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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第180話

 プヨ歴V二十六年八月二十九日。夕方。


 信康がヴェルーガ達と雑談している間に、傭兵部隊第四小隊は掃討戦を完了させた。


 第四小隊は完勝後に勝鬨を上げた後、遺体からの剥ぎ取りと遺体の処理を始めた。


 第四小隊が戦後処理を行っている間に、信康の下へカラネロリーがやって来た。


「中尉、お疲れ様でした。首実検をして確認しました所、征西軍団の主力を担っていた諸将と見て間違いありません。要塞奪還及び村人達の救出、総大将と副将討伐を含めこれ以上ない大戦果と言っても、決して過言では無いでしょう」


「それは僥倖だな・・・そうだ。丁度良いから、中佐殿に話しておきたい事がありましてね」


 カラネロリ―から報告を受けた信康は、ついでにヴェルーガに関してありのままの事情をカラネロリ―に話した。


「そうですか。戸籍登録などは王都(アンシ)でなければ出来ませんから、このまま王都(アンシ)に連れて行きましょう」


「良いのですか?」


「大丈夫ですよ。カロキヤ軍の将軍の愛人をしていたというだけで、諜報員(スパイ)扱いをするのは無理があります。それにヴェルーガさんにはブラスタグスを討ち取るのに御貢献頂いてますから、悪い様にはならないでしょう」


「なら、良いんだが」


「という訳で、道中はちゃんと面倒をお願いしますね。ノブヤス中尉」


「・・・念の為に確認するが、本当に俺で良いのか?」


「中尉が保護をしたのですから、面倒を見るのは道理ではありませんか?」


「確かにそうだが、此処は一番階級が高くて同姓であるカラリー中佐殿が預かれば・・・」


「別に中尉の小隊にも、同性なんてルノワ准尉を始め何人も居るではありませんか。それに准尉は黒森人族(ダークエルフ)ですが森人族(エルフ)ですから、親近感もあって単純に私が預かるより遥かに良いと思いますよ。ヴェルーガさんも、それで良いですよね?」


「ええ、その方が良いわ」


「では、話はその方向でお願いしますね。戸籍等の件は、王都(アンシ)に戻り次第私が代わりにしておきます。私は他の小隊員達(みなさん)の勲功に関して、これから聴取と纏めに行きますので。それでは」


 そう言って信康とヴェルーガに一礼してから、カラネロリーはその場を後にした。


 去って行くカラネロリーの背中を、黙って信康とヴェルーガは見送った。


「・・・取り合えずお墨付きは貰ったから、お前等の面倒は俺が見る事にするよ」


「あはっ、ありがとね」


 ヴェルーガは笑顔を浮かべながら信康をもう一度抱き締める。


 その際、大きな胸は信康の胸板に潰れる。


(やっぱり、デカいな)


 胸板に潰れて形を変える、ヴェルーガの胸を見ながら信康は思った。同時に魔鎧の所為で、その感触が味わえない事を残念に思ったが。


 これで直接揉んだら、どんな感触なのだろうと思えた。

 

 しかし信康がそう思っていると、周りから敵意を感じた。


 見ると先程まで人だかりを形成していた第四小隊の小隊員達が、信康を嫉妬と怒りを込めた目で見る。ヴェルーガに抱き締められている、信康が羨ましいのだろう。信康はその気持ちを痛い程理解して共感しているのだが、だからと言って許容してやる心算も義理も無かった。


「お前等、暇そうだな?・・・まだ後始末が残っているだろうがっ。さっさと片付けて来いっ! それと誰かメルティーナに、俺の下へ後で来る様に伝えろっ!」


 信康が第四小隊の小隊員達にそう怒鳴り付けると、第四小隊の小隊員達は慌てて蜘蛛の子を散らす様にその場を去って行った。


 


 第四小隊が戦後処理を行っている間、信康もただじっとしていた訳では無かった。


 メルティーナを呼んだ信康は、魔法を使ってプヨ王国軍本陣へ伝令を依頼した。当初はメルティーナだけを送る心算だったが、結局カラネロリーとその部下の監察官達もブラスタグス達の首級を持って同行する事となった。その理由だが、メルティーナよりもカラネロリーの方が信用が高いというのもあった。


 メルティーナがカラネロリー達を連れて転移門(ゲート)でプヨ王国軍本陣へ向かうと、暫くしてからメルティーナだけが第四小隊に帰還した。カラネロリーが同行していない理由だが、本陣に残って報告をする為に残ったそうだ。


 メルティーナの方はグレゴートから賞賛の言葉と手柄を立てた証明書とも言える諸将の署名が入った賞状を貰った後に、第四小隊は先にフェネルへの帰還の許可を貰ったらしい。信康はメルティーナからの報告と賞状を持ってそのまま第四小隊に報告すると、すぐに第四小隊の小隊員達から大歓声が沸き上がった。それから第四小隊は直ぐに、転移門(ゲート)でフェネルへ帰還した。


 しかし、転移門(ゲート)が使えるサンジェルマン姉妹はプヨ王国軍の本陣へ帰還命令が出されてしまったので、仕方なくサンジェルマン姉妹だけは第四小隊をフェネルに送った後でプヨ王国軍の本陣に帰還しなければならなかった。その際に命令に背こうとしたイセリアを、メルティーナが引き摺ってプヨ王国軍の本陣へ帰還した。第四小隊がフェネルに帰還した頃には、時刻は夜となった。


 第四小隊はフェネルの領主を筆頭に大勢に労われながら、身体に付いた汚れを落とした後に遅い夕食を取るべく食堂に向かった。


(御領主も太っ腹だな。第四小隊(おれたち)全員に、高級将校専用の食堂の使用許可を貰えるとは。この賞状の効力って凄ぇな)


 第四小隊の功績を知ったフェネルの領主が、特例で高級将校にだけ使用が許された専用食堂の使用許可を第四小隊に与えたのである。最初こそ第四小隊が立てた功績に懐疑的だったフェネルの領主だったが、グレゴート達プヨ王国軍の諸将の署名が入った賞状を見せると態度を一変させたのだった。そしてフェネルの領主の粋な計らいに、当然ながら第四小隊は歓喜したのは言うまでも無かった。


(まぁ俺はこれで使うのは三回目なんだが、他の奴等は一般食堂との違いに驚くだろうな・・・うん?)


