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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第223話

 翌日。


 ディアサハの許可を貰って鍛錬を始める前にセミラーミデクリスに会いに行く許可を貰ってから、セミラーミデクリスが居る独居房に向かう。


 前にディアサハが教えてくれたので、セミラーミデクリスの独居房を間違える事無く辿り着ける信康。


 そして独居房の前に到着したので、ドアノブを回した。


 信康は相手が経緯はどうあれ受刑者に変わりないのだから、丁寧にノックもしないで入らなくても良いかと思い入った。


 独居房はラキアハ達と、同じ造りの室内であった。セミラーミデクリスの独居房に入室すると、室内に飾られたきらびやかな装飾が信康を出迎えた。この独居房もラキアハと同じく、家具などが置かれていた。ラキアハと比較するならば、セミラーミデクリスの独居房にある家具の方が上質であり貴族の屋敷の一室を思わせる内装であった。この贅沢な独居房の主は、直ぐに信康に見つけられた。


「無礼者がっ。ノックも無しに独房へやに入るとは、礼儀知らずにも程があろう」


 静かだが、怒っている声が聞こえた。


 信康は声をした方を向くと、其処には黒いドレスを来た美女が居た。


 膝まで届きそうな位に長い、群青色の長髪。切れ長の目。黒い瞳。


 四肢は細かったが、グラマラスな体型をしていた。


 取り替え子(チェンジリング)だからか、森人族エルフや妖精の如く耳が細長い。


「俺は信康と言う男だが、お前がセミラーミデクリスか?」


「そうだ。お主が、あのディアサハ(門番)が酔狂に付き合っている者か」


「・・・・・・酔狂って、鍛練の事か?」


「それしかなかろう。まぁ我が知る限りでは、此処数十年ディアサハ(あの者)が弟子を取る事は、無かったからな」


「ほう、そうなのか」


 意外に面白い情報を聞けた、と思う信康。


「では訊こうか? 何時もならば門番やつと鍛錬をしている筈のお主が、我に何用があって来たのだ?」


「王族を毒殺したと言う大層な女が居ると聞いて、どんな顔をしているか見に来ただけだ」


 しかし信康は想像していた性格と違い、セミラーミデクリスは随分と棘がある性格だと思った。


「ほう。それで我の顔を見て、どう思った?」


「綺麗な顔だな」


「そうか。それで?」


「まぁ、美人だな」


「・・・・・・それ以外無いのか?」


「女性を称えるのに、これ以上の言葉は無いと思うのだが?」


「成程。お主は発想も語彙も貧相なのだな」


 セミラーミデクリスにそう無遠慮に言われて、苦笑する信康。


 自分で分かっていたが、他人にこうもはっきり言われるのは久し振りなので笑うしかない信康であった。


「ははははは。そう言ったものが欲しければ、自分で吟遊詩人でも呼ぶんだな。そんな事は良いとして、お前に訊きたい事がある」


「このエルドラズの乗っ取りに手を貸せ、か?」


「・・・・・・」


 信康が言おうとした事を先に言われて、言葉を失う。


「別に不思議では無かろう。我は魔法を使えるからな。故に」


 セミラーミデクリス手に、何かの動物が乗っていた。


 よく見ると、手に乗っているのは蛇みたいであった。


「それは?」


「我の使い魔だ。これら使い魔共を多数、この大監獄に徘徊している。だからお主がこの投獄された経緯、猛毒獅子(マンティコア)を倒した事、シギュンを誑かして手駒に加えた事、Dフロアに居る受刑者共が手を貸してくれる事も知っているぞ」


「そうかい。それだけの情報を自力で収集出来るなんざ、聞いた通りかなりのやり手みたいだな」


「別に大した事でも無いわ・・・では聞こうか。我を仲間にしたいのか?」


「まぁ、そうだな」


「そうか。ならば・・・収納(ストレージ)


 セミラーミデクリスが収納(ストレージ)の魔法を発動させて生まれた黒穴の中に手を入れると、金色の盃を出した。


 盃の中には、赤い液体が入っていた。


「それは?」


「この盃の中には、毒が入っている」


 そう言って、自分が座っている椅子の前にある机に置く。


「この盃を飲み干せば、お前に手を貸してやっても良いぞ」


 セミラーミデクリスは笑みを浮かべながら言う。


 信康はセミラーミデクリスが言った事に動揺せず、ただ冷静に思案する。


 この盃の中に、本当に毒があるのかと。


(これはラキアハの時と一緒で、俺を試しているのか? それとも度胸試しをすると見せ掛けて、実際に殺す心算なのか? この女に、俺を殺す理由は無い筈だが・・・)


