第240話
「いやぁ、すまん。Eフロアって結構、暖かいだろ? だから服を着ても着なくても問題なく生活出来るんで、言われるまで気付かなかったぜ」
信康は独居房に戻り、直ぐに室内で散らばっていた囚人服を着て慌ててセミラーミデクリス達の下に戻った。
「全く、しっかりしてよね」
「あたしゃてっきり、露出の趣味でもあるのかと思ったぜ」
クラウディアは怒りながら注意し、スルドは隠れた性癖でもあるのかと勝手に想像した。
「わたくしも少々驚きました」
「我もだ」
ラキアハとセミラーミデクリスは、信康に驚いていた。
「全く・・・貴方は何をしているのだ」
着用している兜越しに信康へ、呆れた声を出すフィリア。
「・・・・・・主、大丈夫?」
カガミは、全裸でいる信康を見て心配していた。
「大丈夫だ。気持ちだけ貰っておくよ・・・それよりも例の計画を実行するに当たって、お前等の各々の役割を話したい」
信康は打って変わって真面目で、且つ真剣な表情で言う。信康の真剣な表情を見て、セミラーミデクリス達も真面目な表情を浮かべた。
尤もクラウディアは信康の真剣な表情を見て内心ではドキッと胸を高鳴らせていたし、ラキアハも少しばかり、うっとりとした表情を浮かべていた。
「・・・それで、あたし達は何をすれば良いのよ?」
「そうだな。大まかになるが、今から絵図を描いて説明したいと思う。シキブ」
信康はシキブを呼ぶと指示を出しつつ、その粘液状の身体で絵図を表現し始めた。
「・・・良し。まぁこんなもんで良いか。俺達が居るエルドラズだが、こんな感じになっている筈だ」
シキブの身体から浮かんだ絵図を、セミラーミデクリス達は一斉に床を覗き込んだ。
「ふむふむ・・・成程。我等はエルドラズの最下層に居ると聞いているからな。となると我等の現在地は、此処になるのか」
「そうなるな。おい、ノブヤス。一つ上のDフロアに居る受刑者は全員、お前の仲間だって話で間違いないんだな?」
「厳密に言えば、一人だけ違う。そいつはラグンって男なんだが、中立を貫いて俺の計画に関して不干渉って立場だ。薬にはならないが、毒になる心配も無いから安心してくれ。先ずは計画の第一段階として、仲間の一人にエルドラズの厨房を把握しているオルディアって奴が看守の食事を作ってる。オルデが作る食事の中に、睡眠薬を盛って看守を眠らせる予定だ」
「看守共を、ただ眠らせるだけか? 我に任せて貰えば手頃な毒を生成してやるから、その毒で看守共を一網打尽にして皆殺しにした方が手っ取り早くこの大監獄を制圧出来るぞ?」
「馬鹿言え! もし看守を皆殺しになんてしたら、誤魔化し様が無いだろうが。受刑者を管理するのも大変になるから、絶対に殺しは無しだっ」
「ふんっ。ならば受刑者共も、一人残らず始末すれば良いだけの簡単な話であろう? お主と違って彼奴等は所詮、罪人に過ぎぬではないか」
「あのなっ。そんな軽率な真似をしたらどうなるか、頭が切れるお前なら直ぐに分かるだろう? 後々降り掛かる面倒事を考えれば、殺しは看守だろうが受刑者だろうが絶対に無しだ。重ねて言うが面倒は承知で、不殺でやり通してくれよ」
「そうか、お主が其処まで言うならば、致し方無し・・・お主の事だから、看守共は全員自分の愛妾にでもするので、殺すなとでも言うかと思ったのだがな」
「・・・こほんっ! それで計画の第二段階だが・・・お前等にして貰いたい事とは、睡眠薬入りの食事を食べなかった看守達の無力化だ」
「あんた、今露骨に動揺したわね?・・・まぁ良いわ。看守達も全員が一緒に仲良く食事なんて、する筈が無いものね。食事をしていない看守達が眠らされた同僚を見たら、疑って食べない可能性も高いでしょうし」
