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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第157話

「皆、席に着きましたね。では、ケイ」


「はい。フェリビア様」


 ケイはフェリビアに一礼すると、そのまま隣の部屋へと続くドアノブに手を掛けて回して、隣の部屋へと向かう。


「あのケイってのが天馬十二騎の一人で、『騎宰』の異名を持った奴なんだよな?」


「ええ、そうですわ」


 信康は確認していなかったので、隣にいるゲルグスに確認を取った。


 そこに、シェリルズが話しに割り込んできた。


「でもよ。前から不思議だったんだよなぁ」


「何ですの? シェリルズ」


「何で『騎宰』なんだ? 騎士上がりだから「騎」が付くのは分かるけど、「宰」になる理由が分からん。この字って確か、宰相の宰だろう? 別に料理を作るんだったら、司厨の「厨」でも良くないか?」


「そうなりますと『騎宰』では無く、『騎厨』になりますわね」


「馬っ鹿、それじゃあ語呂が悪いだろう。語呂を考えて『厨騎』の方が良いに決まってる」


「・・・・・・何か、良く分からない奇抜(シュール)な騎士に思えますわね」


「確かにそうだけどよ・・・飯を作る意味だから、厨の方が合ってると思うんだよな。あんたもそう思わないか?」


 ゲルグスと話していたシェリルズは、話を信康に振る。


「・・・そうは思わないな」


「あん?」


「あら? 理由をお伺いしても?」


「ああ・・・宰相ってのは、確かに君主を補佐する大臣の役職を言う言葉だ。しかし元々は、王の家内使用人だったんだよ」


「「そうなんですの(なのか)?」」


「ああ、そうだ。宰相の宰は、料理人という意味だからな」


「そういう意味なのか」


「知りませんでしたわ」


 ゲルグスとシェリルズの二人は感心そうに頷く。


「騎士で料理人も兼ねているから、『騎宰』になったんだろうよ。最初にそう呼んだ奴は、中々博識な奴だったと考えられるな」


「その通りです。良く知っていますね」


 ゲルグスとシェリルズと話をしていたら、フェリビアが信康達の話に入って来た。


「・・・別に大した事でもありませんよ。戦場を求めて各国を回っていると、それなりに人と交流します。それで知識も序でに得られる機会にも、多少なりとも恵まれますから」


「でしたら、全ての傭兵は博識にならなければおかしいと思いませんか?」


 フェリビアは信康の理由を聞いて、苦笑しながら言う。サフィルロット達も、フェリビアの言葉に同意する様に首肯していた。全員が暗に傭兵が博識では無いと、明言せずとも雄弁に言っていた。


 フェリビア達の意見は、決して間違ってはいない。傭兵と言う職業は、主に無学な者がなる職業だからだ。酷い者だと、文盲で知恵も無い者すら居る。尤も、そんな者達は直ぐに戦場で死ぬのが相場だ。

 

 稀に生存する稀有な傭兵も居るが、そんな傭兵でも十人十色な方法で文字を覚えるのだ。なのでまともな傭兵に、言葉通り無学な傭兵など存在しない。そんな文字に関する事情がある傭兵稼業だが、信康は一際例外であった。実は信康は大和皇国に居た時から、大陸共通語の勉学をさせられていた事実があるのだ。


 当初は役に立たないと反発していた信康だったが、傅役の親義から西洋化のうねりから大陸共通語の必要性を説かれ渋々幼馴染達と勉学に励んだのである。当初は反発していた信康だったが、今では心底、親義に感謝していた。


(もしかしたら親義のおっさん、俺が将来は大和を追われる可能性も考えていてくれたのかもな)


 信康はそう思ったが、別に怒りの感情など一欠片も無い。この勉学の御蔭で、信康は出奔してから無用な苦労を背負わずに済んでいるからだ。


 もし大陸共通語を知らなければ、最初から余計な苦労を経験する可能性が高かった。後に同業者達が契約書を盾に詐欺に遭った話を聞いて、尚更そう思う。


「結局、人それぞれだと思います。傭兵になる者は皆、事情持ちですからな。俺の知り合いには、没落した貴族出身者も居ましたよ」


「そうですか」


 フェリビアはそう言うと、一先ずそう言うものだと納得した。尤も、聞き流した様にしか信康は思えなかった。


「思っていたのですが・・・第四騎士団(わたしたち)に敬語など使わなくても結構ですよ」


「はいっ? い、いやぁ・・・流石にそれは」


 フェリビアの発言に、信康は当惑しながら遠慮しようとした。


 信康自身、そうする事に躊躇は無い。


 しかし、この食事会に同席している、十二天騎のサフィルロット達の反応が気掛かりだった。特に右斜めの席に座るゲルグスからは、既に圧力を感じている。フェリビアへの敬語を止めた瞬間に抜剣して斬り掛かられては、信康は大損である。


