第221話
何も無い、真っ暗闇の空間の中。
信康は唯一人、その真っ黒の空間に居た。
自分がどうしてこんな所に居るのか、自分でも分からない信康。
そうしていると、突然自分の前に炎が出た。
轟々と燃え盛る炎。
信康はその炎を見ていると、炎が信康の下に流れる様に来た。
信康は手を伸ばし、その炎に触れてみた。
不思議な事に、その炎は触れても熱いと感じる事は無く火傷はしなかった。
そうしていると、炎は流れる様に信康の胸元まで来た。そして吸収される様に、信康の胸の中に入っていく。炎が自分の胸の中に入った後に、信康は胸を触れてみたが何処も火傷などは無かった。
そして何も無い真っ暗闇の空間が、突然赤く光りだした。
信康はその光の強さに目を閉じた。
信康が再び目を開けると、其処はラキアハが居る独居房であった。
「どうやら、お目覚めみたいですね」
信康はその声を聞いて、身体を起こした。
最初こそ現在地が何処か記憶が混濁していたが、直ぐに自分が居る場所がラキアハの独居房である事を思い出す信康。
そして自分がこの独居房にある寝台の上で、横になっている事を確認する。
「・・・・・・お前が、俺を此処に寝かせてくれたのか?」
信康はこの独居房の主で、自分の傍に居るラキアハに訊ねた。
「ええ、そうです。床で寝かせるのは忍びなかったので、そちらで寝て頂きました」
ラキアハは大した事はしていないとばかりに、信康にそう言った。
信康はラキアハに礼を述べてから、自身の手を見た。
先刻に読んだ魔法書で魔法を会得したと思われるのだが、未だに実感というものが湧かない信康。
「・・・・・・本当に俺は、魔法を会得したのか?」
「魔法と言うものは精霊又は神を信仰する事と素質又は種族によって使える事全てを含めた先天系魔法と、魔法書を使って会得する後天系の魔法を二通りに分かれます。
後天系の魔法は己の深層に眠る意識によって発現するので、固有魔法とも言います。この固有魔法は、貴方にしか使えない魔法です。貴方にしか使えないので、あまり実感というのが湧かないのかもしれませんね」
「そういうものなのか?」
「魔法と言うものは、使って見なければ分かりません。どうです? 頭の中に、魔法の呪文の名前などは浮かんだりしませんか?」
「いや、特に・・・!」
そう言っていると、脳裏に何処からか言葉が聞こえて来た。
その声は信康でもラキアハでも無ければ、勿論ディアサハの声でもない。
聞いた事は無いが、それでいて感情が籠らない機械的な声が信康の頭に直接聞こえるみたいに言う。
―――赤き炎の棘
―――夢幻の炎
―――酔呪の光
―――身体強化
「・・・・・こ、これはまさか・・・俺の魔法、なのか?」
信康は魔法を得られた証拠を目の当たりにしたのだが、それでも実感は得られなかった。
いきなり信康が獲得したと思われる魔法名が頭に思い浮かび上がったので、信康が驚くのも無理はない。
「どうやら獲得した魔法が、分かった御様子ですね。では、早速使って見たらどうですか?」
「あ、ああ。そうしよう・・・赤き炎の棘」
信康がそう唱え念じると指先から赤い植物の棘みたいなものが、シュルシュルと浮かび上がる。
「何だ。こりゃあ?」
信康は自分の指先から浮かび上がった赤き炎の棘を見て、怪訝な表情を浮かべる。
自分が想像していた魔法と違って正体不明な魔法なので、どんな効果があるのか詠唱している自分が全く分からない。
「ふむ。これは」
ラキアハは信康の指先から伸びる赤き炎の棘を見て、どんな魔法か特定出来た模様だ。そんなラキアハの様子を見て、信康は気になっているので直ぐに訊ねた。
「なぁ、ラキアハ。これって分類で区別すると、何魔法になるんだ?」
「そうですね。名付けると言うか分類すると言うならば、特殊魔法に分類されますね」
「とくしゅまほう?」
信康はラキアハが口にした言葉を聞いて、思わず顔を顰めた。
「もうお察しだと思いますが、特殊な状況で本領発揮する魔法です。相手を屈服させたり、支配したりするのに特化した魔法ですね」
「・・・・・本当か?」
「はい。本当も本当です」
