第235話
翌日。
目を覚ました信康は、ラキアハの独居房にあった寝台から降りる。信康が起床した際に、ラキアハも目を覚ました。
其処へシキブが現れて、信康とラキアハの為に朝食を用意した。二人は朝の支度を済ませてから、一緒に朝食を摂り始めた。
「・・・ふぅ、ごちそうさん。じゃあ頼んだ事と俺がお前等を呼んだら、指示した通りにしてくれよ」
「分かりました。御武運を」
朝食を食べ終えた信康がそう言うと、ラキアハとシキブは承諾した。一人と一体の反応を見た信康は、そのままラキアハの独居房から退室した。
少し歩くと、何時もの鍛練する場所に着いた信康。
まだディアサハは到着してないみたいなので、信康は気持ちを落ち着ける為に両目を閉じて閉眼し深く息を吸う。
(策は立てた。後はそう上手く行く様に、全力を尽くすだけだ)
しかし相手は、ディアサハである。
そう思うと、何が起こるか分からない。
なので、慎重に慎重に期す事にする信康。
信康が息を整えていると、誰かがやって来る気配がした。
「ほぅ? 師よりも先に来るとは、どういう心境の変化だ?」
目を開けると、其処に居たのはディアサハだった。
「そろそろ、俺も師匠から一本取りたいと思ってな」
信康は鬼鎧の魔剣を構える。
「今日こそ、一本取らせて貰うぞ。師匠。どんな手段を使ってもなっ」
「ふん。良かろう。出来るものならやってみろっ」
ディアサハが二本の槍を構えた。
二人は構えはしたが、動かず睨み合った。
相手の一挙手一投足に集中する二人。
そのまま睨み合いが暫くの間、続くのかと思われた。
しかし何の前触れも無く、何処からか石が投げられた。
その投げられた石は、丁度二人の間に落ちた。
「「・・・・・・っ!!」」
石が床に跳ね返る音を立てたと同時に、二人は駈け出した。
ガギンとという音と共に、二人の得物がぶつかる。
そのまま二人は、鍔迫り合いを行う。
「ふむ。石を投げたのは、シキブか?」
「ああ、そうだよっ」
信康は足を踏ん張り、ディアサハを押し出す。
ディアサハはその押し出す動きに逆らわず、その動きに合わせて自分も動いた。
そして、少し後退り体勢を整える。
「さて、どのような手段で儂から一本取るのか楽しみだ」
ディアサハはそう言いながら、連続で突きをしてきた。
「ああ、楽しみにしてろよ」
信康はディアサハの連突きを防いだりいなしたりしながら、何とか懐に入ろうとした。
しかし懐に入る事も出来ないばかりか、ディアサハの攻撃を凌ぐだけ精一杯であった。
「どうした? これでは何時もの鍛練と変わらんぞ?」
ディアサハは挑発し来た。
しかし信康は、ディアサハの挑発に乗る事は無かった。
と言うよりもこの場合は、乗る余裕が無いと言うのが正しいだろう。
信康はディアサハの攻撃を凌ぎながら、何かを待っている。
その待っている何かの為に、信康は必死で耐えていた。
(何だ? この状況で、何か切り抜ける方法があるのか?)
ディアサハはそう思うが、信康には何かあるのだろう。
そう思うと、自然と笑みを浮かべるディアサハ。
どんな方法でこの状況をひっくり返すのか、楽しみの様だ。
その期待感で腕に力が入り、ディアサハの攻撃が激しく鋭くなった。
信康からしたら、それが誤算であったが何とか凌いでいる。
しかしこのままでは、信康の敗北が濃厚であった。
信康は攻撃を受けながら、しきりに身体を位置を動かしていた。
そしてディアサハがある独居房の前で背中を向けた状態で、信康と対峙したのを見て事態は急変する。
「今だっ!(ピイイィィィッ!)」
信康は口笛を甲高く鳴らすと、ディアサハの背後にある独居房の扉が轟音と共に吹き飛んで、ディアサハの前まで勢い良く飛んで来た。
「ふん」
しかしディアサハは焦る事無く、振り返る事すらせず片手に持つ槍でその飛んで来た扉を弾き飛ばした。
「はああああああっ!!」
しかし弾き飛ばした扉に隠れていたのか、今度は黒い影が間髪入れずにディアサハ目掛けて飛び込んで来ていた。その黒い影は赤黒く変貌した腕を、力に任せて振り下ろした。
黒い影が赤黒く変貌した腕を振り下ろした先には、ディアサハが居た。
「ほう?」
ディアサハは興味深そうな表情を浮かべながら、その攻撃を難なく躱した。
振り下ろされた赤黒い腕は、そのままEフロアの床に当たる。破裂した音と共に、Eフロアの床が罅割れ所々が隆起した。
ディアサハに攻撃したのは、クラウディアだった。
「ふむ。我が弟子に誑されて、遂に独房を出る気になったのか? クラウディアよ」
「・・・・・・そんなんじゃあないわよ」
ディアサハにそう指摘されたクラウディアは、前に流れて来た自身の長髪を煩わしそうに後ろにやる。
そして忌々し気な様子で、ディアサハを見た。
「っち。やはり今の奇襲を躱すか」
「攻撃の瞬間が悪かったのかしら?」
