第218話
「ふんっ」
蛇美女が放つ魔法の中を掻い潜り、懐をまで来れたので信康は一撃を振る舞う。
だがその攻撃は、蛇美女の爪に防がれた。
ギンッと金属がぶつかる音と響かせると同時に、火花を散らせた。
(うーん。やるなぁ)
信康は蛇美女の想定以上の強さに面食らいながらも、攻撃を続けながら思った。
しかし何度攻撃を繰り返しても、蛇美女の爪により防がれる。
そのまま持久戦になると思われたが、先に体力が尽きたのは信康の方であった。
幾ら小休止を取ったとはいえ、先程までディアサハとの鍛練で体力をかなり消耗していた。
そして今こうして蛇美女と激しい戦闘をしていた所為で、回復していた体力が尽きてしまった。
息も絶え絶えの状態だが、信康は脂汗を流しながらも必死で鬼鎧の魔剣を振るう。
しかし蛇美女の爪の攻撃を受け損ねて、信康は鬼鎧の魔剣が弾かれて信康の後ろに飛んで行って床に突き刺さった。
「しまっ」
鬼鎧の魔剣を失い無防備になった信康に、蛇美女の攻撃が迫った。
このままでは信康の身体は蛇美女の爪によって斬り裂かれると思われたが、そうしたら突然何処からか槍が飛んで来た。
その槍は、蛇美女と信康との間に刺さった。
「・・・・・・」
蛇美女はその槍を見て、信康から槍を放った人物へ警戒心を変えながら大きく後ずさった。
信康はいきなり槍が飛んできたので、当惑しながら槍が飛んで来た方向へ反射的に視線を向けた。
『もう其処までで良かろう。戻って来い。我が弟子よ』
またディアサハの声が、信康に聞こえて来た。
信康はその声を聞いて、蛇美女を一度見る。
「・・・・・・・」
蛇美女の方は信康への関心を失い、独居房の奥へと行ってしまった。
襲われる心配が無いと分かった信康は、安心して床に刺さった鬼鎧の魔剣を拾って扉の方へと足を進めた。
すると扉の前に立った瞬間、ディアサハが扉を開けて信康が退室出来る様にした。
信康が独居房を出ると、ディアサハはニヤニヤしながら信康を見ていた。
「どうだ? 自分の実力の程度が分かったか?」
「・・・・・・嫌でも理解したわ」
信康は苦々しい表情を浮かべながら、やっとの思いでそう答えるしか出来なかった。
自分の実力が分かったのは間違いないがどちらかと言うと、ディアサハの掌の中で躍らされている事実が癪に感じたからだ。
(えーいっ。愛刀が性能を発揮出来りゃ、こんな屈辱的な思いをせずに済むものをっ・・・・・・っ!!)
信康は自身の力が制限された状態で戦わされている事実に、言葉では表現出来ない苛立ちを感じていた。この様な手枷を付けられた状態で戦闘を強いられているのは、今日まで生きて来て初めての経験だったからだ。
「その表情・・・まるで今の状態が自分の本気では無いから、負けたのだとでも言いたげだな」
「むっ」
口にこそ出していない信康の不満であったが、表情まで隠し通す事は出来ていなかった。ディアサハに隠していた不満を見抜かれ、露骨に動揺する信康。
そんな顔をしているのを見て、ディアサハは溜息を吐いてから睨みつける。
「この大馬鹿者がっ」
ディアサハは静かだが、怒りに込めた声で信康を叱る。そんなディアサハの怒声を聞いて、信康は身体をビクッと震わせた。
「我が愚かなる弟子よ。貴様は今日までもしもだの、たらればだのと言う妄言を脳裏に浮かべながら、戦場を渡り歩いて来たのでは無かろうな?」
「っ!?」
ディアサハの指摘を聞いて、言葉を詰まらせる信康。
そして直ぐに首を大急ぎで横に振って否定した。戦場ばかりか人生においてその様な妄言など何一つ価値が無い事を、大和皇国に居た時から厳しく教えられて来た。その様な言葉に縋るなど、無意味である事は信康も重々承知である。
「ならば良いのじゃ。良いか? 如何なる強敵と如何なる苦境で対峙する事になろうと、持ちうる手札のみで勝利を掴まねばならぬ。お主がすべき事は、自然と魔宝武具の性能頼みの戦いばかりして来た事を猛省し、自身の力量を向上させる事よ。エルドラズに居る間はその刀の性能を終始縛る故に、依存せずに済む様に精進致せ。良いな?」
「・・・・・・委細承知」
(参ったな。まさかミハイル師匠に一度注意された事を、こうしてまた言われるとは・・・ディアサハ師匠の言っている事は間違いないし、自分を振り返る意味でも修行し直すかな)