 ラキアハの魔法書の時と同様の価値が、この勝負にあるのかと思う信康。


 しかし信頼を勝ち取るという意味では、セミラーミデクリスの要求は非常に効率的と言える。


 それに信康も、内心では理解しているのだ。出された物に怯えて拒否しては先ず、セミラーミデクリスから信頼を勝ち取る事は出来ないのだと。


(ただ分からないのは、単純に飲んで正解なのかと言う事だ。飲むのを拒否して臆病者と謗られるのか、それとも飲んで無警戒に他人の物を口にするな愚か者めと謗られるのか・・・駄目だ。幾ら考えても、結論は出そうにない・・・そうだっ)


 どう対応すれば良いか悩んでいると、まだ試していない性魔法があった事を思い出す信康。


 そしてまだ試していないその性魔法が、現状において最適格であったのだ。


 信康はそう結論付けると、徐に人差し指を突き出した。


「?」


 突き出された信康の一指し指を、セミラーミデクリスは不思議そうに見る。


酔呪の光(ナルキソス・ライト)


 信康が酔呪の光(ナルキソス・ライト)を発動すると、指先から黒い光が生まれた。


 しかし酔呪の光(ナルキソス・ライト)の黒い光は、一瞬光っただけで直ぐに消滅した。


「何だ。こりゃあ?」


 酔呪の光(ナルキソス・ライト)を発動させた信康ですら、どうして黒い光が一瞬だけ光って消滅したのか分からなかった。


 信康はそう思いながら、セミラーミデクリスに視線を戻す。


 するとセミラーミデクリスは目の焦点が合わず、何処か遠くを見ている目をしていた。


 そしてぼうっとしていた。


(もしかして、魔法が効いている?)


