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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第253話

 クラウディア達がAフロアにある指令室前で、アルマ達と戦っている頃。


 信康達はと言うと、娯楽施設と屋内闘技場を目指してAフロアを移動してた。その途中でシキブも追い付いたので、合流を果たしている。


「ふむ・・・どうやらシキブの報告通り、もう看守達達は娯楽施設と屋内闘技場(コロシアム)、そして今頃クラウ達と戦ってるアルマ達だけみたいだな」


 信康達は階段を上がった先に、刑務官などが居ない事を確認してから言う。尤もシキブが先行しているので、もし刑務官が居たら事前に知らせて貰う事になっている事から看守など居る筈も無いのだが。


「だったら予定通り、二手に分かれて制圧に向かいましょうか」


 シイの言葉を聞いて、クリスナーアは首肯した。


「シイの言う通りだな。だが、その前に一つ問題がある」


「問題? 何よそれ?」


「アテナ。それは簡単な事だ。娯楽施設と屋内闘技場(コロシアム)・・・二手に分かれるとして、どう戦力を分散するか決めなくてはならない」


「ああ、確かに。そう言えば、決めてなかったな」


 信康はクリスナーアの話を聞いて、忘れていたとばかりにそう呟いた。


 シギュンとシキブとビヨンナの二人と一体から、信康は同じ内容の報告を受けている。


 屋内闘技場の方はアルマと同じ所長付き補佐官のイルヴが、十人の刑務官達と共に午後の時間に開放された受刑者達を監視している。


 そして娯楽施設の方は奥にオリガがおり、その出入口でミレイが待機している。更に伏兵の如く、二十人の刑務官が隠れているとの事だった。


「全体の三分の一しかないオリガ達の戦力は、俺達が全部把握している。俺はオリガ達が居る娯楽施設の方に、戦力を多めに投入したい。異論とか振り分けに意見があれば、遠慮せず言ってくれ」


 楽観的な様子で信康は、フィリア達に意見を求めた。信康が言う様に現在のエルドラズ島大監獄の戦力は、信康達が三分の二を制圧済みだ。


 その百人以上もの刑務官達は、既にシキブの体内に拘束済みである。


 フィリア達は戦力分散に思案していると、ある者が手を挙げた。


「でしたらノブヤス様。わたくしから提案があります・・・屋内闘技場(コロシアム)の方は、わたくしにお任せ頂けませんか?」


 手を挙げてそう提案して来たのは、ラキアハだった。ラキアハの提案に、信康達は驚いた様子を見せた。


「あん? お前が屋内闘技場(コロシアム)を担当すると言うのか?」


「ええ、そうです。今まではディアサハさんのルーン魔法で最低限の魔法しか行使出来ない様に封印されていましたが・・・解除された現在(いま)なら、問題無く全力で魔法が使えますので」


 ラキアハ自信に満ちた様子で、信康達にそう断言した。


「当然ですけど、ノブヤス様の御言葉は守ります。看守達は勿論、受刑者達から一人も死人は出しませんとも」


「・・・・・・そんな大口が叩ける様子を見るに、随分と自信があるみたいだな?」


 信康がそう尋ねると、ラキアハは微笑を浮かべながら首肯した。信康は少しばかり思案した後、一度頷いた。


「良いだろう。だったらお前に、屋内闘技場(コロシアム)を任せる事にする。とは言え一人では難儀するだろうから、後一人か二人お前に手伝わせよう」


「いえいえ、結構ですわ」


「何?」


 信康の提案を断ったラキアハに、信康は再度驚きを隠せない。それはフィリア達も同様であった。


屋内闘技場(コロシアム)の方ですが、わたくし一人で十分です」


「本気で言っているのか?」


「はい。そうでなければ、こんな事は申し上げません。娯楽施設に居るオリガさん達が本命なのですから、そちらに戦力を投じるべきですよ」


「ふむ・・・」


 信康はラキアハが一人で屋内闘技場を担当すると聞いて、再び思案を始めた。


 ラキアハが言う様に娯楽施設にいるオリガ達にこそ、戦力を多めに投じなければならない。確かに戦力の面で言えば、屋内闘技場をラキアハだけに任せれば予定よりも多めの戦力を娯楽施設に向けられるのだから、信康達にとって利点しか無いのだ。


 しかし屋内闘技場への戦力を悪戯に削って制圧に失敗すれば、娯楽施設を制圧中にイルヴ達が背後から襲って来て信康達は挟撃を受けてしまう。


 その懸念を考えれば却下する案件だが、ラキアハ本人がこうも自信を持って一人で屋内闘技場を担当したいと言っているのだ。此処は素直に、ラキアハ一人に任せるのも一つかと信康は思った。