ディアサハの説教を聞いた信康は、静かに俯いた状態で承諾する旨の言葉を口にした。
ディアサハが言っている説教の内容は、あまりに正論なので言い返す事が出来なかったからだ。
自分を拾って傭兵の流儀などを教えてくれたミハイルも同様の事を言って諫めていたので、ディアサハに同様の注意を受けて信康は羞恥心を抱かざるを得なかった。自身の自惚れを自戒する意味でも、エルドラズ島大監獄乗っ取り計画を実行するまで真面目に鍛錬に励む事を内心で決意していた。
「分かったならば、それで良い。儂も鍛錬に毎回付き合うてやる故、励むが良いぞ。今日は此処までにしておくので、明日に備えてしっかりと休め」
「了解」
ディアサハが何処かに行こうとしたが、信康はその背に声を掛ける。
「・・・そう言えば、あの蛇美女はどんな事をしたんだ?」
「あれは蛇美女ではない。正式な種族名は、高位蛇美女よ」
「高位蛇美女?・・・まさかそれって、森人族で言う高位森人族みたいな上位互換の種族か?」
信康は両眼を見開いて驚いた様子で、知っている知識を口にした。信康の質問を聞いたディアサハは、首肯して肯定した。
「その通り。高位蛇美女は、蛇美女の上位種よ。戦闘も魔法も蛇美女より数段優れている上に、蛇美女が持たぬ魔力を使って魔物を産んで召喚すると言う固有能力を持っている」
「魔物を産んで召喚する!?」
信康は魔物を産んで召喚すると言う、高位蛇美女の固有能力に驚愕していた。
この世界に満ちている魔力を吸収して、生まれる生物が魔物だ。
その魔物を生み出せる亜人類など、聞いた事が無かった信康。
「その能力故にプヨは危険視して、この大監獄に入れたそうだ」
「このEフロアにに居る受刑者は、そんな奴等ばっかりかよ?」
「そうだな。例えば、あの独房に居る者もそうだな」
ディアサハはそう言うと、ある独居房を指差す。
「あの独房に居るのは、現六大聖女の一人よ。聖女として認証する最終儀式の際、その教団が祖有する魔宝武具の制御を失敗した所為で惨劇を犯した。プヨも教団もその事件は公表せず、緘口令を敷いて闇に葬った。聖女は処罰されなかったが、その件で自分を責めて自らの意思でこのエルドラズに入ったのだ」
「聖女か・・・と言う事は、フラム達と同じだな」
どんな奴なんだろうなと、そう思う信康。少なくとも罪の意識を感じて自らの意思でエルドラズ島大監獄に入獄するのだから、真面な人格をしている様に印象を抱いた。
信康が件の聖女をそう考察しているのを他所に、ディアサハは次の独居房を指差した。
「その独房に居るのは、首無し騎士だ」
「首無し騎士? それって確か、不死者の一種だよな?」
首無し騎士
亜人類の中でも、不死者に分類される珍しい種族。
不死者とは死体に魔力が宿る事で生まれる後天的な場合と、最初から不死者として生まれる先天的な場合との二通りがある。
その特殊な生まれの為、国によっては駆逐対象となる場合もある。
プヨ王国の方では、そう言った差別は無い。そればかりかプヨ王国の北部には、不死者の集落すら存在している。
「プヨに仕えていた将軍であったが、味方に嵌められ冤罪で処刑された。罪人らしく断頭台の露となったのだが、そやつは不死者となり濡れ衣を着せた者共に復讐した。プヨとしては真実が公になれば国家の威信に関わると言う理由から、その貴族共は別件の罪で改易にして取り潰した後に事件を完全に闇に葬る為にこのエルドラズに入れられたのだ」
「・・・・・・」
胸糞悪い話を聞いた信康は絶句して、ディアサハに何も言う事が出来なかった。
そんな信康を気にせず、ディアサハは次の独居房を指差す。
「あの独房に居る者は、プヨにおいて六大神に次ぐ権威と知名度を誇り広く信仰されている女神を、祀っている宗教団体の女教祖じゃ。しかし何をトチ狂ったのか、プヨに対して反乱を起こすべく反旗を翻そうとした。なので国家転覆罪やら国家反逆罪やらの罪で、逮捕されて投獄される事となったのだ」
「その場合だったら、普通じゃ当の昔に処刑されて、禁教扱いにならないか?」
