第238話
「っててて・・・師匠の奴、あんなに攻撃しなくても良いだろうに・・・・・・」
信康は鍛練により出来た傷を、慰める様に擦りながら愚痴る。
呼び出され直ぐに行ったので槍は飛んで来る事は無かったが、朝の鍛練よりもかなり激しい鍛練が行われた。
因みに鍛練を行う場所に着いた時には、クラウディアとラキアハは既に居なかった。
恐らくだが、自分の独居房に戻ったのだろう。
「まぁ終わったから、後は明日の朝まで好きに行動出来るから良いか」
信康はそう言って歩いていると、ある独居房の前に着いた。
ドアノブを回す前に、信康は扉をノックした。
ノックをして少しして、返事が来た。
「誰だよ?」
「俺だ」
「っち・・・・・入れよ」
入室を許可する声が聞こえて来たので、信康はドアノブを回して独居房に入室した。
独居房に入室すると、独居房の主であるスルトを見つける信康。
スルドは独居房に備えられている椅子に座りながら、信康を睨んでいる。
「何の様だ?」
目を吊り上げて、今にも信康に襲い掛かりそうな殺気を出すスルド。
明らかに不機嫌な様子のスルドに、信康は平然と話し掛ける。
「どうした。機嫌が悪そうだが?」
「・・・・・・誰の所為で、機嫌が悪いと思っていると思うんだ? あん?」
「ふむ。・・・・・・もしかして、俺の所為か?」
「他に誰が居るんだよっ。馬鹿野郎っ!!?」
怒鳴るスルド。
「そうか。それはすまん」
信康は謝ったが、特に反省している風には見えなかった。
「てめっ、やっぱ殺すっ!!」
スルドは椅子を踏み台にして跳んで、信康に飛び掛かる。
「そうか。分かるまで、分からせるだけだ」
信康はスルドに根を上げるまで、説得に行った。
一時間後。
「やれやれ、強情な女だ」
信康は首を横に振りながら、溜め息を吐いた。
そう言うのも仕方がないと言えた。
信康はスルドに自分の言う事を聞かせようとしたのだが、スルドは頑として聞かなかった。
なので、信康は説得した。
それを終わると、次にセミラーミデクリスの独居房を訪ねた。
扉をノックしてみると、直ぐに反応が来た。
「待っておったぞ。早く入ったらどうだ?」
そう言うところを見ると、どうやら部屋を訪ねて来たのが信康だと分かっている様だ。尤も、信康以外で誰か訪問する事があるかと問われたら、答えに難儀すると思うが。
信康は苦笑しながら、ドアノブを回す。
独居房に入室すると、独居房の主であるセミラーミデクリスが出迎えた。
「ほっほほ、良く来たな」
「ああ」
実は信康はこのセミラーミデクリスの事を、どうしたら良いか迷っていた。
以前に酔呪の光を使ったのだが、簡単に防がれた事があった。
なので下手に魔法を使って従わせようものなら、セミラーミデクリスは逆に信康の性魔法に対抗する魔法でも使われるかもしれない。そうなったら、目にも当てられない。
そう思うと信康は、セミラーミデクリスをどうしたら良いか悩んでいた。
「何だ? 久しぶりに会ったと言うのに、何か言う事は無いのか?」
それが分かっているのか、余裕綽綽のセミラーミデクリス。
「正直に言うと、いざお前を前にしたら何を言えば良いか分からん」
「であろうな。しかし我の所に来たのだから、何かしら話をして行かねば骨折り損ぞ?」
「分かっちゃいるが、それでお前の機嫌を損ねたら目も当てられんさ」
「ほぅ、そうか」
セミラーミデクリスは笑みを浮かべた。
「では、我からお主の考えを当ててやろう。Eフロアの者共を我を除いて手懐けたお主は、いよいよこのエルドラズを掌握する事に着手しようとしているのではないか?」
「っ!?」