「・・・・・・分かった。お前の好きにしろ。ただしシキブの分身を一体、お前に同行させるのが条件だ。お前に何か遭っても嫌だからな。良いよな?」


「御心遣いと御理解の程、ありがとうございます。ノブヤス様の御期待、決して裏切りませんわ。では早速、行って参ります。ノブヤス様も、どうか御武運を・・・ちゅっ♥」


 一度頭を下げて感謝した後にラキアハは信康に口付けをしてから、シキブの分身を連れて屋内闘技場へと向かった。


 ラキアハを見送ったフィリア達は信康を少し呆れた様子で見た後、Aフロア内にある娯楽施設へと向かう。ラキアハに口付けされた信康は、唇に少し触れてから笑みを零した後にフィリア達の後を追った。



 ラキアハと別れた信康達は、真っすぐ娯楽施設へと向かう。


 その娯楽施設の前に来ると、ある女性の姿が見えた。


「ふん。まさか他の受刑者達を扇動しないで、此処まで来るとはね」


 ミレイが娯楽施設の出入口で、信康達を待ち構えていたのである。


「ほう? 流石に堂々としているな。三つ首の魔犬(ケルベロス)の呼び名も、伊達じゃないって事か」


「この程度で、怯えるなんて有り得ないわ。私はこれでも二年前まで、第三騎士団で部隊長をしていたのだから」


 ミレイはそう言うと、パチンと指を鳴らして見せた。


 すると何も無い場所から、次々と刑務官達が出て来た。


「待ち伏せか。大方、隠蔽(ハイディング)の魔法か魔法の巻物(スクロール)でも使ったみたいだな・・・一々こんな真似などせず、姿を隠したまま俺達を攻撃すれば良かったものを」


「馬鹿言わないで。隠蔽(ハイディング)はそれ程、便利な魔法じゃないのよ。行使している間に別の魔法を唱えるなんて簡単な芸当じゃないし、同士討ちする可能性もあるのだから・・・総員っ、掛かりなさいっ!」


 ミレイの号令で刑務官達は各々の得物を抜いて、信康達に襲い掛かって来た。


「ふん。行くぞ、お前等」


 信康はそう言うと愛刀である鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを、抜刀しようと柄に手を掛けた。


「まぁ、待ちなさいよ。ノブヤス」


 そんな信康を見て、シイが制止した。


「こいつ等の相手は、あたし達に任せなさい」


 シイは背中に差している、得物を抜いた。


 三つ星(トゥリー・スヴェズダ)においてアテナイは銀鱗鋼殻(シルバーメタル)の能力を持ち、クリスナーアは透明化(ダイブ)の能力を保有している。それで居てシイだけは、二人と違って無能力者だった。


 三つ星(トゥリー・スヴェズダ)でシイだけが無能力者なのは、シイに才能や素質が無かったと言う訳では無く明確な理由がある。


 ロマノフ帝国の超人種(ミュータント)研究において、開発方針が幾つかあった。その一つが超人種(ミュータント)が能力が行使出来ない状態または保有していない個体でも、高い戦闘能力を維持出来るかと言う考えがあった。シイはその開発方針から、生まれた超人種(ミュータント)だ。


 無能力者と言ってもシイはクリスナーアとアテナイみたいに固有能力が無い代わりに、身体能力や魔法使いとしての才能は高く白兵戦においては三つ星(トゥリー・スヴェズダ)随一の戦闘力を保有している。


 そんなシイは、ある刀剣を普段から愛用していた。


 その刀剣は両刃の剣では無く、片刃の剣であった。


 片刃の剣と言っても信康が使っている、鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードなどの刀と違って刀身は反ってはいない。


 シイの愛剣は分類上、洋刀(サーベル)と呼ばれる刀剣の一種であった。


 この洋刀(サーベル)の名称は神災(アッティラ)と言う、宝具級の等級に分類される魔剣型の魔宝武具だ。


 神災(アッティラ)の名称の由来となったのは、フュンノ帝国初代皇帝であるアッティラ帝と言葉の意味から来ている。


 そのアッティラ帝が持っていた宝剣は、決して折れず刃毀れもしないと言う不思議な刀剣を持っていた。その宝剣があまりに凄いので、アッティラ帝は自分の名前をその宝剣に銘した。


 当時の開発者達はアッティラの宝剣を参考にして、出来たのがシイの愛剣となっている神災(アッティラ)だ。因みにアッティラ帝の宝剣は、フェンノ帝国滅亡時の混乱で行方不明となってしまっている。


 余談だがフェンノ帝国の後継を謳っている北元(プゲン)は、多額の国家予算と投じてアッティラ帝の宝剣の捜索に当たっているが未だに発見には至っていないと言う。


 折れないのは強度を上げれば問題は無かったのだが、そうすると刀身その物が大きくなり重量も増すと言う問題が発生した。更に刃毀れの問題が難題であった。刀剣と言う代物は使用すれば、刃毀れは免れない。


