第214話
「ん、んん~・・・・・・よく寝た」
「おはよう。いや、おそようか。良く寝たな?」
「ひぃゃあっ!!?」
起き抜けに挨拶されて、マリーアは驚きのあまり身体を勢い良く起こした。
それにより、信康の額とマリーアの額がぶつかる。
「「~~~~~~~」」
信康とマリーアは、鈍痛が走る赤くなった額に触れる。
「ご、ごめんなさい。眠ってしまったみたいね」
「良いんだよ。俺が眠れと言ったのだから」
「そ、そう。ありがとう」
マリーアは身体を起こして、信康を見る。
「どうして、膝枕をしてくれたの?」
「うん。ああ、勘だな」
「勘?」
マリーアは信康の答えを聞いて、怪訝そうな顔をした。
「まぁそれは冗談だから、そう真に受けてくれるな。今から三年以上も前の話だ。俺がある傭兵団に所属していた頃に、お前みたいな女を会った事があるんでな。そいつにお前と同じ事をしたら、とても喜んで満足してくれたんだよ」
「ふぅん。どんな女性なの?」
「とある暗殺組織の長にされた女でな・・・今頃は、どうしているかな?」
「暗殺組織? その女性は、暗殺者だったの?」
「そうだよ。その組織を作った奴の孫でな。実力もあるがそれ以上に初代首領の親族という理由だけで、三代目にされた可哀そうな女だったんだ」
「血筋で首領にされたのね。でもその娘がどうして、あたしみたいなの?」
「やりたくもない仕事を自分の意志に反して無理やりやらされた所が、お前にそっくりだったから」
「っ!?」
信康の言葉を聞いて、マリーアは顔を歪める。
しかしマリーアは、直ぐに表情を直した。
「・・・・・・どうしてそう思ったの?」
「雰囲気と言うか気配と言うか・・・何か全身から、拒絶反応が出ているって感じだったんだ」
「そう、なの?」
「自分の事なのに、分からないのか?」
「昔から良く言うでしょう。自分の事なのに自分が一番わからないって」
「ん、ん?~~そう、なのか?」
信康はきょとんとした後に、困った表情を浮かべて思案していた。
マリーアは信康の滑稽な表情を見て、思わず笑い出した。
「ぷ、ふふふふふふっ・・・貴方、本当に面白いわねっ」
マリーアは笑顔を見て、信康の笑う。
「そうか。はははははっ」
「・・・・・・はぁ、降参。あたしの負けよ。こんな風にあたしの試しを答えてくれたのは、貴方が初めてよ。貴方の計画だけど、協力してあげるわ。オリガ署長には悪いけどね」
「そうか、助かる。俺は計画を成功させる心算だが、成否を問わずお前の立場を悪くさせる様な事態は招かないと約束しよう」
信康は手を突き出した。
マリーアはその手を見て、何を求めているのか分かり、マリーアも手を出して握った。
「では改めて、マリー。よろしく頼む」
「まぁ、どうなるか分からないけど・・・少なくともエルドラズを乗っ取るまで、付き合ってあげるわ」
「おう」
そう答えるとこの独居房に、唯一付いている窓が叩かれた。
外で見張り役を買ってくれている、シギュンの合図の様だ。
「おっ、看守が来たか・・・じゃあ後でまた来るから、よろしくな」
「ええ、また後でね」
信康は立ち上がり、独居房を退室しようとした。
「ねぇ・・・その女の子は、どんな娘なの?」
「・・・・・・お前は『毒の娘』って、知っているか? マリー」
「『毒の娘』って、確か・・・伝説的な暗殺者で、実在すら疑わしい存在だと聞いているけど、・・・・・もしかしてっ!?」
「そうだ。俺が話していたその女の子が、当代の『毒の娘』だよ」
「まさか、本当に実在したとは思わなかったわ」
毒の娘
とある暗殺者が東洋である暗殺拳を知り、其処から作り上げたと言われる女性の事だ。
そのとある暗殺拳とはあらゆる猛毒が入った壺の中に手を入れて浸す事で、爪を猛毒とする毒手刀から発想を得ている。
『毒の娘』を生み出す第一段階として、赤子の頃から毒が入った産湯に浸す。当然の話だが、大抵の赤子達は直ぐに毒に犯されて死亡する。その数ある赤子達の中から、その毒に耐性を持つ事が出来る赤子達が見つかる。
其処から徐々に、毒を強化して行く。この過程で、折角生き残っていた赤子達が更に死亡して逝く。
その中から生存した赤子達はある程度の年齢まで育成すると、今度は互いに殺し合いをさせる。壺の中に様々な生物を押し込み殺し合わせる呪術、蟲毒そのものと同様の手法である。
育成目的を告げず、姉妹の如き関係を結んだとしても関係が無い。その慈愛や友情と言った感情を殺す目的も、この蟲毒にあるからだ。最終的にその蟲毒から、一人だけ生存者が残る。そうして生み出された娘が、『毒の娘』と言われる存在となる。
「しかも、そいつは人間と変化妖人との間に出来た、混血児でな」
「変化妖人って確か、色々な姿に変身出来る亜人類よね?」
「ああ、そうだ。だが混血児からその所為か、そいつは女性以外は変化出来なかったが」
「それって、御婆さんとか若い女性にはなれるという事なのかしら?」
「まぁ、そうだな」
「それだけでも、十分凄い能力だわ。諜報活動には打ってつけね。しかも『毒の娘』だったら殊更、暗殺向きね」
