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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第219話

 昨日の宣告通りに、信康は昨日よりも激しく扱かれた。


 何度か気を失ったがその度にディアサハが喝を入れて叩き起こされて、また扱き気絶したらまた叩き起こすの繰り返しが延々と続けた。


 どれほどの時間が経ったか分からないが、信康がうつ伏せで倒れて荒く息を吐いている。遂に信康は、起き上がる事も出来ずにいた。


「よし、よう耐えたわ。今日は此処までとする」


「・・・・・・」


 信康は返事も出来ない程に疲労していたが、頭だけ上げてディアサハを見る。それから師弟の礼儀からなのか、一礼した。


 ディアサハは信康の目を見て、笑みを浮かべる。


 指先一つ動かす事も出来ずにいるのに、目だけは爛々と輝かせていた。


(くっくく。全く本当に、鍛え甲斐がある奴だ)


 そうやって無意識に笑みを浮かべる程ディアサハは内心では、信康に鍛錬を付けている事を楽しんでいた。


 ディアサハは内心を信康に悟られない様に、そそくさとそのまま去って行った。


 ディアサハが見えなくなると、シキブが出て来て信康を介抱する。


 シキブの触手が傷口に当てて、何かの液体を塗り込み傷を治療している様だ。


 信康は介抱を受けている間に、また気を失った。




 暗闇の中で、信康は一人立っていた。


 信康の周囲は、暗闇以外は何も無い。


 そんな暗黒空間で、一人孤独に立っている信康。


(俺はどうして、こんな所に居るんだ?)


 信康は現状に疑問を抱きながら、現状以前の行動を冷静に見返る事にした。


 先ず第一にシキブが用意した朝食を食べた後に、昨日と同様にディアサハとの鍛練を開始した。そして昼食を挟んで鍛錬を再開し、最終的にはシキブの治療を受け始めたのを確認してから失神したのだ。


 自身に今日起きた経緯を思い出した信康だったが、却ってこの暗闇空間の中に居る理由が分からない。


 一人で考えても時間の浪費だと考えた信康は、取り敢えずシキブを呼ぼうと考えた。すると暗闇空間の中から突然、黄色の光が生まれた。


 その光が徐々に大きくなって、信康が居る暗黒空間を照らし出す。


 やがて暗闇が晴れ、黄色の光に満ちた空間に早変わりした。その黄色の光の空間の中で、呆気に取られる信康。


 信康が呆気に取られていると、黄色の光の空間に人影が浮かんだ。


 逆光の所為で顔までは見えないが、シルエットから女性というのが分かった。


 信康は手でひさしを作り、その人物を良く見ようとしたが全く見えなかった。


「誰だ?」


 信康はそう呼び掛けても、その女性は何も答えなかった。


 もしかしてディアサハかと思ったが、それならこんな事をする意味がないと思い違うなと思う信康。


 ではこの女性は誰だと思い、また声を掛けた。


「あんたは、誰だ?」


 その呼び掛けにも、反応は無かった。


 もう一度、信康は声を掛けようとしたが。


「・・・・・・・・・・・・です・・・・・・」


「何だって? すまないが、もう一度言ってくれっ」


 女性は声を発したが、あまりに声が小さいので聞こえなかった。


 信康は訊ねた。


「・・・・・私は・・・・・・です・・・・・・」


 また、女性は言葉を発した。しかし、信康の耳にはよく聞こえなかった。


「名前は?」


 信康はせめて名前だけでも知ろうと、諦めずに声を掛ける。


「・・・・・・私は・・・・・・です。此処に来て下さい」


「此処と言われてもな・・・其処は何処になるんだ?」


 信康は訊ねても、女性は答えなかった。


 やがて、黄色の光の空間に満ちる光が強くなった。


 目を開けられない程の光を前に、信康は目をつぶった。


「はっ!?」


 信康は目覚めると、其処は何時ものEフロアの階層だった。


 目を覚ました信康が異常な事に気付いたシキブは、自分の触手を信康を労わる様に触れる。


「慰めてくれるのか? ありがとう」


 シキブに感謝した信康は息を吐く。


(先程のは、夢か? 実に非現実的な空間だったが・・・)


 そう思うと自然に、納得は出来た。あんな黄色の光に包まれた空間など、少なくともエルドラズ島大監獄の何処にも無いと思う信康。


(夢を見ていた、と思うのが道理か。しかし、気になる女だったな・・・)


 信康は先刻まで見た光景を、取り敢えず夢だった事に結論付けた。


 そう思っていると何処からか黄色い輝き、緑色の炎に包まれていた物が現れた。


「?何だ、あの髑髏は?」


 信康は目を凝らして自身に接近して来る物を見ると、その黄色に輝く者は髑髏であった。


 その髑髏はユラユラと炎をたなびかせながら、信康の元に来た。


 信康はいきなり現れた髑髏を見て、不死者(アンデッド)系統の魔物でも現れたかと思い咄嗟に鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを抜刀して警戒した。シキブもまた信康の前に姿を現して、髑髏を警戒する。


