第256話
信康達がオリガと戦っている頃。
エルドラズ島大監獄の頭脳を担う指令室前ではクラウディア、スルド、ビヨンナ、カガミの四人がアルマ率いる刑務官達と交戦していた。
人数で言えばアルマ達の方がクラウディア達の三倍以上多いのだが、其処は持ち前の実力で抑え込んで互角以上の戦いを繰り広げていた。
「おらああああっ!」
スルドは洋刀サーベルを持っている、刑務官の一人に素手で襲い掛かる。
「くううっ」
襲い掛かるスルドに、看守は峰の部分を前にして洋刀を振るう。
洋刀の峰の部分で振るっても、当たっても骨は折れるだろうが切り裂かれる事はないだろう。
スルドは攻撃をして来た刑務官に対して、左腕を前に出して防ごうとする。
スルドの左腕には、何も防具は無い。
普通に考えればそのまま攻撃が行けば、スルドの左腕に衝撃が走るだろうと思われた。
パキンッ!
驚いた事に、刑務官の洋刀が逆に折れてしまった。
「へっ。そんな鈍物じゃあ、あたしは斬れやしないぜっ!」
愛刀が折れた事で呆然としている刑務官に、スルドは容赦無く腹に正拳突きを叩き込んだ。
刑務官は「うぼっ」と声を上げた後に口から涎を流しながら吹っ飛ばされ、そのまま後方の壁に激突して動かなくなった。
スルドに倒された刑務官は、ピクピクと身体を震わせる。そうしている間に、その刑務官はシキブの分身に飲み込まれて姿を消した。
スルドは自分が倒した刑務官がシキブの分身に回収されたのを見届けた後、まだ健在なアルマ達に視線を移した。
「おら、さっさと掛かって来いっ。まぁお前等程度じゃあたしの鋼魔錬身に、傷一つ付かられねぇだろうけどな!」
スルドは挑発する様にそう言ってから、拳を打ち合わせる。
拳を打ち合わせているだけなのに、何故か金属同士がぶつかる音がした。
「スルド様の鋼魔錬身は久しぶりに見ましたが、二年前よりも洗練されてますね」
「アルマ・・・まぁな。エルドラズに居る間は、する事がねぇもんだったからな。やれる事といやぁ、自主練かディアサハ達に頼んで鍛錬に付き合って貰うかだけだったんだよ」
スルドが使っている鋼魔錬身とは、魔法格闘術の中でも最初に教わる技の一つだ。
魔力で己の身体を鋼鉄の如く固くさせる技だ。練度次第で鋼鉄を超える固さにもなる事が可能であり、鋼魔錬身の練度で魔法格闘術の実力が分かると言われている程だ。
「はぁっ!」
同じくしてクラウディアがアルマと同様に、刑務官を一人殴り飛ばした。クラウディアに殴られて気絶した刑務官もまた、シキブの分身に回収されて姿を消した。
「「火炎球」」
更にビヨンナとカガミの魔法攻撃による援護が、クラウディアとスルドの背後から飛んで来る。刑務官達は防ぐまたは避ける事で、魔法攻撃に対処するがこれにも難点があった。
「GAA!」
「「GAAA!!」」
避けて移動した先が通路口に近いと、通路口を塞いでいる不死身の獅子と双頭の魔犬から一撃を受ける事になる。
「「ぐあっ!?」」
ビヨンナとカガミの魔法攻撃を避けて迂闊にも左右それぞれの通路口に接近してしまった刑務官二人が、不死身の獅子と双頭の魔犬の一撃を受けて失神しシキブの分身に回収された。
「ア、アルマ補佐官・・・っ」
「くっ・・・怯むなっ! 我々に降伏など許されないっ! 戦うぞっ!」
次々と仲間がクラウディア達に倒されてシキブの分身に回収されて行くのを見て、士気が低下した刑務官達を鼓舞するアルマ。
アルマ達の人数も既に半数の十一人にまで減らされているが、それでも刑務官達はアルマの鼓舞を受けて闘志を燃やしてクラウディア達に突撃する。
「てやあああっ!」
「甘ぇよ!」
向かい来る刑務官達を、クラウディア達は次々と難無く倒して行く。
「其処だっ!」
刑務官達に注意を向けているスルドに、アルマは得物を叩き込む。