「ああ、クラウの言う通りだ。だから食事をしなかった看守達を、無力化して生け捕りにして欲しい。因みに注意すべき敵戦力は、所長のオリガと副所長のミレイ。最後に所長付き補佐のアルマとイルヴの合計で四人だ」
「ちょっと、待て。おいこら、ノブヤス。副所長は一人じゃなくて二人で、もう一人の副所長は確かシギュンって奴だぞ。何で五人じゃないんだよ?」
「そのシギュンなんだが、実はもう俺の味方になってるから大丈夫なんだよ。だからDフロアの連中も味方に出来たし、Eフロア此処まで来れたんだ。現在いまは敢えて解放してオリガの下で、内通者として行動して貰ってる。看守がEフロア此処まで乗り込んで来ないのも、シギュンが味方である立派な証拠さ」
信康がドヤ顔でシギュンが味方である事を説明するが、セミラーミデクリス達はどうやってシギュンを味方に引き込んだのか直ぐに察したみたいだった。特にクラウディアは苛立ち気に、額に青筋を浮かべて握り拳を作っている。
「・・・・・・ねぇ。シギュンって確か、どっかの神様を熱心に信仰してる女神官よね?」
「あぁ、そうだぞ。光と法の神カプロラリスの従属神の一柱で、正義の女神ヴィスターヌの異端審問官をしている女だ」
「まぁ、凄い。異端審問官をお勤めだっただなんて、余程の信仰心をお持ちなのでしょうね。となりますとそのシギュンさんが抱える厚き信仰心すら、ノブヤス様は上回ったと言う事ですか」
「ラキアハの考え通りだろうな。じゃなかったらこの助平野郎が、そんな事を自信有り気に言う訳ねぇよ」
「美女と見れば、誰でも誑かすか。女誑しの才能が、実に凄まじいのぅ」
「・・・ごほんっ!! 兎にも角にもだっ。敵の主力はオリガも含めて、四人と想定してくれ。可能性は低いが一人でも眠ってくれたら、俺としては御の字だがな」
「そんなヘマをしてくれる様な、甘ちゃんじゃねぇよ。あいつ等、あたしから見ても全員が結構な手練れだぜ。まぁそうじゃなきゃエルドラズの高官なんざ、勤まらねぇんだろうがな」
「ああ、俺も言ってみただけだよ。シギュンからも、そうだと聞いているからな。特にオリガはプヨでも十指に入るそうだぞ」
「それなのだが、ノブヤスよ。オリガの相手は、この私に当たらせて貰いたい」
「フィリアがオリガを? 実力を疑う訳では勿論無いが・・・魔宝武具が不完全な状態で、戦っても大丈夫なのか? 不死者だからって、別に無理なんてしなくても良いんだぞ?」
「心遣いは感謝する。だが大丈夫だ。問題無い」
「・・・ならばフィリアの援護として、この我が助太刀をしようではないか」
フィリアがオリガと戦うと聞いたセミラーミデクリスが、自ら援護役として立候補してくれた。兜で素顔は見えないが、セミラーミデクリスの言葉に驚いた様子が見て取れた。しかしフィリアは直ぐにセミラーミデクリスに対して、跪いて頭を垂れた。
「感謝致します。奥方様」
「良さぬか、フィリアよ。それは百年以上も昔の話じゃ。我の事は、ディクリスと呼ぶが良い・・・もう奥方だなどと、我の事をその様に呼んでくれるな・・・・・・」
「っ・・・ははっ。失礼致しました。ディクリス様。改めて、よろしくお願い致します」
少しばかり悲し気に遠い目をしたセミラーミデクリスを見て、フィリアは直ぐに頭を下げて謝罪してからセミラーミデクリスの愛称で呼び直した。
それから二人は、両手で軽く握手をした。信康達はそんな二人のやり取りを見ても特に何も言わず、エルドラズ島大監獄乗っ取り計画の話を再開させた。
「取り敢えずこれでオリガの相手は、概ね決まったか?・・・それとも後一人、付けた方が良いと思うか?」
「あたしは駄目だぞ。どうせ戦うんだったら、アルマの奴と戦り合いたいからな」