 そんな信康とシキブの警戒心を他所に、髑髏は動き出した。


 髑髏は仰々しく頭を動かして一礼すると、そのまま振り返って進み始めた。ある程度進むと止まり、振り返って信康を見る。


「付いて来い・・・とでも言いたそうだな?」


 髑髏の動きから、信康を誘導している事が分かった。


 この髑髏が何の為に信康の所に来たのかは、現時点では何一つ情報が無いので一切分からない。


 しかし何かしら用があって、信康の下まで来ている事だけは分かった。


「どうせ鍛練は終わって、些か時間を持て余していたからな。気分転換にもなるし、此処は暇潰し次いでに付いて行ってみるか」


 そう思った信康は、鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを納刀して髑髏の後に付いて行く。

 

 そんな信康の様子を見て、シキブは臨戦態勢を解いて信康の影に隠れるに留まった。


 髑髏の後に続いて進むと、信康はとある独居房の前に着いた。


 髑髏は信康を置いて、扉をすり抜けて独居房の中に入室した。


「この独房(へや)か」


 信康は眼前の独居房を見ながら、そう呟いた。


(この部屋は確かエダロなんちゃら・・・じゃなかった。確かエダキローステンと言う神様を祀る宗教団体の、女教祖の独房へやだとか言っていたな)


 ディアサハに教えてもらった事を。思い出す信康。


 この独居房の主があの髑髏を寄越したという事は、信康に何かしら用があるのだと思って扉を開けて入るべきかどうか考える信康。


「・・・・・・良し、入るか。シキブ。いざと言う時は、頼んだぞ」


 少し思案した信康は、独居房に入る事にした。しかし万が一の可能性もあるので、独居房に入る前にシキブに一声掛けた。するとシキブは信康の影から姿を現して、了解とばかりに触手を作って動かした。


 そんなシキブを見て、安心感を得た信康。と言っても流石に入った瞬間からいきなり殺される様な事はないだろうと安易に考えたのもあるが、用があって呼び出したのだと思い訊ねても殺される事はないと思う信康。


 ドアノブを回して、独居房の室内に入室した。


 その独居房は昨日一戦交えた高位蛇美女(エキドナ)が居た独居房と違い、独居房全体を照らす明かりがあり薄暗い所など何処も無かった。


 高位蛇美女(エキドナ)の独居房と同じ位の広さがあるのは共通していたが、驚く事にこの独居房には家具が一式置かれていた。


 眠る為の寝台だけでは無い。服を保管するタンス。食事をする為のテーブル。座る為の椅子。床には何かの魔物の毛で作られたと思われる、高級な絨毯まで敷かれていた。


「・・・・・・此処は本当に、投獄された受刑者の独房(へや)か?」


 独居房に入った信康は。素直にそう思った。寧ろ何処ぞの高級宿の一室だと言われた方が、より納得出来る部屋作りであった。


「漸く来て下さいましたか」


 何処からか、蠱惑的な声が聞こえて来た。


 信康は声が聞こえた方を見る。


 その人物は独居房にある椅子に座り、ティーカップを傾けて中に入っている液体を飲んでいた。


 無論、その者は女性だった。


 驚いた事に着ているのは囚人服では無く腹、下乳、脇、太腿など露出した黄色い衣を身に纏い、衣と同じ黄色でダボダボな長袖の様な腕抜きをつけている。


 黒褐色の髪を腰まで伸ばし、その髪から覗く様に側頭部に赤く色づいたヤギのような角を生やしていた。


 切れ長の目に黄色い瞳。妖艶な女性の色気を醸し出した美貌。


 信康もその色気に思わず、生唾を飲んだ。


「初めまして。わたくしはこの独房へやの主で、ラキアハ・ラキョクカと申します」


「信康だ」


「ええ、お話はディアサハさんより聞いております」


「そうかい」


「お疲れでしょう? ささ、お茶でも如何ですか?」


 そう言って、 ラキアハはカップに赤い色の液体を注ぐ。


「・・・・・・」


 警戒する信康。


 正直、飲んだらどうなるか分からないからだ。


「そう警戒しなくても、只の紅茶ですよ。身体に害する物は、入ってなどいませんから」


 そう言ってラキアハは茶を注いだカップを手に取り、紅茶を飲む。


 紅茶を嚥下していくのを見て、信康は大丈夫だと分かった。


 ラキアハからカップを受け取り、信康はラキアハが口着けた所と同じ所に口着けて茶を飲んだ。


「あらあら。用心深いお人ですね」


「性分だ。気に障ったのなら謝る」


「いえいえ、気にする事ではありません。ささ、お代わりは要りますか?」


「頂こう」


 信康はカップを差し出し、ラキアハに紅茶を注いで貰う。それから信康とラキアハは、とても監獄に居るとは思えない程の優雅なティータイムを過ごし始めた。


 これが後に信康の超重臣たる五角の一人にして、敵味方問わず畏怖され『狂聖女』を筆頭に『第七聖女』や『七人目の聖女』と複数の異名を持つ美女との出会いであった。


 後に信康がプヨ王国から台頭して行く中で、エダキローステン教団の団員を中心とした蠍花不死隊スコルファイモータルズと言われる部隊を結成し、信康麾下の軍団の中でも精鋭部隊として知られる様になった。


 その特異性からか信康の配下の中で唯一、ラキアハだけが私兵部隊を保有する事が許された。

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