第199話
数時間後。
信康に夕食が、配食される時間となった。刑務官が昨日と同様に料理が盛られた皿が乗ったプレートを持って、信康が居るCフロアの独居房へと向かっていた。
向かう最中で、刑務官は呟く。
「そう言えばシギュン副所長と会ってないけど、どうかしたのかしら?」
会っていない事に、不思議に思いながらも進む刑務官。
そうして歩いていると、信康の部屋の前に着いた。
部屋の中を覗いて、驚きのあまりプレートを落とした。
何故なら、部屋に居る筈の信康の姿が無かったからだ。
しかも鍵が掛かっている部屋の扉は開けられており、部屋の壁には大陸共通語の文字でこう書かれていた。
―――エルドラズ島大監獄副所長のシギュン・フォン・デイバンの身柄は、この信康が預かった。
その証拠にシギュンが普段から被っている、名前入りのウィンプルが独居房に落ちていた。
刑務官は急いで解錠して独居房に入ってシギュンのウィンプルを回収すると、階段を上がってBフロアに戻ってシギュン誘拐の一件を上司であるアルマとイルヴに報告した。
刑務官の報告を聞いたアルマとイルヴは、直ぐに行動に移した。
アルマは手隙の刑務官を連れて、信康が居たCフロアに急行。イルヴは直ぐに所長であるオリガに、シギュン誘拐の事実を報告しに行った。
オリガはイルヴの口からその報告を聞いて、直ぐに戒厳令を発令した。
それを聞いて、イルヴは驚いた。
このエルドラズ島大監獄の長い歴史を遡っても、戒厳令を発令した事が無かったからだ。これこそがエルドラズ島大監獄史上、初の戒厳令が発令された事件であった。
驚きながらもイルヴはオリガの怒声により、直ぐに気を取り直して命令を実行した。
一方で信康捜索に看守達と共に下りて来たアルマであったが、Cフロアをどれだけ探しても信康の影すら見つからなかったのだった。
信康が監禁されていたCフロアの独居房から脱走してから、実に数日が経った。
エルドラズ島大監獄にある所長室では、不穏な空気が漂っていた。
所長室にはもう一人の副所長であるミレイと、所長付き補佐官であるアルマとイルヴが居た。
そんな三人の前にある椅子に座っている所長のオリガは、イライラしながら机を叩いていた。
「ええいっ! あの東洋人はまだ見つからないのかっ!?」
オリガは怒鳴りながら、威圧するみたいに机を叩く。
怒れる猛獣の如く叫ぶオリガを、ミレイは宥めるみたいに話し掛けた。
「オリガ所長、落ち着いて下さい。我等職員は総動員して、このエルドラズの唯一の出入口は封鎖しています。脱獄は不可能です。後は人が隠れる所を虱潰しにしていけば、いずれ見つかります」
「だったら何故、あの東洋人は見つからんのだっ!?」
「それについては分かりませんが・・・脱獄出来ないのでは、あの東洋人も腹が減って隠れる事も出来なくなるでしょう。それにもしそのまま隠れていても、何れは餓死します」
「むぅ、確かにな」
「脱獄は出来ない。食料も手に入らない。そんな状況では、どんな人間でも直ぐに音を上げます」
「・・・・・・そうだな。それにシギュンと一緒に行動しているのだろう?」
ミレイの話を聞いて冷静さを取り戻した様で、オリガはシギュンの事をミレイに尋ねた。
「独房に書かれていた字によると、そうなります」
「ふん。であれば、いずれは見つかるだろうな」
人質と一緒に行動しているのだ。いずれは足がつくだろうと予測するオリガ。
「ですね。それにシギュンも何時までも捕まっているとは思いません。抵抗はするでしょう」
「そうなったら、東洋人は手放すかもしれんな」
「はい。自分の食料を確保すら出来ないのです。シギュン副所長もいずれは東洋人の隙を見つけて逃げ出すなり、捕まえるなりするでしょう」
「・・・・・・そうだな。その通りだな」
そう言われて、うんうんと頷くオリガ。
「あのシギュンだからな、そう簡単に篭絡もされまい」
「はい。シギュンが信仰が厚い信者です。男性経験は無いでしょうがその分、精神は強いでしょう」
ミレイがそう言うと、アルマとイルヴも続いた。
「そうです。仮に強姦されても、簡単に靡く様な御方ではありません」
「そうね。あのシギュン副所長だからね」
アルマとイルヴの二人の言葉を聞いて、気を良くするオリガ。
「そうだな。では、看守であればどれだけ動員しても構わん。このエルドラズ初の脱獄者を出すなよ」
「「「はっ」」」
オリガの命令に、ミレイ達三人は敬礼して答えた。
そして直ぐに手隙の刑務官達を総動員して、信康の探索を開始した。




