の刑務官は居なかった。
「全く、ラキアハの奴め。場内で何をしているのやら」
信康は開けっ放しになっている、屋内闘技場の扉を見ながらそう呟いた。
「馬鹿ね。そんなの場内なかに入って自分の目で見ないと、何も分かる訳無いじゃない」
「クラウディアの言い方はあれですが、その通りですよ。ノブヤス殿」
言い方は悪いがクラウディアの言う通りだと思い、信康は引き続きクラウディア達を連れて屋内闘技場に向かって歩くのを再開した。
出入口を通って更に信康達は歩き続けるのだが、歩みが進めば進む程に死臭が漂って信康達の鼻を擽り始めていた。
「・・・死体ノ匂ィガスル」
「カガミ、大丈夫か? 別に無理しなくても、引き返してくれて良いんだぞ?」
高位蛇美であるカガミは嗅覚が優れている所為か、気持ち悪そうに鼻を押さえていた。
信康はカガミを気遣ってそう提案したが、信康から離れたくないのかカガミはそれを拒否した。
信康はカガミの意志を尊重してそのまま同行させたが、歩みを進めて行くとカガミだけでなく信康達も手や袖を使って鼻を押さえざるを得なくなっていた。
そして漸く屋内闘技場に入った信康達だったが、其処では目を疑う光景が行われていた。
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・』
受刑者達は列に作って並びながら、荒い息を吐いていた。
受刑者達全員の目に光は無く、徐々に肉を失っていくのだが、その場から逃げる事をしなかった。
まるで、其処から逃げる事が出来ない様に見えない何かで、縛りつけられている様であった。
「な、何だ。これは?」
信康は思わず、そう呟く事しか出来なかった。現にシギュン達も、眼前の受刑者達を見て絶句していた。
「・・・気色悪イ」
カガミは徐々に弱っていく受刑者達を見て、鼻を押さえたまま視線を反らした。
「あのね、あんた達。もう少し真面目にやって欲しいんだけど?」
アテナイだけは、カガミの批評やクラウディア達の反応を聞いて呆れ果てていた。
「いやあああああっっっっっっ!!?」
其処へ突如、絹を裂く様な女性の悲鳴が聞こえて来た。信康達はその悲鳴を聞いて、思わず互いに顔を見合わせた。
「あっちから聞こえたな」
「ラキアハのでは無さそうだけど・・・行ってみましょうか」
信康達は急いで、その悲鳴が聞こえた所に向かった。
信康達はその悲鳴が聞こえた所に向かうと、再び目を見開いて驚く事となった。
「ほらほら。後七回ほど達したら許してあげますから、頑張って下さいな」
「むり、むりむり、もうむりだから、おねがい、やめてっ」
「大丈夫です。人間とは簡単に死にそうで、意外に丈夫ですから。そう安々と死にませんよ」
「むりむりむりむりむりむりむりっ」
「ふぅ、仕方がありませんね。では、わたくしが手を貸してあげますね」
女性の懇願する声を綺麗に無視して、声の主は手を伸ばし女性の下腹部に触れる。
其処は丁度、子宮がある場所であった。
声の主は指で、下腹部を押し当てる。
「い、いぐ、いぐ、いぐいぐいぐいぐ、もう、い゛だぐな゛い゛のに、まだいぐゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔっ!?!!」
女性は海老反りになりながら、徐々に肉が落ちて行き、頬がこけていき、まるでミイラの様になっていった。
「ふふふ。これだけ叫べるのでしたら、後三回は達する事は出来ますね」
声の主は、楽しそうに言う。
「これは、一体・・・」
マリーアの声が聞こえたのか、声の主が振り返る。
「あら、これはこれはノブヤス様と皆様方。仕事は終わったのですか?」
「あ、ああ。終わったぞ・・・・・・所でこれは、一体何をしているんだ? ラキアハ」
信康は声の主であるラキアハに、何故この様な事をしているのかを訊ねる。
「これはですね。皆様の邪魔にならない様に、こうして気力を奪っているのです」
「気力ねぇ。確かにこいつ等は良く言う事を聞いているが・・・シキブに任せれば、そんな事はしなくても良い筈だぞ?」
受刑者が一人残らず、自慰をしている事を不思議に思う信康。欲求不満の受刑者達ならば、ラキアハや刑務官達に襲い掛かって来ても不思議では無い筈だった。
「因みに結構大変でした。ワタクシが屋内闘技場に入った時は、看守の皆さんは眠りこけて倒れてましてね・・・それで暴走した受刑者達が、野蛮な声を上げて看守達の服を破いて犯そうとしてましたよ」