「ノブヤスは私の部下でも、十二天騎(サフィルロット達)の部下でもありません。ゲルグスと同様、タメ口で大丈夫ですよ」


「その通りだね。そもそもフェリビアが許可しているのだから、横からとやかく言う心算は無いよ。あっ、私も敬語は不要だからね? 何だったら、私の事もサフィルと呼んでくれても構わないよ」


 サフィルロットもフェリビアに同意して、信康にウィンクしながらそう言った。するとイゾルデやルビィア、トパズにアクアマリンも同意する声を上げた。


「なっ!?・・・ななななっ・・・」


 ゲルグスは同僚であるサフィルロット達の反応に、思わず動揺して声を漏らす。そして咄嗟に、不仲のシェリルズを見た。貴方は違うでしょうと言う思いを込めてゲルグスはシェリルズを見たが、その期待はものの見事に裏切られる事になる。


「別に団長が良いと言うんだら、良いんじゃねえのか。それよりも腹減っちまった~。飯はまだかよ~」


「そ、それより・・・・・・ですってっ!?」


 全身をワナワナと振るわせて、シェリルズを睨み付けるゲルグス。勝手に期待して勝手に裏切られただけなのだが、怒りでその事実を忘れてしまっていた。このままでは喧嘩に発展すると思い、信康が止めようと瞬間、扉が開いた。


「皆様、お待たせ致しました」


 ケイが隣の部屋から給仕係達と共に、大皿に盛った料理を持って来た。大皿には鳥の腿を脚付きのままで、焼いた物が何十本とあった。副菜に一口大に切り、焼いた野菜は肉の下にあった。大皿をテーブルに等間隔に置き、取れる様にトングを適当な数を置いた。


「お飲み物は、何になさいますか?」


「では私は、白葡萄酒(ワイン)を頂きましょう」


 フェリビアが白葡萄酒を注文すると、サフィルロット、イゾルデ、ルビィアも同様の飲料を希望した。続けてトパズとアクアマリンは果実水を希望し、シェリルズはエールと頼みゲルグスは果実酒を注文した。ケイ達はそれを聞いて、次々と用意を始めて行く。


「・・・貴方様は、何になさいますか?」


 信康の注文を聞くべく、信康に訊ねるケイ。


「俺? そうだな・・・俺は・・・」


 信康はケイに訊ねられて、何を飲むか考えた。


「で、では・・・そちらのお勧めを頼む」


「畏まりました」


 ケイは信康に一礼して、給仕係に指示を出した。


「何だよ。エールにすれば良いじゃねぇかよ」


 シェリルズは料理を取って、手に持って食べていた。


「んぐ・・・ん~~~~、うめええええっ!? やっぱ、ケイの料理は美味いなっ!!」


 口元が汚れるのも気にしないで食べる姿は、騎士というよりも傭兵というのがしっくりくる姿だった。そんな食事作法とは無縁の野蛮な食べ方を見て、顔を顰めるゲルグス。


「はぁ、何て野蛮な食べ方なのかしら」


「馬っ鹿、てめぇ。戦場に出ているんだから、食事作法(テーブルマナー)に従って食べる奴が居るかよ」


「此処に居ますわよっ!? 第一、此処は戦場ではありませんっ!!」


「戦地に出ている以上、戦場だろうがっ!?」


 食べながら喋るシェリルズと、そんな姿を見て噛み付くゲルグス。信康は二人の間に居るのだが、面白そうに見る。


「・・・・・お前等、実は仲が良いだろう? これが喧嘩する程、仲が良いって奴だな」


「「何処が(ですわ)!?」」


「ほら。同じタイミングで言うのだから、仲が良くないと出来ないだろう?」


 信康はニヤニヤしながら、シェリルズとゲルグスに言う。


「うぐっ」


「くっ」


 二人は信康に反論出来ず、何とも言えない顔をする。そんな二人を見て、何人かがクスクスと笑った。


「お待たせしました」


 ケイと給仕係達が、頼んだ飲み物を持って来た。各自の席にグラスを置かれ、そのグラスに頼んだ物が注がれる。信康の席にもグラスを置かれるが、何が注がれるか興味津々で見る信康。そして注がれたのは、白濁した液体が注がれた。グラスに注がれた白葡萄酒でも無い液体を、全員が不思議そうな顔をしてみていた。信康はグラスを持ち上げて、グラスを傾け匂いを嗅ぐ。


