第216話
「俺の計画に、あんたが手を貸すだと?」
「そうだ」
信康は眼前に居る、ディアサハの言葉に困惑していた。
自分が考えていた事を、ディアサハは話す前に知っていたので驚いていた。
「驚く事も無いだろう。お主がシキブと名付けた不定形の魔性粘液こそ、儂が創造した魔物だぞ。そのシキブの感覚を経由して、お主の考えを知る事など造作もない事だ」
「シキブを生み出したのは、あんただって言うのかっ!?」
「そうだ」
ディアサハはあっさりと、その驚愕の事実を認めた。
信康はシキブを見る。するとシキブはディアサハの言う通りとばかりに、身体を上下に動かして肯定していた。
「そうか。じゃあ俺の乗っ取り計画にに手を貸してくれるって言うなら、何をしてくれるんだ?」
「このEフロアに収監されている者共を、自由に使わせてやろうぞ」
「ありがたい限りだな。所で、聞いても良いか?」
「何だ?」
「このEフロアには、どんな猛者共が収容されているんだ?」
「そうだな。魔宝武具の制御に失敗して、大惨事を起こした悲劇の聖女。冤罪で殺され蘇ったが、復讐を遂げてもなお浄化されなかった不死の女騎士。とある宗教組織の女教祖。プヨの王族を毒殺した女賢者。かつては猛将と呼ばれた女傑。魔物を産み出せる女など居るぞ」
「結構な猛者が居る様で・・・と言うか、このEフロアも全員が女かよ」
ディアサハの話を聞いた限りでは、世間に公表しても問題ないのではと思う者達も居た様に信康には思えた。
しかしこうしてこのエルドラズ島大監獄の獄内に居るのだから、かなりの重大な大事件をしたのだろうと考える信康。
「まぁその曲者共の説得は、お主がするのだがな。それぐらいは、自力でやれ」
「つまり・・・あんたは話程度は聞かせる様にしてやるが、後は俺次第と?」
「その通りだ」
ディアサハは頷いた。
「・・・・・・別に構わん。当初の計画の、振り出しに戻るだけだ。それに自分の配下に加えようと言うのだから、俺が直接動くのは道理だからな」
信康はディアサハが思ったよりも非協力的な事に少し落胆しそうになったが、エルドラズ島大監獄の乗っ取り計画を下方修正せずに済んだ事を喜ぶ事にした。
「それで、あんたは何が目的だ?」
「ほぅ、馬鹿では無いみたいだな?」
「そんな旨い話を聞いて、疑わない方がおかしいだろうに」
「そうか。では、儂がお主に求めるのは一つだ」
ディアサハは手を差し出す。
「儂の弟子になれ」
「・・・・・・はい?」
「お主が猛毒獅子を倒した頃から見ていたが、お主は見所がある。だから、弟子になれ」
「断る」
「何故だ?」
ディアサハは首を傾げた。
「あんたが凄まじい実力者なのは、見ただけで分かる。しかしそれでも実力の一端を見せぬ限り、誰だろうと弟子入りする気にはなれないだけだっ」
Eフロアに到着して声を掛けられるまで気付く事が出来ない程の隠形が出来ている時点で、既にディアサハが信康よりも強いのだと信康自身が確信している。
しかしそれでも信康は、このディアサハの実力を知りたいので敢えて挑発した。
「ふむ。お主の言う通りではあるな。では仕方がない」
ディアサハは席を立つ。
そして何もない空間から、赤い槍を出した。
出した槍は何処か、十文字槍に似ている作りであった。
「今日は実力を見せるだけだからな、一本で良いだろう」
「一本? もしかして双槍なのか?」
「儂は武芸百般に通じているのだが、得意なのは槍だからな。お主が言う様に、儂は二本の槍を同時に扱うのだ」
「そうかい。普通なら一本しか扱えない槍を二本同時に使うとか、それだけでも実力が伺えるわ」
信康は左手に装備した、虚空の指環を発動させた。そして生み出された黒穴から、鬼鎧の魔剣を取り出して抜刀した。
「これが、俺の愛刀だ」
「ほう? 刀と呼ばれている、東洋・・・と言うより大和皇国と渤海でのみ使われている刀剣だな。久しく見たわ」
ディアサハはもの珍しそうに両目を細めながら、信康の鬼鎧の魔剣を見ていた。
「その刀、魔宝武具の一種であろう?」
「御明察。俺と共に長い間、あらゆる戦場を渡り歩いて来た相棒さ」
鬼鎧の魔剣が魔宝武具であると一瞬で見抜いたディアサハに、信康は内心では驚きながらもそう言って自慢げに見せた。
「見るからに、強力な魔宝武具なのだろうな・・・しかし、この空間において如何なる性能を誇ろうと、何一つ意味を為さぬがな」
「・・・何だと?」
ディアサハはが意味深な一言を聞いて、信康は怪訝そうに表情を顰めた。すると突然Eフロアから全体から、文字が光って浮かび上がった。
「も、文字か?・・・ってこれは確か、ルーン文字かっ!? あんた、ルーン魔法が使えるのかっ!!?」
「ふふふふっ。驚いたじゃろう? お主が言った通り、この文字はルーン文字と言って現在では失われた文字だ。良く知っていたな? このルーン文字そのものには、魔力封じの魔法が施されておるのじゃ。それによりこの空間では儂の任意で如何なる魔法も魔宝武具も、その真価を発揮する事は儂が許さぬ限り有り得ない」
「何っ!?・・・ちっ。味な真似をしやがる」
ディアサハから驚愕の事実を知って、露骨に表情を歪める信康。そんな信康に対して、ディアサハが茶化す様に言う。
