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信康放浪記  作者: 雪国竜
第二章

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第200話

 ミレイ達が信康の捜索をしている頃。


 信康はというと、何も無い空間の中に居た。


 その空間の中に、何故か椅子(・・)が存在した。


 しかも、空間の壁からは、触手が伸びていた。


 その触手の先が皿の様に丸い形をしていた。その皿の所には、パンが幾つも乗っていた。


 驚きなのは、まるで焼き立てみたいに熱く良い匂い出している事だ。


 しかし信康はそんな事など気にもしないで、手を伸ばしてパンを取り口の中に入れる。


「・・・・・・うん。美味いな」


 しかし食べているパンは黒パンなので、酸味は少しばかりあるし喉も詰まる。


 信康は飲み物が欲しいなと思っていると、壁から触手が伸びてきた。


 今度の触手は何か、瓶みたいな物を持っていた。


 信康はその瓶を受け取ると、瓶の口の所を手で煽いだ。


 特に匂いがしないので、大丈夫だと思い瓶に口につけた。


「んぐ・・・これは、水か」


 祖国の大和皇国では生水は普通に飲めたが、ユーロトピア大陸を渡ると一度煮沸しないと飲めないと知った信康。


 なのにこの水は一度煮沸したのかどうかは分からないが、信康は普通に飲める事に驚く。


 乾いていた喉を潤すと、黒パンを口の中に入れ咀嚼して飲み込んだ。


 「ふぅ。まさか、此処までになるとはな」


 信康は気を失って失神している、シギュンの頬に優しく触れた。


 最初に信康はこのシギュンを連れていったのは、このエルドラズ島大監獄の内部をもっと詳しく知る為であった。


 しかしBフロアに戻る様な真似をすれば、刑務官に見つかる事は分かり切っていた。


 信康はどうしたものかと考えていたら、シキブが袖を引っ張った。


 どうかしたのかと訊ねた信康に、シキブは自分の身体を大きく広げだした。


 それにより、信康達がシキブの中に取り込まれた。


 もしやこれはシキブの中で消化されるのかと思ったが、信康達は今いる空間に出た。


 壁も床も、紫紺色以外は何もなかった。


 何だ。この空間はと思っていると、シキブの触手が伸びて来て信康達の頭に当てられる。


 シキブは発声器官がないので、こうして意思を伝える為に伸びて来たのだろう。


 その触手を通して、シキブの考えは理解した。


 この空間はシキブの体内にある空間で、信康が望めば色々と出す事が出来るそうだ。


 更にシキブの体内に入っているも同然なので、シキブが隠れれば見つかる事はない。


 それを知った信康は試しとばかりに食事を食べたいと言うと、壁から触手が伸びてきて触手の先が丸い形となった。その形はまるで、フライパンみたいであった。


 信康達はどうするのだろうと思っていると、また壁から触手が伸びていた。


 その触手は、何かの塊肉のような物を持っていた。


 すると触手のフライパンが、突然赤くなった。


 赤くなったフライパンに、塊肉を入れた。


 すると、ジュ―という肉が焼ける音がしだした。


 その匂いを嗅いでいると、床から触手が伸びて来て椅子と机となった。


 触手が信康に椅子に座る様に促したので、信康は此処までされて消化される事もないだろうと思って椅子に座った。


 柔らかく、それでいて良い反発がある椅子であった。


 信康はその椅子に座った感想であった。


 そのまま椅子に座っていると、やがて、料理が出来た。


 紫色の皿の上には、スライスされた塊肉であった。


 良い匂いだなと思って信康は手を伸ばそうとしたら、触手が伸びてきて黒く光るフォークを持っていた。


 これも触手で出来たんだなと思いながら、信康はフォークを受け取り肉を突き刺して口の中に入れる。


 咀嚼しながら、肉を味わうと、取り敢えず触感から、不定形の魔性粘液(ショゴス)の肉ではないなと思えた。


 これは何の肉だと訊ねるが、シキブには意思を通達する手段が無かった。


 真面に交流出来ないのは不便だなと思いながら、塩胡椒で味付けされた肉を食べる。


 少し物足りないと思いながらも、流石にソースを作る知識も技術はないかと思った信康。


 そのまま肉を食べていると今度はパンが盛られた皿と、具が無い汁物が入ったスープカップが置かれた。


 肉だけでは飽きそうだったので、信康は出されたパンとスープを躊躇せず食べた。


 其処で気を失っていたシギュンが目を覚ました。


 信康は「食べるか?」と訊ねたが、シギュンは顔を背けた。