「違うな。あの攻撃の瞬間が一番だった。単純に、師匠の実力が凄いだけの話だ」
「そう。それで、この後はどうするの? 諦める?」
「馬鹿言え。お前の奇襲が躱されるなど、想定内だ。引き続き、手を貸してくれるか? クラウ」
「ええ、良いわよ」
信康に頼まれたクラウディアは、顔を少し紅潮させながら承諾した。
「我が弟子よ。まさかクラウディア闇の聖女が加勢しただけで、儂から一本取れるなどとは思って無かろうな?」
「それこそまさかだ。俺も其処まで楽観的じゃねぇよ。師匠」
信康が即座に否定すると、ディアサハは安堵しつつ二槍を構えて駆け出そうとした。しかし横から燃える骸骨が眼前に現れた事で、一瞬ディアサハの視界が奪われた。
「っち。まさかあの女も出したかっ」
ディアサハは槍で、その燃える骸骨を切り払った。
その燃える骸骨は切り裂かれたのに、笑いながら消滅していった。
「まさか、お前まで誑されるとはな。ラキアハよ」
「驚いて頂けて、何よりです」
そう言って信康達の前に姿を見せたのは、ラキアハであった。
「ノブヤス様は面白くて、素敵な殿方ですからね。わたくしも微力ながら、力を貸すのはやぶさかでは無いのですよ」
「ふん。お前が他人に興味を持つ事自体に、儂は驚いているのだ」
「そうですか? お言葉ですけど、それはお互い様だと思いますよ。ノブヤス様に興味を持たれて、弟子にして稽古を付けているディアサハさん」
「・・・ふふっ。そう言われては、儂も言葉も無いわ」
「隙ありっ!」
ディアサハとラキアハが会話をしている最中で、クラウディアが駆け出して拳を振り上げる。
しかしその攻撃は、ディアサハの槍で簡単に防がれた。
「こんなもの、隙とは言わぬ。第一、隙を相手に教える馬鹿が何処に居る?」
「そうかもね。じゃあ、これはどう?」
「何?」
「赤き炎の棘」
信康がそう唱えると、ディアサハの足元から赤い棘付きの触手が出て来た。
そして赤い棘付きの触手は、ディアサハに絡み付こうとした。
「っち」
ディアサハは舌打ちして、後ろに跳んだ。
しかしその場所に着地すると、いきなり床が沈んだ。
「何だとっ!?」
いきなり床が自身の足首まで沈んで、流石に驚きを隠せないディアサハ。
そして直ぐに、床が沈んだ原因が分かった。
「これはまさか、シキブかっ!?」
「その通り。勝負を始める前から、床に擬態して貰ったんだよ」
信康はそう言いながら、ディアサハ目掛けて駈け出した。
そして、跳び上がった。
「跳んで攻撃だとっ!? 馬鹿者が。勝利に眼が眩んで、判断を誤りおったかっ」
「いいえ、そんなんじゃないわよ」
シキブに両足を拘束されたディアサハだったが、構わずに跳んで来る信康を迎撃しようとした。其処へクラウディアが、ディアサハの二槍を手で押さえて動きを止めた。
「っ!?」
「これで決まりだっ!」
信康はディアサハの頭に、唐竹を見舞う。
パンっという鈍い音を立てて、鬼鎧の魔剣がディアサハの頭に当たった。これがルーン魔法で殺傷能力を押さえていなければ、ディアサハは頭から真っ二つになっていたに違いない。
『・・・・・・』
その場にいる者達は、誰も何も言わなかった。
「・・・・・・見事だ」
ディアサハはそう言って信康を称賛すると、目を閉じて閉眼してからそのまま倒れ込んだ。そんなディアサハを見て、信康は直ぐにディアサハを抱き留めた。
「・・・・・・しゃあああああああああっ!!」
信康はディアサハを抱えながら、初めてディアサハに一本取れた事に悦び吼えた。
「あらあら」
「ちょっと。あたし達も手を貸したのだから、何か言う事は無いの?」
ラキアハは吼える信康を見て微笑み、クラウディアは労いなさいと暗に告げる。
「ああ、そうだな」
信康は吼えるのを止めて、抱き留めていたディアサハをゆっくりと床に降ろそうとした。その際に床に擬態していたシキブがディアサハを受け取ろうとしたので、信康はそのままディアサハの身柄をシキブに預ける事にした。それから信康はクラウディアとラキアハを、同時に抱き寄せて厚く労いと感謝の言葉を掛ける。
「いやあ、本当に助かった。お前等のお蔭だ」
「ふふっ。いえいえ、わたくしは大した事はしていません」
「そうでも無いわよ。あたし達が居なければ、ディアサハに一本取れなかったんだから。と言う訳で、お礼を期待しているわよ」
「おう。取り敢えず俺に出来る事なら、何でもしよう」
「そう。期待して待っているわ」
「期待しててくれ。もし要望があるなら、言ってくれて良いから・・・まぁ、先ずは」
信康はラキアハとクラウディアを抱き締めたまま、気絶しているディアサハを見る。
「お楽しみが先だ」
信康はイヤらしい笑みを浮かべた。そんな信康を見てラキアハは面白そうに、逆にクラウディアは面白く無さそうにしていた。




