第211話
ビヨンナを説得した翌日。
信康はシキブの体内で、考え事をしていた。
(ビヨンナを完全に味方に出来たから、実質的にエルドラズ内の死霊は全て俺の支配下に下ったも同然。これでDフロアに残っている受刑者で説得していないのは、後一人だけだ)
順調に味方が増やしている事実を見て、信康の機嫌良くほくそ笑む。しかしその笑みも、次の瞬間には真顔に戻った。
(睡眠薬を盛って、それで看守連中が一斉に眠って一網打尽・・・なんて都合良く考え過ぎだよな。眠らずに戦闘になる事も考えて、エルドラズの戦力を一度確認しておくか)
自分が立てた計画を見直して、エルドラズ島大監獄の戦力を把握する事を決めた信康。
直ぐにシキブに頼んで、シギュン達に集めて作戦会議を開催する事にした。
作戦会議を開催するに至って、シキブに分身を作って貰う事で何時刑務官が来ても大丈夫な様にしてから、シキブの体内に来て集結させた。
「集まって貰って感謝する。俺がお前等と話し合って情報を共有したいのは、エルドラズの戦力に関しての事だ」
信康は先にそう言って作戦会議の主題を口にすると、二人の人物に視線を向ける。
その二人の人物とは、エルドラズ島大監獄の矯正長であるシギュンと、エルドラズ島大監獄の矯正監であるオリガと交友があるラグンの二人だ。
「エルドラズの戦力ですか?」
「乗っ取りなんて考えている以上は、オリガ達と戦う事は当然ですが想定すべきですからね。ノブヤス殿が言っている事も分かります。敵を知り己を知れば百戦危うからずの故事曰く、情報は何時の世であろうと大切なものです」
「ラグンの言う通りだ。戦うにしても事前情報が有るか無いかでは、戦いに雲泥の差が生まれる。このエルドラズは魔法使いや魔術師だらけだからな。主力の情報だけでも、把握しておく必要がある」
信康はシギュン達にそう言って、エルドラズ島大監獄の戦力把握の大切さを説いた。
信康の言葉を聞いて、ラグンは力強く頷いた。
「殊勝な考え方で、好感が持てますね。オリガは実家の権力でこのエルドラズを管理出来る立場になったと思われがちですが・・・看守達の頂点に立つだけあって、魔法の腕は魔女族にも劣りません。何せ『焦熱』の異名で畏怖される程で、プヨ全体で見ても十本の指に入ると思ってますよ」
「ほう、異名持ちか・・・異名から連想すると、火炎魔法が得意なのか?」
「御明察です。オリガは炎系の魔法を得意としているので、着いた異名ですから。過去の魔法勝負では自分で一切魔法を使わず、相手の魔法使いが唱えた火炎を奪って倒した。なんて逸話もありますよ」
「・・・その話を聞いただけで、一流の魔法使いだと分かるな」
信康はラグンの話を聞いて、オリガへの警戒度を無意識に高めた。
「まぁ、そうでしょう。オリガの強さの秘訣には、懇意にしている魔女族から魔法を伝授された事もありますが」
「魔女族ね」
信康はそう言って、一人ごちた。
魔女族
魔女族とは女性の魔法使いや魔術師を意味する単語では無く、列記とした種族だ。
人類や亜人類を問わず生まれる突然変異種であり、高い魔力量を持っている。魔女族は先天的になる場合と、種族転生の秘法を使って魔女族になる方法が存在する。更に特殊な事例だが、何の前触れも無く高い魔力を持つ女性が魔物の如く、魔女族に進化する事例も存在する。
種族転生の秘法を使う場合、相応の実力者でなければ魔女族にはなれない。更に知っている魔女族に、種族転生の秘法を伝授して貰う必要もある。
不老長寿で美形も多いのが特徴だが、意外な事に身体能力が高い魔女族も多い事も特徴的である。
「魔女族の弟子になるという事は、それだけ腕前が認められたと言う事だな。俺が知っている魔女族の連中は、自分本位になりがちな奴等が多い。大した実力を持たない奴を指導する位なら、迷わず自分の為に時間を使うだろうからな」
「そうですね。ただ師弟関係かと言われたら、少々語弊があると思いますがね」
「そう言うもんか。まぁその辺はあんまり興味は無いから別に良いけどな。オリガと比べて、他の奴等はどうだ?」
信康に尋ねられたシギュンは、直ぐに話し始めた。