まだそんな事を言っていないのに、これからの予定をセミラーミデクリスに察せられて驚く信康。
「別に驚く事でも無かろう? お主がこうして我の独房へやに来たという事はこの階の罪人達を手懐け、更に門番を言う事を聞かせる事が出来た。違うか?」
「・・・・・・その頭の回転の速さは、実に参謀や軍師向きだな。どうだ? エルドラズを出たら、俺の部下・・・仲間になって力を貸してくれないか?」
「ふっ。そうだな。お主がエルドラズを無事に乗っ取る事が出来たら、小指の爪先ぐらいは考えてやろう」
「ふむ。皆無ゼロと言われないだけ、まだ脈ありとでも言えば良いのかね?」
「ははははっ。まぁ無い訳では無いぞ」
「ああ、そうかい」
信康はセミラーミデクリスが自分の部下になるとは思っていないので、半ば投げやりの対応をした。
「では我から、このエルドラズを乗っ取る前祝いに良い物やろう。収納」
セミラーミデクリスは収納の魔法を唱えると、何も無い空間に黒穴が生まれて其処に手を入れる。
その黒穴から手を抜くと、手には瓶みたいな物を持っていた。
「それは?」
「極上の酒だ。存分に飲むが良い」
そう言ってセミラーミデクリスは、テーブルにグラスを二つ置いた。
そのグラスに、セミラーミデクリスが手ずから酒を注ぐ。
血の様に赤い液体が、グラスに注がれ八分の所で注ぐのを止めた。
「さぁ存分に堪能するが良い」
セミラーミデクリスが信康に、酒を飲む様に勧めた。
しかし信康はセミラーミデクリスに痛んだ酒を飲まされた事があったので、グラスを取るのを躊躇した。
「どうした? 怖いのか?」
セミラーミデクリスが嗤う。
その顔を見ても、信康はグラスを手に取る事はなかった。
「ふふふ、心配するな。本当にこれはただの酒だ。痛んでもいない、まともに飲める全うな酒だ」
セミラーミデクリスはそう言うと先にグラスを手の取り、グラスの中の液体を喉へと流し込む。
最後の一滴まで飲むセミラーミデクリスの姿を見て、漸く信康はグラスを手に取った。セミラーミデクリスが事前に自分だけ解毒している可能性も否めなかったが、此処までされては信康としても飲まざるを得なかった。
信康は覚悟を決めて、酒を喉に流し込む。
「・・・・・・おお、美味い」
端麗でありながら、酸味も渋味も丁度良い味になっていた。
「こんな極上の酒は、初めて飲んだぜ。これまで良い酒は何回か口にする機会はあったけど、この酒が今まで一番だな」
「そうであろう。何故ならあのシャノス愚物を始末した際に、奪った戦利品の一つじゃからな・・・それよりも我から、お主に頼みがあるのだが」
「ああ、やっぱりな。何かそんな気がしたんだ」
信康はグラスを置いた。
「で、何を頼みたいんだ? 言っておくが、俺の出来る範囲の頼み事で頼むぞ」
「何、別に大した事ではない。お主がこのエルドラズを出る時に、我も出獄出来る様に手配してくれれば良いだけだ」
「何?」
信康は耳を疑った。
「お前も、エルドラズから出たいのか?」
「うむ。流石に飽きたのでな」
飽きて監獄を出たいと言うとは、なかなか図太い神経を持っているみたいだ。
しかしセミラーミデクリスがエルドラズ島大監獄に投獄されたと思われる年月を逆算すると、軽く百年以上はこのEフロアに居ると分かるので出たいと思う気持ちも理解出来た。しかし一方で信康は、別の事も思っていた。
「お前だったら自力で脱獄とか、誰に手も借りずに何時でも出れただろう? そんな事は、造作も無いだろう?」
「かもな。しかしそんな真似をすれば、プヨに指名手配されてしまうではないか。幾ら百年前以上の罪人と言えでも、プヨが見逃す筈が無いであろう。その様な面倒事、我はごめん被るぞ」