「これはまさか・・・・・・大和産の米か?」


「はい。口噛み酒です。プヨ王国(わがくに)で栽培された米を、酒造したものになります」


「な、何っ!? プヨ王国(このくに)で、米が栽培されているのかっ!?」


「ええ、一部の土地では栽培されています。一部の好事家貴族達が、互いに資金と土地を用意して栽培しているのです。それでも流通量が少ないので、市場には滅多に出ず仮に出たとしても非常に高値ですが。酷かった時は、一俵で屋敷と同等の価格になった事もあると聞いた事がありますね。尤も現在(いま)は値段が下がりましたが、安値とはまだ言えませんね」


「そ、そうなのか・・・」


 ケイからプヨ王国の米栽培事情を知って、信康は思わず考えた。


(マリィから御馳走して貰った米って、もしかしたら其処から仕入れた奴かもな・・・今後は俺も金を出して米を買うか。トモエも恋しがっているし、鈴猫(リンマオ)も中華産では無いが米が食えたら喜ぶだろう・・・二人の気を引くのに、丁度良いな)


 信康は自身の思惑を鑑みて、グラスに入っている口噛み酒を見ながら笑みを浮かべた。


「なぁ・・・そのくちかみさけ? って何だ?」


「そのまんまだよ。米を口で噛んで出した物を、発酵させて酒造した酒の一種だよ」


「うげっ!? 汚ねぇ!? 何で、そんな物を出すんだよっ!!」


 信康の説明を聞いて、信康を思わず非難した。他にもゲルグスを筆頭に、シェリルズ程では無いにせよ、少し顔を顰めていた。


(うーん。これが普通の反応か。どれ・・・早く口噛み酒の名誉回復の為に、説明してやりますか)


