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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第248話

 Aフロアにある指令室へと、真っ直ぐ向かう信康とマリーアとラグン。


 カガミが産んだ魔物達が刑務官達を相手に奮戦し引き付けている御蔭で、道中で信康達が刑務官と遭遇戦を繰り広げる事は無かった。目的地である指令室への道筋は、ラグンに訊ねながら進んでいる。


「次を右に曲がると、広い空間に出ます。其処を通り過ぎずに左側の壁を調べると、隠し扉になっています。其処がエルドラズの頭脳を担う、指令室になります」


「よし。それにしても幾ら関係者の身内だからって、良くエルドラズの構造を知っているよな。御蔭で道に迷う事なく進めるから、幸運(ラッキー)なんだけどよ」


「そうね。でも指令室には当然、看守達が居るのでしょう? 言っておくけど魔法に自信があると言っても、戦闘面であたしに期待はしないでね?」


「ああ、別に問題は無いさ。シキブが既に制圧している筈だからな」


「あのシキブって名前の不定形の魔性粘液(ショゴス)よね? 伝説級の魔物なだけあって、やっぱり凄く優秀なのね」


「まぁ、そうだな」


 ディアサハが信康の事を気に入って送りつけられて以来、シキブは信康の命令に忠実に従っている。


 信康も内心では、あそこまで忠実なのは驚いていた。非常にありがたい話であり、感謝しか無い。


 そうして雑談を挟みながらラグンの教えて貰った通りの道順で進むと、広い空間に到着した。


 信康はその広い空間にある壁を慎重に叩いて、音の変化を確認する。


 コン、コン、コン、ゴン。


 叩いていると、音が変化した所を見つけた。


「此処か」


 信康は音が変化した場所に手を置くと、そのまま押し込んだ。


 すると其処は解錠のスイッチだったのか、押した所が凹んで窪みが出来た。


 そしてスイッチの隣に隠し扉が設置されていたみたいで、扉は僅かに内側に凹むと右に移動した。扉の先には、短い廊下が存在した。


 その短い廊下の先には、扉が一つ見えた。


「あの扉が、指令室の出入口か」


「そうです」


「この様子だと、もうシキブは制圧していると見ても良いわね。早く入りましょうか」


 マリーアの提案に信康もそう思い、短い廊下を通ってドアノブを手に取り回した。


 そしてドアノブを回して、信康は先に指令室に入室する。


「んんん、んちゅ、はむ、ぐちゅ、ちゅぱ、んぶ、んぱ、じゅぱ、じゅぷじゅぷ・・・・・・」


 すると刑務官の一人がシキブの触手で、両腕を拘束され高く持ち上げられた。そして、口がシキブの触手で塞がれていた。


 よく見ると色々な所に刑務官達が拘束されており、全員がシキブの触手で口を塞がれていた。


 シキブが刑務官を拘束しているのを見て、ラグンとマリーアは信康を見る。


「確かにエルドラズの看守は全員女性だから、この方法を使うのも有効な手だけど・・・」


「幾らなんでも、やり過ぎでは?」


「待て待てっ。誤解だっ! 俺はこんな指示、シキブに出した覚えは無いからなっ!?」


 信康がそう言っても、二人は冷めた目で信康を見る。普段の所業を鑑みて、信康なら命じかねないと思ったのだろう。


「ええい。おい、シキブッ!」


 信康が継続して刑務官を犯している、シキブに声を掛ける。


 シキブは信康の下に行く。


「あのな、シキブ。俺が何時、お前にこんな事をしろとは命じたんだ? 何故俺の許しも得ずに、こんな真似をした?」


 信康がシキブにそう問い掛けると、シキブは自分の身体の一部を板状にした。『


 そして板状にした身体に、文字を浮かばせた。


「うん?・・・『御主人様(マスター)が喜んでくれると思ってしました』だぁっ!?」


 シキブは高い知能がある事は理解している心算だったが、まさか此処までするとは思わなかった。


「・・・・・・・」


 一方のシキブは信康に叱責されている事を理解しているのか、落ち込んでいる様子を見せていた。


 向こうからしたら信康を喜ばせたくて行った行為なので、信康としてはこれ以上叱責するのも大人げないと思わず思った。


 しかし此処でシキブを甘やかすとまた独断専行をしかねないので、信康は顎に手を添えてどう言うべきか考えた。


「まぁまぁ、ノブヤス殿。指令室を制圧してくれたのはこのシキブですし・・・別に看守を殺した訳でもなければ、壊した訳でも無いのです。そう叱ってやる事も無いと思いますよ」


