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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第247話

 Bフロアの看守待機所。




 この看守待機所では現在、四人の刑務官達が詰めていた。


 しかし予備役をしている所為で、退屈そうにしている。


「ああ~退屈ね。これだったら開放中の受刑者(やつら)の監視か、補給艦の物資運搬をしていた方が全然良かったわ」


「私もそう思うけど、もう物資運搬はとっくに終わってるわよ。でも、もう少し辛抱したら交代の時間だから、それまで我慢しましょう」


「そうですけど、主任。やっぱりこうも何も無いと、暇じゃないですか?」


「あんなに忙しかったのが、嘘みたいだものね」


 刑務官の一人がそう言うのを聞いて、他の三人もうんうんと首肯して頷いた。


「確かに・・・シギュン副所長が戻って来るまでは交代で捜索班に加わって、脱獄して未だに見つからない東洋人の受刑者の捜索してたけど・・・副所長が頻度を減らしてくれたのよね。無駄に仕事を増やさなくても良いって言ってくれて」


「ですけど、退屈過ぎるのもやはり考えものですよ」


「平和で何よりと喜ぶべきでしょうけど、何も無いのも困るわね」


「そうね。ああ~何でも良いから何か退屈凌ぎになる様な事は、起こらないものかしらね・・・・・・」


 刑務官の一人がそう言った瞬間、それは起こった。


『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 繰り返す! 緊急事態発生!!』


 看守待機所に設置されてある魔法道具である通信機から、危機が迫った声が聞こえて来た。その声を聞いて、主任と呼ばれた刑務官が返事をする。


「こちら第十三房、第一待機所。どうした? 何かあったの?」


『現在Bフロアにて、十三房四室付近に魔物が出現! 現場の看守達から増援要請。付近の看守は直ちに現場に向かう様にっ!』


「十三房!? 私達の近くじゃないっ?!」


「直ぐに応援に行って来てっ! それでも手に負えない様なら、直ぐに連絡を入れなさいっ!」


 看守待機所に居る刑務官達は、急いで二名だけ現場に派遣した。


 その一方で看守待機所に残留した刑務官二名は、次にまた何かあれば即座に動ける様に先刻とは打って変わって緊張感を持ちながら待機していた。


 しかし集中していた所為で刑務官達は、ネバネバとした粘性がある液体が看守待機所に侵入した事に気付くのが遅れてしまう。


 そのネバネバとした粘性のある液体は刑務官達に悲鳴すら上げさせずに飲み込むと、刑務官達が所持していた鍵で看守待機所を施錠してから看守待機所を去って行った。




 看守待機所から出た刑務官達は即座に、通信機からの要請に従って現場に向かう。


 そしてその目的地に到着すると、報告を聞いた通りに魔物が居た。


 しかし刑務官達の予想では精々一頭しかいないと思っていた事が、実に甘く楽観的なものだと思い知らされる事となる。


「Guoooooooo!」


「「Gaaaaaaaaaaa!」」


 魔物は二頭、存在していた。一頭は大型の獅子の姿をした、不死身の獅子(ネメアー)。そして二つの頭を持つ巨大な魔犬、双頭の魔犬(オルトロス)


 どちらもカガミが産んだ魔物だ。魔物の等級がA級と言う、高位等級の魔物である。


「何でこんな所に、双頭の魔犬(オルトロス)不死身の獅子(ネメアー)なんて居るのよっ?!」


「知らないわよっ! 単にイルヴ補佐官が調教中だった魔物が、逃げ出して此処に居るんじゃないのっ!?」


「来てくれてありがとうっ! 悪いけど、一緒に戦って貰うわよっ!」


 刑務官達は魔物達と戦いを始めた。




 刑務官達がBフロアで、魔物を戦闘をしている頃。


 各フロアにある通信機は、ある場所に声を集中して届けさせていた。


 その場所とはAフロアにある、エルドラズ島大監獄の頭脳を担う指令室である。そしてこの指令室では現在、あらゆる情報が錯綜していた。


『こちら、Bフロア十二房八室。現在、鷲獅子(グリフォン)三頭と交戦中。至急援軍をっ!』


『こちら、Bフロア十一房二室。合成魔獣(キマイラ)と交戦中。増援乞う!』


 エルドラズ島大監獄では指令室と即座に連絡及び連携が取れる様に、魔法道具である携帯型の通信機を携帯している。余談だがこの魔法道具は、パリストーレ平原の戦いで信康とゲルグスの会話を盗聴していたイゾルデが所有していた代物と同型の魔法道具である。


