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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第251話

 エルドラズ島大監獄Aフロアの通路。


 其処には所長付き補佐官のアルマと部下である刑務官達二十名が、ある場所を目指して移動していた。


「指令室から連絡が途絶えて、既に三十分以上が経過している。未だに指令室から連絡は無いか?」


 アルマは通信機の魔法道具を持っている、刑務官の一人に訊ねた。


 アルマに訊ねられた刑務官は、何も言わずにただ首を横に振る。


「そうか。だとしたら指令室は既に、何者かの手によって占領または制圧されていると思った方が良いな。指令室に居た看守(もの)達が、生存していればせめてもの救いなのだが・・・」


「その指令室を襲ったと思われる正体不明の襲撃者とは一体、何者なのでしょうか? 連絡が途絶える直前で聞いた報告では『Bフロアで魔物が暴走しており、シギュン副所長が指揮を執って鎮圧を試みている』と『黒い魔性粘液(スライム)に襲われている』の二つの報告を受けていましたが・・・」


「その連絡が誤報で無ければこエルドラズに、魔性粘液(スライム)の変異種でも出現したのかもしれん。エルドラズでは魔性粘液(スライム)死霊(ゴースト)が毎日生まれ、偶にその変異種が混じって生まれて来るからな」


「アルマ補佐官。我々だけで良いのでしょうか? イルヴ補佐官は屋内闘技場(コロシアム)の受刑者達の監視があるので、動けないのは分かります。しかし此処は念には念を入れてミレイ副所長にも応援に来て頂いた方が良いと思うのですが」


「いや、駄目だ。この状況下にあっては、ミレイ副所長にはオリガ所長の護衛をして頂く必要がある。それにBフロアには、シギュン副所長が居るからな。黒い魔性粘液(スライム)とやらがどれだけ強力かは分からないが、私と彼女が二人係りで戦えば問題無いだろう」


 アルマはそう言うが、刑務官達はシギュンの名前を聞いて思わず顔を顰める。


「シギュン副所長の実力は認めますが、あの性格はちょっと・・・」


 刑務官の一人がそう言うと、他の刑務官達も同意して頷いた。


 そんな正直な刑務官達の態度を見て、思わず苦笑するアルマ。


「確かに折りを見ては、自分の宗教に入信するようにする人だからなぁ。でもまぁ、その・・・根は悪い人では無いわよ。・・・多分」


 アルマは少し口調を砕けながら刑務官達に向かってシギュンの事を少し擁護するが、段々自信が無くなった様子を見せた。そんなアルマを見て、今度は刑務官達が苦笑する。


「補佐官。無理してシギュン副所長を庇わなくても良いですよ。強くて頼りになるのは、私達も分かってますから」


「・・・そうね。それはそうと少しお喋りが過ぎたわね。改めて言うけどこれより私達はBフロアに向かい、シギュン副所長達と合流するっ! それから指令室へ向かうっ!」


 アルマがそう宣言すると、刑務官達も呼応してからBフロアへと向かって行った。




 アルマ達は階段を降りると、先ずは最寄りの看守待機所に向かう。


 其処へ行けばBフロアが現在どうなっているか、分かると思ったからだ。


 最寄りの看守待機所に到着したアルマ達だったが、残念ながら看守待機所には誰も居なかった。


「変ですね。普段なら規則で最低でも、二人は待機所で待機して居なければならない筈ですが」


「・・・状況を見渡してみると、そんな規則(ルール)も守って居られない程の事態に直面していたと言う事なの?・・・総員っ! 二人一組となってBフロアを捜索。必要なら各房に居る受刑者達に事情聴取を取る事も許可するっ!」


 アルマは号令を掛けて、刑務官達に総出でBフロアの捜索を命じた。広大なBフロアをたかだか二十名前後で、捜索するのは骨が折れる作業だ。


 其処でアルマ達は探索(サーチ)の魔法を使って捜索時間を短縮し、一部の受刑者達に事情聴取を行い再び集結した。


「アルマ補佐官。シギュン副所長ばかりか、他の看守が一人も見当たりませんでした」


「受刑者達の話によりますと、看守達は魔物と激しい戦闘を繰り広げていたとの事です。尤も扉越しなので、音しか聞いていないそうですが」


 最初に向かった看守待機所で、刑務官達はアルマに分かった事を報告し始めた。その刑務官達からは、個人差はあれど全員に動揺が見られた。


「ですが不思議な事に、どれだけ探しても看守や魔物の遺体が見つからないのです」


魔性粘液(スライム)によって回収され消失した可能性も考えましたが、血痕が何箇所も残されておりその可能性は低いと思われます」


「その残された血痕なのですが、量を考えると致命傷を負ったとは考え難いです。正直に言えば希望的観測も含まれますが、Bフロアに居た看守は生きているのではないかと考えています」