「まぁ確かにそうか」
「それで? 我の頼みは聞いてくれるのか? それとも聞いてくれぬのか?」
セミラーミデクリスは信康の顔をジッと見る。
「・・・・・・そんな事で良ければ、お安い御用だ。任せてくれ」
「恩に着る」
セミラーミデクリスは目を伏せた。
そして信康が持っているグラスの中の見る。
「もし頼みが聞いてくれなかったら、解毒剤を渡すかどうか考える所だったが」
「はっ!? やっぱりお前、この酒にも毒を仕込んだのかよっ!?」
信康は蒼い顔をして、首元を抑えた。
「嘘じゃよ」
セミラーミデクリスは笑顔を浮かべた。笑顔を目にするとは思わなかったので、思わず固まって信康は見詰めてしまう。
(そうまでして、エルドラズを出たい理由があるのか?・・・まぁ良い。そんな事を聞いても教えてくれないだろうし、俺には関係無さそうだからな)
信康は引き続き、セミラーミデクリスが用意した極上の酒を飲みながらそう思った。
セミラーミデクリスの部屋で酒を飲んだ信康は、飲み終わると独居房を退室した。
そして眠たくなったので信康は他の独居房に向かわず、大人しく自分が寝室に使っているあの狭い独居房に向かう。
独居房に着くと信康の影に潜んでいたシキブが現れて、寝台の形となった。
信康は遠慮なく、シキブに横たえた。
そして目を瞑り、そのまま就寝に就こうとした。
其処へ何かが、自分の身体に触れる感触を感じた。
信康は目を開けて見ると、底には驚く人物が居た。
「触れるまで気付かなかったとは、気を抜き過ぎだぞ。我が弟子よ」
驚いた事に、其処に居たのはディアサハであった。
「・・・・・・何の用だよ」
眠ろうとしていた所に現れて、少し信康は不機嫌の様であった。普段ならば歓迎する所なのだが、現在の信康はただ睡眠を確保したい一心だった。
そんな信康を慮る事はしないディアサハ。
「ふん。一人寝は寂しいだろうと思ってな。此処は一つ、師匠の心遣いで一緒に寝てやろうと思ったのだ」
「あん?」
ディアサハの言葉に意味を計りかねる信康。
そんな信康に、ディアサハは背を向けて眠る。
「では、お休み」
「お、おい。師匠?」
直ぐにディアサハは寝息を立てた。
いきなりの急展開について行けず、呆然とする信康。
どうしたものかと考えていると、ふと思いついた。
「・・・別に気にしなくても良いか。普通ならこのまま寝ていようが手を出しているんだが、後で怒られたくないしな。此処は大人しく、添い寝で我慢しよう」
そう思った信康は、ディアサハを背後から抱き締めて抱き枕にしながら就寝に就いた。
それから信康がディアサハと共に就寝に就いてから、暫く時間が経過した後に起こった。
「おい。起きろ。馬鹿弟子」
信康はディアサハに声を掛けられた。
何だと思いながら、目を開けると。
何時の間にか自分が仰向けとなり、更に自分の腹の上にディアサハが乗っかっていた。
「こ、これは、一体なんだ!?」
「貴様っ。この儂が隣に寝ていると言うのに、何故抱き締めただけで手を出そうとしなかった?」
「いや、そりゃ・・・手を出して怒られたら、俺が損だし」
「馬鹿めっ、この大馬鹿者めがっ。儂ほどの絶世の美女が隣で寝ていたら、その気分になるものだろうが。第一儂が隣に居るのだから、許可を出したも同然だろうがっ」
「知らんがなっ。俺だって必死で欲望を抑えて我慢したのにっ! 言葉にしてくれよっ!」
「ええいっ、察しの悪い奴め。まぁ良い。貴様から手を出さんと言うなら、儂から手を出してやるとしよう」
「何だとっ?」
「さぁ、覚悟するが良い」
ディアサハの手が信康の胸を撫でた。