「残念ながら、そいつは暗殺者向きの性格じゃなかったんだよ。才能と人柄が一致せず、とでも言うべきか。そしたら俺がそいつと偶然出会って仲良くなったもんだから、その暗殺組織が俺が関わるのはそいつに悪影響を及ぼすからって下らねぇ理由で、俺を消しに来やがったんだよ。当然、返り討ちにしてやったがな。俺は何とかそいつをその暗殺組織から解放したかったから、俺を消しに来た報復って理由付けて暗殺組織を跡形も無く潰してやったわ」
「それはまた、何とも壮大な救出劇ね。『毒の娘』を生み出せる暗殺組織なんて、かなり大きな裏組織だったでしょうに。そんな大組織を、良く一人で潰せたわね?」
「まぁな。当初は俺一人で殺る心算だったんだが、所属していた傭兵団の団長が『うちの家族に手を出すとは、死にたいらしいなっ』って怒ってな。傭兵団総出で、暗殺組織を殲滅したんだ。筆頭幹部が直前で裏切って俺達に寝返ってくれたから、もう跡形も残っていない。『毒の娘』を生み出す方法を知ってる奴等は、その寝返った筆頭幹部を除いて全員殺った。施設も資料も残らず焼き払って灰にしたから、第二第三の『毒の娘』が作られる心配もその過程で無駄死にする赤ん坊も居なくなった。そいつも今頃、俺の友人の旅芸人一座の下で伸び伸びと踊り子生活をしているだろうぜ」
「そうなの・・・それは、良かったわね」
マリーアは羨ましそうな、それでいて自分の事みたいに嬉しそうな顔をして遠くを見た。
信康はそんなマリーアを置いて、独居房から退室した。
翌日。
信康は再び、シギュン達を集めた。
昨日と違って、今回はマリーアも参加している。これにより信康は、Dフロアを完全掌握に成功したと言えた。
「まさか、本当に仲間に入れるとは」
「本当ね。どんな手を使ったのかしらね」
「決まっている。あいつの話術に騙されたのよ」
シイ達はマリーアを見るなり、こそこそと話し出す。
「ふむ」
ラグンは感心したのか、信康を興味深そうに見ている。
「でさ、こういう味付けはどうッス?」
「その味付けも悪くないけど、あたしとしてはこうした方も美味しいと思うわ」
マリーアが料理も出来ると聞いて、オルディアと料理の事で仲良く話し合っていた。
「ふふ、賑やかになったわね」
ビヨンナは、信康に微笑んだ。
「はぁ」
シギュンはこの集まりを見て、溜め息を吐く。
「さて、集まって交友を深めるのも良いが・・・そろそろ話をしたい。良いよな?」
信康は手を叩き、シギュン達の注目を自分に集めた。
「今度話し合う内容は、何なんだ?」
「それなんだが」
信康は言葉を、言い淀んでいる。
信康が珍しく言い淀んでいるのを見て、シギュン達は首を傾げる。
「どうかしたのですか?」
「あ、ああ。これでDフロアは掌握は完了した。改めて参加してくれる事に、礼を言いたい。ありがとう」
「どうしたッス? ノブッチが、お礼を言うなんて・・・明日は嵐か魔物の襲来でもあるんだし?」
「張り倒すぞ、オルデ?」
オルディアが茶化す様に口に言葉を聞いて、信康は心外だと言わんばかりにオルディアを睨み付けた。
「こほん・・・Dフロアの下には、もう一つだけ階層があるだろう?」
「あの、提案した私が言うのも何ですけど・・・本当にEフロアの者達も仲間に加えるのですか?」
「ああ、そうだ」
「・・・やはり危険ですっ。私は権限が無かったので、行った事自体はありませんから詳細は知りません・・・しかしあのEフロアには、プヨすら揺るがした程の凶悪な者達が収容されていると聞いています」
「逆に言えばそれだけ、収監されている連中は強いと言う事だな。そんな奴等を仲間に引き入れる事が出来れば、エルドラズの掌握もかなり楽になるぞ」
「ですが」
「シギュン。お前が俺の心配をしてくれるのは嬉しいが、前々から決まっていた事だ。それも俺の判断でな・・・シギュンは、Eエリアの行き方をついて手掛かりだけでも知らないか?」
「・・・・・・すいません。行き方を知っているのは、オリガ所長だけなのです」
「そうか。ラグンはどうだ?」
「流石に私も、其処までは妻からもオリガからも聞けませんでしたね」
「むぅ、そうか」
シギュンもラグンも知らないとなると、自力で探し出すしかないかと思う信康。其処でシキブに、Eフロアの出入口の捜索を命じようとした。
「あたしは知っているわよ」
意外にもマリーアが、Eフロアへの行き方を知っていた。
その事実に、信康達は驚いた。
「本当かっ!?」
「実はオリガさんに頼まれてあたし、一緒にEフロアまで行った事があるの」
「そうだったのかっ」
「で、どんな所なんだ?」
「そうね。作りはDフロアと大して変わらない構造だったわ。強いて違いを言うなら、全体的に暗かったわね」
「それでマリーは、オリガと何をしに行ったんだよ?」
「Eフロアに居るとある受刑者から、情報を聞き出す様にって頼まれたのよ」
「じゃあ、行き方も分かるか?」
「ええ。行った事があるのは一回しか無いけど、ちゃんと覚えているから大丈夫よ」
「そうか」
信康は拳を握り喜んだ。
マリーアの口から行く方法を知り、信康は早速Eフロアに向かう事にした。




