第241話
信康達がEフロアでエルドラズ島大監獄乗っ取り計画の打ち合わせをしていた頃。
Dフロア。
其処にある、オルディアの独居房。
独居房の主であるオルディアは、寝台に腰掛けながらのんびりとしていた。
「ふん、ふ~ん、ふんふん~」
オルディアは鼻歌を歌いながら、オリガから美味しい食事の返礼として貰った高級葡萄酒をコップに注いでいた。
そしてそのコップに口を付けて、高級葡萄酒を飲もうとした。
其処へ足にゲル状の物が、触れた感触を感じた。
「うん?」
足元のゲル状の感触が気になり、オルディアは下を見た。
するとオルディアの足元には、シキブが居た。
「こいつは確か・・・ノブヤスが飼ってるシキブとか言う不定形の魔性粘液なんだし」
前にシギュンからシキブの正体を知っているオルディアは、別段驚く事無くシキブを見る。そして親し気な様子で、オルディアはシキブに声を掛けた。
「お久しぶりッス。あんたが来たって事はノブッチは、最下層の受刑者連中を味方に付けたんだし?」
オルディアの言葉に、シキブの一部を変化させて『YES』と書いてくれた。シキブの様子を見て、オルディアは驚いた後に感嘆の声を上げる。
「おおー文字を覚えたんだし? ふむふむ、ノブッチが教えたッスね。前々から思ってたけど、シキブって本当に賢いんだし・・・まぁ積る話はあるッスけど、そろそろ本題に入ろうだし。シキブがあ~しの下まで来たって事は、言伝か何かあるんだし?」
オルディアはシキブが訪問して来た真意を見抜いてそう訊くと、シキブは身体を板状に変化させた。
シキブは板状の身体になると、その板に文字が浮かばせた。
「何々?・・・『こちらの準備は整った。そちらも行動開始の準備をしてくれ。シギュンと連絡を取って、決行日は何時が良いのか確認して貰ってくれ』・・・成程ッス」
信康からの言伝と思われる文章を見て、納得した様子で頷くオルディア。
「了解なんだし。『これからシギュンに調べて貰うから、改めて連絡する。何時でも連絡が取れる様に、シキブの分身を置かせて貰うから連絡を待たれし』って、言っておいて欲しいッス」
オルディアの言葉に、板状のシキブから『OK』と言う文字が浮かんだ。
「はぁ、芸達者だし。この不定形の魔性粘液は・・・と言っても、他の不定形の魔性粘液なんて知らないッスけど・・・あ、そうだし」
唐突に何かを、思い出すオルディア。
シキブを見て、オルディアは笑みを浮かべた。
「ノブッチに伝言して欲しい事があるッス。それを伝えて欲しいんだし」
シキブはオルディアの言葉を聞いて、再び『OK』と言う文字が浮かばせた。
それを見たオルディアは伝言の内容を話した。
「・・・じゃあ、伝言を頼んだんッスよ。シキブ」
シキブは三度『OK』と言う文字を改めて浮かべると、分身体を置いてから来た時と同様に床に沈むみたいに消えて行った。
そして再び時間は、信康達がエルドラズ島大監獄乗っ取り計画の打ち合わせをしている時に戻る。
「だから、此処に魔物を放ってよ」
「此処じゃあ被害が出過ぎるわ。それよりもこっちに放った方が、被害が少なくて効率的だ」
作戦に関しては、本業であったスルドとフィリアが自分の意見をぶつけていた。
二人は自分が考えた作戦の方が良いと思っているみたいで、話し合いは平行線となっていた。
大してセミラーミデクリス達は関心が無いのか、二人が考えた作戦を聞いてもどちらの作戦が採用されようと別に構わないと言っている。
互いに賛成する者も反対する者も居ない所為か、二人は自分の作戦を通そうと激論を交わした。
信康も二人の作戦を聞いて、どちらを取るか考えていた。
そんな所に、シキブが戻って来た。
「おお、戻って来たか。御帰り、シキブ・・・それでオルデの奴は、何と言っていた?」
シキブは板状に変化すると、オルディアが言った事をそのまま文字にした。
「ふむ、何々?・・・シギュンからの連絡待ちか。じゃあその日が来たら計画を実行出来る様に、のんびり準備だけしておくか」
信康がそう呟くのを聞こえたのか、セミラーミデクリスが信康に近付く。
「何だ。決行日は未定か。お主に相談したかったのだが、良ければ我が睡眠薬になる毒を作ろうか?」