「まぁ落ち着け。この酒を造るには、唾液に含まれている水分が必要不可欠なんだ。因みに俺の故郷では、神様に捧げる御神酒でもあるんだよ」


「はぁ? 神様に捧げる御神酒?」


「ああ。男を知らぬ巫女が、米を口に含んで出して発酵させる。そして出す事で、神様に感謝を捧げたそうだ」


「一度、口に含んだ物を飲むのかよ? そんなの神様に捧げて良いのか?」


「普通なら、駄目に決まっている。だから男を知らぬ巫女さんで、それをやるんだよ。純潔で汚れてないから、神様に捧げるのピッタリだろう?」


「じ、じゅんけつって・・・・・・」


 シェリルズは信康の話を聞いていて、顔を赤くする。意外と初心な所がある様だ。


「で、でも・・・そんな酒って、美味しいのですか?」


 ゲルグスは信康を説明を聞いて納得していたが、ちょっと不安そうな顔をする。


「じゃあ、飲んでみるか? 物は試しに」


信康はゲルグスに、グラスを渡す。


「え、えっと、その・・・」


「ふむ・・・なぁケイ。大和だと流石に一度、発酵させる前に火を通す。プヨではどうなんだ?」


「はい。発酵する前に一度鍋で煮詰めてから、発酵させているそうです。だからそれ程、気にする事はありませんよ」


 信康はこの口噛み酒について訊いて見ると、ケイが答えてくれた。


「煮詰めたのであれば、確かに大して気にしなくても大丈夫ですわね」


 ケイの説明を聞いて、ゲルグスは安心感を覚えた。そして興味が勝り口嚙み酒がどんな味なのか、試してみたくて信康から貰ったグラスを手に取って飲んでみた。


「んぐ・・・あら、意外といけますわねっ」


 目を瞑り口嚙み酒を飲んでみたら、意外と美味しくてその味に驚くゲルグス。


「嘘だろっ!? 俺にも寄越せよっ!」


 ゲルグス手にあるグラスを、引っ手繰る様に奪うシェリルズ。シェリルズにグラスを奪われたゲルグスは、空になった手を呆然と見た後にシェリルズを睨み付けた。


 そんなゲルグスの視線など気にする事も無く、シェリルズはグラスを傾けて口嚙み酒を飲んだ。


「んっ・・・こいつはイケるなっ!」


 シェリルズは口嚙み酒の味を称賛した後、そのままグラスの中にある口嚙み酒を全部飲んだ


「くぅぅぅ、こいつは意外に美味いなっ。なぁ、ケイ。エールを飲んだら、この酒くれよっ!」


「分かりました」


 ケイは一礼して、隣の部屋に向かう。その間にシェリルズはエールが入ったグラスを、傾けて一気に飲む。一気飲みした事で、直ぐにグラスは空になった。その空いたグラスを、給仕係に渡す。そしてやって来たケイが運んで来た、グラスを貰いシェリルズは飲んだ。


「くうううっ、この酒と今日の料理は合うなっ。良い事を知ったぜっ」


「ありがとうございます」


 ケイはシェリルズの言葉に一礼する。シェリルズの分を持って来た序でに、信康の分を持って来てくれた。信康はグラスを貰うと、一口飲んだ。


「・・・うん。懐かしい味だ。とても外国であるプヨで、この酒が造られたとは思えない素晴らしい出来だ」


 信康は口嚙み酒を飲んでその味を確認すると、感動した様子でグラスを眺めた。


「・・・では、俺も食事を頂くとしよう」


 信康は手を合わせる。そしてトングで、鶏肉と野菜を適当に皿に盛る。それからナイフとフォークを上手に使って、優雅に食事を始めた。


「うん。美味いな・・・本当に」


「「「「「・・・・・・」」」」」


 信康は料理と酒の組み合わせを楽しんだ。そんな信康を、何故か周囲は驚いた様子で見詰めていた。


「あん? どうかしたか?」


「あ、いえ。その・・・」


 信康に訊ねられて、ゲルグスは思わず視線を逸らした。するとフェリビアが、信康に向かって口を開いた。


「皆、驚いているのですよ。かく言う私もですが・・・随分と、食事作法(テーブルマナー)が様になっていますね?」


 フェリビアの質問に、ゲルグス達は首肯して同意した。


「・・・ああ、そう言う事か」


 信康は自身に向けられている視線の意味を知って、思わず苦笑した。一通り笑った後、説明を始める。


「・・・・・・ちょいと、格式ばった所で食べる事があってね。其処で覚えた」


 信康の説明を聞いて、フェリビア達は驚いた。それはつまり、格式のある食事会への出席経験をしていると明言しているからだ。それは明らかに一介の傭兵風情では、経験する事が無い体験と言えた。


「んなっ!? そ、それでしたら何故最初に食事作法(テーブルマナー)苦手(・・)だと、そう言ったんですのよっ!? 出来るなら出来ると、そう言えば良かったではありませんかっ!!」


 ゲルグスは信康に怒りながら、そう抗議した。すると信康は面白そうに、ゲルグスを見ながら笑みを浮かべた。


「ゲルグス。俺は確かに苦手(・・)とは言ったが・・・出来ない(・・・・)なんて、一言も言っていないぞ? 勝手に勘違いして苦手と出来ないを、一緒くたにしたお前が悪い」


「なっ!? 苦手を聞けば、出来ないと思うのは当然ではありませんかっ!? 減らず口を叩くんじゃありませんわよっ!?」


 ゲルグスは顔を赤くして、信康に抗議した。しかし信康はただ、苦笑してその抗議を受け流すだけであった。


「ゲルグス。落ち着きなさい」


 フェリビアに窘められて、ゲルグスは漸く落ち着きを取り戻した。


 落ち着いたゲルグスを見て、それからフェリビアは信康に再び話し掛けた。


「ノブヤス。貴方はやはり、普通の傭兵ではありませんね。それからゲルグスから聞きましたよ。何やら珍しい魔宝武具(マギ・ウェポン)を所持しているとか」


 フェリビアの発言を聞いて、信康はピクッと反応して食事する手を止めた。サフィルロット達も、フェリビアの話が気になって耳を傾ける。


「・・・まぁ確かに珍しいと言えば、珍しいな」


「ええ。私が知る限り魔甲剣は一本に付き、一つしか鎧を召喚出来ません。それが複数の鎧を召喚出来るとは、その辺にある様な魔宝武具(マギ・ウェポン)ではありませんね?」


