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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第151話

 信康率いる第四小隊百十五騎とオストル隊五百騎、そしてゲルグス隊二百五十騎の合計四個中隊八百六十五騎が村を出て、迫り来るカロキヤ公国軍を待ち構えた。


 カロキヤ公国軍は砂煙を上げながら、こちらに向かって来る。


 このままでは両軍は激突して、交戦するのは必定であった。


 信康は腰に差している鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを抜刀し、隣にいるオストルも愛槍を構えて何時でも戦闘出来る様に準備していた。ゲルグスは信康達から少し離れた空中で、得物を構えている。


 そうしてカロキヤ公国軍が来るのを待ち構えていると、カロキヤ公国軍の先陣が見えて来た。先陣に居るのは報告して来た第四騎士団の団員が言う様に、歩兵部隊であった。その後ろを騎兵部隊が後を追っていた。


 歩兵部隊の足取りは決して早く無く、騎兵部隊もある程度進んでから何故か足を止めた。信康はその行動内容に、強い違和感を覚えていた。


(さっきからずっと、敵の行動がおかしい・・・何よりあの部隊の装備は何だ? 騎兵部隊は弓騎兵だが、矢が届く範囲まで来ようとはしていない・・・歩兵部隊に至っては鎧が粗末な革鎧(レザーアーマー)だ。手に持って居る盾も木製だし、槍も柄が木製と同じく粗末と来ている。動きもまるで農民に槍を持たせたばかりの、唯の素人にしか見えん。何者だ? あいつ等は・・・)


 信康は騎兵部隊の軽装と歩兵部隊の粗末な兵装と拙い動きを見て、益々違和感を覚えていた。よくよく見てみると歩兵部隊が着用している兜も革製であり、口には布を被せて顔が見えない様にすらしている。


 足取りは決して早く無いが、確実に信康達に向かって前進して来ている。数の上では明らかに向こうの方が、不利だと分かっているのにだ。


 カロキヤ公国軍の歩兵部隊が向かって来ている以上、迎撃する必要がある。信康は鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを振り上げて、第四小隊に指示を出した。


「第四小隊っ! 連弩構えっ!!」


 信康の号令を聞いて第四小隊は魔馬人形(ゴーレムホース)に騎乗したまま、自分達に向かって来るカロキヤ公国軍の歩兵部隊に向けて連弩を構える。


「・・・前列っ! 放てっ!! 中列と後列は待機だっ!!」


 信康の号令を聞いて第四小隊の前列を担う弓弩分隊は、連弩の引き金を引いて矢を放った。次々と連弩から魔法矢が放たれ、合計で三千本を超える魔法矢の雨がカロキヤ公国軍の歩兵部隊に降り注いだ。本来ならば射撃兵器と言うものは、もっと敵の接近を許してから一斉発射した方が効果がある。


 しかし、それでも信康は自身が感じる違和感に従って、第四小隊に連弩を放つ様に号令した。それも前列だけにである。まだ敵のと距離は後三百歩以上あっても、十倍以上ある魔法矢の夥しい数が距離を補っていた。尤も、それでも三分の二近くの魔法矢は歩兵部隊に届かず地面に突き刺さっていた。


 一方のカロキヤ公国軍の歩兵部隊は自分達に迫り来る一千本近い魔法矢の雨を見て、悲鳴を上げながら槍を捨てて木製の盾を頭上に構えた。魔法矢は盾に突き刺さり、盾で守れなかった身体にも突き刺さる。第四小隊の中列と後列は、発射命令が来ない事に当惑したが信康の命令を守って待機していた。第四騎士団と第五騎士団は信康の発射命令が早いと不満に思っていたが、発射される魔法矢の夥しい数に驚愕していた。


「・・・おっと! 吃驚し過ぎちゃって固まってたよっ。皆っ! 敵が崩れた! 好機到来っ! 行っくよ~!!」


「わたくし達も遅れてはなりませんっ! 追撃開始っ!!」


 オストルは連弩に驚いていたが、直ぐに第五騎士団に突撃命令を下した。ゲルグスもオストルに遅れて、第四騎士団に突撃命令を下す。それを見た信康は、背筋に悪寒が走った。そしてある考えに至ってしまう。


「っ!!?・・・ふっ、二人共止めろっ!!」


 信康は焦燥しながら慌ててオストルとゲルグスを止めるが、二人には声が届かず突撃を続行する。その距離はカロキヤ公国軍まで半分と迫っていた。信康はそれを見て、酷く苛立ち気に命令を下した。

「くそがっ!? 第四小隊は待機だっ! 待機するんだぞっ!? ルノワッ!? アルテミスを今直ぐ此処へ呼べっ!! レムだけ俺に付いて来いっ!!・・・行くぞ斬影っ! 飛行(フライ)ッ!!」


