第215話
夕方。
これは信康がエルドラズ島大監獄の最下層であるEフロアに向かうまでの、数時間の内に起こる騒動である。
オルディアは信康との召集から解散した後、看守に連れられてエルドラズ島大監獄の厨房で調理をしていた。
その調理と次の食事の仕込みを終えると、看守と共に自分の独居房に戻っている最中であった。配膳と後片付けならば看守が交代で行えば良いので、オルディアには調理にのみ専念して貰っていたのである。
(ノブッチは早速Eフロアに行くとか言った後、その前に少し仕込みをして行くとか言っていたけど・・・仕込みって、何の事を言っているんだし? と言うかEフロアに本当に行けたのか、其処が心配ッス)
調理している時も刑務官と共に歩いている現在も、信康が言っていた事が気になるオルディア。
信康がEフロアに行けたのかが、やはり心配であった。
そう思っている内に自分の独居房の前に着くと、刑務官が開けてくれた。
「どうも、ありがとうッス」
「いえ。礼ならば、言うのはこちら側です。朝になったらまた、お迎えに参りますので」
「了解ッス。って、うひゃああああああっ!!?」
オルディアは刑務官と話しながら、自分の独居房に入ろうとした。するとオルディアの独居房に、あるものに置かれていた事に驚いた。
「どうしました? って、これはぁっ!!?」
オルディアの声を聞いて、刑務官も独居房を覗き込んで目を疑った。
其処に居たのは暫く前に、信康の手で捕まったシギュンが居たからだ。
気を失っているのか、目を瞑っていた。
シギュンが持たれている壁には、字が書かれていた。
―――次は、お前等がこうなると思え。身体を洗って、待っていろよ
刑務官は思わず、後退りした。
オルディアはシギュンに近付き、顔の前で手を振る。
「ああ、駄目ッス。完全に意識が飛んでるんだし」
オルディアの声を聞いて、刑務官は我に返った。
「い、急いで、オリガ所長に御報告しないとっ。オルディアさんはシギュン副所長の介抱をお願いしますっ!」
「了解ッス。いってらっしゃいだし」
オルディアの返事も聞かず、刑務官は上の階へと上がって行った。
刑務官が居なくなると、オルディアは改めてシギュンを見る。
白濁した液体の粘度と乾き具合から、つい先刻までオルディアの独居房でしていたのだと分かった。
「ノブッチ・・・仕込みって、これの事ッスか?」
あんなに心服していたシギュンを此処に置いて行く理由は、オルディアは聞いていない。しかし敢えてシギュンを手放すのだから、何かしらの考えがあると思われた。
それから暫くして刑務官はアルマ率いる他の刑務官達と共に、オルディアの独居房に戻って来た。
報告と違って綺麗になったシギュンを見て、アルマはオルディアに礼を述べてからシギュンの介抱に加わった。それからシギュンの搬送班と信康の捜索班の二手に分かれて、アルマ達は付近の捜索を開始した。捜索班を指揮したアルマであったが、信康の影も形も見つからなかった。
信康が未だに生存している事に驚いたオリガは、業務に差し障らない最低限の人員を除いて全ての刑務官に信康の捜索に回してたが、信康は見つからなかった。
その報告を聞いて、オリガは高級木材で出来た机を灰にする程の怒りを見せた。
同じ頃。
信康はシキブと共に、Eフロアに向かっている最中であった。
「もう流石に、シギュンが見つかった頃だろうな」
信康は一人ごちながら、階段を下りて行く。
マリーアにEフロアへの行き方を教えて貰った信康は、シギュンにある頼み事をしてから気絶してもらい、マリーアに教えられた通りの方法でEフロアに向かっていた。
「しかし・・・Eフロアに行くのがオリガだけとは言え、あんな出入口かよ」
信康はブツブツと不満を漏らす。
信康が文句を言っている出入口というのは、Dフロアにある床の一つに穴が二つある所がある。
その穴に入る様に取手が近くにあるのでその穴に取っ手を差し込み持ち上げると、そこがEフロアの出入口であった。
しかも出入口側からも、下ろせる様に取手が付いていた。
信康は取手を外して入口に入り、床を下ろした。
「今までの色々な仕掛けがあったのに、此処だけ何か手抜きじゃないのか? いや、この方が案外人の目を欺けられるのか?」
信康は愚痴るが、反応する者は居ない。
シキブは話せないので、答える事は出来ない。代わりに、同意とばかりに信康の手を叩く。
「ああ、ありがとう」
信康はそう言うと、無言になって階段を下りた。
そうして階段を下りて行くと、明かりが見えた。
出口に差し掛かったんだと思い信康は、何がいるか分からないので慎重に進む。
暗い階段を下りた先には、魔石灯の明かりで照らされた所に出た。
黒い建材を使った円形状の空間に、扉が付いた独居房が六つ程あった。そういう意味では、Dフロアとの違いはある様だった。
魔石灯だけしかないので、余計に暗く感じられた。
「此処が、Eフロアか」
信康はEフロアの空間を、一通り見回していた。
「ふむ。思ったよりも早く来たな」
何処からか、女性の声が聞こえた。
老成しているとも若いとも、そう解釈出来る声色だった。
信康は何処から聞こえたのかと思い、周囲を見る。しかし信康は、女性の姿形を視界に捉える事が出来ない。
「此処だ」
そう言われた信康は、周囲に顔を向ける。そして漸く、その声色の持ち主と思われる、女性を見つけた。
其処に居たのは玉座みたいな豪奢な椅子に、座っている一人の美女が居た。
深紫色の髪を腰まで伸ばした長髪。切れ長のツリ目。血の様に鮮やかな赤い瞳。綺麗な顔立ち。巨乳を越えた爆乳を持ちながら、腰は折れそうなくらいに細くキュッと引き締まった尻。細いスラっとした手足をしていて、身長が信康と同等か少し上の長身をしているかと思われた。
そしてその肢体を包むのは、身体にピッタリと張り付いた黒い戦闘衣装。
「あんたは誰だ?」
信康は気配すら感知出来ない程の隠形に長けた美女を見て、冷や汗を掻いていた。その隠形の精度は、第四騎士団のイゾルデすら軽く上回っていた。
眼前の美女は第四騎士団団長であるフェリビアとの邂逅した時と同様で、愛刀の鬼鎧の魔剣の性能を全て解放して全力を出しても勝てるかどうか分からない程の実力者だ。フェリビアと同等かそれ以上の実力者を見て武者震いをしながら、笑みを浮かべる信康。
「何故、笑う?」
「あぁ。あんた程の強者は、そうお目に掛かれるもんでも無いんでな。つい嬉しくて笑ったんだよ。気に障ったのなら、謝罪する」
「ふっふふ・・・そんな物は無用よ。しかし何とも、鍛え甲斐がありそうな孺子だな」
美女は信康の反応を見て、笑顔を浮かべた。
「俺の名は信康と言う。あんたの名を聞きたい」
「良かろう。名乗ってやる。我が名はディアサハ。儂はこのEフロアを守る、門番みたいなものよ」
「門番だと?」
信康はディアサハの自己紹介を聞いて、思わず生唾を飲み込んだ。
門番程度では、こんな気迫は出せないだろうと思う信康。そんな信康を無視して、ディアサハは信康が驚愕する一言を口にした。
「喜べ。貴様の計画に、この儂が直々に手を貸してやる」
「何だとっ!?」
ディアサハがいきなりそう言いだすので、驚愕する信康。
これが後に信康の超重臣たる、信康六人衆の一人にしてその筆頭と畏怖される『槍聖』の異名を持つディアサハとの最初の出会いであった。