 その魔法道具からの連絡の多さは、指令室に詰めている刑務官達の処理出来る容量を既に越えていた。


「十二房に一番近く看守の居る、待機所に連絡をっ!」


「それよりも十三房の方に、増援を送るのが先よっ!」


 情報が錯綜している所為か、誰がどの情報を持っているか自分達も分かっていない。


 そんな状態で、更に混乱する事が起こった。


「十房、第四詰め所。返事が無いぞ。どうした、何があっ・・・えっ?・・・っきゃあああっ!?」


 通信機に話し掛けていた刑務官は不審に思っていると、自分の足跡に違和感を覚えて視線を移す。


 すると自分の足元には、粘性のある黒紫色の液体が絡み付いていた。それは信康の命令で先行していた、不定形の魔性粘液(ショゴス)のシキブである。


「この魔性粘液(スライム)は何っ!?」


「正体などどうでも良いっ! そんな事よりも、早く消滅させろっ! 仲間に当てるなよ!!」


「了解。じっとしててっ!・・・焼き貫け。炎の矢。――――――火炎の矢(フレイム・アロー)


 刑務官が愛用の杖を構えてそう唱えると、その刑務官の周囲に矢の形をした炎が出来た。そして火矢は真っ直ぐ飛んで行き、魔性粘液(スライム)に当たる。


 しかし、その魔性粘液(スライム)は、魔法で消滅する事はなかった。


 何故なら、その魔性粘液(スライム)は、魔法を吸収したからだ。


「何っ!?」


 驚いた事に魔法を吸収した魔性粘液(スライム)は、少し大きくなった。


「こ、この魔性粘液(スライム)は何なのよ!?」


「と、ともかくっ。この魔性粘液(スライム)を早く消滅させろっ!」


 間も無くエルドラズ島大監獄の指令室で、刑務官達とシキブの戦闘が行われた。




 エルドラズ島大監獄で混乱が拡大している頃。


 その混乱を引き起こしている信康は、Cフロアで待機していた。


 信康だけで無くDフロアとEフロアに居た、受刑者達も集結している。


「・・・ノブヤス。私達はまだ、Bフロアに行かなくても良いのか?」


 クリスナーアが信康に訊ねた。


「まだだ。今、シキブが放った魔物達が現場を混乱させているが、指令室をまだ掌握してないからな。指令室を掌握してからBフロアに行ってからでも遅くはない」


「確かに、そうですね。ですが、時間を掛けると、オリガ達に勘付かれる可能性がありますよ?」


 ラグンがそう訊ねる。


「そうだな。だから、そろそろ・・・・・・うん?」


 信康がラグンと話していると、シキブが信康の下にやって来た。


 シキブは身体を板状に変化させる。


 その板に文字が浮かんだ。


「ふむふむ。成程、指令室は掌握したか。しかし看守達はまだ、魔物と戦っているか」


「どうするんだ?」


「よし、各房に戦っている看守達を捕縛。然るに、オリガ達を捕まえるとするか」


「・・・なぁ、ノブヤス。今更だけどよ、もう全部シキブに任せれば良いんじゃねえかな?」


「そうよね。あのシキブだったら単体で、このエルドラズ程度を制圧なんて楽勝でしょう」


 信康の言葉にスルドとクラウディアが、そう提案する。


「そう身も蓋も無い事を言うなって。折角手応えのある獲物が居るんだ。丁度良い肩慣らしになると思って、お前等も参加して来いよ」


「その肩慣らしにはあたし達も、含まれているのかしら?」


「マリーアとラグンは、俺に付いて来い。指令室に行って、Aフロアを完全に掌握してエルドラズに蓋をするぞ」


「分かったわ」


「だがビヨンナとラキアハはシキブの中に隠れながら、Aフロアに向かって出入口の監視をしてくれ。もし誰か来ても、報告だけしてくれればそれで良い」


「何もしなくて良いのですか?」


「ああ。ラグンから貰った魔法の巻物(スクロール)を使って、ただ報告だけしてくれれば十分だ」


「承知しました」


 二人は頭を下げて、シキブの体内に隠れてからAフロアに向かった。


「じゃあ、行動開始だっ!」


 信康の号令で、全員が動き出した。

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