第208話
「はあっ!!」
そう叫うと同時に、クリスナーアは信康に向かって飛び掛かる。
クリスナーアの行動は、一見すると只の体当たりみたいに見える。
信康もそう思い、半身を右に反らして避ける。
その動きを見て、クリスナーアは笑みを浮かべた。
(何故今、笑った?)
クリスナーアの攻撃を避けながらそう思っていると、視界の端に銀色に輝く拳が襲い掛かって来た。
信康は慌てる事無く、今度は後ろに上半身を反らしてその銀拳を避けて攻撃を躱した。
そしてそのまま一度空中でバク転を決めて、クリスナーア達と距離を取る。
「それがお前の能力か?」
信康はアテナイの身体を凝視しながら、アテナイに訊ねる。
そう訊かれたアテナイの身体は、全身を銀色に輝く鱗に包まれていた。
「その通り。私の能力は、銀鱗鋼殻と言うのよ」
「ふむ。身体を硬質化出来る攻守一体の能力、と言った所か」
「そうよ。それと私だけに注意を向けていたら、危ないわよ」
「何?・・・おっと」
背筋に寒気が走ったので、横に飛ぶ信康。
しかし、其処には誰も居なかった。
「っち、仕留めれなかったか」
誰も居ない筈なのに、何故か声が聞こえた。
「クリスナーアなのだろうが、これがお前の能力か?」
「ふっふふ。そうだ。今の私はお前には見えまい。だが、私にはお前がハッキリと見えているぞ」
姿が見えないのに声だけが聞こえるという不可解な現象に、信康は動揺する事無く、冷静なまま一言を口にした。
「この能力・・・不可視だな」
「っ!?」
「っ!?・・・ふん。何処で知ったか知らんが、条件の変更だ。私が勝ったら、お前は私の下僕になれ」
「下僕ね。下僕と玩具では、どう違いがあるのか分からないんだが・・・まあ良い。どちらにしても、俺が勝ったら、部下になるだけだしな」
「良いだろう。ただし、私に勝ったらの話だっ!」
地面を蹴る音と共に、信康に襲い掛かるクリスナーア。
姿が見えないのでよくは分からないが、勢い良く地面を蹴る音が室内に響いた。なので襲いクリスナーアが掛かって来ているのは、間違いないみたいだ。
信康は見えないので、大きく跳んで躱す。
しかし信康のその動きを先読みしたのか、アテナイの爪が襲い掛かる。
信康はその攻撃を、何とか避けれた。しかし完全に躱す事が出来ず、腕に一筋の掠り傷が出来た。そしてその掠り傷から、少量だが血が一筋に流れる。
「・・・・・・」
信康は、アテナイの攻撃で負った腕の傷を見る。血は流れているが、傷自体は浅かった。
「切れ味は良いみたいだな」
「当然。次は、その腕を斬り落とすかもしれないわよ」
アテナイは伸びた爪を見せながら、ジリジリと近づく。
足音は聞こえないが、クリスナーアも距離を取りながらも近付いているみたいだ。
「・・・・・・」
信康は深く息を吐きながら、構える。
どちらが来るか分からないので、信康はどちらが来ても対応出来る様にしている。
そのまま時間だけが過ぎて行く。
信康は背を取られない様にジリジリと動き、アテナイもその動きに合わせて動く。
そんな距離の詰め合いをしていると、アテナイが動いた。
「はああっ」
アテナイは跳んで、伸びた爪を突き出す。
狙いは信康の顔。
もし狙いが外れても、クリスナーアが動くと思って顔を狙ったみたいだ。
伸びた爪が迫り、今にも自分の顔に当たる所まで来た。
(貰った!?)