 シキブの料理を食べ終えた信康は、シギュンに色々と訊こうと思い近寄る。


 すると、シギュンは手を翳して魔法陣を展開させた。


 信康は拘束されると思った瞬間。


 突然、壁から幾つも触手が伸びてきた。


 その触手が、シギュンの身体を拘束した。更に魔力を吸収しだした。


 それにより魔法陣が小さくなっていき、やがて消えた。


 どうやらシギュンの魔力が、シキブによって吸収されたみたいだ。


 そして、信康はシキブに手伝ってもらいながら、シギュンに色々な事をした。


 効果は抜群で、シギュンはたちまち信康の言う事を聞く様になった。


 そうして話していると、衝撃的な話しを訊けた。


『エルドラズは実は、罪状の軽重に関わらず受刑者を処分する処刑台の意味合いが強いんです。暫く前からだと再犯者を中心に刑期が軽い有期懲役囚も送り込まれる様になり・・・更に最近だと、激化する外国との戦争で得た捕虜も収容する事が決まりました』


『何だと!?』


 シキブからエルドラズ島大監獄の実情の一部を聞いて、驚きを隠せない信康。


 そしてエルドラズ島大監獄に来たばかりの頃に看守の口から刑期が明けたら、出所出来る様な事を言っていた事実を信康はシギュンに伝えた。その話を聞いたシギュンは、苦笑して非常に言い辛そうにしながらも話を再開する。


『あれは嘘と言う訳でも無いんですけど・・・有期懲役囚と言っても、何度も再犯を繰り返したりした矯正の見込み無しの烙印を押された常習犯ばかりなんです。結局オリガ所長の匙加減一つで、死刑が執行されてますけどね』


『はぁ、そうだったのか。しかし敵国の捕虜と言うのは、どうなんだ? 別に犯罪者と言う訳でもないんだぞ。あの戦争で得た捕虜の総数も、一万二千前後居た筈だが・・・それを全部受け入れる心算なのか?』


『今までトプシチェに捕虜を売り飛ばしていたので、捕虜を収容する施設などに掛ける予算は無く・・・売り飛ばせないなら、エルドラズで勝手に間引いて欲しいと言う思惑があるんだと思います。此処最近、ほぼ毎日カロキヤの捕虜を乗せた護送艦がエルドラズに来ていたんですよ』


『・・・・・・とんでもない所に来てしまったみたいだな』


 シギュンの話を聞いて、信康は溜め息を吐いた。


『まぁルノワ達が何としてくれるだろう。今は生き残る方法を探すか』


『分かりました。私も微力ながら、お手伝いしますね。お話を聞いて、漸くですがノブヤスさんが濡れ衣を着せられた冤罪者だと理解しましたから』


『そうか。ありがとう。じゃあ早速だが、このエルドラズの秘密を教えてくれ』


 信康にそう頼まれたシギュンは、少し考えてからある事を尋ねた。それは信康自身が現在、何処までエルドラズ島大監獄について把握しているかと言う事だった。


『此処が孤島の監獄でA、B、C、Dの四つのフロアに分かれている位だな』


『其処まで知っているのでしたら、私から話せるのは後一つだけですね』


『まだ、あるのか?』


『Dフロアの下に、もう一つ隠されたフロアがあるのです』


『何だと?』


『この事を知っているのは、幹部職員しか知りません。厳密に言えば所長と副所長と本部長の、合わせて五人だけです』


『其処はどういう所なんだ?』


『私達はEフロアと呼んでいます。このEフロアにはプヨにとって不都合な大事件を起こした事で事件や存在そのものが揉み消された、超大物や危険人物ばかり収容しているフロアなのです』


『プヨの恥部の象徴か』


『はい。そう言っても過言ではありません』


『強いのか? そいつ等は?』


『強さとなりますと、はっきりとは断言出来ませんけど・・・少なくとも全員、私より強いと思います』


『そうか・・・良し、決めたぞ。このEフロアに向かう』


 信康はシギュンの話を聞いて、Eフロアに居る受刑者達に会いに行く事に決めた。どれ程の傑物が収容されているのか、純粋に気になったからだ。


「分かりました。個人的には、あまりお勧め出来ませんが・・・でしたらその前のフロアである、Dフロアに行くべきです。このフロアに現在収容されている受刑者達も、曲者揃いですが味方に出来たら強力な者達ばかりですよ」


 シギュンの提案を聞いた信康は、顎に手を当てて思案した。


 そして直ぐに同意する様に首肯して、先ずはDフロアを目指してシギュンが言う強力な受刑者達を探しに行こうと決断した。


 そしてこのシギュンの進言が、後に大いに功を奏していた事を知る信康。


 そのDエリアには、後に信康の重臣として活躍する受刑者達が集結していた。更にその中には信康六人衆と対を成す信康の超重臣たる、五角の一人も居た。

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