「悪く思ってくれるな。儂が知りたいのは魔宝武具の性能では無く、お主の純粋な実力だけだ。それにこのEフロアに収容されておる者共は、上の階層に居る罪人共が着けている様な魔法道具では抑え切れぬのでな。拘束せぬ代わりに、儂のルーン文字で縛っておるのよ」
「そうかい。まぁ良い。だったら、俺がやる事は一つだ」
信康は自分に言い聞かせる様にそう言うと、鬼鎧の魔剣を中段に構えた。その構えは戦場で培った我流の構えなどではなく、誰かに剣術の型を教わった様な構えだ。
「ふむ。その構え・・・お主、何処かの武術家を師事していたのか?」
「餓鬼の頃に、ちょっとな」
これはまだ、信康が小さかった頃の話だ。
信康の父が一大名ですらなく、ただの豪族でしかなかった頃。
その頃はまだ、吉良という武家に臣従していた。
吉良家の当主であった吉良元央の姪を信康の父は娶っていたが、それでもまだ足りないのか忠誠の証として信康の母と信康が人質として吉良家に居た事があった。
人質生活は短い上に、当主の姪という事で生活自体は窮屈せず冷遇はされなかった。
更に元央の息子で氏元という男性が、熱心に信康達の面倒を見てくれた。
当時の信康から見た氏元は、人は良いのだが当主の器ではないなと思った。
信康が長じると、家が没落していく所が無くなった氏元が父の家臣なり、熱心に座学、馬術、武術、弓術などを指導して貰っていた。
氏元は文化人でもあったので蹴鞠や和歌なども教えてくれたのだが、どうも信康には性に合っていなかった様で教えるのを止めた。芸術方面においては壊滅的にその才能が無かったからだ。
今でも信康の記憶に、鮮明に残っている話がある。冬を季語にした句を書いてみたらどうだと言われて、信康は考えに考えた句を見せた。
信康の句を見た氏元は何とも言えない顔をして『どうも、お前はこういうのは苦手の様だな』とだけ言って、氏元は和歌などを教えるの止めた。
因みに見せた句は「大雪や。これが米なら、大儲け」と書いたのだ。
その氏元の教えは、今でも身に沁みついていた。
「さて。あんたの実力は俺より上だろうと、関係無い・・・全力で行かせて貰うぞっ!」
「望む事ところだ。掛かって参れっ!」
信康はそう言ってディアサハの下へ駆け出すと、ディアサハは歓喜の表情を浮かべて信康を迎え撃った。そしてお互いの得物を、力の限りぶつけて火花を散らした。
信康とディアサハとの鍔迫り合いは、百合を超えても続いた。
傍から見れば互角の様に見えるのだが、信康は焦っていた。
百合以上も交わしているのに、信康の攻撃はカスリもしない。
逆にディアサハの攻撃は自分が着用している囚人服を何度もカスリ、囚人服を引き裂く。
この事から、ディアサハは手加減している事が分かる。
信康の実力を知りたいのか、それとも自分と信康との実力の差を教える心算なのか分からない。信康に分かっている事は、自分とディアサハとの実力の差だけだ。
(始める前から覚悟していたが、やはり負けるか。だが、せめて一矢は報いてやるっ)
信康はそう思い直し、鬼鎧の魔剣を握る手に力を込める。
そうしてまた鍔迫り合いをした。
信康はディアサハの頭目掛けて、鬼鎧の魔剣を振り下ろす。
ディアサハはその動きも見切って居る様で、槍で防ごうとした。
しかし鬼鎧の魔剣の一撃は、槍に当たる事は無かった。
何故なら信康が、当たる直前で止めたからだ。
ディアサハは信康の想定外の行動を見て、一瞬だけ思考が止まる。
その隙に信康は鬼鎧の魔剣を引き寄せ、信康は限界まで身体を捩じる。
「秘技・打突!」
信康がそう言って、鬼鎧の魔剣を突き出した。
狙いはディアサハの心臓。
放たれた突きは、そのまま心臓に当たるかと思われた。
「ふむ。面白い技だな」
ディアサハはそう呟く。そう言っている間にも鬼鎧の魔剣は自分の胸に迫っている。
このままでは後数センチで、ディアサハの心臓を貫くと思われた。
「だが、甘い」
ディアサハは二本の指で、鬼鎧の魔剣を摘む。
「ぬっ!?」
必殺の一撃をまさかの真剣白刃取りで容易く防がれ、信康は戸惑う。
「遅い」
ディアサハの平静な声が聞こえたと思ったら、今度は自分の胸を突かれる信康。
「ぐほっ!?」
水月に当たり、吹き飛ぶ信康。ゴロゴロと転がり、大の字に倒れた。
信康は立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。
長時間の戦闘で、身体が疲れ切っていたみたいだ。更にシギュンとの性交で、体力を消耗していた事も原因だと思われた。
「どうした。もう限界か?」
ディアサハは信康の下に近付く。
「ま、まだまだ・・・・・・」
呻く信康。
立ち上がろうと自分の身体に鞭打つが、身体が悲鳴を上げていて全く言う事が聞かない。
「限界が来たみたいだな。だが、恥じ入る事は無い。儂と此処まで打ち合えたのは、お主で久しぶりだ。流石は、儂が見込んだ男よ」
ディアサハの言葉に、信康は疲労で何も言えなかった。
「今日はこの位にしてやろう。これだけ出来れば十分だ。明日はビシビシ扱くから、覚悟しておけ」
ディアサハは信康を置いて、その場を離れた。
ディアサハが見えなくなると、シキブが信康に近寄り介抱した。