アルマの鋼魔錬身を見れば、また同じく剣を折って防ぐと思われた。
「おっと」
しかしスルドは他の刑務官達の攻撃と違って、アルマの攻撃には身体を反らして躱した。
アルマの攻撃を躱したスルドだったが、躱すのが遅れて左腕の袖にアルマの得物が掠った。
先刻までまで刑務官達の攻撃を防いでいた鋼魔錬身だったが、何故かアルマの攻撃だけは防ぐ事が出来なかった。
スルドが着用している囚人服の袖が斬られて、スルドの肌を露出させた。
「おっ? 流石アルマだな。と言うかお前、何時から洋刀なんて使う様になったんだよ?」
「あの大戦で、自分の無力さを痛感しました。貴女と副団長閣下の殺し合いを止められず罪人にしてしまった私はエルドラズに転属して看守になってから、剣術を学んで現在に至ります。スルド師匠」
アルマは咄嗟に、遠い所を見る様な様子を見せた。実はアルマは二年前のデァグアラ河の戦いの後に、スルドがエルドラズ島大監獄に投獄される原因となった同僚殺しの際に、アルマを制止させようとしたが、殴られて失神していた。
アルマが意識を取り戻した頃には、スルドは処刑されそうになっていた。アルマは一兵卒の頃からスルドに面倒を見て貰った事もあり、当然だが助命嘆願をした一人でもある。
アルマがエルドラズ島大監獄に転属した理由も、スルドの世話を自分がしたいと思ったからだ。しかしオリガからスルドとの面会を拒否されたので、何時かスルドに胸を張って会いたいと願い鍛錬を重ねて所長付き補佐官にまで出世した。
因みにアルマが自身の洋刀に魔力を纏う技法は、魔法格闘術の鋼魔錬身の派生技である魔力剣と言う技法だ。
鋼魔錬身が身体に纏うのに対して、魔力剣は得物に魔力を纏わせて切れ味の増加や間合いを伸ばすのが特徴である。
「へっ。気にするなって言ったのによぉ・・・まぁ馬鹿に真面目な所が、お前らしいな。ありがとうよ」
スルドはアルマに礼を述べると、身体から目に見える程の魔力が流れ出して来た。
それだけでは刑務官達は驚かないが、その流れ出る魔力が形作られて行くのを見れば驚かざるを得ない。
その魔力は半透明であるが、鎧の形を形成して行く。
スルドは間も無くして、自身の全身を魔力で形作られた鎧を纏った。
「・・・光魔鎧っ」
「ははっ。お前に見せるのは、二年振りだよなぁ?」
「ええ・・・最後に見た時よりも洗練されている事は、流石に分かります。ですが私も、そう遅れは取りませんっ!」
アルマはそう言うと、洋刀に魔力を込めた。
すると洋刀の刀身から、魔力の刃が生み出された。
生み出された魔力の刃はどんどん伸びて行き、結果的に二メートル程の長さになった。
「へぇ。魔力剣の刃を、其処まで長く出来るのか」
「これが、私の全力です」
「・・・良いぜ。お前の全力、あたしにぶつけてきな!」
スルドはアルマを、手招きして誘い出す。するとアルマは、持っている洋刀を構えた。
「参りますっ!」
アルマは八双に構えながら、スルド目掛けて駈け出した。
アルマの動きに合わせて、スルドも駆ける。
「「はあああああああああぁぁぁぁっ!」」
掛け声をあげて駆ける二人。一瞬だけ、二人は重なった。
二人が離れた所で、同時に止まる。
どっちが敗れたのか、両陣営は固唾を飲んで見守る。
「・・・・・・アルマ。お前の師匠として、一つだけ助言をやるよ。自分と同等かそれ以上の鋼魔錬身の使い手と戦う時は、魔力剣は間合いの長さじゃなくて密度を重視しろ。もしお前が長さを半分にして高密度にしてりゃ、あたしにも通用してたぜ」
スルドはそう言うと、構えを解いた。
「・・・・・・貴重な御助言、ありがとうございます。次回から、参考にさせて頂きます」
アルマがそう呟くと、魔力剣を解除して洋刀を降ろした。
魔力剣を解除されたアルマの洋刀から、魔力の刃が消滅した。
「ぐはっ!」
アルマは口から血が吐き出して、そのまま俯せの姿勢で倒れた。