「確かにその通りだが・・・あまり詮索は御遠慮願いたいな。俺の切り札に関する事なのでね」


「・・・それもそうですね。失礼しました」


 フェリビアは詮索が過ぎた事を、信康に頭を下げて詫びた。


 信康は気にしていないと伝えて、慌ててフェリビアの頭を上げさせた。


「しかし、益々疑問が深まりました・・・貴方は傭兵を職業としている割には、教養もあり博識で礼節にも精通しています。そして一角の将軍に勝るとも劣らない、智勇も兼ね備えている・・・それだけの傑物が今まで仕官が出来ていないとは、実に不思議な話ですね」


 フェリビアは信康を称賛しながら、そう言って信康を見詰めた。


 サフィルロット達も信康が何を言うのか、続けて注目する。


 信康はフェリビア達の注目を再び感じて、肩を竦めながら話し始めた。


「確かに正式に士官しないかって、幾つもの国で声を掛けられたよ。でも士官する途中で妨害されてその話そのものが無しになったり、色々あってその国に居られなくなったりとあってな。結局士官なんて出来ないまま、プヨにまで流れてしまっただけさ」


 信康は遠い目をしながら、過去に起きた出来事を思い出してそう言った。


「はぁ? 妨害って何だよ? 普通、つえぇ奴が来てくれた喜ぶモンだろうが」


 シェリルズは信康の発言を聞いて、解せない様子で信康に訊ねた。


「そんな単純な話だったら、世の中はもっと簡単で楽でしょうね。シェリルズ」


 シェリルズの疑問に答えたのは、信康では無かった。


 そう言ったのは、アクアマリンであった。


 信康が経験した事を、言っていた内容だけで察した様だ。


「どう言う意味なんだよ。マリン」


「別に難しい事では無いわ。恐らくだけど、ノブヤスの活躍に嫉妬した者。その実力を恐れた者。若さや余所者という理由で、仕官されるのを嫌った者。そう言った愚か者達が、ノブヤスの仕官を妨害して追い出したのでしょうね」


「はぁっ!? 何じゃそりゃっ!!?」


 アクアマリンの説明に、シェリルズは憤慨して激昂した。


「シェリルズ。落ち着け・・・その通りだ。良く分かったな?」


 信康がシェリルズを宥めた後、アクアマリンを称賛しながら、気になる様に訊ねた。


「恥ずかしい話だけれど我が国にも、一定数の愚かな貴族は居るもの。そうでなければ、あのロゴスが大将軍なんて地位に付ける筈も無かったでしょう?」


「まぁそうだな。あまり大声では言えんが」


 アクアマリンの身も蓋も無い発言に、信康は苦笑しながら同意した。


「まぁ気にしなくても良いんじゃないか? 何処の国にだって、貴族階級である事を笠に着て平民階級に乱暴を働く馬鹿は居たさ」


「だからと言って、無視する訳にも行かないのよ。私も貴族の端くれとしてね」


 信康の慰めに、アクアマリンは肩を竦めた。


「・・・その様な事情があった事は分かりました。しかし不謹慎ながら、それに感謝したい気持ちですね。折角ですから、此処で腰を落ち着けるのも良いのでは?」


 フェリビアの言葉を聞いて、信康は酒を飲み喉を潤す。


「・・・・・・俺にこのプヨに仕官しろと?」


「察しが良い様で・・・ノブヤス。この戦争が終わったら、我が第四騎士団に転属しませんか? 貴方でしたら、部隊長の地位を約束しても構いません・・・因みに第五騎士団のオストル副団長も、貴方を欲しがっているとだけ伝えておきます」


「ちょっと待て」


 信康はフェリビアの話の最中だったのを、割り込んだ。


「確認したい。あのオストルが、俺を欲しがっているだと?」


「ええ? 随分と親しそうにしていると聞いているのですが?」


「俺も知らないが、何か懐かれたんだよ」


 信康ですら、何で懐いているのか分からなかった。


(もしかして、あっちの気があるのか? あいつ)


