第234話
ディアサハから今日の鍛練は終了すると伝えられた信康は、昼食を食べて身体が動けるまでに回復するなり即座にクラウディアの独居房に向かった。
封印していたディアサハに勝利する為の手段を、実行出来る様にクラウディアに相談をしに行くのである。
クラウディアの独居房の前に到着した信康は、扉をノックする。
「誰?」
「俺だ。入っても良いか?」
「良いわよ」
信康はドアノブを回して、クラウディアの独居房に入室した。破壊し尽くされていた筈のクラウディアの独居房は、一転して綺麗に修復されていた。これは信康の推測だが、恐らくディアサハが毎回修復していたのだと思われた。
室内の代わり様に驚く信康を他所に、クラウディアは信康に近付く。因みにクラウディアの服装は最初に会った頃に来ていた所々破れていた囚人服では無く、何処も破れていない新品の囚人服であった。
「おかえりなさい。無事に勝てたみたいね。あの高位蛇美女相手に」
「ああ、ちゃんと勝ったぞ・・・それからちょっと、クラウに相談したい事がある」
「相談? まぁ、聞いても・・・」
クラウディアは言っている最中で、突然顔を顰めた。
「ん? どうかしたか?」
何の前触れも無く顔を顰めるクラウディアを見て、信康は訊ねた。
「・・・・・・別に」
しかしクラウディアは顔を背け、何も言おうとはしない。
信康は首を傾げた。
「それで、相談って何なの?」
「ああ、それはだな」
そう言われて信康はクラウディアに会いに来た理由を思い出して、今はそれを告げる事にした。
「前々から思っていたんだが、ディアサハ師匠に勝ちたいと思っているんだ」
「へぇ、そうなの?」
「しかし俺一人では、それも難しいと諦めた。と言う訳で、クラウの力を貸してくれないか?」
「・・・・・・話によるわ」
「何、そんな難しい事でもない。お前にして貰いたい事は、一つだけだ」
信康はそう前置きを添えると、クラウディアにして貰いたい事を告げた。
「あたしはそれだけすれば良いの?」
「ああ、それだけだ」
「そう。じゃあ、手伝ってあげても良いわよ」
「おお、そうか。助かるよ」
「じゃあ、この話はこれで終わりね。今度はあたしが、あんたに聞きたい事があるのだけど?」
「聞きたい事?」
「何で、あんたの身体から女の匂いがするのよ?」
「・・・何?」
(馬鹿な。シキブに身体を拭いて貰ったから、カガミの残り香なんてある筈が・・・)
クラウディアの言葉に、信康は言葉を詰まらせる。それと同時に有り得ないと言わんばかりの表情になった。
ディアサハとの鍛錬の前にカガミを抱いているのは確かだが、体臭はシキブによって搔き消された筈であった。その掻き消された筈のカガミ匂いを、クラウディアの鼻は敏感に嗅ぎ取った様だ。そしてクラウディアは信康の動揺する姿を見て、更に不機嫌になる。
「あんたは女の嗅覚を嘗め過ぎよ。それで? どうして他の女の匂いがするのか、納得の行く理由を教えてくれるかしら? 言っておくけどあの高位蛇美女エキドナと戦ってたから匂いが付いた、なんて寝惚けた事を言ったら殴るからね」
クラウディアはそう言いながら、両腕を変貌させていた。
クラウディアの不機嫌な様子を見ると、どう言い繕っても信康は自分がクラウディアに殴られる未来が目に見えていた。
「・・・・・・・・・・・・」
何とクラウディアに言おうか、信康は両眼を閉じて静かに思案する。そんな信康に、クラウディアは接近する。
「無駄な言い訳なんか考えなくて良いから、さっさと正直に話しなさい。でないと、あたしがあんたを殴る回数が増えるだけよ?」
クラウディアは沈黙した信康を見て、不機嫌になりながら顔を近付ける。クラウディアの吐息が信康の顔に掛かるまで近付くと、信康はカッと両眼を開けて開眼した。
「隙有りっ」
「は? 何をんむっ!?」
信康が口にした言葉の意味が理解出来ず、クラウディアが当惑した隙にその無防備の唇に口付けをした。
「んぷ、ちゅぱ、な、なにを、するのよ、ちょ、ちょっと・・・ぢゅぶ・・・ちゅばっ・・・」
クラウディアは抵抗しようとしたが、信康の舌が自分の口内を蹂躙した途端に大人しくなった。
暫くして、クラウディアとの逢瀬を終えた信康は、シキブが用意してくれた夕食を食べてから別の独居房に移動していた。その独居房とは、ラキアハの独居房であった。
「まぁ、それは大変でしたね」
ラキアハはカップに紅茶を注ぎながら、信康を労う。
「それでわたくしの独房に来たのですから、何かしら用があって来たのでしょう?」
「ああ、勿論そうだ。クラウもそうだがお前にも、俺の作戦に手を貸して貰いたいと思っている」
「良いですよと言いたい所ですが、今のわたくしでは大した事は出来ません」
「そうなのか?」
「ええ。このEフロアに入れられる時に、ディアサハさんの魔法で魔力を封じられました。ですので魔法を行使するのが、難しい状態となりました」
「じゃあ、そんなに魔法は大して使えないという事か?」
「そうです。完全に使えないよりかは、遥かに現状の方がマシですが」
「なら出来る事はあるんだろう?」
「そうですね。精々、死霊球を飛ばす程度が精々ですね」
「どんな魔法なんだ?」
「こんな魔法です」
そう言って、ラキアハは手の平を上に向ける。するとラキアハの掌から、燃える骸骨が出て来た。
「これを相手にぶつけて、動きを鈍くさせる遅延効果がある付与魔法です」
「目晦ましや足止めぐらいは出来るか」
「確かに仰る通りですが、それは使い方次第ですね」
「そうか」
信康は深く息を吐いた。
「・・・・・・待てよ。じゃあ、こうすれば良いのか」
「何か思い付きましたか?」
「ああ、良い事を思い付いた。これで俺も、あの師匠に一泡吹かせれる」
「そうなのですか。それは凄いですね」
「と言う訳で、改めて頼みたい。お前も俺に、手を貸してくれ」
「分かりました。ノブヤス様のお頼みですから、喜んで受けましょう。それではどんな方法で、ディアサハさんに一泡吹かせるのですか?」
「ああ、お前にはな」
信康は作戦決行時に、ラキアハにして貰う事を話した。
「・・・・・・成程。それで決行日は何時ですか?」
「明日だ。こういうのは早い方が良い。日数を置くと、師匠に発覚する恐れも出て来るからな」
「分かりました」
ラキアハが承諾したのを見て、信康は安堵の息を吐いた。それからラキアハに近付いて、そのまま抱き寄せた。
(待ってろよ、師匠。明日は俺がそのすまし顔を歪ませてやるっ)
邪悪な笑みを浮かべながら、信康はラキアハと逢瀬を行った。