「悪いな。まだまだお前に敗けてられねぇよ」
スルドはそう言って倒れたアルマに身体を振り向かせると、右腕で鼻の下を擦った。
スルドの様子を見ればアルマの魔力剣はまだ、師匠であるスルドの鋼魔錬身には通用していないのは明らかだった。
「お疲れ様・・・大丈夫?」
「ああ。問題ねぇよ」
「そう・・・なんかあんた、随分と嬉しそうね?」
「嬉しいに決まってんだろ。弟子が強くなってて、それを喜ばねぇ師匠はいねぇ」
スルドはそう言うと、倒れているアルマに向かって微笑んだ。
そのアルマは間も無くして、シキブの分身によって回収されて姿を消す事となった。
「これで残りは雑魚だけになったわね。スルド、あんたはちょっと休んでなさい。ビヨンナ、カガミ。残党はあたし達を捕まるわよ」
クラウディアが変貌させた両腕を構えながら、ビヨンナ達にそう言うと二人は頷いた。スルドはクラウディアに礼を述べてから、壁に凭れて余韻に浸る事にした。
「ま、不味いっ! 補佐官が倒れたっ!」
「どうする?」
「私達じゃあ、相手にならないわよ」
指揮官であるアルマが倒れた事で、刑務官達は露骨に動揺し出した。
その隙を突くかの如く、何処からか黒い鎖が刑務官達を目掛けて伸びて来た。
「な、何だ!? これはっ?!」
「う、動けないわっ!!」
黒い鎖は、刑務官達を拘束した。
そしてその黒い鎖から、電流が走った。
刑務官達はその電流を浴びて、声も上げれずに失神した。
「ふむ。思ったよりも簡単に終わったな」
そう言って何処からか、セミラーミデクリスが現れた。セミラーミデクリスの唐突な登場に左右の通路口を守っている、不死身の獅子と双頭の魔犬が警戒する様に唸り声を上げた。しかしカガミが二頭を宥めて、唸り声を上げるのを止めさせた。
「あんた。何時から其処に居たのよ?」
「そうだな。貴様等が看守共と戦う時から、我は姿を隠して観戦していたよ」
セミラーミデクリスが最初から指令室前に居た事を知り、援護せず観客気取りだった事実にクラウディアは思わずセミラーミデクリスを睨み付けた。
「そう怒るな。我が手を貸さずとも、倒せそうだったからな。手を貸す必要が無いと思い、観戦させて貰ったのだ」
「ふん。まぁ良いわ。だったらあたし達と別れてから、今まで何処に居たのかしら?」
「このエルドラズ全体を見回っていた。我が渡した睡眠薬が、ちゃんと効果が出ているか見ておこうと思ってな」
セミラーミデクリスはそう言ったのだが、その直後にクラウディアが白眼視してセミラーミデクリスを再び睨み付けた。
「・・・こいつ等には、効いていなかったみたいだけど?」
「そんなものは知らん。夕食を取らなかったか、取るのが遅かっただけではないか? 現に他の看守共には、きちんと効いたのだからな」
セミラーミデクリスは開き直った様子で、クラウディアにそう言った。するとクラウディアはその態度が気に入らなかったのか、額に青筋を浮かべた。
「その辺で終わりにしとけよ。もう終わったんだから良いじゃねぇか」
不穏な空気が生まれそうになる中、スルドが口を挟んで仲裁を始めた。不穏な空気が霧散したのを見計らって、ビヨンナが口を開いた。
「ではワタシ達は、指令室に戻って一休みしましょうか?」
「えっ? あたし達は娯楽施設か屋内闘技場に、行かなくて良いのかしら?」
「あいつ等なら、大丈夫だよ」
「我も同感だな。行った所で、何もする事など無かろうよ」
スルドの言葉に、セミラーミデクリスが同意した。
「本当二救援ガ必要ナラ、シキブガ私達二教エテクレル」
「確かにそうね」
カガミの言葉を聞いて、クラウディアも納得した。
クラウディア達は指令室に戻り、休息を取る事となった。その間にセミラーミデクリスに失神させられた刑務官達は、シキブの分身によって一人残らず回収された。




