第252話
「しっかし、こうも簡単に誘き寄せれると思うと、驚きを通り越して有り得ねえとしか思えないな。いやまぁ、同情する点はあるけどよ」
「あの男の言う通りにしたけど本当に、まさかこれだけ上手く行くとは誰も思わないわよ」
スルドとクラウディアが感心しながらも、話題に出ているラグンの智謀に感嘆していた。
クラウディア達は信康達が指令室を去った後に、ラグンの献策と信康の作戦通りに信康達は動き始めた。其処へラグンが更にもう一つ、策謀を献策をしていた。
『シギュン殿がアルマ達に呼び掛ける前に、もう一つ出来る仕込みがあります。アルマ達の目前でシキブに看守達を誘拐させ、そのまま姿を見せた状態で指令室まで逃走させましょう。激情のままシキブを追跡するなら、それはそれで良し。躊躇するならシギュン殿に呼び掛けさせて誘い出すのです』
『おっ? 二段構えの策って訳だな?』
『スルド殿。その通りです。シキブの姿を目撃して更にシギュン殿が救援要請をすれば、一刻も早く窮地の仲間を助け出そうと動くでしょう』
『確かにそうだ。よっぽど冷淡な奴じゃなけりゃ、直ぐに助けに動こうとするな』
ラグンの推測を聞いて、スルドは首肯しながら同意した。
『・・・しっかし、ノブヤスの口説きの才能は驚きだな』
『その点については同意する。女を誑し込む才能は天性とも言えるものだ。その気になれば彼は仕事などしなくとも、女を誑し込んでジゴロやヒモになって生涯暮らせてもおかしくは無いと思いますね』
『『・・・・・・』』
ラグンとスルドの会話を聞いて、クラウディアは面白く無さそうな顔をする。シギュンもまた、何とも言えない表情を浮かべていた。
『流石はノブヤス殿ね』
『主。流石』
一方でビヨンナとカガミは、手放しに信康の事を賞賛していた。
『・・・・・・誉める所か?』
スルドが首を傾げていたが、その呟きに答える者は居なかった。
『まぁ良い。それよりもラグンさんよっ。ずっと聞きたかったんだけど、お前はあたし達に手を貸しても良いのかよ? オリガとは親戚同士なんだろう?』
『その通りです。だが』
『だが?』
ラグンはスルドに返事をする前に、紅茶を入れてから指令室にある椅子に座った。
『これは飽くまで私の勘ですが、あの男は私が想像する以上の大成を成し遂げると思っています。ならば此処は彼に協力して、安値の内に自分を高く売り込んでおこうと思いましてね』
『面白いね。軍師らしく随分と計算高いじゃねぇか・・・まぁノブヤスあいつが大成するかどうかはともかく、凡夫じゃねぇのは確かだな』
『でしょう? それに・・・そろそろオリガにも、身を固めて貰っても良いと思いましてね。ノブヤス殿は顔良し器量良しで財力も実力も将来性もある超優良物件ですから、自尊心の高い彼女も納得する事でしょう』
ラグンはそう言うと椅子に座った状態で足を組み、優雅に紅茶を飲み始めた。クラウディア達はこうして献策通りに動いて、今に至るのである。
「ありがとな。シキブ。後はあたし達が戦る。分身も置いて行っているから、お前もノブヤスの所に行って良いぞ」
スルドはアルマ達を自分達の思惑通りに動く様に誘導してくれた、シキブに礼を述べてから信康の下に行く様に言った。
シキブはスルドの言葉を聞いて、ありがとうと表記してから直ぐに行動を開始した。
「さてと」
スルドは屈伸しながら、アルマ達を見る。
「久しぶりだな、アルマ。お前等の相手は、あたし達だ。少しは楽しませろよ?」
「・・・誰よ? あの娘」
「あの顔・・・何処かで見た事があるのだけど」
「・・・・・・お前達があまり覚えていないのも、無理も無い話だ。あの御方こそ平民出身の将軍にして、元鋼鉄槍兵団の副団長であられたスルド・リリパット様だ」
刑務官達がスルドを見て何処かで見た覚えがある顔だなと思っていると、アルマがスルドの正体を教えた。アルマからスルドの正体を知って、刑務官達は騒然となる。
「えっ!? じゃあ、あんな小さい娘が、あの有名な『狂い猪』ですかっ!?」
「嘘でしょっ・・・私達がまだ小さい頃から、戦場で活躍していた人よ。それがこんなに小さい訳無いじゃないですかっ」
「別に何もおかしくは無い。スルド様は小人族だからな。体躯が小さいのは種族上、仕方が無い話だ。言っておくが私達よりもずっと、年齢としは上だからな?」
