第233話
数時間後。
信康は高位蛇美女を説得していた。
「お前に名前はあるのか?」
信康がそう尋ねると、高位蛇美女は首を横に振る。
「じゃあ、俺が名前を付けてやるよ」
信康は再び、高位蛇美女の胸に顔を埋めながら考える。
「・・・・・・・・・・・・カガミ、なんて名前はどうだ? 俺の国では蛇の異称にかがちと言ってな。それを少し弄った名前にしたぞ」
信康は考えて考えて出た、高位蛇美女の名前であった。これで高位蛇美女が不服を覚れば、別の名前を考えようと思った。
「・・・・・・(頭を上下に激しく動かす)」
「そうか、気に入ってくれたか。じゃあ今日から、お前はカガミだ。改めて、よろしくな。カガミ」
「・・・・・・」
高位蛇美女ことカガミは、腕と尻尾に力を込める。
名前を付けられた事が、とても嬉しかった様だった。
「ちょっ、まった、まったまった。くびがきまってるっ」
信康はカガミの腕を叩く。
しかし、カガミは気付く様子はなかった。
漸く気付いた頃には、信康は酸欠状態になっていた。
信康は未だに、カガミの独居房に居た。
カガミを犯した後に信康が独居房を退室しようとしたら、カガミが尻尾を信康の身体に巻き付けて来たので退室する事が出来なかった。
抜け出そうとしたがガッチリと拘束されてしまったので、信康は諦めてそのままカガミと独居房で一夜を明かした。
当初は就寝するのに問題あるのではと思ったが、カガミは自身の尻尾を寝台の代わりにして眠る様に促して来た。其処で信康はカガミの尻尾を寝台にしに、胸を枕にして就寝に就いた。
カガミの豊満な胸はどんな枕よりも柔らかい感触なので、信康はぐっすりと熟睡出来た。其処へぐっすりと眠っている信康に、声が掛けられた。
『起きろ、馬鹿弟子。もう朝だぞ。何時まで寝ている心算だ?』
ディアサハの声が、信康の脳内に直接響く。ディアサハに起こされた信康は眠そうに且つ、億劫そうに眼を開ける。
しかし此処で信康に、無視して二度寝すると言う選択肢は存在しない。そんな真似を犯せば次に飛来して来るのは声では無く、槍なのは明白だったからだ。
そしてカガミを起こさない様に信康は、静かにカガミの身体から降りた。
そして足音を立てずに、扉の前まで移動しようと信康は歩き出す。
信康が扉の前まで移動した瞬間に、信康の足にカガミの尻尾が絡み付き、信康を思い切り引っ張った。信康にとってあまりに不意打ちが過ぎる行動だったので、受け身を取る事が出来ずに顔から床に倒れる。そしてカガミの手によって信康はズルズルと引っ張られて、再びカガミの身体にすっぽりと納まった。
「カ、カガミ。お前なぁ・・・・・・」
信康は引き摺られた事で、赤くなった顔をしながらジト目でカガミを見る。
信康にジト目で見られたカガミは、申し訳無さそうな顔をしていた。
どうやらカガミは信康と離れるのが寂しくて、思わず無意識の内にしてしまったみたいだ。そんな寂しそう且つ申し訳無さそうとしているカガミの表情を見ては、信康も怒れなかった。寧ろ可愛げすらある健気な行動だったので、信康はカガミの顎に手を添えてから口付けをした。
「~~~♥♥♥♥♥♥♥♥」
信康から不意打ちの口付けをされたカガミは、驚きから両眼を見開くも直ぐに顔を赤く染めて嬉しそうに表情を緩ませる。
カガミはそれから両眼を閉じて閉眼すると、信康を強く抱き締めた。そして口付けをして少し経ってから、信康はカガミから口付けを解いた。
「・・・ちょっと出る。単に日課になっている鍛錬をしに行くだけだから、大丈夫だ。後でまた、お前の下へ顔をちゃんと出すからよ」
信康はそう言ってカガミに話して貰える様に説得を始めたが、カガミは人語が話せたら本当に? とでも言いたそうな表情を浮かべて信康を見ていた。
信康の事は勿論信じているのだろうが、どうしても一抹のがカガミの心中にはある模様だった。
「心配するな。そう遅くならない内には、カガミの下には戻ってやるから。だから、大人しくしているんだぞ?」
信康が重ねてそうカガミを説得すると、カガミは漸く頷いた。常人ならば疑心を抱かれたら普通は不愉快な気分になるものだが、カガミの疑心は愛情から来ていると分かっているので寧ろ信康は気分が良かった。
二時間後。
信康に抱かれ続けて遂に耐え切れず失神したカガミを放置して、急いで信康はディアサハが居る場所に向かう。
幾らカガミを落ち着かせる為とは言え、遅刻してしまって以上は何をされるか分からないからだ。これで小言だけで済めば御の字だと思いながら、信康は走り続ける。
(カガミを抱いている最中でも反応が無かったのが、逆に怖いんだよなぁ・・・師匠は何故、何もして来なかったんだろ?)