「・・・・・・」


 刑務官達から得た報告を聞いて、アルマは両眼を閉眼して脳裏に集まった報告を整理し始めた。想定外の状況にアルマも動揺していたのだが、表情には決して出さずに冷静に思案を始める。


「あの、アルマ補佐官。私から一つ、提案してもよろしいでしょうか?」


「っ!・・・ああ、勿論。遠慮ならば無用よ。部長」


 アルマは部長と呼んだ刑務官に、提案述べる事を許可した。エルドラズ島大監獄で部長の役職にあるこの刑務官は、アルマに一礼してから話し始めた。


「アルマ補佐官。私達は現在、シギュン副所長達と合流する事が出来ないまま、正体不明の敵と対峙しています。なので全波一斉放送で呼び掛けて屋内闘技場(コロシアム)と娯楽室に配置された、看守以外の手の空いた看守を全員指揮下に加えては如何でしょうか? そうすれば生存確認も並行して行う事が可能になります」


 部長職の刑務官がアルマにそう提案すると、他の刑務官達は小さくおおっと感嘆の声を上げた。部長職の看刑務官としてはオリガやミレイに応援を頼みたかったのだが、却下されると思い胸に仕舞っていた。


「・・・その通りにしよう。私は全波一斉放送で手の空いた看守達を、Aフロアの食堂前まで集結させる! 総員、私に続け!」


『了解っ!』


 アルマが号令を掛けると、刑務官達は異口同音に了解した。


 それからアルマは通信機で全波一斉放送を行い、手の空いた刑務官は大食堂に集結せよと呼び掛けた。それからアルマ達は、移動を開始した。




 アルマ達はBフロアから階段を上がり、Aフロアに到着した。其処からアルマ達は真っ直ぐ、大食堂を目指して歩き始める。


 しかし大食堂へ向かう途中で、アルマ達はその足を止めざるを得なくなった。何故なら眼前では、目を疑う様な信じがたい事が起こっていたからだ。


「こ、これはっ!?」


 先頭を走っていたアルマは眼前に移った光景を見て、足を止めた後にそう叫んだ。


 何故ならアルマ達の視線の先には、事前に呼び掛けた合流予定の刑務官達が居たからだ。普通の状況であれば・・・・・・・・・、それはアルマ達にとって望ましく歓迎すべき事である。


「zzzzzz」


「す~す~・・・・・・」


 しかし残念ながら、アルマ達は喜ぶ事が出来なかった。何故ならその刑務官達は、全員就寝に就いていたからだ。


 これが寝台の上でならば、普通の事である。しかし通路のど真ん中で全員が就寝に就いているのは、明らかに異常事態であった。


「おい! 大丈夫かっ?! おいっ!?」


 刑務官達は仲間の刑務官達を揺り動かしたり、頬を叩いたりしたが起きる気配は無かった。


「アルマ補佐官。駄目です。全員眠らされています」


 部長職の刑務官が、アルマにそう報告した。


「何らかの方法で、眠らされたと思われます」


「そんなもの、見れば分かるわよっ。問題なのはどうやって、彼女達が眠らされたかが重要だっ!」


「は、はい。しかしその方法は皆目見当が付かず・・・」


 アルマは部長職の刑務官に半ば八つ当たり気味にそう叫ぶが、怒鳴られた部長職の刑務官も眠らされた方法が分からず右往左往するしかなかった。


 他の刑務官達はアルマに怒鳴られている部長職の刑務官に同情しつつも、下手に擁護して自分にまで飛び火するのを恐れてアルマ達を無視して眠らされている刑務官達を黙って壁際に並べた。