「普通ならば、もう生きてはいないだろうな。しかしこれは表向きの話でな。実際に暴走したのは、この教団の幹部共で女教祖は関与していなかったのじゃ。しかもこの女教祖が通報し更に幹部共を自らの手で粛清したので秘密裏に事件を解決する事に成功した。女教祖は責任を取ると言う意味で自ら入獄したが、そもそも女教祖本人が反乱に関与しておらず阻止する為に尽力した。その貢献に目を瞑り女教祖に罪を問い処刑などしようものならば、その教団の信者共がどんな報復をするか分からない。其処でプヨは女教祖をエルドラズに投獄して、この反乱未遂事件を完全に無かったものとして闇に葬った」
「成程ねぇ。そりゃ賢明な判断だな。それで? その教団が祀っていた神の名前は?」
「確か自由と性愛の女神エダキローステン・・・と言うそうだぞ」
「この国は色々な神様が居るな。大和みたいで親近感が沸くわ」
信康はプヨ王国の宗教事情の一端を聞いて、素直にそう思った。
大和皇国には八百万の神と言う、あらゆる物質に神が宿ると言う概念が根強い。なので複数の神が共存しているプヨ王国の宗教事情に、思わず親近感を抱いたのだ。
「次はプヨの王族を、毒殺した女だな」
「話を聞いて思ったけど、その女こそ普通に処刑されないか?」
「普通に聞けば、そう思うだろうな。しかし毒殺された王族の所業や経緯を知ったら、誰もが口を噤んで何も言えなくなるわ」
「何やらかしやがったんだ、そいつ・・・」
プヨ王国にとって頂点に位置する一族にありながら、無残に毒殺されたのだ。何かしらの恨みを買ったんだろうなと、そう想像する信康。
ディアサハは考察している信康を他所に、話を再開させた。
「その女は元々プヨに仕える将軍の妻であり、王都で評判を呼ぶ程の美貌と聡明さを兼ね備えた賢者であった。その妻の美貌に目が眩んだ王族が、その将軍から強引に奪ったのだ」
「・・・・・・本当か?」
「嘘を吐いても、儂に利点など無いわ。話を戻すが・・・その愚かな王族は件の将軍をある戦争の最中にどさくさに紛れて潜り込ませていた手下共に暗殺させて始末させると、半ば無理やりその女賢者を側室に加えた。しかし女賢者は王族に反発する素振りも見せず、王族の側室として振る舞いその王族を熱心に支えた。そして王族が完全に女賢者を信頼し、正室に繰り上げした後に毒を盛って毒殺した。事件の後じゃが、プヨの国民は毒殺された王族を忌み嫌っており逆に女賢者を哀れみ同情して数多の国民が女賢者の助命を嘆願した。プヨは世論に配慮して、女賢者を処刑せずエルドラズに投獄するに留めたのだ」
「そんな話だろうと思った。王族殺しで投獄だけで済むのは、寛大と言えるな。無罪放免と言う訳にもいかないだろうし・・・・しかし執念深いというか情が深いというか、女とは怖い生物だと思えるな」
「つまり、お主は儂が怖いと?」
「強さと言う意味では、やはり怖いな。そんな事は良いから、次の奴は?」
信康はディアサハの質問を、軽く流して誤魔化した。
ディアサハも追及せず、次の独居房を指差す。
「あの独房の者は、この面々で一番の新参者だ。ガリスパニア地方に名を轟かす異名持ちの猛将なのだが、普段から命令無視は当たり前。上官に口答えはするわ、同僚と頻繁に喧嘩沙汰を起こすわで、素行不良が目立つ問題児なのだが・・・これまで挙げた戦績に免じて処罰されず相殺されておった。しかし今から二年前のある日、遂にある同僚と揉めている内にその同僚を誤って殺してしまったのだ」
「ほうほう。つまり、仲間殺しか」
「そうだ。しかもその殺した同僚とやらが、プヨ王族の一人であったのだ。しかしあまりに遠縁なので、王位継承権は無かったそうだがな。言うなれば傍流の傍流の傍流のと何度も続く位にな」
「それって最早、王族とは言わんだろ・・・まぁ良い。つまり仲間殺しの罪で、このエルドラズにぶち込まれたと?」
「処刑される所を所属先の上官やら同僚やら部下共が、助命を嘆願した事で白紙になった。その者は素行こそ悪かったが、実力は認められておったしこの様な下らぬ些事で死なせるのを哀れんだからな」
「成程」
(てっきり自己中の嫌われ者かと思ったが、どうやら違ったみたいだ)
信康は考えていた事と違い、内心驚く。
「さて、今日はもう休め。明日になれば、今日と同じ位に扱くからな」
「了解した。我が師よ」
ディアサハは何処かに行ったので、信康はその場に座り込んで休んだ。