ディアサハの大人しさに気味の悪さすら覚える信康の前に突然、槍が飛来して来た。余所見しながら走り続けていたので、飛来して来た槍は後数センチで信康の額に突き刺さるまでに迫って来た。
「うおおおおおおおっっ!!?」
漸く飛来して来た槍を認識した信康は、大慌てな様子で身体を仰け反らせて飛来して来た槍を躱す。
信康目掛けて飛来して来た槍は信康の前髪を数本切り飛ばした後、そのまま飛来してEフロアの壁に突き刺さった。
信康は身体を起こして、自分目掛けて飛来して来た槍を見る。
「この槍はやっぱり、師匠が使っている槍だよな・・・そりゃ怒るよなぁ」
飛来して来た槍を見て、信康は直ぐにディアサハの心情を察した、そしてどう謝罪して、ディアサハの機嫌を治すべきかと頭を悩ませる。
「随分と遅い参上だな、我が馬鹿弟子よ」
その声が聞こえて、信康は振り返るとディアサハが居た。
「女と乳繰り合う事を優先して、儂の鍛練に遅れるとは良い度胸だ」
「あ~うん。言葉もねぇよ。本当に悪かった」
鍛錬に遅刻した事実に、一切弁明せず素直にディアサハに謝罪する信康。
遅刻の原因は間違い無くカガミに原因があるのだが、自身も夢中でカガミと性交をしていたし遅刻した事実に変わりは無い。それに無用な弁明は火に油を注ぎかねないので、信康は一切言い訳もせずにディアサハに謝罪した。
「ふんっ。まぁ良い。あの状況でお主を無理やり儂が連れておったら、奴に要らぬ怨みを買って余計面倒な事になりそうじゃったからな。それよりもお主、遂にこの階層の者共を全員誑し込めたのだな?」
「あ、ああ。そうなるな」
「であれば儂もその内、お前の毒牙に掛かるかもしれんな」
ディアサハは信康の顔を見て、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
「・・・・・・その内に、な」
信康はディアサハへの企みを隠す事無く、正直にそう告げる。
「くっくく。お主の実力で出来るのであれば、恐れず挑んで見るが良い。尤も、お主の特殊魔法を使っても無理だろうがな」
ディアサハは笑いながら言う。
「だったら俺は、あんたに勝てる方法を探すだけだ」
「ほぅ。儂を誑そうという気概があるのは見事だ。ならばその儂を倒す方法とやらを、さっさと探し出す事だな」
ディアサハは信康から少し離れると、二本の槍を構える。
「では儂は、その時を楽しみにしておこう。そしてお主が儂を誑す可能性を、少しでも上げる手伝いをしてやろう」
「本当に物好きだな。要するに師匠、俺があんたを倒すと言う事だぞ?」
「分かっておるとも。我が弟子よ。師弟関係にある弟子が師匠にしてやれる最高の恩返しとは、何か知っているか?」
「知らねえな」
「師を越える事だ」
そう言ってディアサハは駈け出し、信康の喉に突きを見舞う。
信康はディアサハの突きを、愛刀である鬼鎧の魔剣で防ぐ。
「よく防いだな。今の儂の一撃は、これまで放った物で一番速かったと言うのに」
「今日まで何回、師匠と打ち合ったと思っているんだ。これ位は防げないとな」
そう言って信康は槍を弾いて、ディアサハの腹に一撃を食らわせようとした。
しかしその攻撃は、ディアサハに意図も簡単に槍で防がれた。
「面白い。ではどれだけ鍛練をすれば、儂を越えるか見極めさせて貰おうか。女を抱いて疲弊していようと、儂は手加減などせぬからな」
「言ってろ。そのすまし顔、今日こそ歪ませてやらっ!」
信康とディアサハの鍛練が始まった。
朝から始まった鍛練は、休み時間を挟まず続いた。
それにより信康は朝ご飯も食べ損なったが、気にした様子は無い。
何故なら信康にとってそんな些細な事よりも、今はディアサハに一本を取る方が大事であったからだ。
信康はディアサハに攻撃しているのだが、ディアサハは二本の槍を巧みに扱い、信康の攻撃をいなしたり防いだりしていた。
手数の多さでは、ディアサハの方が多い。
信康も攻撃していると、何時の間にか防御側に回っていたりしていた。
「ぐあっ!?」
今のディアサハの攻撃で、信康は鬼鎧の魔剣を弾かれていた。
そして、喉元に槍を突き立てられていた。
「くっ」
「これで十二回。もし此処が戦場であったら、お前は十二回死んでいる事になるな。重ねて言うておくが、女を抱いて疲弊した事など何一つ言い訳にもならぬ。我が弟子よ。如何なる苦境に陥ろうと、勝って生き残られる様に力を持ち、強くなるのだ」
「・・・言われなくても、分かってるさ」
ディアサハが言っている事は全て事実であり正論なので、信康はそうとしか言えなかった。
信康はディアサハと槍を交えて、はっきりと分かった。
やはり今の自分ではどれだけ頑張っても、ディアサハには勝てないと言う事がだ。
このままでは仮に自分がディアサハに勝利した頃には、どれだけの年月が経過するか想像もしたくなかった。
そう言った考えが脳裏を過ぎって背筋を凍らせた信康は、急がずとも何れはどうにかしないと駄目だと考える。
(やはり俺一人で、師匠に勝つのは無理だな・・・この手段は封印していたが、選ばざるを得ないか)
信康は前々から考えても封印していた、ディアサハに勝利する手段を実行する事を決めた。その為に信康は、その手段を円滑に実行出来る様に準備を始める事にした。