アルマから詳しい説明を聞いて、更に驚きを隠せない刑務官達。そして驚いていたのは、何も刑務官達だけで無かった。
「そう言えばスルドって、そんな異名とか持ってるって聞いた事があるわね。確か敵を視認したら狂った様に猪突猛進で突撃していたから、異名が付いたのが由来だと聞いているのだけど?」
「おー良く知ってるな。傭兵時代からの癖でよ。敵を見つけたら、何も考えずに突撃しちまってたからな。そんで『狂い猪』って異名が付いたんだろうな」
スルドは自分の異名の由来を語りつつ、懐かしく感じながら目を細めた。
「そのスルド様の御隣に居られるのは・・・エレボニアン教の現聖女、クラウディア・ドゥ・ベルベティーン様ですね」
「エレボニアンって確か六大神の一柱で、闇と夜を司る神の名前ですよね?」
「でもあそこの教団って、現在いまは聖女が不在の筈じゃ・・・」
「いや、居たのだ。しかし三年前に大惨事を起こして以来、このエルドラズに身を置いて隠棲されておられた」
「あら? あたしの事も、少しは知っている者が居るのね」
クラウディアは肩を竦める。
「Eフロアは所長しか行く事は許されていませんでしたが、皆様が収監されている事は存じておりました・・・それはそうと其処に居るのは、Dフロアのビヨンナ・バークティだな?」
アルマの問い掛けに、ビヨンナは微笑む事で肯定した。
「ビヨンナって、あのビヨンナですか?」
「あの暗黒郷の災厄を起こした秘密結社、暗黒郷で唯一の生存者となった女っ!」
刑務官達はビヨンナの存在を知って、三度驚きの声を上げる。
「あら? あの事件はもう二十年も前で、それも他国で発生した事件なのに、よく覚えていたわね?」
ビヨンナは笑う。
「ねえ。暗黒郷の災厄って、確か・・・」
「ああ、そうさ。トプシチェの南西部にあったリスポンって都市で、不死者が大量に発生した事件が起こったんだ。リスポンは地理的にプヨとも国境を接する所にあったから、あたしが所属していた鋼鉄槍兵団も鎮圧に駆り出されたんだよ。普段は争っているけど流石にその事件が起きた時は、両国の間に休戦条約が結ばれてな。プヨ軍とトプシチェ軍は共同で、そのリスポンに攻め込んだんだぜ」
「つまりその大事件を引き起こしたのが、その暗黒郷とか言う裏組織なのね」
「そうだ。あたしは当時、鋼鉄槍兵団の部隊長としてその事件に関係しているんだが・・・不死者の殲滅に併せて、暗黒郷も殲滅対象だったんだ。暗黒郷の殲滅に手を貸したのが、其処にいるビヨンナでな。お蔭でビヨンナ以外の構成員、幹部、首領を全員皆殺しにしたんだよ」
「スルドの言っている事で、間違いは無いわ。暗黒郷はワタシの警告も聞かずに勝手な実験をしてあんな騒動を引き起こしたから、ワタシは道連れになるのもごめんだと思って裏切ったのよ。そしてスルドががワタシは捕縛して、プヨのエルドラズに収監したと言う訳なの」
「ふぅん、そうだったの・・・うん? ちょっと待って。二十年以上前って、そう言っていたわよね? スルド。その頃のあんたって、何歳だったの?」
「その当時のあたしは、まだピッチピチの二十代だよっ」
「じゃあ、ビヨンナはあんたよりも年上なのよね?」
クラウディアの唐突な質問に、当事者のスルドとビヨンナは首肯して答えた。
「じゃあ何でビヨンナは、歳を取った感じがしないのよ?」
「単純に人間以外の種族ってだけの話なんじゃねえのか? あたしも詳しくは知らねえし、興味ねぇよ」
「・・・そうよね。普通に考えれば、それが理由よね」
クラウディアは自分を納得させる様に、目を瞑りブツブツと呟く。
「・・・あの大女だけは知らないが、恐らくスルド様とクラウディア様の御二人と同じEフロアに収監されていた受刑者だろうな」
「補佐官も知らないのですか?」
「ああ、分からん。あんな女など居なかった筈だが・・・私もお前達と一緒で、Dフロアまでしか行った事が無い。Eフロアの存在こそ私が所長付きの補佐官になってから初めて、オリガ所長から知らされていたのだが・・・最初に言った様に、直接Eフロアまで行く許可は得られなかった」
「じゃあ誰がEフロアに収監されていた事も、直接Eフロアに行った事があるのもまさかオリガ所長だけですか?」
「そうなるな」
アルマはクラウディアを見る。