 そう思った瞬間。脳裏にオストルの笑顔が浮かび、そして背筋に寒気が走り肌が粟立つ。


 思わず、二の腕をさする信康。


「どうかしましたか?」


「いや、失礼。何でもない」


 信康は誤魔化すかのように咳払いをする。


「何だ? お前、あの女男と知り合いなのか?」


 シェリルズ食べながら話に入ってきた。


「ああ、知り合いと言えば知り合いだな。この要塞に来る前に知り合ったから」


「そうかい。そいつは災難だな。見た目は女にしか見えないから、結構勘違いする奴が多いぜ。んで、勝手に残念がるんだよな」


 言っていて面白かったのか、シェリルズは笑みを浮かべた。


「わたくしも何度かあって漸く、男と分かりましたわ」


 ゲルグスも話に入ってきた。


「まぁ、そうだよな。俺も人からそう聞いて知ったからな」


「ですわよね~」


 ゲルグスも同意の意を込めて頷く。


「そうかい? 私はオストル副団長が、直ぐに男だと分かったけど」


 サフィルロットが、シェリルズ達の話に入って来た。


「「えっ!?」」


 ゲルグスとシェリルズは驚愕な顔をしながら、サフィルロットに向ける。


「だって話をしたら喉仏が見えたから、直ぐに男だと分かったよ」


「ま、本気(マジ)かよ」


「わ、わたくし達、人を見る目がないのでしょうか?」


 サフィルロットに言われて、意気消沈する二人。


「まぁ、気にする事ないよ。私が女性を見慣れているから、直ぐに分かっただけだし」


 そんな二人を慰める様に言う、サフィルロット。


 信康としては二人の人の見る目の無さよりも、サフィルロットの女性の見慣れている方が問題ではと思った。しかし自分の似た様な者なので、お互い様と思った。


「相変わらず、女性にモテる事ね」


 アクアマリンは皮肉を言うが、サフィルロットは肩を竦める。


「ですが、団長。この者を勧誘(スカウト)するというのであれば、一つだけ問題があります」


 アクアマリンは眼鏡をかけ直して、フェリビアに話し掛ける。


「問題ですか?」


「異国人だから、と言う心算は無かろうな?」


 トパズは首を傾げ、ルビィアは理由を知りたいのか尋ねる。


「そんな事は問題では無いわ。我が国ではトプシチェやシンラギから亡命した民が傭兵になって、武勲を認められて、騎士に叙勲された例もあります。そのノブヤスの上司である、ヘルムート総隊長が良い例です。だから東洋から来たという事で、騎士になれない理由はありません」


「だったら、問題ないのでは?」


 イゾルデは何で、問題あるのか分からないような顔をしながら訊く。


「先も言ったでしょう。武勲が認められて(・・・・・・・・)と・・・正直に言って、この者は騎士になるには武勲が足りません」


「ですが。この間の戦闘でゲルグス達と共に三千を超える敵兵を倒し、|バリストーレ平原の会戦《先の戦い》でも十三騎将を討ち取ったというと聞いていますから、問題無いのでは?」


「十三騎将に関しては、もう昇進と言う形で話は終わってるわ。次にこの間の戦いで得られた証拠として、魔物達の素材が証拠として提供され証言もある。だけど最終的な報告では、全員(・・)で協力して敵を殲滅したと報告書には記載されています。これでは、手柄が分散されてしまいノブヤスの功績が減ってしまっています。貴方、どうしてこんな風に報告書を提出したの?」


 アクアマリンの意見を聞いて、フェリビア達は信康に注目した。当事者であるゲルグスも、驚いた様に信康を見詰めていた。


 フェリビア達に注目された信康は、苦笑しながら肩を竦めた。


「簡単な事だ。先ず第一に、上層部に信じて貰えないかもしれないと思った。其処で全員で敵を倒した事にしたんだよ。と言うかそうしないと、俺の魔宝武具(マギ・ウェポン)に関して色々調べられるかもしれないんでな。あまり悪目立ちはしたく無かった」