ラキアハの話を聞いて、思わず絶句して言葉を失う信康。そんな信康の心情を察して、ラキアハが話を続ける。
「御安心下さい、ノブヤス様。看守達が受刑者達に犯される限り限りの瞬間に、わたくしが全力の生気吸収の魔法を使って阻止致しましたから」
「その魔法って確か、相手の生命力を奪う魔法よね?」
「ええ、その通りです。ですが一人も、殺してはいませんよ。死ぬ限り限りの所で、止めましたからね」
信康はラキアハの話を聞いて受刑者達の暴挙を止めた事に感謝したが、何故受刑者達の生気が失っているのか、理解出来なかった。
「ああ、あれはですね。受刑者達が看守達に自身の欲望を晴らそうとした所を、わたくしが止めましたよね? それで反省させる為に生気吸収の魔法陣の中に入れたのです、そうしたら皆さんは、大人しくなりました」
ラキアハは楽しそうに状況を説明したが、聞いている信康達は顔を引き攣らせる事しか出来なかった。
「・・・・・・受刑者共は分かったが、看守の方はどうしたんだ?」
「看守達の方でしたら、シキブの分身が既に回収している筈ですよ。此処のイルヴさんを除いて」
「・・・そうかよ」
信康は刑務官達を回収済みと聞いて、安堵の息を漏らした。
「・・・それで? 現在あんたが甚振っている女が、屋内闘技場コロシアムを任されてたイルヴなのよね? イルヴそいつは何をしたのよ」
「ああ、この方ですか。わたくし一人では余りに退屈でしたので、一番身体が丈夫そうなイルヴさんを叩き起こして虐めてました」
「そ、そうだったのね」
ラキアハがイルヴを甚振っている原因を聞いて、思わず笑みが引き摺ってしまう。
肝心のイルヴの目には光は無く鼻からは鼻水が流れて、口からは涎を垂らしていた。
息も絶え絶えで長時間、ラキアハによって弄ばれていた事が人目で分かった。
「・・・まぁ良い。いや良くは無いが、一先ずは置いておく。方法は兎も角、お前は誰も殺さず壊さずにこの屋内闘技場をたったの一人で制圧してくれた。受刑者の奴等が面倒な事をしでかすのを、傷付けずに止めたんだ。その手腕は称賛に値する」
「ありがとうございます」
信康からの賞賛の言葉を聞いて、ラキアハは頭を下げた。
「それにしてもあの受刑者共は、どうしたら良いんだ?」
「放置でよろしいかと思いますが?」
「いや駄目だろ・・・取り敢えず、シキブ」
信康に呼ばれてシキブは、信康の影から姿を見せる。
「お前は屋内闘技場に残って、こいつ等を見ていろ。全員気絶したら回収して、適当にBフロアに放り込んでおけ」
シキブは頷き行動していた。
「じゃあ、ラキアハ。お前は娯楽施設に行って良いぞ。後始末は、魔性粘液にでも任せておけば良いから」
「あら、そうですか。でしたらノブヤス様に、わたくしからお願いが一つありまして・・・娯楽施設よりも、Bフロアに行っていたいのですが構いませんでしょうか?」
「Bフロアだと・・・何をするか知らんが、まぁ良い。受刑者共を傷付けたり殺したり壊したりしなかったら、好きにしても良いぞ」
「承知致しました。ノブヤス様の仰った事は必ず守りますので、どうか御安心下さいませ」
ラキアハは其処まで言ってから一礼すると、Bフロアに向かうべく屋内闘技場から出て行った。
その背を見送ると、信康は頭を掻いた。
「まさか、此処までするとはな・・・ちょっと想像の外だったな」
「あの女。本気マジでヤバいわよ。早い内に殺しておいた方が良くない?」
アテナイはラキアハの存在を危険視して、信康に警告した。それを聞いたクラウディアも、何も言わないがアテナイに同意して首肯していた。
そんなアテナイの警告に対して、信康は即座に首を横に振った。
「駄目だ。ラキアハは敵に回れば末恐ろしいが、味方なら非常に頼もしい女だ。俺を裏切って殺そうとしない限り、俺も殺す心算など毛頭無い」
「ではノブヤス殿。シキブに屋内闘技場は任せるとして、ワタシ達はどうしましょうか?」
「もう夜も遅いからな。俺達も娯楽施設に一度戻ろう。何処で寝るかは、其処で決めれば良いだろうよ」
「そうね。そうしましょう」
信康達はそう結論付けると、受刑者達を放置して屋内闘技場を足早に出た。
そして娯楽施設に戻ると、エルドラズ島大監獄の完全掌握を宣言した。
信康はこれで、漸く一息付けたと安堵して就寝に就いた。