 信康は考え事をしながら高級食堂に入ったがその瞬間、何故か先に高級食堂に入って席についていたいた第四小隊の隊員達が落ち着き無くソワソワとしていた。


 何かあったのかと思って信康が周囲を見渡すと、何とヴェルーガ達が料理の配膳を行っていた。


「な、何をしているんだ?」


 思わずヴェルーガに駆け寄り、声を掛ける信康。


 その声を聞いてか、ヴェルーガが振り返った。


「ああ、ノブヤス。来たんだ?」


「おう・・・ってそうじゃなくてだな。お前等は何をしているんだ?」


「何って、料理を作って配膳して回っているだけよ?」


「いや、それは見れば分かる。俺が聞きたいのは、どうしてそんな雑用をしているんだ?」


「流石に無理を言って、同行しているのだもの。だから何かしないと駄目かなと思っていたら、丁度、厨房で晩御飯の仕込みをしていたのよ。だからあたし達も、手伝う事にしたんだ」


「別にしなくても良かったんだぞ。お前等は単純に、保護されている立場なんだからな」


「好きでしている事だから、気にしないで良いよ。許可も貰っているから」


「まぁ其処までそう言うなら、良いか」


「ほらほら。ノブヤスも早く席につかないと、ご飯を食べるのが遅くなるわよ」


「あ、ああ。そうだな」


 信康はヴェルーガに促されるがままに、空いている席に付いた。


(そう言えば、ヴェルーガの料理の腕前を聞いておくの忘れたが・・・この高級将校だけが使える食堂の厨房で料理する事を許可されているんだ。腕は大丈夫だろう・・・その筈だ)


 そう思って心配はしない信康。


 しかしそれでも万が一変なモノは出ない事を祈りつつ、じっと席で待った。


 そして、信康の番となった。


「はい。お待たせ」


 ヴェルーガが料理を持った皿を乗せたプレートを、信康の席まで持って来た。


「お、おおっ?」


 予想の上、いや以上の出来の料理がプレートに並んでいた。


 馬鈴薯を潰して、茹でた卵と和えたサラダ。


 何かの穀物を煮込んだ汁物。


 腸詰と馬鈴薯の炒め物。


 メインには牛肉のステーキすらついていた。


 そして焼き立てのパンも添えられている。


 どれも温かくて、美味しい匂いが食欲を刺激した。


「う、美味そうだな」


「まぁね。これでも、料理は得意なんだよ。ああ、それと飲み物ね」


 そう言って、ヴェルーガはコップをプレートに置いた。そのコップに黄金色の液体が注がれた。


「これは、エールか?」


「そうよ」


「まぁ、夜だからな。飲もうと思えば飲めるのか」


 信康は酒豪と呼ばれる酒飲み達と比べて酒を呑む訳ではないが、それでも楽しむ程度の味覚は持っている。そして純粋に戦場で酒が呑める事を、信康は喜んでいた。


「さて、頂くとするかっ」


 まず信康が手を伸ばしたのは、水分補給を兼ねたエールであった。


 コップを手に取りった瞬間、冷たくて驚いた。


「おお、驚いた。これはエールを冷やしていたのか?」


 信康は冷えたエールを見て、コップを持って喉に流し込む。


 ゴクゴクと喉の筋肉に動かしながら、エールを飲んでいく。


「ぷはぁ~やはりエールは冷えた物に限るなっ」


 飲み終わった信康はコップを口から離すと、コップの中のエールは直ぐに空になった。


 冷えたエールと冷えていないエールでは、味に雲泥の差がある。


 信康は代わり貰おうかなと思って居ると、既に各所のテーブルにはお代わり待ちで挙手して持っている小隊員達が周辺に大勢居た。中にはジョッキを持つ小隊員も居た。


 それを見た信康は、エールのお代わりを諦めて食事をする事にした。


「うん。どれも美味しいなっ」


 信康は料理を全部食べて、純粋にそう思い称賛した。


 ヴェルーガの腕が信康の予想以上だったので、驚きながらも食事の手は止めなかった。


 やがて、食べ終わると信康は席を立った。


 周囲を見渡すと、ヴェルーガが笑顔で小隊員達の相手をしていた。


 それでいて料理もしていると言うのだから、凄いと言えた。


(今度、何かご馳走して貰うか・・・何なら傭兵部隊の兵舎の厨房で、働いて貰うのもありだな)


 そう思いながら、信康は食堂を後にした。


 このヴェルーガは後に信康の四人居る、四便女(びんじょ)の一人となるのであった。


 因みにこの便女とは、便利な女という言葉を略して便女と呼ぶ。


 意味は言葉通り戦場に出て戦い主君の身の回りの世話をする、強く信頼された侍女の事を差す。この便女とは通常の侍女と違い、主君と肉体関係も持ち実質的に愛人とも側室とも言える一面も持ち合わせていた。


 余談だが、男の場合は小姓と言われる役職に当て嵌められる。この小姓もまた、主君と肉体関係にある事も珍しく無かった。尤も、非常に好色だった信康と言えども一生涯に渡って同性と肉体関係を結ぶ事は無かった。

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