「アルマって、二人居る所長付き補佐の一人だよな?」
「ああ、そうだ。アルマはエルドラズで仕事する前は、鋼鉄槍兵団の部隊長だったんだよ。あたし仕込みの魔法格闘術が使える魔法格闘家で、まぁ簡単に言えばノブヤスとディアサハと同じ、師弟関係みたいなもんなのさ。この二年で腕が鈍ってやしないか、あたしが試してやるぜ」
「そうかい。じゃあスルドにはそのアルマの相手にして貰う事にして、ラキアハには別の仕事をして貰いたい」
「わたくしがですか? ノブヤス様」
「ああ、そうだ。上のDフロアに居る、ビヨンナと言う女と一緒に受刑者共の監視をして欲しいんだ」
「監視ですか。わたくしなりのやり方でもよろしいですか?」
「手段は任せるが・・・そっちも同様に死人は出すなよ。当然、廃人にするのも無しだからな?」
「承知しました」
「となると消去法で言ってクラウが副所長のミレイ相手をして貰って、余った俺がオリガと戦うべきだな」
「この高位蛇美女の役目はどうするの?」
クラウディアは親指で、カガミを指して信康に尋ねた。
「言い忘れていたが、その高位蛇美女には俺が名前を付けたぞ。カガミと呼んでやってくれ」
「カガミね。分かったわ。それでこのカガミには、何をさせるのよ?」
「高位蛇美女の固有能力に、魔力を使って魔物を産み出せると言うものがあるそうだ。だからカガミには魔物を産み出して、エルドラズ内を混乱状態に陥れる」
「一応、確認しとくぞ? カガミそいつは魔物を産み出せるからと言って、統率は無理とかなんて結末オチは無いよな? それとイルヴに魔物の支配権を奪われて、手駒に利用されるのも無しだからな?」
「カガミよ。スルドはこう言っているが、其処の所はどうなんだ?」
「問題アリマセン。チャント操レマス」
「だそうだぞ?」
「それなら良いよ」
スルドは納得して、信康にエルドラズ島大監獄乗っ取り計画の話を続ける様に促した。
「それでは次にお前等と同じ俺の計画の協力者である、Dフロアの連中にも今話した事を伝えたい。後の調整は参加者全員と合流してから決めるとするか」
「そうするのは別に良いけどよ。あたし達が何時行くか言っておいた方が、絶対良いと思うんだよなぁ」
「それもそうだな。じゃあ、シキブ」
信康に呼ばれて、シキブはコクンと頷く表現をした。
「思ってたけど魔性粘液がって、凄ぇ頭良いよな?」
「まぁな。可愛い自慢の従魔だよ」
「そりゃこんだけ賢かったら、自慢するわな」
スルドが近付き、シキブを触る。シキブの感触はぷにぷにと弾力性があり、触っていて癖になる感触をしていた。
「ああ、言い忘れていたが・・・シキブは魔性粘液じゃなくて、不定形の魔性粘液だぞ」
「どえああああああっ!? なんつう危ねぇ魔物を飼ってやがるんだよ。手前はっ?!」
スルドは悲鳴をあげながら、シキブから離れた。
「不定形の魔性粘液って言ったら、成体になったら国すら単体で滅ぼせるって言われるSS級の魔物じゃねえか!?」
「ああ、そうらしいな」
「あんた、良くそんな危険な魔物を飼えるわね」
「俺に危険が及ぶ訳じゃないからな。それと俺の敵にならない限り襲われる事は無いから、お前等も安心して良いぞ」
信康は手を伸ばし、シキブに触れる。
シキブは信康に触れて嬉しいのか、身体を上下に動かす。
「凄いな」
「ああ、そうだな」
「素直に誉め言葉として受け取って置こう。それはそれとして、シキブよ。Dフロアに居るオルデに、俺がクラウ達に話した事と例の計画を実行する段取りが出来たと伝えてくれ」
シキブは了解とばかりに身体を上下に動かしてから、Dフロアへと向かった。
その後は信康とセミラーミデクリス達が、エルドラズ島大監獄乗っ取り計画に穴が無いか話し合った。




