第227話
翌朝。
Eフロアで空いている独居房を利用して、就寝に就いていた信康。
その独居房だけは高位蛇美女達の独居房と違って、二畳半程度の広さしか無かった。
最早狭過ぎて寝る事しか出来ないが、肝心の寝台が室内には無かった。
しかし、寝るのに困る事は無かった。
何故ならシキブが寝台になってくれたので、信康が寝るのに困らなかったからだ。
シキブの身体で構成した寝台は普通の寝台よりも遥かに上等であり、ぐっすりと寝て睡眠を確保出来ていた。
そんな熟睡している信康に、声が掛けられた。
『起きろ。馬鹿弟子』
「!」
ディアサハの声により、信康は直ぐに意識が鮮明となった。
「~~~・・・さて、行くか」
信康は身体を起こして、寝台になっているシキブから降りる。
するとシキブは寝台の形を解いて元の姿になり、床に沈んで姿を消した。
信康は欠伸を掻きながら、独居房の扉の前に移る。
するとシキブが直ぐに扉を開けて、信康を独居房の外に出した。そして信康は直ぐにEフロアにある訓練場となっている開けた所に向かう信康。
信康が訓練場になっている場所に向かうと、既にその訓練場にはディアサハが居た。
「来たか」
「おはよう、我が師よ」
「うむ。良い朝だな」
「こんな日の当たらない所で、朝も夜も無いだろう?」
「気分の問題だ。それに実際に朝だから、何も間違ってはいない。早速だが、朝の鍛練をするぞ・・・と言いたい所だが」
ディアサハは信康が、脇に抱えている物を見る。
「んあ?」
信康はディアサハの視線に釣られて、自分の脇を見る。
其処には、フィリアの首があった。
「あれ? 俺は何で、フィリアの首をこうやって抱えているんだ?」
「馬鹿者が。そんな事、儂が分かる訳無かろう」
「そうだよな」
信康は昨日の寝る前の、自分が起こした行動を思い出す。
(昨日は確かフィリアがあまりに五月蠅いから説得する為に、首だけ連れて来て説得したんだよな。首無し騎士は首と身体の感覚は繋がっているから。離れ離れになっても問題ないと覚えていたから・・・)
其処まで思い返して、信康は思い出したのか手を叩く。
「説得する為に、フィリアの首を持って来たんだ。だけど思っていたよりも眠りが深くて、師匠に起こされたからすっかり忘れてた」
「で、現在に至ると?」
肯定だと言っているのか、ディアサハに頷く信康。
「それにして、こやつはまだ寝ているのか?」
「不死者なんだから、朝の時間帯は寝ていてもおかしくないんじゃあないのか?」
「それは不死者次第よ。昼夜逆転しておる不死者もおれば、通常と生活習慣が変わらぬ不死者もおるわ」
「そう言うもんか」
「そうじゃ。だがまぁ良い。その首だが、其処らに捨て置け。さっさと、朝の鍛練を始めるぞ」
「了解した。我が師よ」
信康はフィリアの首を、シキブに投げ渡した。フィリアの首を信康から受け取ったシキブは、その場を離れる。その姿を見た信康は、片手に持っている鬼鎧の魔剣を構える。
信康が鬼鎧の魔剣を構えたのを見て、ディアサハも槍を構えた。
「行くぞっ」
「応っ」
二人は同時に動いて、互いの得物をぶつけた。それから何度も、得物がぶつかり合う音が訓練場に響いた。
数時間後。
信康は鬼鎧の魔剣を杖にして、汗を床に落としながら立っていた。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
息を荒く汗も大量に流しているが、何とか立つ事は出来ている信康。
反対にディアサハは何時も通り、平然としていた。
「ふむ。僅かばかりの進歩じゃが、確実に強くなっておる様だな」
「はぁ、はぁ・・・これだけ打ち合っても息一つ乱さないあんたに言われても、皮肉にしか聞こえないのだが?」
「ほう? 減らず口を叩ける余力まで出て来たか。此処はもう一勝負するか?」
「・・・・・・」
信康は返答できなかった。
もう一回したら、流石に立っていられずに倒れると思う信康。
そんな信康の心の内を察したのか、ディアサハは口角をあげる。
「冗談だ。では次の鍛錬は、何時も通昼過ぎに行う。それまでの間は、好きに過ごせ」
ディアサハはそう言って何処かに行く。
信康はその場に座り込む。
「ふう、流石にきついな」
一休みしていると、信康の腹が鳴きだした。
「・・・腹減ったな。流石に朝飯を食べてから、やるべきだったか?」
信康がそう呟くと、シキブが朝食を出した。それから信康の身体に纏わり付いて、汗で汚れた信康の身体を拭いた。お陰で信康の衣服は、鍛錬を始める前の状態に戻った。
因みにシキブが信康の為に用意した朝食だが、献立はこの様になっている。皿には黒パン。豆のトマト煮。ベーコン三枚と腸詰三本。コップに入った水。これが今回の信康の朝食の献立であった。
「身体を拭いてくれてありがとう。そして今日も豪勢だな。さて、頂く前に」
信康はフィリアの首を頭を持つ。
「おい、起きろ」
フィリアの頬を抓ったり、軽く叩いたりすると、瞼が動いた。
「目が覚めたか」
信康は念じるのを止めて、フィリアに訊ねる。
「あ、ああ、の、のぶやす・・・・・・」
「おはよう」
「もう、朝か・・・・・・」
「・・・・・・それで、私を起こして何の用なのだ?」
「いや、此処は親睦を深めようと、一緒に朝食でもと」
「不死者である私に、食事など不要だっ!!」
「だよな。不死者の知り合い達も、食事は嗜好に過ぎないって言っていたよ。ただ同時に、食事をする事で身体に受けた損傷を回復させられるとも言っていたな」
「知っているなら、どうして起こしたっ!?」
「聞きたい事があるんだが、良いか?」
「ふん。お前の企てに手を貸せという件か? だったら協力すると、最初に伝えた筈だ。それに勝負に敗けた以上、お前の言う事を聞くしかなかろうが」
「昨日と違って、えらくしおらしいな?」
「ふん。最初こそ反発したが・・・どんな方法であれ、敗けた事に変わりないからな」
「そうかい。で、それとは別に聞きたい事があるんだが」
「何だ?」
「お前、どうして浄化されないんだ?」
「何? 意味が分からん」
「不死者に知り合いから聞いた事があるんだが、人が死んで不死者になるのは強い未練があるからだと聞いている。その未練が晴れたら、自然に浄化するって聞いているぞ」
「・・・・・・」
信康の問い掛けに、フィリアは答えない。
「復讐したい奴は全て、殺したんだろう? 何で浄化されないんだ?」
「・・・・・・その内、教えてやる」
「はっはは、そうか」
信康は一頻り笑い、朝食を始めた。
「でさ、お前はもう一つ聞きたいんだが・・・同じ階層にいる受刑者で、クラウディアって女を知っているか?」
「ああ、知っているぞ。ただし名前だけで、会った事は無い」
「そうかい。となると、どんな性格か知らんよな?」
「当然だ。その娘がエルドラズに入る前には、私は既に投獄されているのだからな」
「そうだよな。聞いて悪かった」
「別に謝る必要は無い」
「そうか」
それ以降はフィリア会話せず、信康は朝食を食べ始めた。