 信康はルノワ達の返事もレムリーアが付いて来るのも待たず、先に斬影を掛けさせた。それも翼を出させての、飛行形態でだ。オストル達に間に合わせる為に、最速で駆けられる方法を信康は選んでいた。信康が斬影を掛けさせた頃には、先頭がカロキヤ公国軍の歩兵部隊と接触して得物で斬り付け突き刺していた。


「止めろ止めろ止めろっ!!? 攻撃中止っ!! 中止だぁっ!!」


「「ノブヤスッ!?」」


 突然飛んで来た信康に先頭に立ってカロキヤ公国軍の歩兵部隊に攻撃していた、オストルとゲルグスは驚愕して動きを止めた。すると自動的に、第五騎士団も第四騎士団もカロキヤ公国軍の歩兵部隊に攻撃するのを止めていた。


「何故止めますのっ!? 相手は村人達の平穏を脅かさんとする、敵ですのよっ!?」

「直ぐに理由は分かるからっ、黙ってろっ!!」


 信康があまりに真剣な表情でそう叫ぶので、ゲルグスは何も言えずに沈黙した。静かになったのを見て、信康は生存している負傷している歩兵を抱えて声を掛けた。その歩兵は木製の盾が魔法矢で砕かれ、腹部と両足に魔法矢の刺さった跡があった。魔法矢は消滅して、出血する仕組みになっているからだ。


「おいっ!? しっかりしろっ!! ・・・あんた達は、カロキヤ軍に連れて行かれた村人達だなっ!? そうなんだろうっ!!?」


「「「「!!?!?!?」」」」


 信康が叫ぶ様に言い放った問いの内容を聞いて、第五騎士団も第四騎士団も騒然となる。すると負傷している歩兵が、泣きながら信康に返答を始めた。


「すみませんっ・・・騎士様っ・・・・・・でもカロキヤ軍(あいつ等)に従わねぇと女房がっ、娘が・・・・・・がはっ!?」


「おいっ!?・・・くそっ!!?」


 信康を騎士だと勘違いしていた村人は、血反吐を吐いてそのまま息を引き取った。死体に変わった村人を見て、信康は悔しそうに膝を叩いた。其処へオストルとゲルグスが身体を震わせながら、信康に話し掛けた。


「えっ?・・・嘘っ・・・じゃあ僕達が攻撃したのって・・・」


「カロキヤに奪われていた・・・・・・我が国の民達っ!?」


 オストルとゲルグスの呟きを聞いて、第五騎士団も第四騎士団も騒然となる。中には守るべき国民に手を掛けてしまった罪悪感から、その場で嘔吐する団員も居た。


「・・・っ! 伏せろっ!!」


 動きを止めた信康達に、矢の雨が降り注いだ。これはカロキヤ公国軍の騎兵隊が放った矢だ。馬から下馬して逃げられない様に釘と紐で固定した後、一斉に矢を放ったのだ。しかし結論から言うと、誰一人負傷しなかった。全員の鎧には魔法障壁(バリア)が施されているので矢が刺さらなかったのである。


 信康はカロキヤ公国軍の騎兵部隊を見ると、明らかに信康達を嘲笑していた。そして直ぐに紐と釘を外すと、騎乗して一斉に撤退を始めた。その姿を見て、ゲルグスは激昂する。


「おのれっ!? 何と言う卑劣な真似をっ!!・・・ 騎士の風上にもおけぬ外道共っ!! 絶対に逃がしませんわよっ!!」


「僕達も続くよっ! 皆の仇を取るんだっ!!」


「おい待てっ!? 止まれっ!!」


 激昂した第五騎士団も第四騎士団は、撤退したカロキヤ公国軍の騎兵隊の後を追って追撃を始めた。信康は慌てて止めようとしたが、憤怒している所為か信康の声は届かなかった。


 戦場には信康と負傷した村人達とその村人達を治療するレムリーアの姿だけがあった。レムリーアは村人達を傷付けた罪悪感からか、泣きながら治療を行っていた。


「ええぃっ!! どいつもこいつも勝手な真似ばかりしやがって!! この先には森が広がっているんだぞ! あんなあからさまな偽装撤退に、引っ掛かる奴があるかっ!!?・・・レムッ! そのまま治療を続けろ。直ぐに応援を寄こすっ!!」


 信康はレムリーアに治療を任せると、第四小隊の下へ踵を返した。第四小隊の下には、既に第四騎士団のアルテミスが居た。それも麾下の隊員二百五十人も一緒であった。信康はアルテミスの行動力に驚きつつも、ルノワ達に負傷した村人達の保護を命じた。


「村人達の避難活動を中断させて、申し訳無い」


「いえ、お気になさらず・・・それにしても敵は随分と、卑劣な手段を使って来ましたね」


「ああ、村人達を利用しての挑発。そして怒りで追撃して来たら、偽装撤退で狩場に誘い込む算段だろう。腸が煮えくり返るが、見事に術中に嵌ってしまっている。このままだと、オストル達が危うい」