 当時の開発者達は考えに考えて抜いて試行錯誤を繰り返した結果、最初から刃毀れしている状態にすれば良いと言う結論に達した。


 神災(アッティラ)の刀身の刃先の部分を、鋸の如くギザギザの刃にしたのである。神災(アッティラ)は刀の一種である、海部刀と良く似た部分があった。


 最初から刀身をギザギザにしておけば、更に刃毀れする可能性は少なくなる。


 更に神災(アッティラ)には刀身が振動する、と言った仕掛けも施されている。


 こうする事で切れ味も倍増し対峙している相手の得物や防具も破壊し易くなると言う利点が生まれ、更に神災(アッティラ)で斬ったものが生物ならその生物の血を吸えば剣の強度が一時上昇する機能がある。


 そして血を吸収する事で神災(アッティラ)の強度だけで無く、所持者の体力も回復すると言うおまけ付きだ。つまり理論上で言えばシイは神災(アッティラ)を手に持つ限り、無限に戦う事が可能と言う事になる。


 神災アッティラはその能力から別称で関係者達から、吸血の魔剣(ヴァンピーリ)の異名を持っていた。


 ロマノフ帝国は総力を上げてこの神災アッティラの開発に成功したのだが、残念ながら神災(アッティラ)を扱える人物はシイが生まれるまでは居なかった。


 常人ならば持つ事も敵わない事も起因しているが、それを凌駕する問題を神災(アッティラ)は抱えていた。その大問題とは神災(アッティラ)が開発過程で男女問わず、吸血鬼(ヴァンパイア)の牙と爪と心臓を大量に使用している事だ。


 吸血鬼(ヴァンパイア)の心臓には魔石が存在するので、その魔石を加工する為に多くの吸血鬼(ヴァンパイア)が虐殺され心臓を奪われた。


 その殺した吸血鬼(ヴァンパイア)達の怨念が染み付いたのか、神災(アッティラ)を持つと正気を失い殺人衝動に襲われる様になる。


 そんな厄介な特性からか、シイが現れるまで神災(アッティラ)は死蔵されていた。


 そんな中でシイだけは問題無く保持し吸血鬼(ヴァンパイア)の怨念にも呑まれる事無く、神災(アッティラ)を使い熟す事が出来たのでそのまま使う事となったのである。


 当然ながらシイは、エルドラズ島大監獄に収監される際に没収されていた。そして三つ星(トゥリー・スヴェズダ)として仕事が与えられる時だけ、神災(アッティラ)を返却されていた。


 因みに神災アッティラはBフロアで看守達を捕縛している時に、神災(アッティラ)を保管していた倉庫までシイが足を運んで奪還していた。


三つ星(トゥリー・スヴェズダ)を嘗めるなよ。だからお前達は、奥に居るオリガを捕まえて来い」


「私達なら大丈夫よ」


 クリスナーアは短剣を抜くとアテナイは自分の能力である、銀鱗鋼殻(シルバーメタル)を発動させて両腕を覆った。


「・・・・・・そうか。じゃあ、任せた」


 信康はそう言うと、虚空の指環(ヴォイド・リング)からある物を取り出した。


 それは一枚の魔法の巻物であった。


煙幕(スモーク)


 信康がそう唱えると魔法の巻物から白煙が出現し、その白煙が周囲を覆い隠した。


「煙幕かっ。総員、備えろっ!」


 ミレイの号令で、刑務官達は身構えた。


 この煙に紛れて、信康達は攻撃して来る。そう思い警戒するミレイ達。


 しかし信康達は何時まで経っても、ミレイ達に攻撃をしなかった。


 やがて白煙が晴れると其処に居たのは、三つ星(トゥリー・スヴェズダ)とオルディアの四人だけだった。


「なっ!・・・ミレイ副所長。あいつ等の人数ですが、三人・・程居なくなっていますっ!」


「しまったっ。ええい、この者共を捕縛又は殺しても構わないっ! さっさと制圧して、オリガ所長の下に急ぐわよっ!」


 ミレイがそう言うと刑務官達は得物を構えて、クリスナーア達にジリジリと接近して行く。


「・・・私は行けと行った筈だがな? オルディアよ」


「そう邪険にしないで欲しいッス。オリガを捕らえに行くのは、ノブッチ達だけで十分なんだし。あ~しはノブッチのお楽しみを、奪いたく無いんスよ」


 クリスナーアが残ったオルディアにそう言うと、オルディアは頑なに此処に残ってミレイ達と戦うと宣言した。そんなオルディアを見て、クリスナーアは仕方が無いと諦める。


「ならば私達の足を引っ張るなよ・・・シイ! アテナッ! この程度の戦力で、我々と戦うのは無謀だったと分からせてやろうっ!」


 クリスナーアがそう言うと、一斉にミレイ達へ向かって駈け出した。

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