 ラグンがそう言って宥めて来たので、信康は溜め息を吐いた。


「・・・そうだな。シキブ。ラグンに免じて、小言は此処までにして置く。言っておくがこういう事をする時は、次から必ず俺の許可を得てからしろ。良いな?」


 信康の命令を聞いて、シキブは『YES』と書いて応えた。


「良し、話はこれで終わりだ・・・さて、看守達はどうするべきかな?」


 シキブに敗れた刑務官は全員、満身創痍でぐったりとしていた。


「拘束して、隅っこに置いておく?」


「それだと気が付いたら、面倒な事になるだろう」


「貴方達二人は先刻(さっき)から、何を言っているのですか? 拘束した看守はシキブの体内(なか)に入れておくのが、当初の計画だったでしょう。あそこでしたら幾ら気が付いて暴れても、こちらに害はありませんし直ぐにまた拘束可能ですからね」


「そうだったな。シキブ、ラグンの言った通りだ」


「・・・・・・」


「お前の体内(なか)に看守達を入れるが、間違っても消化とか殺害とかするなよ。丁重にとまでは言わんが、乱暴に扱わない様にな。それが終わったら、分身をAフロア内に偵察に行かせて睡眠薬で眠った看守の回収と出入口を見張らせろ」


「・・・・・・」


 シキブは信康の命令に、『YES』と書いて承諾した。そして触手を伸ばして、刑務官達の身体に絡み付かせ自分の体内に収納してから姿を消した。


「良し。指令室を掌握した事で、外部にこの事件が外に漏れる心配は無くなった。エルドラズは蓋をした様なものだから、後はゆっくりと料理して行くだけだな」


 信康は勝利を確信して笑みを浮かべながら、近くにあった指令室の椅子に腰を掛けた。一方でマリーアは不思議そうに、落ちていた通信機を手に取っていた。


「ねぇ、ラグンさん。先刻さっきからこの道具を通して声が聞こえるのだけど、これは何の魔法道具(マジックアイテム)なの?」


「それは魔石を使った魔法道具(マジックアイテム)でして、離れた者同士でも会話が可能な通信機器です。尤も通信範囲は、エルドラズ内に限定されますがね。私が皆さんに渡した、交信(メッセージ)魔法の巻物(スクロール)と要領は同じですよ」


「へぇ、そうなの。世の中は意外と進んでいるのねぇ」


 信康はラグンの解説を聞いて、サンジェルマン姉妹に通信機を作らせるのとラグンに交信(メッセージ)の魔法の巻物を作らせるのとどちらが良いか少し悩みそうになった。


「それだったら流石にそろそろ、返事をした方が良いわよね? そうしないと、恐らく怪しまれるわよ。此処は女のあたしが、返答しておきましょうか?」


「いえ、そうは思いません。此処でマリーア殿が返事をした場合、聞き覚えの無い声を聞いて看守達が逆に怪しむ可能性があります。もしそうなってしまうと、この指令室に看守達が雪崩込んで来るでしょう。ですので此処は敢えて返事をしないで、混乱を増長させるべきだと思います」


「言われてみれば、ラグンさんの言う通りね。分かったわ。その通りにやりましょう」


 マリーアは其処まで言うと収納(ストレージ)の魔法で、魔石を全て回収して聞こえない様にした。


「ノブヤス殿。エルドラズに蓋をする事は叶いましたが、この先はどうするか決めていますか?」


「無い。後は正面からぶつかって行くだけさ」


 信康はそう言って、計略と言った類のものは何も無い事という事をラグンに告げた。


「そうですか。では後は食堂で夕食を取った看守が、一人でも多い事を祈るだけですね。その中にオリガ達が居れば、尚の事助かります」


「ああ、そうだな。俺もそう思う」


 信康はラグンの言葉に同意した。


 すると其処へ、指令室の扉が開いた。


 信康達は開いた扉の方へ、一斉に視線を向けた。


 指令室の扉を開けた人物は、一人の美女だった。


「此処においででしたか、ノブヤスさん」


 指令室の扉を開けたのは、シギュンであった。


「よぉ、シギュン」


 信康は椅子に座ったまま、シギュンに声を掛けた。


「指令室の制圧、おめでとうございます・・・いきなり私が入って来てしまったので、少し驚かせてしまいましたか?」


「いや、そんな事は無いぞ。シキブの分身に、出入口を見晴らせてるからな。この指令室まで来れる奴は、俺の味方だけさ」


「そうですか。それとオリガ所長達は現在、何処に居るのか調べておきました」


「おお、そうか」


「所長達は皆、Aフロアに居ます。細かい説明をしますと、オリガ所長は看守専用の娯楽施設。私と同じ副所長のミレイさんも護衛の為に一緒に居る筈です。所長付き補佐のアルマさんとイルヴさんの二人は、屋内闘技場(コロシアム)で受刑者達の監視をしています」


「素晴らしい情報だ。でかしたっ」


 信康は嬉しそうに顔を緩ませる。そんな信康の喜ぶ様子を見て、シギュンも嬉しそうに頬を紅潮させて微笑んだ。


「だったらビヨンナとラキアハ以外の奴は、Bフロアにいる看守達を全員捕らえたら一旦、この指令室に集合させるか。シキブ、応援に行って来い。頼んだぞ」


「・・・・・・」


 シキブは了承したとばかりに、信康に頷き動いた。


 信康はシキブを見送った後、次にどう動くか思案を始めた。

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