第198話
一夜明けて。
信康はゆっくりと、目を覚ました。
そして自身の身体に接触する感触を感じて、黒紫色の魔性粘液が寝台の様になってくれた事を思い出しながら起床した。信康は目を覚ますと、どうしてこうなったか昨日起こった出来事の整理を始めた。
「・・・・・・確か、シギュンの拷問を受けて、看守が持ってきた夕食に手を着けて、そのまま眠って、起きたらこいつがいて、そして夕食の残りを上げて、また眠ったんだよな」
昨日あった事を一つずつ声に上げて、丁寧に整理した信康。
信康はこの黒紫色の魔性粘液を見て、どうしようかと思った。
理由は分からないが自分に懐いている様なので、別に飼うのは問題ない。
信康が現在居る場所が、エルドラズ島大監獄と言うプヨ王国随一にしてガリスパニア地方有数の監獄である、と言う問題を除けばの話であるが。
エルドラズ島大監獄内で魔性粘液を飼うなど、出来る訳が無い。発覚すれば何故出来たのかと、きつく尋問されるのが目に見えている。
信康はどうにか出来ないかと考えていると突然、魔性粘液が身体を震わせた後、信康の影の中に飛び込んで潜入し跡形も無く姿を消した。
「おお。これだったら、先ず見つからないな。それに見つかりそうになっても、こうして一瞬で隠れる事が出来るから問題ない」
信康は安心したように頷いた。
すると、魔性粘液が信康の影から出て来たので、信康は魔性粘液の身体を撫でる。
「よし。今日から、お前は俺が飼ってやる。ははっ。魔物を飼うなんざ、大和に居た以来だぞっ。あいつ等、元気にしていると良いんだがなぁ・・・・・・おっと、いけない。こいつを飼う以上は、名前をつけないとなっ」
信康は大和皇国に居た頃を懐かしむ様に遠目した後、現在はそれ所ではないと首を振って望郷の念を振り払った。
そしてこの黒紫色の魔性粘液の為に、名付ける名前を信康は思案し始めた。
「黒紫色だから、西洋風だと紫は紫色で、黒は黒色だよな。間を取ってブラプル? いや、パーラックか? う~ん。どれもイマイチで品が無いな。此処は敢えて逆に、大和語で関連した名前にするか。黒紫というか良く見たら、黒紫色というよりも紫紺色だな。紫、紫か・・・そう言えば紫式部っていう、有名な女性官僚が大昔に居たな。其処から名前を肖って、シキブという名前にするか」
信康はそう言うと黒紫色の魔性粘液は候補としてあげた名前を気に入ったのか、黒紫色の魔性粘液は身体の一部を手の様に上げて反応した。信康は魔性粘液の行動を見て、承諾したと解釈した。
「じゃあ改めて、よろしくな。シキブ」
信康は右手を差し出すと、黒紫色の魔性粘液ことシキブは言葉を出せない代わりに身体の一部を伸ばして信康の右手を取り、握手する様に身体を上下に動かした。
すると信康はシキブを見て、これからの自分の為の良案を思い付いた。
「ふふふふっ。これであの拷問好きの狂信者女を、一泡吹かせられるな」
信康はこれから起こる未来を想像して、不敵に哄笑した。
暫くすると信康は部屋の中に、シギュンが入室して来た。
信康は手錠に鎖が繋がれた状態で、室内に立たされていた。
「おはようございます。さぁ、今日も楽しい時間の始まりですよ」
「おはようさん。しかし残念だったな。俺は痛め付けられて喜ぶ、変態の被虐嗜好者じゃない。お前が楽しい時間の間違いだと思うのだがな」
「そんな事はありません。これも仕事の為です。そう、飽くまで仕事の為なのです」
シギュンがそう言うが、顔が愉悦に満ちた顔をしていた。そんなシギュンを見て、信康は呆れた様子で溜息を吐いた。
昨日と同じくシギュンは収納の魔法を唱えて、生まれた黒穴から拷問用具を出した。
拷問道具は昨日と違い、椅子と木棒であった。傍には水が入った桶があった。
不思議な事にその椅子には腕、腰、足などを固定する枷があった。
「今日は何をするんだい?」
「本日はこの椅子に座って貰いまして、全身をを固定して股の間にこの木の棒を入れます」
「ふぅん。俺を股裂きにでもしようってのか?」