「そうですね。私と同じ副所長のミレイさんもかなりの魔法の腕ですし、補佐官の御二人も無視出来ないだけの実力者ですよ」
「アルマとイルヴもか?」
「はい。アルマさんですが、魔法格闘術の達人です」
「魔法格闘術だと? 確かそれって」
「はい。魔法を使った格闘術です。魔力を込めて殴る事で素手で岩をも砕き、鎧を着た騎士すら拉げます。その魔力を全身に纏えれば、大砲の玉すら弾けるなんて話も聞きます」
「ああ、その通りだ。魔法格闘術を使う奴なら俺の知り合いにも居るし、使い熟す奴等と何度も戦ったよ」
「そうでしたか。でしたら魔法格闘術の説明は、もう必要無さそうですね。次にイルヴさんですが、魔物調教師です」
「魔物調教師か。ふむ、親近感が沸くな」
信康はイルヴ魔物調教師だと知って、何処か懐かしそうに両眼を細めながらそう口にした。
魔物調教師とは、魔物を使役出来る技能を持つ者達を指す。余談だがこの魔物調教師、別に魔法が使えなくても才能を持つ者もなる事が可能である。
「やはりこの四人がエルドラズの主力か。シギュン。この四人とお前が戦った場合はどうなる? 因みに役職持ち以外で、強力な戦力はあるか?」
信康の質問を聞いて、シギュンは直ぐに苦笑しながら首を横に振った。
「普通の看守達よりは強いと自負してますけど、私を含む五人で戦闘力は私が一番低いですよ。この四人と比較したら、注意する程の戦力は看守にはいませんね」
「そうか、分かった。ありがとう。お前にも礼を言うぞ、ラグン」
信康はシギュンとラグンに情報提供に感謝すると、自然と左手の先に視線を移した。
信康の左手の指には、異次元倉庫である虚空の指環が装備されている。
いざとなれば、収納してある愛刀の鬼鎧の魔剣でオリガ達と戦えば良い。しかし戦闘になればどれだけ低確率でも、相手を誤って殺してしまう可能性が出て来る。そう考えると、信康は可能な限り戦闘は避けたかった。
「さて、どうしたものかな・・・・・・」
信康はどうするか思案していると、信康に協力を誓ったビヨンナが短く挙手して声を掛けた。
「ノブヤス殿。ワタシからも具申して良いでしょうか?」
「ん? 勿論だ。遠慮なら無用だぞ、ビヨンナ」
「では、ありがたく・・・敵戦力を把握するのも大切ですが、此処は現在進めている計画を続行させる事に専念すべきだと思います」
ビヨンナがそう言うのを聞いて、信康もビヨンナに答える。
「現在進めている計画・・・つまり味方を増やす事に専念しろと言う事だな?」
「はい」
「味方・・・となるとDフロアの受刑者は、あと一人だけ残っているな」
「そうです。ワタシ達の時と同様、彼女をノブヤス殿が味方になる様に説得して来て下さい。因みに受刑者の事は、何処まで御存じですか?」
「最後の受刑者か・・・確かまだ名前と職業しか、シギュンから聞いていなかったな」
信康はいきなり説得する受刑者の名前を一度に言われても困ると思ったので、説得する直前に情報を仕入れたら良いと言う考えからシギュンから受刑者の名前と職業しか確認していなかった。
「丁度良いわ。どんな奴なのか、教えてくれ」
「魔女族です」
「魔女族? まさかオリガに魔法を指導した奴って、そいつだったりするのか?」
「それはまた別の魔女族ですね。話を戻しますとこの女は、しかも二重の意味で魔女族なのです」
「二重の意味で? それはどう言う意味だ?」
ビヨンナの話がどう言う意味か分からず、首を傾げる信康。一方でビヨンナの言っている事が理解出来るのか、シギュンとラグンだけは同意する様に首肯していた。因みにオルデと三つ星も、信康と同様に話が分からず首を傾げていた。
「種族が魔女族なのは勿論、男を惑わす女と言う意味でも魔女なんです。正確に言うなら、魔性の女ですね」
「それは確かに、二重の意味で魔女だな」
絶世の美女なんだろうなと、思う信康。
「プヨの暗部で唯一、名前が売れている諜報員です」
「名前が売れている諜報員だと? それって諜報員としては致命的じゃないか?」
本来の諜報員とは名を売る事無く、隠密裏に仕事をするものだ。何故なら名前が売れている場合、知られた段階で敵に警戒されてしまい、まともに諜報員の仕事を熟すのが難しくなるからだ。