「ノブヤス中尉。私達で追撃しますか? オストル副団長達を止める為に」


 カロキヤ公国軍の卑劣な策に込み上げる怒りを抑えながら、信康に追撃するか訊ねた。信康は刹那の時間を思案した後、判断を下した。


「いや、敵はこんな嫌らしい手段に出るんだ。俺達が追撃に出れば、村はがら空きになる。其処を別動隊にでも襲われれば、村は一殺だっ」


「成程、確かに中尉の言う通りですね」


「だから此処は俺の小隊の半数を率いて、オストル達を止めて来る。アルテミス。あんたには此処に残って貰って、村防衛の総指揮を任せたい。残りの半数も、あんたに指揮権を委ねるから」


「了解しました。中尉。兵にされた村人達の治療と村の防衛はお任せを・・・・・・それとゲルグスの事を、どうかよろしくお願いします」


 アルテミスは信康の判断を支持して、ゲルグスの事を託した。信康はアルテミスに任せろと言って左手で胸板を強く叩いてから、斬影を走らせた。アルテミスはそれを見て、治癒魔法が使える神官部隊も同行させた。


 戦場に戻ると、其処は阿鼻叫喚であった。負傷した村人達と、更に死亡した村人達の亡骸をそれぞれ反対側に移動させていた。


 信康はそれを見て、神官部隊に治療を任せて第四小隊に号令を掛けた。


「第四小隊っ! 聞けぇっ!! 俺は今からオストル達を止める為に、後を追って止めに行くっ!! ルノワと騎兵分隊と魔法分隊は俺に同行しろっ! 弩弓分隊も十名だけ俺に付いて来いっ! 残りはアルテミスの指揮下に入って、村を防衛しろっ!」


 信康の号令を聞いて、第四小隊は直ぐに行動を開始した。信康の下にルノワと二分隊、そしてトッドが選出した弩弓分隊でも馬術に長けた十名も信康の下へ集結した。


 その間にも第四騎士団の神官部隊がレムリーアと共に治療の魔法で村人達の治療を行い、治療が終わった村人達を第四小隊の弩弓分隊と歩兵分隊が搬送し始めていた。


 「しかし、いきなりアルテミスに余所者の小隊を任せても、不安があるな。残留組の指揮は・・・」


 アルテミスだけでなく、第四小隊の残留組の指揮権を誰に預けるか信康は考えた。


(トッドに任せるか?・・・いや、まだ荷が重いか。ああっ、くそっ! こんな事になるなら、さっさと副隊長を選出しておくんだったっ!?)


 信康は自身の怠慢に憤るが、今更言っても仕方が無かった。


 信康は急いで、第四小隊の残留組の指揮権を誰に預けようか考えた。


 すると思案している最中で、自身の視界にある小隊員の姿が目に入った。


(っ!・・・あいつは確か、ケンプファか・・・)


 信康の視界には、トッドと共にケンプファの姿があった。


(良しっ! 此処はケンプファに任せよう)


 ケンプファは魔馬人形(ゴーレムホース)に跨り両刃斧を肩に担ぎながら、小隊員達にテキパキと的確に指示を出していた。小隊員達も当然の様に、ケンプファの指示に従っていた。


 その指揮能力を見た信康は、更にケンプファの経歴を思い出して大丈夫だと思った。


 傭兵になる前は亡国の将軍をしていたとかで、一軍すら率いた事もある指揮経験者だった。


 ケンプファ以上に、指揮権を預けるのに適切な人物はこの場には存在しなかった。寧ろ第四小隊の指揮官選出時にケンプファを指揮官の一人に指名しなかった事が、そもそも不思議な話であった。


「ケンプファっ!」


 信康はケンプファに声を掛けると、ケンプファは身体ごと信康の方に向ける。


「御用で?」


「俺はこれから小隊の半数を率いて、先行したオストル達の救援に向かう。その間の指揮を任せる」


「・・・・・・承知! お任せあれ」


 ケンプファは得物を持っていない手で、力強く胸を叩く。


 信康は良しとばかりに頷く。


(良し。これで指揮官の問題は解決だな)


「俺が戻る前の間は、このケンプファの指示に従う様に。トッド、気に入らんかもしれんが頼むぞ」


「とんでもねぇや。ケンプファの旦那なら、誰も文句なんてありませんよ。ノブヤス小隊長」


「そうか。なら言い。後は・・・」


「ノブヤス様。何時でも行けますっ」


「良しっ! これより味方部隊の救援に行くっ! 全速力で後を追うぞっ!!」


 信康を先頭にした第四小隊五十騎が、オストル達を救援すべく一斉に駆け出した。

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