「クラウディア聖女様。何故貴女様が此処に居るのは知りませんが・・・何故スルド様達と共に、この様な行動をしているのですか?」
「どうしても知りたいと言うの?」
クラウディアがアルマに訊ねると、アルマは即座に首肯した。するとクラウディアは何でも無い様子で、こう答えた。
「別に、大した理由も無いわ・・・ただある人に頼まれたのよ。手を貸してくれと」
「何と、聖女様にその様な事を言う者が居るとはっ!」
「そうね。肝が図太いのか、無知なのかはあたしも知らないけどね」
「何故その様な者に、クラウディア聖女様が御自ら手を貸すのですか?」
「・・・・・・まぁ、そう言う気分なのよ」
クラウディアはアルマに尋ねられて、少しばかり言い淀んだ。
「くっ、ぷくくく」
そんなクラウディアの様子を見て、スルドは笑い出すのを堪えようとしていた。当然そんなスルドの様子に気付かない筈も無く、クラウディアはスルドを思わず睨み付けた。
「何よ?」
「くっ、くく。クラウディア聖女様よっ。素直に吐いちまったらどうだ? 惚れた男に頼まれたから、やっているってよぉ」
「な、なにをいっているのよっ」
スルドにそう言われて、衝撃を受けて動揺するクラウディア。
「あん? おいおい、バレてないと思ったのか? 皆にはもうバレバレだぞ」
「あ、あたしはべつに、あいつのことなんて・・・・・・」
「そうかい。それはそうと、ビヨンナよぉ」
「何かしら?」
「お前も、ノブヤスあいつに惚れた口だろう?」
スルドが訊ねるというよりも、知っているのに聞いているみたいに言う。
「あら? バレたの?・・・それとその言い方では語弊があるわ。あの御方に愛されたとも言えるわね」
「はっ、言ってろ。そんなもん、どっちでも良いわ」
「・・・・・・どっちでも良いと言うなら、どうして聞いたのよ?」
「はっははは、別に他意はねぇよ。単なる事実確認さ。それにアルマ達の様子を見てみろ。あたし達の話を聞いて、空いた口が塞がってねぇぞ。はははははっ」
スルドは周囲の様子を見て一頻り笑うと、スルドはまた爆弾を落とした。
「ああ、そうそう。お前等が救援に来たシギュンだけど、あいつとノブヤスと繋がっているぜ?」
『えっ!?』
アルマ達は目を見開き、先刻以上に阿呆みたいに口を開けて呆けた。
「ノブヤスに随分と惚れているのか、今となっちゃシギュンはノブヤスにゾッコンだぜ。何せお前等を指令室前此処に誘い込む為に、通信機で偽報を流して手伝う位だからなぁ」
「あ、あ、ありえ、ない」
アルマ達は自分の耳を疑った。
高潔にして清廉。そして規律を重んじるシギュンがまさか受刑者に誑し込まれるとは、誰も想像も出来なかったみたいだ。
「信じられないのも、仕方ないよな? まぁお前等を捕まえた後に会わせてやるから、真偽はその時に聞けよ。他に聞きたい事があればその時にでも、遠慮しないで聞いておきな」
スルドは其処まで言うと、戦闘態勢を取る。
「・・・・・・そうね。さっさとこいつ等をとっ捕まえて、あたしもノブヤスの所に行かないとね。ノブヤスに聞かなくちゃならない事が、あたしにも沢山あるのよ。プヨだけで自分の女は何人居るのかとか、どんな女達なのか全部問い詰めないと・・・」
後半の所は小声で言ったので、誰も聞き取る事は出来なかった。
しかし戦闘する気満々な様子ははっきりと見て分かる様に、クラウディアは両腕を変貌させてスルドと同様に戦闘態勢を取った。
「ワタシは別に、何番目でも構わないわよ。ちゃんと忘れずに愛して頂ければ」
ビヨンナは少し頬を赤く染めた後に、宙に幾つもの黒い塊を浮かび上がらせる。
「主ハ強イ。強イ雄ハ、沢山雌ヲ侍ラセル資格ガ有ル」
カガミもビヨンナと同様に、魔法を発動させる。
するとカガミの周囲に、火炎で出来た火球が浮かび上がった。
「さて、長話は此処までにして戦るとするかっ!」
スルドはそう言うと、先陣を切ってアルマ達目掛けて駈け出した。
「っ!? 総員、迎え撃つぞっ!」
アルマの声で、刑務官達は一呼吸遅れながらも戦闘態勢を取った。
「プヨが誇る名将であろうと聖女であろうと、一切関係無いっ! このエルドラズで不届きな真似を行う者には、相応の処罰を与えるのがエルドラズ島大監獄の鉄の掟。捕縛しろっ!!」
『了解!』
こうしてスルド達とアルマ達との戦闘が開始した。