「その通りです。今日はこの拷問をしましょうか」
ふっふふと笑うシギュン。
シギュンが手を翳した瞬間を見計らうかのように、信康は話しかける。
「一つだけ、聞いても良いか? と言うか確認がしたいだけなのだが」
「何をですか?」
「愚問に思うかもしれないが、この手錠は監獄の看守全員が解除出来るんだよな? 当然、お前も含めて」
「ええ、当然ですよ。少し魔法に通じた者であれば、それぐらいは簡単です。尤も、その手錠をつけられた状態では、魔法は行使出来ませんけどね。この手錠は魔力封じの機能も含まれてますから」
「そうかい。教えてくれて、ありがとうよ・・・お遊びはこの辺にしておくか。シキブ、やれ」
「ん? 何を言って・・・っ!?」
シギュンは信康が口にした言葉の意味が理解出来ず訊ねようとしたら突然、自分の影から黒い触手が出現した。
驚きのあまり、その黒い触手の対処に遅れたシギュン。
手足を触手で拘束され、天上高く吊り上げられた。
「良くやったぞ。シキブ。実に見事だ」
自分が言った通りに動いたシキブを、信康は褒め称えた。
褒められたシキブは、嬉しそうに揺れながら触手を信康へと伸ばし鎖を解いた。
手枷はつけられているが、自由に動ける信康。
「よしよし。これで好きに動ける・・・これからは半分脱獄犯みたいな者になるから、常時装備しておこうか」
信康は自由になった手を、握ったり開いたりした。それから腹部を強く叩くと口から虚空の指環を吐き出し、桶の水で丁寧に洗い囚人服で水気を拭いてから左手に装備した。
「あ、貴方っ。この魔性粘液・・・いえ、この魔力量は魔性粘液には有り得ないっ・・・ま、まさかこれは不定形の魔性粘液!? 何処でこんな恐ろしい魔物をっ!?」
「不定形の魔性粘液? 何だ。魔物の名前か?」
「魔性粘液の始祖と言われる伝説級の魔物です。この程度の大きさでも、この監獄を破壊出来る位は簡単に出来る魔物ですよっ!?」
「はい?」
信康は思わず、シキブを見た。
こんな小さなシキブが、このエルドラズ島大監獄を破壊出来ると言われても、笑うか首を傾げるかのどちらかだろう。
信康は後者の首を傾げる方であった。
「シキブよ。お前はそんなに強力な魔物だったのか?」
信康はそう尋ねると、シキブは身体の一部を動かして?マークを作った。
どうやら生まれたばかりのシキブでは、そんな事も分からない若しくは自覚が無い様子だった。
「まぁ、良いか。強力な魔物である事が、理性や知性がなかったり話が通じない事に直結しないのは重々承知だからな。それにシキブは俺の可愛い従魔なんだから、寧ろ喜ぶべき事実だ」
信康はシギュンの言葉を聞いても、特に警戒心や恐怖心の如き気持ちは無かった。
寧ろそれだけ力があるのならば、この先の自分にとって大きな力になるだろうと期待感を抱くのであった。
「まぁ、そんな事はどうでも良い」
信康は不敵な顔でシギュンを見る。
「そ、そんな事って、貴方は」
「それよりも、お前に訊きたい」
「な、何をですか?」
「この手枷、大人しく外す気は無いか?」
信康はシギュンに手枷を見せる。
手枷を見せられても、シギュンは首をそっぽ向く。
「誰が外しますか。罪人の言う事など、聞く心算はありませんっ!」
「俺は冤罪だと言っているだろうに・・・まぁ良い。お前ならそう言うと、思っていた。実に残念至極な話だ」
信康は口調では残念そうに言うが、顔は笑みを浮かべていた。
シギュンは信康を封じるべく、手枷の魔法を発動させようとした。しかし魔法を発動させる為に魔力を込めようとしても、シキブの触手が魔力を奪って、魔法を発動させないようにしていた。
「くうっ!? まさか不定形の魔性粘液が、この様な芸当が出来るとはっ」
「残念だったな。そして俺としても非常に残念な話だが・・・お前が手錠を外してくれない以上は、少しこちらの言い分を聞いて貰える様にするしかないなぁ? さて、ショータイムだ」 」
信康は手を挙げた。
するとシキブは触手を、シギュンの下半身にへと伸ばした。




