第204話
オルディアを連れて独居房を出た信康達は、次の受刑者が居る独居房へと向かう。
その独居房もシギュンの手で開けて貰い、信康とオルディアが入る。
シギュンとシキブは、外で他の刑務官が来ないか見張り役を頼んで警戒して貰う。
部屋に入った信康達は、部屋の主を見る。
プラチナブロンドのミディアムヘアー。青い瞳に切れ長の双眸に凛々しい顔立ち。
オルディアとは違い、こちらは囚人服の上からでも分かる豊満な胸。くびれた腰。引き締まった尻を持っていた。
信康は美女をジロジロ見ながら尋ねる。
「お前が、シイ・サヴァエリフだな?」
「そうよ」
信康の質問に、シイは答えた。
シイは北方の大国として知られるロマノフ帝国出身の美女である。同じDフロアに収容されている他の二人を合わせて三つ星と呼ばれる三人組の凄腕の暗殺者達だ。
「あんた、何者? その服を見れば分かるけど、看守じゃなくてあたし達と同じ受刑者よね? どうやって入って来たのかしら?」
「外に居る看守の手を借りただけだ」
「・・・・・・そう、で、あたしに何か用?」
「普段だったら、お前みたいな美女との会話をゆっくりと楽しみたい所だが・・・時間がある訳でも無いから、単刀直入で言わせて貰おう。俺と手を組まないか?」
「手を組む?」
「そうだ。俺は近々、このエルドラズを乗っ取ろうと思ってな。それで一人でも多く、味方が欲しいんだ」
「味方、ね」
「そうだ。乗っ取った暁には、お前等がエルドラズから保釈して貰える様に手配しよう」
「へぇ、随分と太っ腹だね。あたし達が裏社会では、何と言われているか知っているの?」
「三つ星とか言う、暗殺者集団だろう?」
「分かっているのにそれを世に解き放とうだなんて、物好きを通り越してあんたは馬鹿なの?」
「ははははっ。別にそうとは思わないがな」
「へぇ、どうしてかしら?」
「暗殺者と言うのは、依頼を受けたら親でも殺す職人だ。裏を返せば、依頼がなければ殺しはしないと言う事だ。尤も殺人に快楽を見出していなければ、と言う条件が付くがな」
「・・・・・・」
シイは何も言わないが、その通りという顔をしている。
信康は更に続けた。
「況してや、捕まった国に留まって仕事はしない」
「・・・・・・何で、そんな事が言えるのかしら?」
「決まっているだろうが。お前等は信用を失ったからだよ」
「むっ」
シイは顔を顰める。
「今はこうしてオリガの下でこき使われているが・・・もしオリガから離れたら、お前等に仕事は無いと思った方が良いぞ」
「・・・・・分かっているわよ」
信康の言葉に、顔を背けるシイ。
三つ星がエルドラズ島大監獄に捕まった時点で、暗殺者としての信用は無くなったのだ。
表裏に関係無く仕事の世界で一番大事なのは、金でも力でもない。信用であった。
信用が無くなれば、金も力も手に入らなくなる。
どんな経緯で捕まったかはシギュンに訊いたが、シギュンも知らないと言うので分からない。しかし捕まった時点で、暗殺者としての信用も実績も失ったのだ。
実績も信用も失った暗殺者は、三通りに生き方を選択する事になる。
一つは最初からやり直す。この道は茨の道であり、大変な労苦を強いられる事を覚悟する必要がある。
二つ目は別の場所で再起を図る。この道こそ最短の道であり、実力があれば直ぐまた実績を重ねて名を馳せる事も夢では無いだろう。
最後の三つ目は引退する。再起を諦めて足を洗うと言う事だ。
このどれかだ。尤も落ち目になった所をこれまで恨まれていた連中に、命を狙われながらと言う条件付きだが。
「まぁ引退すると言うなら、止めないがな」
「引退なんか、する訳無いでしょう。最低でもあの四人組には、この借りを返したいからね」
「ほぅ、そうか。だったら」
「でも、あんたに従う義理も無いわね」
シイは信康を見ながら言う。
「理由を聞いても良いか?」
「そんなの簡単よ。あんたの事を何一つ知らない。そんな奴と組んで、痛い目を遭うのはごめんよ」
「ふむ。道理だな」
「まぁ情けとしてあたしに会いに来た事は、誰にも言わないであげるわ」
「そうか。なら、仕方がないな」
信康はそう言って、ポケットに手を入れる。
そしてポケットから、何かの液体を出した。その液体は粘性がある様で、手の中で揺れていた。
信康はその液体を地面に落とした。
「シキブ。頼んだ事をしろ」
信康がその液体に命じると、液体は直ぐに身体を構築させた。そして身体の一部を触手に変えて、シイに襲い掛かる。
シイは伸びて来る触手を避けようとしたが、幾つも伸びて来るので避ける事が出来なかった。
伸びた触手に四肢を拘束されるシイ。
「な、なんだ。これはっ!?」
「これか? これはな・・・・・俺の従魔、とでも言っておこうかな?」
初めて会ってからシキブは何故か懐いているので、取り敢えずそう言う事にした信康。
「何で疑問形だし?」
「細かい事は気にするな」
オルディアが指摘するが、信康は誤魔化す。
「こいつは俺の言う事には従う魔物で、不定形の魔性粘液と言う魔物なんだ」
「不定形の魔性粘液!? 成体になったら、都市一つを飲み込むことすら出来るといわれるSS級の魔物っ!?」
「えっ?」
シギュンと言っていた事と、何か違うぞと思う信康。
取り敢えず信康は傍に居るオルディアにも、不定形の魔性粘液の見解について聞いてみる事にした。
「本当に出来るのか?」
「あ~しが聞いたのだと、成体したら国すら単体で滅ぼせるとか聞いた事があるっス。と言うか一番上のSS級の魔物は全部、それが出来るって話なんだし」
「・・・・・・」
オルディアの話を聞いて、言葉を失う信康。
見た目が魔性粘液に過ぎないシキブが、そんな強大な力を持つ魔物だと知って改めて面食らっていた。
「・・・・・・まぁ、心配する必要は無いだろう。何故此処まで俺に忠実なのかは、少しばかり気になるがな」
「ノブッチ。随分、ポジティブだし。あ~しは無理ッス」
「だろうな。はっはっはは」
一頻り笑った後、信康はシキブに命令した。
「俺の言う事を聞く様にしろ」
信康がそう命じると、シキブは返答代わりに身体の一部を縦に動かす。
これは「了解」と言っているようだ。
シキブは拘束したシイを近づく。
「ま、まさか、やめ」
シイが何かを言おうとした途中で、シキブに取り込まれた。
「・・・・・・あれって、消化されたんだし?」
「違う違う。シキブの中にある、空間に入れただけだ。殺したら、交渉した意味が無いだろう」
「空間って、流石は不定形の魔性粘液ッス」
「其処で俺の言う事に従う様に、ちょっとばっかし弄って貰っている」
「ふ~ん。そうなんだし」
「お前が戻って来たら弄り回す心算だが、お前も加わるか?」
「勿論ッス」
「じゃあ帰って来たら、一緒にしてやるよ」
「ああ、今から楽しみッス」
オルディアは花みたいな、可愛らしい笑顔を浮かべた。
そしてオルディアを連れに行く刑務官が来たとシギュンから連絡を受けた信康達は、急いでオルディアの独居房に戻る。
シイの独居房を出る際、本人が居ない事がばれない様にシキブにシイの姿に変化させた。