 そう思った信康であったが、一応訊ねてみた。


「魔法が聞いているかどうか、本人に直接聞いて確認してみるか。おい、セミラーミデクリス」


「はい。何でしょうか?」


 先程の高圧的な口調と打って変わって、しおらしい声で答えた。


 それを聞いて、信康は酔呪の光(ナルキソス・ライト)の効果なんだなと予想する。


「よし、色々と訊いてみるか。お前は魔法を使えるよな?」


「そうです。魔物の召喚、骸骨兵スケルトン・ソルジャーの製作、属性魔法を始め様々な魔法を多種多様に扱えます」


「事前に聞いてはいたけど、魔女族(ウィッチ)顔負けだな。他には?」


「他にですと、空間魔法の中にある物・・・を所有しています」


「ある物・・・だと?」


「はい。それは」


 セミラーミデクリスの口から流れた言葉に、信康は驚愕した。


「・・・成程な。それは実に凄まじいものだな」


「そうですね。自分でもそう思います」


「そろそろ、本題に入るか。お前が出したその盃には、一体何が入っているんだ?」


 信康に尋ねられたセミラーミデクリスは、酒だとはっきり明言した。


「酒か。どうして、毒が入っていると言ったんだ?」


「はい。貴方に毒があると言って飲む度胸があるかどうか、試したいと思いまして」


「成程な。教えてくれてありがとう」


 信康は正直に話してくれたセミラーミデクリスに礼を述べると、取り敢えず指を鳴らした。


 するとセミラーミデクリスの目に、光が宿った。


「うん? 何だ? 我は一体・・・」


「お前がくれた物だが、飲ませて貰うぞ」


 信康は毒が入ってないと分かったので、安心して盃を手に取り盃の中の酒を喉に流し込む。


「・・・・・・うん。美味いな」


「ほぅ? 我は毒が入っていると言ったのにそれを平然として飲み干せるとは、中々に度胸がある様だな」


「当然だ。伊達に戦場を潜り抜けていない」


 信康は胸を張って答えた。


「そうか。では約束通り、貴様に手を貸してやろう」


「随分と素直だな」


「ふん。口約束とは言え、そう言ったのだ。守らねば、我の矜持プライドが傷つくわ」


「そうかい」


 信康は肩を竦めた。


 そして振り返り、扉をノックした。


 すると部屋の前に待機していたシキブが、信康の為に扉を開けた。


「何だ。もう帰るのか?」


「ああ、この後に師匠との鍛錬に出ないと、槍が飛んで来るんでな。じゃあまたな」


 信康はそう言って、セミラーミデクリスの独居房を退室して行った。


 信康が退室した事で独居房には、セミラーミデクリス以外誰も居なくなった。


「・・・ふふふ、あ奴は信じたのだな」


 部屋を退室して行った信康を思い出して、思わず笑うセミラーミデクリス。


 実は信康が唱えた酔呪の光(ナルキソス・ライト)のは、セミラーミデクリスには一切効いていなかったのだ。


 信康が酔呪の光ナルキソス・ライトが発動する直前、セミラーミデクリスは防衛本能に従って反射的に防御魔法を展開した。


 そして信康が発動した酔呪の光(ナルキソス・ライト)に掛かった振りをした。そして信康が呟いた独白を聞いて洗脳魔法の一種だと看破すると、信康の言われた通りに答えたのだ。


 此処で意外なのはセミラーミデクリスは酔呪の光(ナルキソス・ライト)に掛かった振りこそしたが、嘘は一つも吐いてはいなかった。


「まぁ此処最近、暇であったからな。暇潰しに丁度良いわ」


 そして机の上に置いてある、空になった盃を見るセミラーミデクリス。


「確かに、毒は入っていないな。毒はな(・・・)


 そう言って面白そうに、再び笑うセミラーミデクリスであった。




 その頃の、信康はと言うと。


「ぐ、ぐおおぉぉぉぉっ!!?」


 歩いていると唐突に腹痛を感じて、あまりの激痛から腹を抑える信康。


 あまりの激痛に信康は脂汗を滲ませながら、両目を白黒させて顔面蒼白となっていた。信康の腹部を襲う激痛は、まるで腸を引き摺りだされて揉まれている様な激しい痛みであった。


(あ、あいつっ!? どくはもっていないとかいっていたがっ・・・どくじゃなくて、あのさけ、いたんでたのをいわなかったなっ!!?)


 信康は腹を抑えながら、這う様に進む。しかし時間が経過すると同時に腹痛の痛みは増して行くばかりで、遂に一歩も前に進めなくなった。するとシキブが心配してか、腹痛で苦しむ信康の前に姿を現した。


「っ!・・・っ!・・・・・・シキブッ、わるいが、おれをししょうのところまで、はこんでくれっ」


 信康に頼まれたシキブは、急いで信康を飲み込むとディアサハの前まで運んだ。


 信康を連れて現れたシキブに一瞬驚いたディアサハだったが、苦しんでいる信康を見て心配しながら事情を尋ねた。


 信康はディアサハを前にすると話す事に躊躇したが、現在も襲って来る腹痛に負けてセミラーミデクリスとのやり取りを一部始終隠す事無くディアサハに話した。


 すると信康とセミラーミデクリスとのやり取りを見ていなかったのか、ディアサハは驚いた後に信康の迂闊さを鼻で嗤ってから嫌味を言いつつも治癒魔法を唱えて治療してくれた。


 激しい腹痛から漸く解放された信康は、ディアサハに心から感謝した。


 するとディアサハは腹痛が無くなった事を良い事に、鍛錬をすると信康に伝えた。


 信康は休みたいと嘆願したが、ディアサハは一切耳を貸さずに鍛錬を強行した。それを見て信康はディアサハではなく、ラキアハを頼れば良かったと心底後悔するのだった。


 これが後に信康の重臣である五角の一人にして、『毒蛇』の異名を持つセミラーミデクリスとの最初の邂逅であった。


 余談だがエルドラズ島大監獄に居る間に信康は後にセミラーミデクリスに、どうして痛んだ酒を飲ませたと訊ねた事があった。するとセミラーミデクリスは、笑顔でこう言った。


『あれは、我からの忠告と愛の鞭だ。何事も安易に手を出すのは止めよと言う意味を含めてな』


 そう言われてから信康は、他人から貰う物は慎重に扱う様になった。

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