アテナイがそう思った瞬間。
「ふっ!」
信康はアテナイの攻撃を躱して、銀色に輝く腕を掴む。
そして信康はアテナイの懐に入り、身体を沈めた。
「せいやっ!」
その声と共に、信康はアテナイを肩越しに背負い投げた。
「かはっ!?」
自分が知らない体術の投げ技を受けたアテナイは、地面に叩き付けられ肺の中の空気が吐き出された。
更に信康は倒れたアテナイの首元を踏みつける。
アテナイからしたら痛みは感じなかった。代わりに息苦しさを味わされた。
「ぐ、ぐうううっ」
「そのまま寝てろ」
信康は足を捻ると、アテナイは気を失った。
アテナイが完全に気を失ったのを確認して、信康は足を離した。
「どんな手品を使ったのかは知らないが、アテナを倒すとは見事だな」
信康は後ろから声が聞こえて驚く。
そして振り返ろうとしたが、何故か心臓を鷲掴みされたような痛みを感じた。
「何だ?」
「動くな」
その声は、クリスナーアの声であった。
同時に心臓を軽く鷲掴みした。
「・・・お前の能力は不可視だと思っていたが、どうやら違ったみたいだな?」
「ふっふふ。そうだ。だが不可視と、お前が勘違いするのも無理は無い。この能力は、透明化と言うのさ」
「透明化ね。自分だけで無く触れた対象すらも、透明化するみたいだな」
「その通りだ。さて、どうだ? 身体の中に入ったままの心臓を鷲掴みされた気分は?」
「似た様な経験ならあるが・・・流石に心臓を鷲掴みにされたのは、生まれて初めての経験だな。中々に面白い」
「この状況で減らず口を叩けるとは、やはりお前は面白い奴だな」
透明化されているが、クリスナーアは笑顔を浮かべているのが分かる信康。
「さて、これで私の勝ちだな。このまま、服従の証としてお前の心臓に闇の呪縛を掛けさせて貰おう」
「成程。お前はこう言う殺し方をしていたのか?」
「くっくく、そうだ。命乞いをしている者を心臓を潰した顔といったら最高に面白いぞ」
「趣味が良いとは言えんな。流石は殺人鬼か」
「まぁ、今回は殺さないで従属させるがな」
「おいおい。もう勝った心算で言っているのか?」
「・・・・・・何を言っている?」
信康の心臓を掴んでいる状態では、最早勝敗を決したと言える。
クリスナーアは何を言っているんだという顔をした。
「お前は何を・・・・・・っ!?」
クリスナーアは言葉を続けようとしたら、突然足元が揺れた。
それにより、信康の心臓から手を離してしまった。
「な、何事だ!?」
驚くクリスナーアに、壁や床から触手が伸びた。
透明化された状態なのに、拘束されるクリスナーア。
此処に至ってクリスナーアは、の能力を解除した。
「貴様、何をした?」
「簡単な事だ。此処の空間は、どうやって形成していると思っている?」
「それは、・・・・・・っ!?」
クリスナーアは自分がどうやって、アテナイと共に此処に来たのか思い出した。
「此処の空間を形成しているのはな、俺の従魔の不定形の魔性粘液なんだよ」
「なぁ!? そんな凶悪な魔物が従魔だと!?」
シキブの正体が不定形の魔性粘液と聞いて、驚愕するクリスナーア。信康はそれを見て、今後の様式美になりそうだなと思った。
「さて、これでお前は身動きは出来ないな。王手・・・いや、言い方を変えよう、王手だ」
「っち。最初からこうなる様に動いていたのか?」
「概ねそうだな。従魔も、俺の力の一端だ。二対一で初めておいてよもや、卑怯などとは言うまいな?」
「ふん。まぁ、良い。私達の負けだな」
「おや? 随分と素直だな?」
「負けを認めなかったら、今度は何をするか分からないからな」
「はっはは!」
信康は笑うが、クリスナーアの言葉に肯定も否定もしなかった。
「さて、勝者の権利を行使させて貰うとするか。安心しろ。約束通り、アテナイには手は出さないから」
そう言って信康は、シキブに拘束されているクリスナーアの胸に手を伸ばした。