「良いのか? 因みに製薬するのに、どれだけ時間が必要だ?」
「大して掛からぬ。我がその気になれば、二時間で計画に実行するのに十分な量を調合出来るぞ」
「じゃあ、お願いしようかな。よろしく頼む」
「任せおけ」
そう言うとセミラーミデクリスは、自分の独居房に戻る。
「シキブ。お前の分身を通してまたオルデに薬はこちらで用意して、お前に渡すと伝えてくれ」
シキブは身体の一部を動かして、了承したと告げる。
それからシキブはオルディアに言われた事を思い出したみたいで、シキブは板状の姿となった。
「どうかしたのか?」
シキブが板状になったので、信康は訊ねた。
板状になったシキブに文字が浮かんだ。
「うん?『あ~しの独房を汚したんだから、この埋め合わせはして貰うからだし。あ~しが魔法が使えるからって、あんなのやり過ぎッス』だと」
その文字を見て、信康は反論出来なかった。
何せ犯し尽くして全身精液塗れのシギュンを、オルディアの独居房に放置したのだ。
信康の濃厚な精液の所為で、独居房内は凄まじく精液臭かったに違いない。
幾ら清浄クリーンが使えるからと言って、オルディアはその匂いを嗅いで不愉快な思いをしたに違いなかった。
「仕方がない。シキブ。オルデには埋め合わせはするから、勘弁してくれと続けて伝えてくれ」
シキブは承知と文字を浮かばせた後に、そのまま姿を消失させた。
シキブを見送った信康は、まだ口論を続けるフィリア達を見た。
長々と続いた激論は結局最後まで平行線を辿ってしまい、信康は一度セミラーミデクリス達を解散させた。
そして明日また、話し合いとなった。
信康はセミラーミデクリス達が各々の独居房に戻ったのを確認してから、自分の独居房に戻った。
その際にクラウディアだけは最後まで独居房の扉の前に立ってから何度もチラチラと信康が見ていたのだが、信康は片手をヒラヒラ動かして戻る事を促すとクラウディアは不満そうに扉をきつく閉めて独居房に戻った。
「ったく・・・あの二人。相性が悪いんだな」
片や百年以上前とは言え、元第三騎士団団長だったフィリア。
片や長年高名な傭兵として活躍し、一兵卒から鋼鉄槍兵団副団長にまで出世したスルド。
同じ将軍と言えど、性格や性質が全く異なる二人。
そしてその相性は、残念ながら最悪みたいだった。
「明日は二人が立てた作戦の、どちらかを選ばないとな」
信康は溜め息を吐いた。
「大変そうだな。我が弟子よ」
そう信康に声を掛けるのは、ディアサハであった。
床に寝そべりながら、信康を見ている。
「そう思うのだったら手を貸してくれよ。我が偉大なる師よ。・・・・・・あれ?」
信康は独居房に入って、直ぐに違和感を感じた。
元々信康の独居房は、人が寝れる広さしかない極小の独居房だった。
しかし現在の信康の独居房は、十人程度は余裕で寝れそうな位の広さにまで拡大していた。
「なんかこの独房へや、広くなってるよな?」
「ああ、少し手狭だったからな。儂が魔法で広くした」
「広くしたって、空間魔法かよ・・・・・・魔法も凄いが、それを使い熟せる師匠が本当に凄いな」
信康はそう言って、ディアサハを賞賛するしか無かった。
愛する信康の賞賛を受けて表情にこそ出さなかったが、ディアサハは内心ではとても喜んでいた。
「なぁ、師匠。何か用があるから、まだ独房へやに居るんだろう? 俺に何か用か?」
「いや、特に無い。儂が居ては邪魔か?」
「そんな訳無いだろ。俺の独房で良けりゃ、気が済むまで居てくれ」
信康はディアサハにそう言って、肩を竦めた。
「魔法で見学しておったが、大変だな。まぁお前が責任を持って、あの曲者共を纏め上げる事だ」
「師匠は手を貸してくれないのか?」
「儂が手を貸す程では無かろう。あれだけの戦力があれば、エルドラズを制圧するのは造作も無い筈よ」
「分かっているけど、師匠の力添えがあれば万人力だから」
「世辞を並べても、儂は協力せぬぞ。この程度の計画ことなぞ、儂抜きでやり遂げてみせよ」
「そう言うと思ったよ。まぁ元々その心算だし、見守っててくれよ」
「ああ、楽しみにさせて貰おうぞ」
「・・・つってもその計画を実行するまで、まだ暫く掛かりそうなんだ。だからその日が来るまでに、英気を養わせて貰うぜ」