「きゃあああああああっ!?」


 すると其処へ刑務官の一人が、絹を裂くが如き悲鳴を上げた。


 その悲鳴を聞いて、アルマ達はその刑務官に一斉に顔を向けた。


「どうしたっ!?」


「何かあったのっ?!」


 悲鳴をあげた刑務官にアルマは訊ねるが、悲鳴を上げてから後ずさった様に尻餅を付く刑務官は何も言わない。


 その刑務官の表情には、恐怖心の色が張り付いていた。


 そしてその刑務官は、手を震わせながら指を差す。


 その指した先には、黒い魔性粘液(スライム)が居た。更にその黒い魔性粘液(スライム)は壁際に集められた、眠らされている刑務官達の真下で身体を広げ続けた。


 すると眠らされている刑務官達は、少しずつ身体が沈んで行った。


「ま、待てっ。やめろっ!・・・・・・」


 刑務官の一人が黒い魔性粘液(スライム)の行動の意図が容易に分かり、黒い魔性粘液(スライム)に止める様に言う。


 しかし、当然ながら黒い魔性粘液(スライム)は刑務官の言葉などに耳を貸す筈も無く、そのまま眠らされている刑務官達を飲み込み続ける。


「止めろぉぉぉっっっ!!!」


 刑務官は悲痛な叫声を上げたが、黒い魔性粘液(スライム)は眠らされている刑務官達を容赦無く飲み込んだ。


「き、貴様っ!」


 刑務官は激昂して、腰に差している剣を抜剣した。


 このエルドラズ島大監獄では、刑務官達には好きな武装が許可されている。


 好きな武装と言っても大半の刑務官達は警棒か鞭を好んで選び、残りの少数が剣である。この刑務官は、剣を武装する少数派の刑務官だった。


「くらえっ!」


 刑務官の一人が激情のままに、その黒い魔性粘液(スライム)に魔力を乗せた状態で剣を突き刺した。


 刑務官の魔力を纏った剣は、黒い魔性粘液(スライム)の身体に深く突き刺さった。


 刑務官は黒い魔性粘液(スライム)に剣を突き刺したまま、荒く呼吸を繰り返した。


「馬鹿者がっ! 何をやっているっ! さっさと離れろっ!!」


 アルマの声を聞いて、刑務官は咄嗟に後ろに跳んだ。刑務官が突き刺した剣は、黒い魔性粘液(スライム)の身体に突き刺さったままである。


 刑務官が跳んだ瞬間、黒い魔性粘液(スライム)は自分の体に突き刺さった剣を飲み込んだ。そしてその剣を射出したみたいに、真っ直ぐ勢い良く持ち主の刑務官に向けて飛ばした。刑務官は身体を横に反らすと、その剣は壁に突き刺さった。


「くっ。効いた様子は見えない」


魔性粘液(スライム)の分際で、器用な真似を・・・」


 アルマも続きて腰に差している得物を抜き、他の看守達もそれぞれの得物を抜いた。


 すると黒い魔性粘液(スライム)はアルマ達を無視して、身体を元の大きさに戻してから床に浸透して身体を消し始めた。


「なっ! 待てっ!!」


 看守長職の刑務官は声を荒げるが、黒い魔性粘液(スライム)はその声には従わず姿を消した。


 それから黒い魔性粘液(スライム)はアルマ達から少し離れた所で再び姿を現して、そのままのそのそと逃走を始めた。そんな黒い魔性粘液(スライム)の姿を見て、刑務官達は急いで追跡しようとした。


「待てっ。落ち着けっ!」


『!!?』


 アルマの制止が掛かり、駆け出そうとした刑務官達は反射的に足を止める。


「相手は変異種の魔性粘液(スライム)だ。先刻さっきの芸当を見れば、知能も相当高いと見るべきだろう。そもそも魔性粘液(スライム)はその特性上、何処にでも隠れる事が出来る魔物だ。このまま迂闊に深追いすれば、不意打ちを受けるかもしれん」