ラキアハが真面目な顔で、信康に返答した。そう聞いた信康は、ガクッと露骨に項垂れた。
「・・・・・・もっと、良い魔法が欲しかったな。なぁ、ラキアハよ。掌から炎とか雷を放出する魔法に憧れる俺は、子供っぽいと思うか?」
信康は思わずラキアハに向かって、本音を零した。そんな信康の言動を聞いて、ラキアハは面白そうにクスッと笑った。
「ふふっ。魔法が使えない方がそう思うのも、無理は無いと思いますけど・・・どんな魔法も、使い方次第で化けるものです。此処は一つ、最大限に活かせる方法を探すのも新しい楽しみだと思いますが?」
ラキアハは聖母の如く、信康にそう微笑んで提案してみた。
「・・・確かにお前の言う通りだな。折角魔法を得られたんだ。使えるもんは、何でも使わないとな」
「その意気ですよ。わたくしも、お手伝いしますから・・・では続けて他の魔法も教えて頂けますか?」
「他の魔法だな。分かった。なら次はこいつだ。夢幻の炎」
信康はそう詠唱すると、掌にユラユラと揺らめく炎が生まれた。ラキアハはその炎を、ジッと見る。
「これは幻炎ですね」
「幻炎? つまり、これは本物の炎じゃないという事か?」
「そうですね」
「つまり、戦闘じゃあ使えない?」
「それも結局、ノブヤスさんの使い方次第ではないかと思うのですが?」
「・・・・・・そうだな。すまん」
「いえ、お気になさらず。紹介して頂いた二つの魔法以外に、獲得した魔法はありますか?」
「後二つあるぞ。その一つが、これだ。酔呪の光」
信康はそう唱えると、今度は黒い光が信康の人差し指の先端に生み出された。
「今度は戦闘用か?」
ワクワクしながら、ラキアハに訊ねる信康。しかしラキアハは、無情にも首を横に振った。
「いえ、どうやらこれは相手を洗脳する為に使う洗脳魔法みたいですね」
「そ、そうか・・・・・・」
信康はラキアハの分析を聞いて、露骨に落ち込んだ。するとラキアハが、直ぐに信康を励まし始めた。
「この魔法ですが、ノブヤスさんが思っている以上にとても有用な魔法ですよ。相手の魔法防御力が高く無ければ、一瞬で自分の思いのままに操れる絡繰り人形の出来上がりです。この魔法を使えば、尋問でも攪乱でも諜報でも役に立つと思います」
ラキアハの酔呪の光の可能性を聞いた信康は、「そ、そうか」と答えて一瞬で機嫌が良くなった。確かにラキアハの言う通り、非常に高い可能性を秘めた魔法だと今更ながらに気付いたのである。
「最後の一つは、何ですか?」
そんな信康の機嫌など気にもせず、ラキアハは更に訊いて来た。
「これが最後だ。身体強化」
信康がそう言うと、身体に力が入る感覚となった。
「むぅ、これは力が漲るな」
「ふむ。普通の付与は得物に何かしらの能力を付け足す魔法なのですが、どうやらノブヤスさんの身体強化は身体能力を強化出来ると、言った所ですね」
「そのままだな」
「ですが、これは一番戦闘に使えるのではありませんか? もし強い相手と対峙した場合、最初から使って圧倒するも良し。後から使って相手が面食らっている内に倒すも良し。非常に有用な魔法だと思います」
「だな」
ラキアハの適切な助言を聞いて、機嫌良く答える信康。
「さてと、この魔法の効果はどんな物か試したいな」
信康はラキアハに礼を述べてから、独居房から退室しようとした。
「何処に行くのですか?」
「いや、別に大した事ではない。獲得出来たこの魔法を、あの高位蛇美女辺りにでも使ってみようと思ってな」
信康は宣言通り昨日戦って決着が着かなかった高位蛇美女を相手に、魔法をに使ってみようと思った信康。
「でしたら、どうです。わたくしに使うというのは?」
「はぁ?」
信康は目を点にさせた。
「わたくしの魔法書で発現した魔法ですので、ちょっと試してみたいのですが?」
「それはまぁ・・・したいと言うなら別に良いが」
性魔法を獲得する事に尽力してくれた恩人と言えるラキアハに、本当にそんな真似をしても良いのか悩む信康。
「どうぞ、遠慮は無用です。是非試して下さい」
「・・・・・・分かった。ではお言葉に甘えて、胸を借りるとしよう」
信康はラキアハの協力の下、会得した性魔法をラキアハで試す事にした。