なのに名前が売れている諜報員とは、それは諜報員としては二流ばかりか三流だと思う信康。
「普通はそう思いますけど、知られているのは暗号名だけです。現在だと彼女の異名にすらなっていますね。その名も『太陽の目を持つ美女』です」
「何っ!!?」
ビヨンナの口から出た異名を聞いて、驚愕する信康。
そんな信康を見ても、そうなるのも仕方が無いと思うシギュン達。
何故なら、信康の反応するのは普通だからだ。
『太陽の目を持つ美女』
プヨ王国の諜報員の中で唯一、ガリスパニア地方の外にすらその異名を轟かせている諜報員だ。
色仕掛けを得意とした女性諜報員だが、その仕事の凄さは言葉にするのも難しい。
この『太陽の目を持つ美女』の名前が知られたのは、今から数百年前の事になる。
当時のリョモン帝国の北方にはフランクス王国と言う、欧州を統一せんとばかりに凄まじい勢いで領土を拡大していた超大国があった。
そのフランクス王国の魔手が遂に南欧のガリスパニア地方にまで届き、最北端のリョモン帝国に侵略を始めたのだ。
当時のリョモン帝国は建国したばかりで、現在程の軍事力は無かった。
まともにフランクス王国と戦えば負けて、最終的には滅亡すると分かった当時のリョモン帝国軍上層部は、即座に同盟国のプヨ王国にとある計略を持ち込んだのだ。
その計略とは、美女計と呼ばれるものだ。美女計の第一段階として、絶世の美女を降伏の証として送り込む。その絶世の美女が、フランクス王国の国王と王太子を篭絡して虜にさせる。そしてその美女を巡って二人を仲違いさせて対立を起こし、最後は絶世の美女が庶長子と説き伏せて国王を殺害させると言う策略であった。
何故リョモン帝国がこの美女計を同盟国のプヨ王国に持ち込んだのかと言うと、当時のプヨ王国には絶世の美女と知られつつあった将来有望な女性官僚が居た。
その美貌は既に王都アンシでは評判になっており、プヨ王国一とも傾国の如しとも称賛されていた。
同盟国の頼みでリョモン帝国が滅べば何れは、プヨ王国ばかりかガリスパニア地方全体にもフランクス王国の魔手が伸びるかもしれない。その様な懸念事項から、この美女計は即座に決行された。
その女性官僚の意思を無視して、実質的に強行と言う形でだ。
結果から言うとリョモン帝国が計画した美女計は成功して、フランクス王国は内乱が勃発しリョモン帝国への侵略は断念せざるを得なかった。こうしてガリスパニア地方は一人の美女を引き換えに、フランクス王国の魔手から無事に逃れる事に成功した。
余談だが、この美女計の話には続きがある。
内乱となったフランクス王国に、隣国のブリテン王国が海を越えて侵攻して来た。
ブリテン王家にもフランクス王国の王家の血が流れており、フランクス王国の王族として乱れ切ったフランクス王国の秩序と安寧を取り戻す義務があると言う大義名分を掲げて。
このブリテン王国とフランクス王国の間で起こった大戦こそ、後に言う十年戦争であった。
その大戦が終わる頃には、フランクス王国は滅亡していた。フランクス王国の直系の王家の者達は例外なく、一人も残らず落命して断絶した。それにより、フランクス王国は滅んだ。そしてフランクス王国内に居た諸侯が独立して、現在のガリア連合王国となった。
「因みにシンラギ王国の内乱にも深く関与していた、と言う噂もあります。国力はガリスパニア地方一ですし、長年を通して例外無くプヨとシンラギは争っていますから」
「それはまた凄いな。つまりその女は、二国にとっての救国の英雄と言う訳だ。しかしそれだけの功績を立てた女が、何故エルドラズに収監されているのか理解に苦しむな」
「お気持ちは理解出来ますけど・・・少なくとも『太陽の目を持つ美女』の力を借りれば、オリガ達を傷付けずに確実に捕まえる事が出来ると思います」
「成程。確かにそうだな。ビヨンナ。良く言ってくれた。感謝するぞ」
信康は少し考え、シギュンを見る。
「案内してくれるか」
「分かりました」
信康はシギュンと共にシキブの体内から出て、『太陽の目を持つ美女』が居る独居房に向かう。