 信康はそう言って、理由をフェリビア達に説明した。


 因みに大和皇国の戦争でも、武功を立てた場合それを記す監察官が居た。そうでなければ、武功について揉めたり刃傷沙汰になるからだ。


 手柄が大きければ監察官を通さずとも認められる事もあるが、やはり監察官の記録があった方が確かだった。


「ふむ・・・気持ちは分かるけど、勿体無い話ね。普通だったら、仕官出来て当然の功績なのだけれど」


「手柄なんて、機会さえあれば幾らでも立てられるからな」


「ふふふ、随分なあっさり言うじゃない」


 あっけらかんに大胆な事を言う信康に、アクアマリンは苦笑した。


「まぁ今回の戦でもう一回だけでも武功を立てたら、流石に功績をはっきりと認めて貰う事が出来るでしょうね」


「しかし武功を立てても、監察官が居なかったら無駄では?」


「今回の戦を規模を考えて、騎士団以外の部隊には監察官を何人か付ける事になっているそうよ」


「監察官を?」


「当然、傭兵部隊にも何人か付くでしょうね。多分だけど、軍監も兼ねた監察官がね」


「軍監をつけるのか。信用無いのか、期待しているのか分からないな」


「両方じゃないかしら?」


「言えてるな」


 信康は笑みを浮かべる。


 軍監とは、軍事行動を監察するという役職だ。そう訊けば監察されているだけだと思われるが、軍監には色々な権限を持っている。


 幾つかあるが、有名なのは二つ。


 一つは軍事行動中の部隊に同行して、その部隊の部隊長を含めた隊員達全員の誰かが規律を破る行いをしたら、逮捕又は殺害を認められている。


 もう一つは部隊の指揮官が何らかの理由で指揮が出来ない場合、その部隊を指揮する事が出来る。


 なので軍監の役職に就く者は、参謀としての知識と見識が求められる。


「しかしだ。傭兵部隊なんて所に来る、そんな物好きな監察官なんか居るのか?」


 監察官は、歴とした官僚だ。


 大して傭兵はどちらかと言うと、アウトローの部類に入る。


 なので監察官が傭兵部隊の下に来るか、疑問であった信康。


「其処は多分、大丈夫でしょう」


 アクアマリン気休めみたいな、そんな言葉を信康に掛ける。


「ともかく・・・騎士位に得たいのだったら、もう一度次の戦で誰もが納得する結果を出しなさい。そうして正式にプヨの騎士になれたら、何処の騎士団だろうと選びたい放題よ。うちの副団長だって、進んで入団を勧めるでしょうから」


 アクアマリンの言葉を聞いて、全員がぎょっとした。


「おいおい、大丈夫なのかい? あの副団長だぞ?」


「マリン。無茶は言わない方が良いと思うわ」


「私もそう思うぞ」


「はい。私もそう思います」


「そうだな。俺もそう思うぜ」


「全くですわ」


 団長を除いて、全員が同じ事を口にする。


 信康は何でそう言うのか意味が分からず、首を傾げる。


 それを見て、フェリビアが理由を話す。


「今回の戦いでは、連れてきていませんが・・・騎士団の拠点にには此処には居ない天馬十二騎と共に副団長のフェリア・フォン・パルシリアグィンが守っています」


「パルシリアグィン? それって」


「ええ、私の家名です。フェリアは妹です」


「妹か。それで、その副団長は何かあるのか?」


「少々、気難しい性格でして」


 それは要するに、冷たい人間なのかと思う信康。


 しかしフェリビアの目には困った家族を見る様な目で言うので、仲は悪くないのだなと思った。

「話を聞いた所、その副団長様は気難しい性格みたいだな?」


「否定はしないわ。でも悪い人では無いから」


 アクアマリンはそう言うが、信康は不安であった。


「まぁ。戦いで結果を出したらの話だけどね」


「確かに、そうだな」


「精々、頑張りなさいな」


「善処する」


 信康達は食事を再開した。


 食事が終わると信康は御馳走になった事にお礼を述べて、部屋を後にした。



 プヨ歴V二十六年八月二十一日。


 信康達が居るフェネルに、二つの情報が入った。一つは吉報であり、もう一つは凶報であった。


 吉報の方は、漸くカロキヤ公国軍の本陣が何処に居るか判明したと言う情報が入った。


 その情報を聞いたグレゴートは直ぐにその情報の正誤を確かめる為、第四騎士団に偵察を命じた。第四騎士団は即座に偵察部隊を結成して、カロキヤ公国軍の本陣があると思われる場所へと向かわせた。偵察部隊はカロキヤ公国軍の本陣を確認した後、速やかにフェネルへと帰還した。

 

 対して凶報は、プヨ王国軍の損害に関してだった。各所で村人を戦争奴隷に使った、誘引計が行われそれにまんまと各軍団が引っ掛かったと言う情報であった。


 全ての軍団が引っ掛かった訳では無いが、第一騎士団と第二騎士団、傭兵部隊が損害を受けた。


 第一騎士団が約二個大隊一千五百騎。第二騎士団も二個大隊の約一千二百騎。傭兵部隊が三分の一に相当する約一個大隊三百、合計で一個連隊三千もの兵を初日で失った。それだけの損害を受けた挙句、村人達も連行されてしまっている。信康達の御蔭で一矢報いた御蔭で、初戦は痛み分けと言う形で終戦した。

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