「ですが、補佐官っ!」


「・・・あの黒い魔性粘液(スライム)に飲み込まれた刑務官達の中に、お前の親友でも居たか?」


「・・・・・・はい。そうです。エルドラズに入った時からの、唯一の同期です」


「そうか。あの魔性粘液(スライム)を討ち取って、親友ともを早く助けたい気持ちは分かるわ。でも一人で突っ走るな」


「・・・・・・すいませんでした」


「分かれば良い。それよりもあの黒い魔性粘液(スライム)は。この通路みちから出て行ったな?」


「はい。そうです」


 アルマはあの黒い魔性粘液(スライム)が、逃走に通った通路を見る。


「この道を進めば、指令室に行き当たりますね」


「あいつは指令室を、根城にしているのかもしれないな」


 アルマは現状から可能な限り、黒い魔性粘液(スライム)の情報を分析しようとしていた。


「アルマ補佐官。どうしますか? もし増援を呼ぶなら、やはりミレイ副所長から要請してはどうでしょうか?」


「そうです。シギュン副所長も見つかっていませんし、我々だけでは少々戦力が心もとないと思います」


 部長職の刑務官を筆頭に、増援を望む声が上がる。アルマはそれを聞いて、閉眼して静かに思案を始めた。


(このまま追えば、姿を追って目的地まで追跡出来るかもしれん。しかし此処は大人しく後退して、戦力を整えるべきか?・・・・・・やはり看守ぶか達を、危険な目に遭わす訳にはいかない。ミレイ副所長に事情を説明して、増援を頼むか)


 思案していたアルマは、刑務官達の要望通りミレイに増援を要請する事にした。


 アルマは自身の通信機を取り出したのだが、その瞬間に、その通信機から声が聞こえて来た。


『こちらしれ・・・・・いしつ・・・・・だれ・・・・・とう、ねがい・・・・・・ます・・・・・・』


「なっ!? 応答だとっ!?」


「アルマ補佐官、この声は・・・」


「待てっ。今から感度を上げるっ。皆、静かにしろっ!」


 アルマは騒然とする刑務官達に静かにする様に言った後、自身の通信機の感度を上昇させた。


『こちら、指令室。付近にいる看守は、居たら応答をっ! 誰か応答を!』


「この声は、シギュン副所長です!」


「ああ、直ぐに応答しよう」


 アルマはそう言うと、通信機を口に近付けた。


「副所長。アルマですっ!」


『この声は、アルマさんですか。良くぞ御無事で』


「副所長。エルドラズは現在いま、どうなっているのですか? 状況の説明を!」


『私にも分かりません。いきなり黒い魔性粘液(スライム)が現れて、看守達を襲い始めたのですっ。するとその黒い魔性粘液(スライム)は魔物達が居た檻も壊したのか、魔物達もBフロアで暴れ出してしまいまして・・・私は運良くその黒い魔性粘液(スライム)から、如何にか逃げる事が出来ました。現在いまは複数の看守と共に、指令室で籠城しています』


「その黒い魔性粘液スライムは現在いま、其処に居ないのですね?」


『ええ、指令室には見当たりません。ですが何時その黒い魔性粘液(スライム)が、指令室に現れても不思議では無いでしょうね』


「分かりました。でしたら直ちに、私達は救援に向かいますっ!」


『そうして下さると、とても心強いです。よろしくお願いしますね。アルマさん』


 シギュンは其処まで言うと、通信機から声が途切れた。


「皆、聞いたな?」


 アルマの問い掛けに、刑務官達は頷いた。


「これより我々は指令室に向かい、シギュン副所長と残っている看守達を救援に向かう!」


『了解っ!』


 アルマ達は急いで、指令室に向かって駈け出した。そして直ぐにアルマ達は指令室の出入口がある、広い空間に到着した。


 アルマ達がその広い空間に全員入った瞬間、通路の左右の通路口に黒い魔性粘液(スライム)が現れた。


「「「・・・GAAAAAAAAA!!!」」」


『なっ!?』


 その黒い魔性粘液(スライム)は身体をさせた後、二頭の魔物が通路口を封鎖する様に出現した。


 その魔物とは高位等級のA級に分類される、不死身の獅子(ネメアー)双頭の魔犬(オルトロス)であった。


「ほ、補佐官っ! 黒い魔性粘液(スライム)から、不死身の獅子(ネメアー)双頭の魔犬(オルトロス)が出現しましたっ!」


「くっ! 総員、密集しろっ! 一人で戦おうとするなっ!」


 アルマの号令で刑務官達は壁際に移動し、方円陣を敷いて不死身の獅子(ネメアー)双頭の魔犬(オルトロス)に向き合った。するとアルマ達が居る位置の反対側の壁から突然、扉が出現した。


「へへっ。これが本当の前門の虎、後門の狼って奴だな」


「だとしたらあの看守達はさながら、袋の鼠と言った所かしら? まぁ残念ながら用意出来たのは虎じゃなくて、獅子なのだけれど」


「貴女達。余裕なのは良いけど、油断して窮鼠猫を嚙むなんて事態にはならない様にね」


 その扉とは指令室の出入口であり、其処からクラウディア達が登場してアルマ達の前に姿を現した。

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